魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第6話 紅黒乱舞③

白い安全靴が地を蹴った。

真紅の魔法少女の声が、図らずとも戦端の切っ掛けとなっていた。

彼の両手には既に、二丁の手斧が握られている。

 

対して、呉キリカは動かない。

だらりと両手を垂れさせたまま、悠然とその場に立ち尽くす。

武具を顕現させていないのは、タイムラグなしで生じさせられる、

魔法ならではの利点のためか。

或いは、単に面倒なのか。

少年はそれを、

 

「ナメやがって」

 

と受け取った。

また、そう思ったのは彼だけではなかった。

 

黒い魔法少女へと疾走する黒髪の少年が、僅かに左に逸れた。

開いた空間の隙間から、人型の炎が去来した。

火竜の息吹の奔騰のように疾駆する影は、やがて人の形をとった。

長大な槍を携えた杏子であった。

 

会敵までのほんの一瞬前、黒と紅の視線が交差した。

予め取り決めていた緻密な連携を瞬時に確認、ではなく単純な意思を互いに交わす。

両者の意志は同じだった。

即ち、

 

「こっちの邪魔はするな」

 

と。

一応とはいえ、本当に仲間なのか疑わしい遣り取りであった。

だがこの両者なりに、何か可笑しいものを覚えたらしい。

微かながら、唇には緩みが生じていた。

それは相手に向けたものではなく、現状を皮肉ってのものだった。

 

そして直後、その形が変化した。

緩くなっていた唇の口角が、裂けたように広がった。

残ったのは雌雄の獣の、獰悪な表情だった。

そして両者の口から、悪鬼の咆哮が迸る。

十代前半、第二次成長期の甲高い声。

それでいて、地獄の底から響いてくるような声だった。

 

咆哮に光が続く。

一対の獣の牙が、真紅と一閃と漂泊の刃による二条の閃きが獲物へと向かっていく。

 

三つの光へと、黒い魔法少女が手を伸ばした。

まるで光を求めるように。

黒い魔法少女の手甲から赤黒い光が生じたのも、その時だった。

 

破壊を成すために生まれた凶器達の接触には、激烈な音が伴っていた。

それは今日だけで既に数千回と生じたものと同じであり、また異なってもいた。

得物の断末魔たる、破砕音であった。

 

「へぇ」

 

短く呟いたキリカの黄水晶の瞳に、赤黒い欠片が映っていた。

 

「先程の腑抜けぶりが嘘のようだ。やるじゃないか、佐倉杏子」

 

無数の魔力の断片が、彼女の手の甲から弾け飛んでいた。

斧の根元の血肉と共に。

 

「魔法で自分を強化して、速度低下と相殺させたか」

 

皮と肉がそぎ落とされ、生々しい筋線維と骨を剥いた手の甲を眺めつつ、

事も無さげに、キリカは己の能力を口にした。

そこには嘲弄の色も無く、また失言を悔いる様子もない。

ただこれが、相手が既に自分の能力に気付いていると自覚してのものなのか、

或いはまったくの無思慮なのかは分からない。

 

「それと友人、君は相変わらず元気だね」

 

呉キリカの視線が、自分の右手から左側へと動いた。

黄水晶と闇色の瞳が合致した時、遠くで何かが断たれる音が鳴った。

異界の地面を断ち、戦端を埋めて突き立ったのは、柄の部分を寸断されたキリカの斧だった。

残りの二本は、向かい合う両者の間で骸のように横たわっている。

そして先に堕ちたそれらの上に、数個の破片が重なった。

魔の武具を打ち砕いた鋼は、この時に限界を迎えたのだった。

 

「そして、さらば」

 

細い両手が掲げられたころには、肉体の破損個所と魔斧の再生は終わっていた。

言葉と共に腕が降ろされ、六振りの深紅の瀑布が、少年へと落下していく。

杏子は己を紅の弾丸と化して駆け抜けており、既にこの場を離脱している。

ジャケット裏からの抜刀も、間に合うとは思えない。

 

彼を待つのは、一瞬の後に肉片と化す未来しかなかった。

攻撃者であるキリカもまたそう思ったのか、別れを告げた声は切なげだった。

離別の哀しみというよりも、『その程度か』との失望の色が強い。

 

瀑布の落下は、檄音と共にその半ばで停止した。

眼前の存在に興味を失い、眠たげに細まっていた眼が開かれた。

 

「…わあぉ」

 

彼女に一呼吸を置かせたのは、眼前の光景への驚きのためか。

彼の両手に掴まれた漆黒の柱が、魔斧の群れを受け止めていた。

佐倉杏子の長大な槍ほどではないが、漆黒の柄は彼の身と同程度の長さを備えていた。

太さも杏子の槍とほぼ等しい。

左右の末端は錐のように収斂して鋭角を成し、全体的に見れば漆黒の長槍という風を呈している。

そんなものが、何の前触れもなく忽然と姿を顕していた。

 

身を軽く捻り、全身の発条を用いて彼女は跳んだ。

魔斧と触れ合う黒い槍から、何かを感じたかのように。

例えば、何か禍々しい気配を。

 

「逃がすか」

 

突撃を開始してから、初めて彼は口を開いた。

だが直ぐに口元が引き結ばれ、両手が柄を力強く握り締めた。

そして、キリカの元へと槍の先端が奔った。

 

飛翔に近い跳躍をしつつ、彼女は見た。

彼女の予想よりも速い挙動で地を蹴り、自分へと追い縋っていく友の姿を。

 

「うるぁああ!!!」

 

叫びと共に長大な得物が、真横一文字に振られたところを。

それは彼女の予想よりも、二刹那ほど速かった。

 

一閃の後、空中に紅い花が咲いた。

花は白黒の衣装と血と、少量の肉で出来ていた。

 

飛び散った肉の大部分は、破壊者である幅広の刃に付着していた。

先程まで呉キリカの豊かな乳房を構築していた肉と脂肪が、その中央にへばり付いている。

刃の上の肉片がぐちゃりと蠢いた、と見るや黒い刀身の中へと消えた。

魔法少女の肉が消えた後には、拳大の黒い球体が残った。

 

彼女の友人が携え、魔法少女の上半身を薙いだそれは、巨大な両刀の斧だった。

中央に空いた穴の中に鎮座する球体がくるりと廻り、

内部の白い塊の焦点を黒い魔法少女へと向けた。

それは、邪悪な生命体の視線であった。

 

「素晴らしいよ、友人。いい趣味をしてるじゃないか」

 

鮮血色の唇が緩い半月を描いた。

女性の象徴の一つである乳房を根こそぎ破壊された少女は、

朗らかとさえ思える表情を浮かべ、笑っていた。

痛痒など微塵もないのか、或いは、それさえも笑いの成分としているのか。

 

「あぁ、ホントにね」

 

同意の言葉は、キリカの背後で生じていた。

こちらは完全な皮肉によるものだった。

 

キリカが振り返るどころか、表情を変えるよりも早く、その顔を朱線が走った。

朱線は頭頂から顎へ、そして破壊された胸部を更に縦に割り、腹部へと至った。

朱の最先方には、真紅の槍の穂先があった。

 

少女の華奢な身体が、あと三十センチほどで完全な両断に至る、

ところで真紅の侵略は停止した。

杏子が静止させたのではなかった。

 

「この私に共感してくれるとは…例え嘘でも嬉しいよ」

 

舌と喉が両断されているにも関わらず、キリカの声の発音は明瞭だった。

そして後ろに回された左手が、槍の柄を掴んでいた。

杏子が更なる力を加える前に、彼女は身を引いた。

着地と同時にキリカが背後に向けて右腕を振い、魔斧の斬撃を見舞っていた。

 

身を引く刹那に、殊更に強力な『粘り気』を杏子は感じた。

己の首へと向かう、斧の群れへと迫る、キリカに負けじ劣らずの禍々しい気配のことも。

 

杏子の鼻先で、二種の魔斧が激突した。

無理な体勢からだったというのも、理由の一つではあるだろう。

だがそれでも、吹き飛ばされたのは黒い魔法少女の方であった。

 

槍が勢いよく抜け、飛翔する魔法少女の背から鮮血が跳ねた。

 

着地し、黒い魔法少女は背後へと向き直る。

顔を含む上半身は事実上の両断をされ、更には胸部に巨大な洞が生じ、

それらから溢れ出る血と体液は、彼女の姿を白黒から赤黒へと染め抜いていた。

だがそれでも、美少女の面影は色濃く残っていた。

血と体液に濡れそぼった姿は、不気味な妖艶さを湛えていた。

相変わらずの朗らかな笑みを刻んだ表情が、それを更に引き立てている。

無惨で無垢な、そして病的な美しさだった。

 

その黒い魔法少女の視界を、巨大な黒が覆った。

振り下ろされた巨斧だった。

暗黒の大瀑布とでもするような一撃に、異界そのものが震えたかのようだった。

 

「さっきと逆だね。妙な気分だ」

「奇遇だな、俺もそう思っちまった」

 

六本の魔斧が左右から喰らい付き、金属の歯ぎしりを生じさせつつ、

裂けた顔の数センチ手前で巨斧は停止していた。

彼女の言葉の通り、先程とは真逆の状況となっていた。

鍔迫り合いの最中、キリカの胸と顔に変化が生じていった。

豊かな乳房はおろか、肋骨やその内の内臓に至るまでを完膚なきまでに破壊され、

赤黒い洞となっていた胸部が、見る見るうちに塞がっていった。

 

肉が肉を生み、肋骨が肉の奥からせり出した。

噛み合う七つの斧を伝って、力強い鼓動さえもが聴こえてきた。

修復された胸郭の表面を白い肌が覆い、最後に衣服が修復された。

 

「どうだい友人。魔法少女とはいいものだろう?」

 

剛力を両手に注いだまま、自慢気にキリカは告げた。

その頃には既に、顔を含む上半身の損傷も癒えていた。

朱の斬線の痕跡など、毛筋ほども残っていない。

血に塗れていた衣装も、何時の間にか赤黒い汚濁と入れ替わるように

本来の色を取り戻していた。

修復が開始され、完了するまでに要した時間は、僅か二秒。

 

「不死身かよ、てめぇ」

 

無数の蛭の蠢きのように、肉の断面が蠕動しつつ癒着する光景を前に、

ナガレは吐き捨てるような口調で言った。

 

「それは嫉妬かい?」

 

微妙に噛み合わない会話に苦慮の色を浮かべたまま、少年の顔が左へと傾いた。

寸前まで彼の後頭部があった空間より、真紅の穂先が飛来した。

 

「またゴチャゴチャやってんじゃねぇ!!」

 

巻き込まれては敵わぬとみて、ナガレは斧を翻し、転がるように飛び退いた。

投擲された裂帛の一突きは、再生したばかりのキリカの胸を貫いた。

 

「痛いじゃないか」

 

美しい顔をしかめ、心臓を貫かれている女が呟く。

槍の穂は細い背中を抜け、背から五十センチほども突き出ていた。

 

「こう見えて私は、痛いのはあまり好きじゃない。そういうのはさささささの役割だ」

 

えいっと口ずさむように気合を入れると、彼女は槍に手を掛けずるりと抜いた。

心臓の破片らしきものが、穂にべったりとこびり付いていたが、

彼女は特に気にした様子もなく、無造作にそれを投げ捨てた。

面倒なのか、胸に空いた穴もそのままに、

 

「友人。それとそっちの赤いの」

 

ぞんざいな口調と共に一対の敵対者達に眼を配った。

後者に対する扱いが目に見えて悪いのは、彼女なりに気分を害したためか、

それとも適当な呼び名を思いつかなかったためか。

どちらにせよ、杏子の額にうっすらと青筋が浮かんだことだけは確かだった。

 

「別に其処まで楽しい訳でもないが、割と悪くない気分だ。もう少し遊ぼうじゃないか」

 

もう少しとは、彼女が飽きるまでだろう。

自分たちが力尽き倒れ、そして肉片と化したところまで。

再び両手の魔斧を構えたキリカを前に、杏子はそう受け取った。

無論、そうなる積りは毛頭ない。

例え相手が不死身であろうと。

 

「あいつ、俺の知ってる魔法少女とは随分違うな」

 

傍らの少年が、率直な言葉を呟いた。

「知っている」とは、ネカフェでの『勉強』で得た知識と比較してのものだろう。

そりゃそうだと、杏子は心中で同意した。

正直なところ、呉キリカは自分の同類であるとは思えないし、思いたくはない。

回復能力と言い精神構造と言い、明らかに自分が知る魔法少女の範疇を越えている。

 

ついでにという形で、杏子は自分に送られている視線に気が付いた。

隣の相棒の右手に握られた巨斧中央の異形の眼が、

白黒を交互に繰り返す不可解な視線を杏子に送っていた。

恐らくは眼の前の黒い魔法少女に怯えているのだろうと思ったが、知った事ではない。

これが今彼の手元にある事情は道化を締め上げて吐かせていたが、

実際に間近で見ると嫌になる光景だった。

唯一つ、その両者が戦力として有能であることが救いだった。

 

「夢と現実はちゃんと区別しろよ、このバカ野郎」

 

呆れた様子で言葉を返すと、彼は返答代わりに小さく笑った。

そして両者は再び地を蹴った。

眼の前の、悪夢じみた現実を滅ぼすために。

 

 

 

 

 

 

 


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