魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
赤、赤、赤、黒、赤、赤、赤。
電灯に照らされる室内は、それらの色が塗りたくられていた。
壁に床に天井に、赤黒い物体が貼り付き、赤黒いの雨を降らせている。
潰れた男の頭部が壁面に埋め込まれて、破裂した額からは脳味噌がブチ撒けられていた。
上下半身で分断された女は、上が天井に減り込み、下が机の上に引っ掛かる様にして乗っていた。
分かたれた上下半身の運命に抗うように、血と粘液で濡れ光る胃と腸が伸びて上下を繋いでいた。
未だ熱を持つ網の上では、挽肉同然になった人肉が焼けて香ばしい匂いを立てている。
血と腹の中の汚物によって穢れた、皿の上の肉の中に極小の人体が置かれていた。
母親の胎の中で育まれているべき大きさの、赤子以下の赤子である胎児がそこにいた。
母胎から抉り出された挙句に野菜のように切り刻まれた子宮の中で既に絶命し、未分化の親指を唇に咥えたままにあらゆる動きを止めていた。
至る所に手や足がばらまかれ、臓物が椅子や机に引っ掛かっていた。
眼球を抉られた男の顔は、苦悶の表情を浮かべて血の涙を流しているように見えた。
しかし、そういった人の形を留めている死体はまだマシな方だった。
殆どは単なる肉、赤と黒の破片となっていた。
時折雑じる、骨由来の白と、肉の断面に並ぶ黄色い脂肪が残忍な装飾品としてグロテスクさを引き立てていた。
ぐちゃぐちゃに引き千切られてばらばらにされた、肉と骨と内臓と体毛。
内臓の中身は当然ながら汚物であり、酸鼻な血と潮の香りの中に交じり合って筆舌に尽くしがたい悪臭を漂わせていた。
夏の日に涼を取る為に、または草木に水を与える為に水を撒いたかのように。
百人以上の人間を楽に収容できる店内は、原型を留めないまでに破壊された人間の血肉と汚物の混合物によって穢し尽くされてた。
そして大量の赤黒が溜まった店内の中、一塊の肉が盛り上がった。
血と脂肪をべったりと含ませた赤い長髪、引き摺り出した腸をロープを担ぐように細い肩に乗せ、くびれた腰と腹には剥ぎ取られた顔の皮が何枚も貼り付けられている。
少女の身体に纏われていたのは人肉の破片。
少女は裸体の上に人の肉や血や皮を擦り付け、衣服のように纏っていた。
曝け出した秘所は、血以外の粘液で濡れていた。
それが爪先から頭の天辺までに全身を覆う中で、血の濃度を下げて元の色と形を露わにしていた。
少女は長い槍を右手で掴んでいた。
十字架を模した槍穂には、三方向に湧かれた穂先のそれぞれで幾つもの首を貫いていた。
眼や口、耳を貫かれて恐怖と苦悶の表情で絶命しているのは全てが幼い子供であり、泣き喚く形で絶命している赤ん坊の首もあった。
地獄の如く惨状の中。
糞便が放つ悪臭と血肉と体液の酸鼻な香り、そして潰された性器から溢れる生臭い匂いを全身に浴びながら、少女は微笑んでいた。
艶然とした、快楽に耽る雌の表情だった。
秘所を濡らす体液は泉のように滾々と溢れて太腿を艶めかしく濡らし、彼女の性的な快感が事実である事を如実に示している。
不意に、少女の右手が霞んだ。槍穂に突き刺さっていた首の全てが外れて宙を舞い、旋回した槍はそれらを全て無惨に切り刻んだ。
落下するよりも前に、複数の頭部は微細な肉片と化していた。
少女は槍を止めなかった。
店内の何もかもを、真紅の槍は切り裂いた。
辛うじて原形が残っていた死体も、無慈悲な斬撃で人間の最後の尊厳を奪われるように破壊されていく。
少女の足が床を蹴り、泥のように血肉が吹き上がる。
当然、悪臭もまた振り撒かれる。その中で少女は哄笑していた。
自らの力を物言わぬ物体と化した者達に誇示し、踏み躙る事で快楽を得ていた。
動くものは何も無い。
狂ったよう動く彼女と、彼女による暴虐に晒される死骸と物体を除いては。
「おい」
殺戮の最中、少女のような声が鳴った。赤に染まった少女は動きを止めた。
「そろそろ戻って来な」
声は耳元で生じていた。
そしてその細首に、がっと圧力が加わった。
猛獣が獲物の首を噛むような、それはそんな力だった。
佐倉杏子は眼を開いた。
吹き抜ける夜風の先に、風見野の街並みが見えた。
「ん」
隣からの声。
ペットボトルに入った水を差し出すナガレがそこにいた。
無言で受け取り、一口飲む。冷ややかな水が、喉の渇きを優しく癒した。
そのままごくり、ごくりと飲んで口を離した。
「見たのかい」
前を見たまま、杏子は問うた。
「ああ」
同じく風見野の夜景を見ながらナガレは答えた。
言い終えると、彼は二個目のおにぎりを齧った。断面には赤色のフレーク。中身は鮭だった。
ハァと溜息を吐く杏子。何時の間にかしていた妄想が幻惑魔法と絡み合い、ビジョンとなって本人と隣のナガレに作用したと悟ったのである。
「ま、何を考えるかは自由だけどよ」
事も無げと言った風に彼は言う。
気にするなと言いたげであった。
「怒らないのかい」
「その問い掛けなら、応えは今言ったばかりだぜ」
何を考えるのかは自由。確かにそれはそうである。
しかしながら、杏子には納得できなかった。
それは、自分がなぜあんな光景を思い描いたのかという疑問も混じっていた。
そして疑問に対し、彼女はある思いを抱いた。
それは猛スピードで増殖する腫瘍のように膨れ上がった。
「あれがあたしの、本性というか願望なのかもな」
血と臓物に塗れて、暴力を振う事に至上の快楽を見出す自分。
無意識の内にそれを思い描いた事は、何よりの証拠で無いのかと。
「だったら何だよ。お前はこうして大人しくしてるじゃねえか」
「今だけかもよ」
「それなら、そん時にはまた俺相手に戦えばいい」
杏子の方を見て、彼は即答する。
「そっちの方が、お前も暴れ甲斐あるだろ」
漆黒の坩堝のような、渦巻く眼が杏子を見る。
彼の顔に浮かぶのは、挑発のような笑み。
「…案外、甘い奴だな」
彼の意図を察して、杏子は言う。
自分を人殺しにさせたくなく、人死にが見たくないのだろうなと彼女は思った。
「ああ、昔にもそう言われた。お前みたいな強い女によ」
「へぇ」
素っ気なく返す。強いと言われた事は嬉しく、一方で別の女という事例が彼女の胸に「もやもや」を溜めた。
これがのちの火種だったのかもしれない。
「人生経験を匂わせての年上アピールたぁ、あんたもガキだね」
「うっせ。たまには年上らしい事させろ」
「だから、もやもやがあんならぶつけろっての?」
「まぁ、そうなっかな」
「あんた、そういう風に甘やかしてっからあいつらがツケ上がんだぞ」
あいつらとは、言うまでも無く呉キリカと朱音麻衣である。
どちらも杏子にとって、生命体として害虫以下の認識をされている。
「ああ?俺はいつも本気で戦ってんぞ?でねぇとお前ら相手じゃ瞬殺されちまう」
「いや、そういう甘やかしっていうか、手加減て意味じゃなくて……」
微妙なズレに、こいつは本気なのかなと杏子は思った。
様子から察して、本気である事が分かった。天然なのだろう。
そして本気である、という事から彼女は行動を決めた。
「じゃ、さっそく頼むかな」
そう言って、杏子はナガレへとずいと近寄った。
とはいえ最初から五センチ程度しか離れていない距離である。
少し動いただけで、杏子の右肩は彼の肩へと触れた。
露出した彼女の肩は、炎のように熱かった。
そして直後、彼に与える熱が増えた。
杏子が身体を右向きに半回転させ、彼を正面から抱き締めていた。
そして。
「抱かせろ」
彼の背に手を回して身体を密着させる。
赤い宝石が付着した胸を彼に押し付け、肉の柔らかさと肌の熱さを彼に伝える。
肉食獣が獲物を喰うかのように彼の体に覆い被さり、唇を彼のそれに重ねながら、佐倉杏子は思念を用いてそう言った。
彼の心の声「(お前らって最近いつもそうですよね。俺の事なんだと思ってるんですかね)」