魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第9話 Genocider

「--------------------------------------ッ!!」

 

 声にならない声を上げ、吹き飛ばされていく佐倉杏子。

 両腕を肩から失い、内臓をほぼ全損、右目も潰された今の彼女は、佐倉杏子という存在の面影を僅かにとどめた肉製のズダ袋のようだった。

 更には今、腹部に超高熱を発する光球が押し付けられ、骨肉を焼いて両脚も付け根から炭化し始めていた。

 

 そしてトドメと言わんばかりに、彼女が飛翔していく先には家一軒は飲み込めそうな大きさの大口が開いていた。

 口の中には巨大な黒色の光球が形成されていた。

 遠方からも感じる温度。ブラックホールのような、黒いプラズマの火球だった。

 

 接触まであと数秒。その中で佐倉杏子は叫んだ。

 恐怖でも憎悪でもない、闘志の声だった。

 己の消滅を良しとせず、抗う為の咆哮を上げた。

 叫ぶ口に魔力が集約され、杏子はそれを力強く噛んだ。

 

 真紅の十字槍を咥えた佐倉杏子は、自ら黒い光球へと飛び込んだ。

 その瞬間、杏子の腹で光が炸裂した。

 

 黒い光球へと見舞われる真紅の斬撃、太陽の如く白光の炸裂。

 全ては光に包まれた。

 光が晴れたのは、次の瞬間だった。

 光の後に残ったのは、赤紫色の蛇竜。開かれていた口が、ゆっくりと閉じていくところだった。

 

 その様子を、同色の毒々しい色に染まった佐倉杏子が見ていた。

 光の中に消えた杏子と異なる、金色の柄に幅広の二等辺三角形の槍を肩に担いでいた。

 

 噛み合わせた歯を見せながら、耳まで開いたような口でニタニタとした笑顔を浮かべ、歯の間からは唾液が滴り落ちていた。

 

 佐倉杏子を葬った事への悦びと、次の獲物を求める飢えと渇きに満ちた表情に見えた。

 赤紫色の杏子は槍を旋回させ、両手に持って構えを取った。

 彼女が獲物と定めたのは、自らが生み出したはずの赤紫の装甲を纏う蛇竜であった。

 

 蛇竜もまた主の性質、底無しに湧き上がる殺意を受け継いでいる為か、長い首をもたげて臨戦態勢に入った。

 全長50メートルに達する巨体は、佐倉杏子がかつて発生させたウザーラよりも遥かに巨大であった。

 

 主と眷属が、互いを葬るべく向かい合う。

 戦うが為に戦い、殺したいから殺す。

 それ以外は何も無い、殺意を向け合う関係であった。

 

 蛇竜が吠え、口を開く。口の中には、再び黒いプラズマが形成されていた。

 黒々とした光で白い世界を染める、地獄の光景。

 それを前にしても、赤紫の杏子は嗤っていた。

 それしか感情が無い事を示すように。

 

 しかし巨大に成長したプラズマは放たれなかった。

 その様子に、蛇竜の主は首を傾げた。

 そして異変が始まった。

 

 蛇竜が痙攣し、宙で身をくねらせ始めた。

 蛇行する巨体の首に、本来は無いはずの突起が生えていた。

 それは、真紅の色をしていた。

 

 突き出た真紅は、蛇竜の首から尾へと向けて一気に奔った。

 その軸線上の装甲は切り裂かれ、血液の代わりか赤紫色の毒液の如き闇が迸った。

 その闇の奥から、切り裂かれた蛇竜の体内からは少女の叫びが聞こえた。

 

 

「ううううううおおおおおおおおおらああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 

 佐倉杏子の叫びだった。叫びが尾まで走った時、蛇竜の尾が弾け飛んだ。

 赤紫の杏子が持つ槍と同じ形の、幅広の二等辺三角形の槍穂の形の尾が弾け、その奥から真紅の巨体が姿を表した。

 蛇竜から出でたのは、これもまた蛇竜だった。佐倉杏子が自らの槍を変化させたウザーラが、同じ姿の存在を体内から喰い破っていた。

 そしてその頭部には、真紅の衣装を纏った佐倉杏子の姿があった。可憐な口元には、闇が纏わりついていた。

 

 欠損した手足と傷は、闇色に染まりながらもその形を取り戻し、傷は溶接か火傷のように塞がっていた。

 そしてその黒は、その端から元の色へ、肌の色へと変わっていく。

 佐倉杏子は闇を喰らって自らの力とし、姿を取り戻していた。

 

 そして引き裂けた蛇竜の体内から、杏子のウザーラが姿を顕す。

 蛇竜の体内を進む為か、そのサイズは赤紫の同類よりも二回りは小さかった。

 全身が真紅に染まった姿と尾の十字槍は、佐倉杏子の眷属である事を示していた。

 主を傷付けた者を滅殺すべく地を睨んだ十字の眼が、生物が瞳孔を拡大させたかのように線を太くした。

 

 途端、真紅のウザーラは宙で身を巻いた。

 頭部に長大な胴体を、まるで縄の結び目のように巻きつける。

 次の瞬間、その巨体の全身を無数の槍が貫いた。

 

 金色の柄を持つ二等辺三角形の槍穂が、完全にその身を蛇竜の体内に埋めている。

 槍衾となったウザーラより、一つの影が宙に躍った。

 

 そこに向け、複数の槍が殺到する。

 咆哮。

 

 全身を貫かれたウザーラが吠え、真紅の奔流を吐き出す。

 それは迫る槍を蒸発させ、その渦中にいた少女に、佐倉杏子に力を与えた。

 濁流のような炎を背に受け、佐倉杏子が地面に向けて飛翔するように落ちていった。

 

 叫ぶ杏子。その元へ、炎を貫き赤紫の毒々しい色彩の杏子が躍り掛かった。

 

 

「おりゃああああ!!!」

 

 

 杏子は槍を振い、ニヤついた笑いを続ける赤紫杏子も異なる形の槍を振った。

 激突。轟音。衝撃。破壊。

 

 杏子の目が見開かれた。赤紫の杏子の目が。

 

 銀の刃の二等辺三角形の槍穂が砕け、柄が縦に割れた。

 

 砕け散る槍穂の破片の中、杏子は嗤った。破片に頬を切られ、血を流しながら笑っていた。

 杏子が振った槍は、穂の部分が巨大化していた。

 十字架ベースの形状事態に変化は無かったが、左右に伸びた叉の部分が大きく湾曲し、巨大な斧の形になっていた。

 斧の中腹からは、元の十字架を構成する刃が伸びていた。斧の要素を加えた十字の槍斧を彼女は振るっていたのだった。

 

 

「トマホーク…」

 

 

 振り切った杏子の目に、真紅の光が灯る。

 戦意と闘志の炎。

 

 

「ランサァァアアアア!!」

 

 

 再び槍が旋回。

 赤紫杏子が再生成した槍で受けるが、今度も砕いてその胴体を一薙ぎに払う。

 一瞬の後に傷口が開き、赤黒い血と臓物が宙に溢れる。

 その最中でも、彼女は嗤っていた。口からは唾液に加えて血液が溢れるが、笑みの形は変わらない。

 それは縦一文字に切り裂かれた。頭頂から股間までが、一気に切断される。

 

 

「先を越されたな」

 

 

 面白くも無さそうに、杏子は呟く。

 

 

「処女喪失、おめでとよ!!」

 

 

 最悪の発言と自覚しつつ杏子は再度槍を振った。

 それをバック転の要領で、赤紫杏子は回避した。

 

 追撃を行おうとしたが、時間はなかった。

 硬い音を立て、杏子は地面に着地した。

 

 対する相手も同じく地面に足を着ける。両断されているとは思えないほど、軽やかな着地だった。

 切り裂けた身体を両手で抱き締め、完全な分断から身を留めていた。

 二人の杏子は、三十メートルほどの距離を隔てて対峙していた。

 

 裂かれた肉の断面からは血が止め処なく溢れて全身に赤黒が行き渡り、赤紫の色彩を皿に毒々しく禍々しいものへと変えていく。

 それでも何も無かったかのように、彼女は嗤っている。

 頭頂から股間までの斬撃は、杏子が言ったように彼女の雌の器官も断ち割っていた。

 股間から溢れ出て滴る黒血は、経血か破瓜のようだった。

 

 それを見た事で生じた、杏子の背中を撫で上げる嫌悪感。

 しかしその嫌悪感を押し退け、欲望の熱が滾るのを彼女は感じた。

 一つは喪失による虚無感の渇望。自らに罰を架したいと願う欲望。

 

 そしてもう一つは、湧き上がる性欲。形は違えど、経験を果たしたという事への嫉妬。

 杏子はそれらを異常と認識しているが、それも自分を構成する要素だと思っていた。

 そしてそれは、今目の前に存在するもう一人の自分に対しても同様であった。

 

 だから向き合う。自分を構成する感情の一部と。

 

 

「そんなに、暴力が楽しいかよ」

 

 

 杏子は尋ねる。答えはない。

 

 

「相手を痛めつけるのが、そんな風に笑っちまうくらいに面白いかよ」

 

 

 同様。

 

 

「力を誇示出来るのが、そんなに嬉しいかよ」

 

 

 同じである。

 

 

「そうだよな」

 

 

 彼女は薄く笑った。

 

 

「楽しいし、面白いし、嬉しいよな」

 

 

 杏子は認めた。己の抱いた、残虐性を伴う感情を。

 

 

だからあたしは、てめぇが欲しい

 

 

 赤紫杏子のそれに似た、しかし、より感情の籠った表情で杏子は相手に笑いかけた。

 赤紫の杏子は笑い続けている。彼女にとって、相手は自分が破壊し愉しむための道具でしかない。

 

 肉で出来た、体内に血と内臓と糞便が詰まった道具が何かを言って、何かを想っているだけの存在でしかない。

 だから殺す。理由は無く、そうするのが正しいという認識すらない。

 だから杏子の発言にも動じず、殺意のままに行動した。

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

 理性の欠片も無い、狂った歯車同士が強引にかち合わされるような声を上げた。

 それは招来の叫びだった。

 叫ぶ赤紫杏子の背後に、主と同じく両断された蛇竜が墜落するように降り立った。

 莫大な衝撃が地面を揺らすが、叫ぶ杏子は小動もしない。

 

 対する杏子は槍斧を右肩に担ぎ、黙ってそれを見ていた。

 単に相手を破壊するだけなら、今すぐにでも可能だった。

 

 相手は完全な隙を晒している。しかし、それでは意味が無かった。

 だから、コトが終わるのを待った。

 何が起こるのかは、見当が付いていた。

 

 

「拍子抜けはさせんなよ」

 

 

 相手の変化を期待するかのような口調で杏子は言う。

 コトが起きたのは直後であった。

 

 蛇竜が口を広げ、叫ぶ主を喰らったのである。

 無数の牙が生えた口で執拗に咀嚼する。開閉される口の中で、牙に貫かれて噛み潰され、攪拌される赤紫の肉と衣装が見えた。

 その様子も、杏子はジッと見た。

 

 巨大な口が垂直に持ち上がり、蛇竜の口から喉へと喰われた杏子の血肉が移動する。

 そして、そこから更に変化が始まる。

 

 蛇竜の鋼の体表に、泡のような赤紫の腫瘍が無数に浮かぶ。

 それは喉から生じ、一気に全身を覆い尽くした。

 腫瘍が一斉に弾け、腐敗した葡萄を思わせる色の膿が迸る。

 

 それが連鎖し、形の輪郭が破壊されていく。

 破壊され、また泡が生まれて再生する。

 それが繰り返される。

 やがて泡は薄まり、その内側の存在が顕れていく。

 

 最初に、装甲された両脚が見えた。

 次いで同じく装甲された胴体と胸、車輪のような装甲で覆われた肩と、そこから伸びた両腕が顕れる。

 両腕には触れるもの全てを傷付けるかのような複数の刃が生え、指先にも鋭い爪が生え揃っていた。

 最後に顔の部分の泡が弾けて滴り落ちた。

 

 騎士風の仮面を思わせる、眼鼻の無い非生物じみた顔だった。

 それでいて口の部分にはマスク状の装甲が、まるで虫の口のような造型で施され、妙な生々しさを感じさせるデザインとなっていた。

 見るものに、生理的な不安と恐怖、そして嫌悪を与える姿だった。

 

 中世の拷問具、それに似た趣も杏子は感じた。

 その頭部から左右に向けては、槍穂のような長く鋭い角が生えている。

 姿のモチーフとなったのは、かつて杏子が造り出してしまった異界の兵器、『ゲッターロボ』のマガイモノ。

 

 それがより洗練され、装甲化された姿となって、佐倉杏子の前に顕現していた。

 その大きさは、目算で見て約40メートル。

 魔法少女どころか、魔女でさえも一撃で握り潰す、または踏み潰せるサイズだった。

 

 毒々しい色合いは更に強まり、限りなく紫に近い赤紫の色になっていた。

 その巨体の背後で、蠢く長大な物体が見えた。それは地面を強かに打ち、白い地面を砕いて波打たせた。

 それは蛇竜の胴体をほぼそのまま使用した、巨大な尾であった。

 

 背中の横から伸びているところを見るに、首の付け根か背骨のあたりから生えているらしい。

 魔女と融合したナガレのそれと、ほぼ変わらない様子である。

 

 目も鼻も無く、口も装甲で覆われていたが、その全身からは自然と立ち昇る殺意が伺えた。

 殺戮への渇望、殺人・破壊衝動。

 凝り固まりつつも渦巻き、混沌としながらも何処までも純粋な殺意の発現。

 人と獣と、竜が束ねられた異様な姿。

 全ての生命体を殺戮する為の、万物の破壊とジェノサイドを望み、成す為の姿であった。

 何もかもを、惨たらしく殺したいという欲望の存在。

 

 調子を試す為なのか、分厚く装甲された太い首が左右にユラリと揺れ、そしてぐるりと回される。

 ゴキゴキという、背骨がずれ合わさる様な音が聞こえた。それは、呻き声に聞こえなくも無かった。

 

 

「はっ、気持ち悪ぃ動きしてねぇで、さっさと来な。こちとら待ちくたびれてんだ」

 

 

 更に増幅した殺意を前に、杏子は相手への愚弄を交えつつ泰然と大槍斧、『トマホークランサー』を構えた。

 それが最期の拠り所とでもいうように、真紅の得物を握り締める。

 脳裏に浮かぶのは、これと似た形状の武具で自分に挑んだ相棒の姿。

 あいつが出来たのだから、自分にだってと想いを重ね、怯えを燃やして闘志へと変えていく。

 

 そして彼女の要望に応えたように、他ならぬ彼女自身から生まれた大虐殺の化身は、母たる佐倉杏子へと襲い掛かった。

 

 

 














ほんとトラブルだけは事欠かない

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