魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
弾ける体液、飛び散る肉片。
砕け散る武具に引き裂けて宙を舞う煌びやかな衣装。
切り開かれた体の中からは血と粘液にまみれた内臓が、悪臭を撒き散らしながらでろりと這い出て地面に落ちる。
何時もの光景、といえばそうだった。
武具を用いての殺し合いによって生じる、当然の結果である。
ただしこの異様な日常の中でも、異常さは表出していた。
破壊される物体の何もかもは、血のような赤い色をしていた。
髪も肌も骨も、衣装も武具も何もかも。
それが落下する地面もまた赤一色だった。
赤いガラスのような地面に、赤で彩られた人体が落下する。
赤い長髪に、赤い着物。
赤い柄と刀身の二本の脇差が、折られてもなお主に寄り添うように二つに分かれて臓物を零して悪臭を立てる死体の傍に突き立っていた。
肉の断面から溢れた内臓は、自然に零れたにしては量が多過ぎた。
傷口の破壊具合から見て、切り裂いてから抉り出したかのようだった。
地面は赤一色ではあるが、動きを見せていた。
地面自体が動いているのではない。地面の下にある映像とでも言うべきもの。
例えるなら、地面というガラスの下で、赤色の水面が波を伴って揺れているような感じだった。
それが一面に、果てしなく広がっている。
まるで赤い海のような光景だった。
地面の下で波打つ水面、そして地面の上では大量の死骸が水を撒いたかのように散らばっていた。
単髪で軽装の、指を出したグローブを両手に嵌めた赤い少女は首と胴体と両膝を切り離されていた。
顔は踏み潰され、ブーツの底の形に陥没した顔の孔から赤い脳髄を見せていた。
その近くには頭頂から股間までを一気に切り裂かれた少女が転がっていた。
中華風の衣装でお団子状に束ねたツインテールの髪型が印象的だった。
両手に装着された、長く伸びた三本の爪状の暗器は手首ごと切り離されて左右に分かれた主の顔面に耳の辺りから突き刺され、強引に縫い止められていた。
先に真っ二つにしてから、まだ息があったので追加でトドメを刺したのだろうか。
単純だが、加害者の憎悪が伺える殺害方法だった。
爪を武器にした暗殺者風の外見が、何かを連想させたのかもしれない。
その傍には、小柄な少女がいた。
短冊状に切りそろえられた髪を生やした少女の首が、断面を地面に着けた形で置かれていた。
鏡の中の少女らしく、無表情な顔で仲間と思しき三人の少女達の無残な姿を眺めている。
そしてその首から下は、原型を全く留めていなかった。
ミキサーにでも掛けられたかように、衣服と肉が細かく刻まれて混ぜ合わされた物体になっていた。
かつての名残であるかのように、その近くには槍が転がっていた。
穂の部分が、まるで本の栞のような形をした赤い槍だった。
その近くに、地面に突き立つ槍とそれに寄り掛かる様にして座る少女の姿があった。
少女もまた、全身に紅を纏っていた。
ただしこちらは、生まれ持った色として。そして、自分が滅ぼした者達から溢れた色に染まっていた。
「はぁ…はぁ……」
荒い息を吐きながら、佐倉杏子は座り込んでいる。左手は五指広げて胸に重ねられている。
指の隙間からは、闇色の輝きが見えた。
硬質の足音を立てながら、そこに近寄る少年がいた。
血に塗れた斧槍状の魔女を肩に担ぎ、全身に返り血と傷を負ったその姿は例え美少女じみた顔であっても悪鬼羅刹の類か、それ以上の悍ましい何かにしか見えなかった。
事実、彼の背後には酸鼻で凄惨な光景が広がっていた。
全身を赤に染めた無表情な魔法少女の複製達の死骸が散乱していた。
血と肉の海に沈む転がる首の総数で鑑みれば五十体は軽く超えていた。顔面を砕かれたものを追加すれば更に数は増える。
また見えている範囲でそれなので、少なくとも実際はその数倍は屠られているのだろう。
「どうだ?」
「ああ、イイ感じさ」
ナガレは膝を折って彼女に目線を合わせて尋ねた。
空気までもが赤みを帯びているかのように赤く染まった世界は、並ぶ二人にはよく似合っていた。
その彼に、杏子は左手を退けて胸を見せた。
複製からの攻撃で、手の下の衣服は弾け飛んで血に染まった肌が見えていた。
血で濡れ光る剥き出しの胸の中央に、闇を孕んだ宝石が見えた。
「もうすぐ孵るよ、あたしの卵がね」
それはたしかに、孵化の兆候だった。
彼女の中に、新たな命が生まれようとしている。
「…ほんとにやる気かよ」
「たりめーだろ。何の為に神浜くんだりまで来たってんだよ」
黒々と濁った杏子のソウルジェムを見て、ナガレは毎度ながらこの色には慣れないという感慨を抱いた。
廃教会にて異界の魔神の所業を聞き、嘔吐を繰り返した杏子は自らに決着をつけると言って風見野の鏡の結界に赴き彼もそれに付き合った。
理由は、本人ではないとは言え彼も察していた。
十日ほど前、佐倉杏子は鏡の結界の中で異形を現出させた。
それを撃破し彼女の魂の中へ赴き、互いの精神と記憶が交じり合った魂の世界で両者は争い合った。
結果的にナガレが勝利し、杏子の魂の中に溜まっていた濃縮された穢れは杏子の中から取り去られた。
しかしながら、それはあくまで強制的な浄化であり、彼女としての心の整理は付いていなかった。
呉キリカ曰くの『ドッペル』の制御について、帰還後に彼女からざっくりとだがナガレは聞いていた。
ゲームか何かのイベントに例え、彼女は『ドッペル解放クエスト』と言っていた。
杏子にそれを伝えてはいなかったが、杏子は本能的に察したようだ。文字通りに自分の身体の事である為だろう。
そして神浜の鏡の結界を経由して、以前訪れた神浜のミラーズへと赴いた。
出迎えたのは嘗ての光景ではなく、赤一面に染まった異形の世界。そして、同じ色に身を染めた魔法少女の複製体達だった。
結界が変化してしまったが誰の所為なのかは、今はいいとした。
異様さが増していたが、気配は以前と変わらない。ならば前と同じ事は起こせるのだろうと、複製達を葬りながら互いに思った。
「やる事はアレだよ。前にあんたにヤられた事を、あたしが自分でヤればいい。例えて言えば、前のがあんたとあたしのセックスなら、今回はあたしのオナニーみてぇなもんさ」
強がるように性的な単語を交えて杏子は言う。
言った後で羞恥心が来たのか、杏子は顔をかぁっと赤くした。流石に露骨だと思ったらしい。
元気である事は分かったので、彼も少しは安心した。
「この穢れってのがあたしのストレスから来てるってんなら、あんたも少なからず片棒を担いでる。ある意味、あんたはこいつの父親か」
胸を突きながら杏子は言う。この前に絶頂地獄に叩き込まれた事への報復として言っていた。
言われた方としては、あの時は随分と宝石は輝いていたのにと理不尽さを感じていた。
しかし今の彼女が背負っている理不尽さとは、そんなものは比べ物にならない。
「それと…見ろよ、この惨状。あたしはこいつと決着を付けなきゃならねぇ」
周囲に転がる、執拗に破壊された惨殺死体に視線を送り、杏子は言った。
そして、槍を杖にして立ち上がる。
「あたしって奴は…どうにも残虐性って言うか、殺戮衝動ってのがあるらしい。前にも言ったけど、あんたがいなけりゃ焼き肉屋の中は惨殺死体で一杯になってただろうよ」
彼は黙って聞く。
「あれがあたしの本性だってんなら…仕方ねぇさ。でも、あたしはそいつに振り回されたくねぇんだ……あんたなら、分かるだろ」
「分かる」
言い切るように彼は言う。
力に囚われ、力に遣わされる事程、馬鹿々々しい事はないからだ。
彼はそう思っていた。
だからこそ、彼は今の生活をしているのだった。
全ての元凶を葬る為の旅に出た切っ掛けは、まさにそれであった。
「だから…あたしがやらなきゃならねぇんだ。あたしが、決着を……」
語調は静かだが、力強い眼差しで彼を見る。
その言葉は、嘗て彼が今の放浪の旅に出る際に仲間に告げた言葉と同じだった。
皮肉な因果を、彼は感じた。
「ああ。俺は邪魔しねぇから、存分にやりな」
少しだけ迷い、今できることを彼は告げた。
それに対し、杏子は頷いた。
頷いて、こう告げた。
「変な話、だとは思うけどさ。聞いてくれるかい?」
「何でも言いな、相棒」
「あんたがもし、血に狂った殺人鬼みてぇな奴だったら…あたしもそれに合わせられたら……好き勝手に暴れてりゃいいから、楽だったのかもね」
自嘲気に笑い、彼女はそう言った。
「あたしって女は…近くの奴に結構影響受けやすいみたいだからさ。もしもあんたが狂ってたら、きっとあたしも同じく血に狂ってた」
その光景を杏子は幻視した。
自分でも嫌になるほど、その光景は簡単に想像できた。
この世界のような、一面の赤。
赤いフィルターが常に通された様な、毒々しい赤で満ちた世界。
鼻孔を刺すのは、人体から溢れた血と鉄錆と、臓物の中身である糞尿の悪臭。
その中で、二人は嗤っている。
手や武具で死者を冒涜的にこねくり回して弄び、怯える生者を嬉々として殺していく。
ただ自分の力を誇示するために。
そしてその光景を思い描いた事が、最後の一押しになった。
黒く濁り切った真紅の宝石から、穢れが溢れ始めたのである。
闇の奔流は力を伴い、猛烈な風が吹き付ける。
それを彼は真っ向から受けた。髪や衣服がはためくが、彼の体幹は小動もしなかった。
「でもあたしは、そうはなりたくない。そもそも、あたしはあたし以外にはなれない」
そう言った杏子の手に、闇が集まった。闇は細長く伸び、黒い柄と緑と黒、そして赤の混じった斑模様の菱形の槍穂を持つ巨大な槍と化した。
「もし…もしも何かになれるなら……あたしは…………」
杏子はナガレを見る。彼もまた杏子を見ている。
「あたしは……」
槍穂の根元を持ち、杏子はその切っ先を闇を吐き出す胸へと、自分の魂へと向けた。
「あんたみたいに、なりたい」
そう言った時、杏子は微笑んでいた。
泣き笑いにも似ていた。
そして先端は魂を貫き、次いで槍穂が一気に宝石の内へと埋没した。
穂の太さはソウルジェムのそれを超えていたが、漏斗に注がれた液体のように魂の中に入っていく。
槍の半ばまで吸い込まれるのに、一呼吸も掛からなかった。
槍は背からは抜けず、彼女のソウルジェムの中に留まっている。
その槍の中へと杏子の意識は融け、そして自らの魂の中へと吸い込まれていった。
薄れてゆく意識の中でただ一人、こちらを見つめる彼の顔があった。
その姿とその魂を心に刻むかのように、彼は杏子を見続けていた。
意識が消え失せるまでの間、ずっと。
「勝て」
最後に、その声が聞こえた。
彼の今の声に被さる様に、本来の彼の声がした。
そんな気がした。
新年早々大変であります