魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「ほらよ、焼けたぞ。こいつはどっちだ?」
「塩ダレ」
「あいよ」
机の中央に開いた孔の中。
網の上で焼けた肉をトングで挟み、対面に座る杏子の前の皿へとナガレはそれを置いた。
「さんきゅ」
滴る脂が薄い白色の液体に沈み、香ばしい香りを立てる。それを箸で掴み、杏子はそれを口に運んだ。
硬い肉を噛み締める度に、沁みたタレと下味の塩気が味蕾を撫でる。
「美味いな」
「ああ」
ナガレも同意し、肉を噛む。
両者が座る卓の上には、既に空になった皿が重ねられていた。
夜の九時半、場所は風見野の焼き肉屋。
安価な食べ放題が売りの店に二人は来ていた。
「そういえばさぁ」
「ん?」
口内の肉を噛みながら、彼は杏子の言葉に反応する。
噛み締める肉が放つボリボリという弾力は、砂肝に似ていて心地よい刺激を彼に与えていた。
「あたしら。要は魔法少女って子供を孕んだり産めたり出来んのかな」
普段の私服姿の杏子は黒シャツを捲り、白い肌で覆われた下腹部を撫でながらそう言った。
撫でているのは、正確にはその奥にある肉の袋をと云った処か。
「………」
彼は黙り、肉を噛みながら考える。
彼が口に含んでいたのは、豚のコブクロだった。
感覚的に、口内の肉に苦みが添付された様な気がした。
そうしていると、杏子も焼けたコブクロを数枚一気に口に含んだ。
対面に座る両者の間で、それを噛み砕く音が鳴り響く。
ごくんという音が鳴り、ナガレは肉の袋を飲み込んだ。
少し遅れて杏子も飲み込む。
「そりゃあ…お前」
「あたしらの本体はソウルジェムで、あたしらの身体はそいつから出る電波?だか電磁波だか放射線だかで動いてるらしいね」
彼の見解を遮るように、杏子は事実を述べる。
「んーーーー…実感ねぇけど、あたしらはゾンビってことかな?動く死体ってヤツ?」
「死体にしちゃあ、元気だな」
「最近、ってワケでもねぇけど元気に走るゾンビって多いみたいだからね。あたしらもその一つかもなぁ」
そう言って杏子は、先程のお返しとばかりに焼けた肉を彼の皿へと置いた。
皿の上に、焼けたコブクロが山と乗る。
独特の形状に丸まったそれらに、ナガレは辛みが利いたタイプのタレをかけた。
食欲をそそる香りを放つ、焼けた子宮。
美味そうだなと彼女は思った。
「お前はちゃんと生きてるじゃねえか。物食ってるし血も流すし、欲望にも素直だしよ」
煽りのような言葉を彼は吐いた。彼女はそれを叱咤と受け取った。
下手な言い回しだな、主人公ならもっと気の利いた事言えよと彼女は思った。
しかしながら相手の立場を考えると、どういった事を言えばいいのか自分でも分からない。
まぁ及第点にしておくかと思い、八重歯を見せて嗤った。
いつものように、獲物に向けるような貌で。
「そういうのはゾンビでも出来そうなんだけど?本能だろ、それ」
「じゃあ言葉話せてる。俺の言葉を理解できてるってトコで」
「ガキ孕んで産めるのかってトコは?」
「何の為に腹から血ぃ流して苦しんでんだよ」
「はっ、そいつは生き物のマネゴトかもね。だとしたら邪魔な機能でウザってぇだけさ。佐倉家はあたしで終わりだからさ」
時折肉を喰いながら二人は会話する。
この状況下で、次に消費され始めたのはレバーだった。
焼けた事で白っぽくなった肝臓の表面に歯を立てたとき、杏子はふと疑問を覚えた。
「そういや、あたしの事はそれでいいとしてさ」
疑問を言葉にしていく。
彼は何となく察せた。彼女は自らの存在を問うた。
となると次に問われるのは。
「あんたもあんたで、男なんだからあたしらとヤれるのは分かるんだけど。ヤった後に孕ませられるのかなってさ。出身は地球でも別のとこから来たんなら、そもそも別の生き物じゃねえのかなと」
だろうなと彼は思った。
思いつつ、確かに疑問でもあった。
しかし分かるところもある。
「それで合ってると思うぜ」
その確信は本能からのものだった。それについては、結論が出ているとしか思えない。
一方で、別の疑問もある。
「そいつは元のあんたの事だろ。今はどうなんだろうな」
それである。
この肉体は元の自分が変わったものではない、ということも本能的に察せている。
となるとこの肉体の出処は?そしてこの世界で生まれたものであれば、遺伝子の結合は可能なのかと。
「さぁな」
自分の本能に問うと、それについては分からなかった。
試す気も無い。
しかし、自分の生きる方針は既に決まっている。
「まぁ俺は家庭とか似合わねぇし、誰かを育てられるとも思えないし、そういうのになる積りがそもそもねぇや」
思うままに言葉を述べる。
寂しさは全くといっていい程ない。
「なんでさ」
ふぅん、と返したつもりだった。
そう言った事には、言い終えてから肉を口に含んでから彼女は気付いた。
今度は杏子が、口内の肉に苦みを感じる羽目となった。
罪悪感からのものである。
踏み込むべきではない言葉だったと、否応なしに良心が彼女を責める。
はっ、と彼は嗤った。
皮肉でもなく、彼女に対する非難のそれでもない。
ただの笑いである。
「こんな面倒な生き方してる奴に、付き合わせちゃ悪いだろうが」
事も無げに彼は言う。思わず杏子は息を呑む。
こいつ、というかこの存在の生き方を彼女は垣間見ていた。
肉を咀嚼する顎の動きも止まる。
「ま、そんなワケだな。ああそうだ、飲み物持ってくっけど何がいい?」
話題の矛先を変え、行動を促す。
助け舟とばかりに彼女は肉を呑み込み、
「コーラ。出来るならコップ二つで、氷多めで頼むよ」
「あいよ。ちょっとまってな」
そう言って彼は席を立ち、店の奥にあるドリンクバーへと向かい歩き始めた。
多くの客を収納する為か店内は入り組んだ構造であり、まるで上から見た蜂の巣のように小部屋が連なっている。
狭い通路でありながら行き交う人の数も多い。それらを器用に避けて彼は進み、角を曲がって彼女の視界から消えた。
夜も更けてきたというのに店内は人で満ち、至る所で肉の焼く音や笑い声や怒鳴り声、過激にじゃれついているのか女の嬌声までもが入り乱れている。
眼の前の存在が消え失せると、先程までは全く気にならなかった環境音が濃厚に感じられた。
うるせぇなと思いつつ、網の上で焼けた肉を皿の上に置いた。
先にナガレの方に置き、次いで自分の皿に盛る。
タレを追加しようとした時に、杏子は小さく笑った。
相手を労わる心を出したことに、おかしさを覚えたのだった。
「(あたしも弱くなったもんだ)」
そう思った。思ったが、それが弱さとどう関係するのかとも思う。
まぁいいやと思い、食事を続けようとした。
薄いロースをタレに絡めて口に含む。
咀嚼しているその間、音が聴こえ続けていた。
口の中で肉を噛み潰される音ではなく、周囲で交わされる会話を彼女は聞いていた。
正確には聞こえていたと云うべきか。
先程まで、ナガレがいた時は全く気にもならなかった雑音を、彼女の魔法少女としての感覚は残らず拾っていた。
こいつらを自分は敵と思ってるからかと、彼女は思った。
バカバカしいと思い肉を咀嚼する。
胃液のような苦々しい味がした。そんな気がした。
『売女』
『淫売』
頭の中で単語が連なる。
それは更に続いた。
順番ではなく同時に、一斉に。
『浮浪者』
『ホームレス』
『未就学児』
『孤児』
『孤独』
『カルト宗教』
『詐欺師の娘』
『人殺し』
肉を呑み込む。
それは鉛のように重かった。
『一家心中』
『死に損ない』
『きっとあいつが殺した』
『殺した』
当たってるよ、と杏子は表情には出さずに内心で皮肉る。
全くとして、面白くもなんともなかった。
『さっきまでいた奴』
『彼氏か?』
『股の穴でも使ってたらしこんで、友達ごっこしてるんだろ』
『淫売だから尻穴も使って男を咥えてるに違いない』
酷い言われようだと思った。
もう一枚肉を喰おうとしたが、手に持った箸は異様に重く感じた。
軽い肉を挟んだら、恐らく手から滑り落ちてしまうと思えるほどに。
『娘もそうなら、きっと母親も淫売』
『夜の街角に、あいつの母親が立ってるのを見た事がある』
『買った事がある。二人分ひり出したせいで緩かった。金返せっての』
『ウソつけ。ずっと寝込んでたハズだ』
『なんで知ってる』
『妹の方狙ってたから』
『うっわ、引くわ』
『妹は新品だったろうから勿体なかった』
『犯っておけばよかった』
『あいつは?』
『今度人集めるか』
『あの生意気そうな顔を歪めてやりたい』
『金払えば犯らせてくれるか』
『バカ、こっちは貰う側』
『代わりにシンナーでも飲ませるか、クスリでもちょっとくれてやればいい』
『あすなろとかで出回ってるやつ。アレ最高』
『あいつの歯を全部圧し折って突っ込みたい。喉奥犯してぇ』
『紅い眼を抉ってそこに突っ込んでもいい』
『あー、この前観たスナッフビデオでやってたプレイな。可愛い子が泣き喚いてて、すっげぇ興奮した』
『あんな面白ぇの、神浜行けば簡単に買えるの凄い。草生える』
『その内、新作にあいつでてるかも』
『言えてる』
『殺されながら犯されるか、死姦されてるの似合いそう』
『尻や股だけじゃ足りなくて、口や目、耳や鼻にも突っ込まれてヨガってそう』
『それ最高。想像したら勃っちまったから便所で抜いてくる』
『草』
『草』
『草』
重なる悪罵と悪意、嘲笑と穢れた欲望。
そして。
『佐倉家は呪われた一家。あんな奴ら、生まれてこなければよかったのに』
そこで限界が来た。
杏子は箸を握った。
簡単に圧し折れた。
それからどうするか、彼女は一瞬の内に決めた。
その思考を貫いて、店内に音が迸った。
ガラスが砕け散る音だった。
その音に従うように、店内は静まり返った。
音の発生源は、それを気にも留めずに歩みを進める。
「ほらよ。ちょっと混んでてな、遅くなった」
自分の座席に座り、杏子の注文したグラス二つ分のコーラを彼女に差し出す。
これでもかと氷が入れられ、グラスの表面を水滴の粒が濡らしていた。
彼は右手でグラス二つを握っていた。
左手には何も持っていなかった。
ただ、彼の左手からは飲料水の甘い香りがし、細くしなやかな指は液体に濡れていた。
「またそろそろ、網変えるか」
平然と彼は言う。何も無かったように。
悪罵はもう聞こえなかった。
それらを発していた者達は、心が死んだかのように黙っていた。
「その前に顔拭けよ。こっちに顔向けな」
「ああ、悪いな」
ポケットからハンカチを取り出し、杏子は彼の顔を拭いた。
破片で切ったか、僅かに出血していた。顔に付着した液体を拭ったころには、負ったばかりの小さな傷は消えていた。
「ありがとよ。さて、時間はあと一時間ってとこか」
食べ放題の制限時間についてである。
「何を喰う?」
タッチパネルを見せる彼に、杏子はにやりと笑った。
「景気よく、全部と行こうぜ。余裕だろ?」
「たりめぇよ」
「そうこなくっちゃね。血肉は幾らあっても足りねぇからな」
「そいつぁ言えてやがる」
愉しそうに笑い、くだらない会話を重ねながら二人は食事を続けていく。
「ありがとよ」と言うべきか彼女は悩み、結局言わなかった。
この二人も随分と仲良くなったものであります