魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
自らの魂を貫き、精神の中に己を潜り込ませた佐倉杏子。
その眼が開き、彼女が意識を取り戻したのは、彼女の感覚では槍が魂を貫いた直後の事だった。
意識が消え失せる寸前に、彼から投げ掛けられた一声は今も鮮明に脳裏に残っている。
眼を開くと杏子は立ち上がった。
一面の白。
輝くのではなく、白い闇のような世界が見えた。
足元から膝下の辺りまでを、同色の霧か靄が滞留している。
天も地も、白い闇で満ちていた。
何処からともなく吹く風に寄り、足元の霧が巻き上げられて視界を遮る。
その霧の奥から、彼女に歩み寄ってくる影があった。
長い得物を肩に担ぎ、白の中でも分かる真紅のドレスを着たものの姿が見えた。
展開が早くていい。
彼女はそう思い、槍を構えた。
直後、闇が弾けた。
弾丸もかくやという速度で、それは彼女の元へ訪れた。
眩く輝く、紅と金色の一閃が迸った。
異界を切り裂くような金属音と、そこに乗せられた力が激突した。
ガチガチという音を立てて、二種の槍が柄を絡ませていた。
「はっ……どこで手に入れたんだよ、その槍」
一つは先端に十字の槍穂を頂いた、全てが真紅で彩られた魔槍。
それを持つのは佐倉杏子。心の中に訪れた者である。
そしてもう一本は、金色の柄に二等辺作角形の幅広の槍穂を頂く魔槍。
それを持つのもまた、佐倉杏子だった。彼女の心の中に潜む者。
分身である筈なのに、得物に差異が生じていたことに彼女は僅かな疑問を抱いたが、何故だか納得もしていた。
何処かでその形を見た、そんな気がしていた。
そして今は、それはどうでもいいとした。
訪れた方の杏子は、相手の力に抗いつつ、自分の顔を見た。
前髪に隠れ、両眼は見えなかった。
ただ一か所、耳まで裂けたように半月状に開いた口と、噛み合わされた白い歯が見えた。
歯の間からは、ダラダラと唾液が溢れ、細い顎を淫らな輝きで濡らしていた。
それだけで、杏子には相手の正体が分かった。
自らの内に潜む残虐性。殺意の塊とでも言うべき、もう一人の自分。
そう認識した時、杏子の心に怒りの炎が湧き上がった。
拮抗状態を打破すべく頭突きを放とうとしたその瞬間、相手の杏子の手が伸びていた。
杏子の細首が、殺意の杏子の繊手によって絡み取られる。
一気に握られ圧搾される杏子の首。
彼女の中に生じた炎は、その瞬間に爆発した。
「なろォ!!」
左手は槍に添えたまま、残る右手で杏子は相手の顔面を殴打した。
拳の先で、繊細な顔が潰れる感触がした。
構わず引いた。拳が着弾した杏子の顔は、鼻から血を溢れさせながらも表情を変えていなかった。
不気味な表情を破壊すべく、杏子は連続して殴打を放った。
着弾する拳と顔の間からは血飛沫が迸り、杏子の手首までが血に染まるのにそう時間は掛からなかった。
降り掛かる血液が、殴られ続ける杏子のドレスを穢す。
魔法少女衣装の美しい真紅は血液の黒々とした色と交わり、首から下の胸元を基点に毒々しい赤紫色となっていく。
真紅の杏子と赤紫色の杏子、今この異界には、そんな二人の杏子がいた。
「くた…ばれ!!」
数十発の殴打を見舞い、そしてトドメと言わんばかりに杏子は殴った。
揺蕩う白い霧の中に鮮血が飛び散り、白に赤を足した。
杏子はその殴打によって、相手の骨が砕けた事を確信した。
その拳に、にゅるりという感触が這った。
舌で舐められたと瞬時に悟る。
嫌悪感に思わず拳を離す。
殴打痕が幾つも生じた血塗れの顔は、それでも悪鬼の笑顔を浮かべ続けていた。
衝撃で前髪が少しずれ、その奥の眼が見えた。
真紅の瞳の中は、爬虫類を思わせる縦長の瞳孔が見えた。
それは杏子をじっと見ていた。温度の宿らない、無機質な瞳。
口元と反して、感情の伺えない眼がそこにあった。
それを叩き潰すべく、杏子は叫びと共に拳を見舞った。
接触の寸前、杏子の叫びと動きが止まった。
首を掴んでいた殺意の杏子が力を一気に強め、杏子の気道をほぼ完全に握り潰し、苦痛によって動きを停止させていた。
殺意の指は首の肉を貫き第二関節までを首の中に埋めていた。
首の肉の中で、殺意の指は肉を喰らう蛆虫か絡み合う蛇のように蠢いた。
犯されるような嫌悪感に身を貫かれる杏子。
直後、その身体は宙に浮いていた。
殺意の杏子が軽々と杏子を放り投げ、地上20メートルの高みにまで一気に投げ飛ばしていた。
「くっ…」
苦鳴を上げつつも、杏子は空中で姿勢を正した。
真紅の外套の裾を燃焼させ、覚えたての飛行魔法にて宙を舞う。
首の負傷を治癒させ、内側の骨も元に戻す。
ここは精神世界であるが、前回と違い肉体は負傷するようだった。
気構え一つで変わるのかもしれないが、今の彼女にその余裕はなかった。
その彼女の上から、巨大な影が降り注いだ。
この状況には覚えがあった。
見上げた瞬間、魂と心臓を氷の爪で掴まれたかのような恐怖。
空中を蛇行する巨大な機械の蛇竜、ウザーラ。
本来の色は黒と白、佐倉杏子が生み出した紛い物であれば一面の真紅。
そして今いる個体は、血に染まった殺意の杏子を思わせる毒液のような色合いの赤い紫。
紫色の十字線が入った眼が滞空する杏子を見据え、既に開かれた口の中で無数の紫電の毒蛇が躍り狂っていた。
退避と後退、そして死という単語が脳内を過る。
「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
恐怖を振り払うように叫び、上昇する杏子。
それと時を同じくして、赤紫色の蛇竜は口内の力を解き放った。
空間それ自体を獲物としているかのように、雷撃の毒蛇達がばぁっと拡がる。
その中を、真紅の魔法少女は槍を振いながら飛翔した。
地上に退避しても、広範囲攻撃に蹂躙されるだけ。ならば進むしかない。
蛇竜の頭部に取り付き、その首を切り落とす。
それしか勝機が無い。
肩に膝にと、紫電が着弾し肉を焼け焦がす。
構わず武器を振って、血路を開いて上昇する。
その最中、蛇竜の鼻先に立つ不吉な影を見た。
それは今も口を広げ、血染めの顔で不気味な笑みを浮かべていた。
殺意の杏子は鼻先を蹴って飛翔、空中で身をくねらせ、下方の蛇竜に向けてにっと更に口を広げて嗤った。
それを合図に、赤紫の蛇竜は雷撃に加え、黒交じりの炎を吐いた。
禍々しい色は毒液を思わせ、それは瀑布のような奔流となった。
嗤う杏子はその上に乗り、毒々しい輝きの流星と化して急降下。
右脚をキックの形に伸ばし、赤紫の杏子は杏子に迫る。
杏子はそれに対し、両腕をクロスさせて構えた。重ねられた両腕の中央に、毒々しい色彩を纏った蹴りが直撃した。
激突した腕の肉が弾け、折れた白い骨が外気に晒される。
宙を舞う杏子の血肉は焦げ臭い匂いを放っていた。赤紫色の杏子の足裏には、蛇竜が放った雷撃と炎が絡みついていた。
苦痛の声を上げる前に、再び杏子の腕を衝撃が襲った。
今度は左脚による蹴りだった。
このやり方に、杏子は身に覚えがあった。
彼女自身が、ナガレに見舞った技だった。
そして、それが地獄の始まりだった。
まるで泥でも踏みしだくように、赤紫色の杏子は狂った笑顔のままに両脚で交互に蹴りを放った。
魔法少女の力に紫電と炎が纏われ、一撃毎に杏子の肉体が削れていった。
数発で、防御に用いていた両腕は肩まで炭化し開いた腹に蹴りが減り込む。
高熱で内臓が焼け爛れ、体内の血液は赤い水飴のような粘液と化した。
続く一撃が胸を陥没させ、心臓を雷撃の毒蛇が締め上げる形で愛撫する。
悲鳴すら上げられず、杏子は口から血泡を吹きながら落下していった。
やがて彼女は地面に叩きつけられ、その全身から熱によって変質させられた、粘ついた血が噴出した。
赤紫色の杏子はそんな杏子に覆い被さるようにして着地した。
いや、そんな生易しいものではない。
仰向けに叩き付けられた杏子の腹に、両膝を突き込む形で着地したのであった。
既に焼け爛れて強度を喪った内臓が、杏子の肉の中でペースト状に掻き混ぜられた。
口と、胸に開いた孔からは熱い肉の泥が噴き出した。
ゴボゴボと、汚泥を垂れ流す配管のように杏子は壊れた内臓を吐き出していく。
杏子の肉体の惨状はそれだけに留まっていなかった。
彼女の右目は落下の際に掠めた雷撃によって蒸発、血色の孔と化している。
両腕は肩の付け根から外れ、断面は炭となり、赤い粘液を滲ませながら黒い肉が自然と剥離していく。
その様子が面白いのか、赤紫の杏子の笑みはより深くなったように見えた。
悪鬼の表情で、血に染まった両手を首へと伸ばした。そしてゆっくりと絞め上げていく。
息苦しさに喘ぎながらも、杏子は必死に逃れようともがいた。
しかし体幹を揺らす程度の抵抗しか出来ず、その様子を弄ぶように彼女は楽しげに笑うばかりだった。
左目だけの視界が徐々に暗くなっていく。
消えそうな意識は、背中で生じた痛みによって引き戻された。
「が、あああああああああああああああ!!!」
杏子が悲鳴を上げた。
赤紫の杏子は杏子の潰れた右目に親指を突き刺し、頭を掴んで地面を引きずり始めた。
赤紫杏子の指は、杏子の頭皮と頭蓋を貫通し、脳を貫いていた。得体の知れない吐き気に杏子は意識の喪失と覚醒を繰り返した。
そして、続く苦痛で完全に覚醒させられる羽目となった。
魔法少女の脚力の疾走は風に等しく、身体を地面に押し付ける剛力は重機に等しい。
杏子の背中の肉が異界の地面と摩擦させられ、激しく引きずられる。
異界の白霧が切り裂かれ、背中を中心に削られる肉と泥のような血液が霧を凄惨な色に変えていく。
肉が大きく削ぎ落とされて背骨が削られ、炭化しかけの肺までもが地面に触れた。
このまま自分を削り切る気かと杏子は思い、杏子は極限の苦痛の最中で治癒魔法を発動させた。
破壊されてゆく中で治癒が開始される。まずは両手を戻してこいつから離れよう。そうしないと死ぬ。
そう思った杏子の視界に黒い光が見えた。
それは、彼女が引きずられていく先から発生していた。
強引に首を動かし、杏子は絶句した。
そこには巨体を接地させ、大口を開いた蛇竜がいた。
口の中には黒色の巨大な球体、ブラックホールを思わせるプラズマの火球が形成されていた。
「てめぇ…!」
杏子は必死に叫び、治癒魔法を全開させる。だがそれよりも早くに、赤紫杏子は杏子を宙に放っていた。
火球に直接放るのではなく、杏子を垂直に持ち上げていた。
そこにずいと近寄る赤紫の杏子。
杏子は五センチほど浮き上がらせられていた。
衣装が剥き出しになり、焼け焦げた肌を露出させたその腹に、杏子は嗤いながら掌を添えた。
傷を癒すかのような、優し気な手つきであった。
その掌から光が迸り、莫大な熱が球状に集約した。
「す・と・な・ぁ」
此処に至り、赤紫の杏子は初めて口を利いた。
歯を噛み締めたまま、喉奥で唸る様にして声を発していた。
背後と腹に超高熱を感じつつ、杏子はその言葉の意味を前に全身に冷気を感じていた。
「さん、しゃいん」
何処までも優しく、溢れた血肉で赤紫に染まった杏子は労わる様にそう言った。そして、掌の力を解き放った。
投擲された太陽光が杏子の腹で炸裂し、その身を大きく吹き飛ばした。
魂が砕けたような絶叫を挙げ、高熱で剥離する肉片を焼き付かせながら、杏子は背後の黒い火球へ吸い込まれていった。
新年早々、残虐なオマージュ攻撃に晒される佐倉杏子さん