魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第2話 食事は楽しく、会話に花を咲かせながら

「ほらよ、焼けたぞ。こいつはどっちだ?」

 

「塩ダレ」

 

「あいよ」

 

 

 机の中央に開いた孔の中。

 網の上で焼けた肉をトングで挟み、対面に座る杏子の前の皿へとナガレはそれを置いた。

 

 

「さんきゅ」

 

 

 滴る脂が薄い白色の液体に沈み、香ばしい香りを立てる。それを箸で掴み、杏子はそれを口に運んだ。

 硬い肉を噛み締める度に、沁みたタレと下味の塩気が味蕾を撫でる。

 

 

「美味いな」

 

「ああ」

 

 

 ナガレも同意し、肉を噛む。

 両者が座る卓の上には、既に空になった皿が重ねられていた。

 

 夜の九時半、場所は風見野の焼き肉屋。

 安価な食べ放題が売りの店に二人は来ていた。

 

 

「そういえばさぁ」

 

「ん?」

 

 

 口内の肉を噛みながら、彼は杏子の言葉に反応する。

 噛み締める肉が放つボリボリという弾力は、砂肝に似ていて心地よい刺激を彼に与えていた。

 

 

「あたしら。要は魔法少女って子供を孕んだり産めたり出来んのかな」

 

 

 普段の私服姿の杏子は黒シャツを捲り、白い肌で覆われた下腹部を撫でながらそう言った。

 撫でているのは、正確にはその奥にある肉の袋をと云った処か。

 

 

「………」

 

 

 彼は黙り、肉を噛みながら考える。

 彼が口に含んでいたのは、豚のコブクロだった。

 感覚的に、口内の肉に苦みが添付された様な気がした。

 

 そうしていると、杏子も焼けたコブクロを数枚一気に口に含んだ。

 対面に座る両者の間で、それを噛み砕く音が鳴り響く。

 

 ごくんという音が鳴り、ナガレは肉の袋を飲み込んだ。

 少し遅れて杏子も飲み込む。

 

 

「そりゃあ…お前」

 

「あたしらの本体はソウルジェムで、あたしらの身体はそいつから出る電波?だか電磁波だか放射線だかで動いてるらしいね」

 

 

 彼の見解を遮るように、杏子は事実を述べる。

 

 

「んーーーー…実感ねぇけど、あたしらはゾンビってことかな?動く死体ってヤツ?」

 

「死体にしちゃあ、元気だな」

 

「最近、ってワケでもねぇけど元気に走るゾンビって多いみたいだからね。あたしらもその一つかもなぁ」

 

 

 そう言って杏子は、先程のお返しとばかりに焼けた肉を彼の皿へと置いた。

 皿の上に、焼けたコブクロが山と乗る。

 独特の形状に丸まったそれらに、ナガレは辛みが利いたタイプのタレをかけた。

 食欲をそそる香りを放つ、焼けた子宮。

 美味そうだなと彼女は思った。

 

 

「お前はちゃんと生きてるじゃねえか。物食ってるし血も流すし、欲望にも素直だしよ」

 

 

 煽りのような言葉を彼は吐いた。彼女はそれを叱咤と受け取った。

 下手な言い回しだな、主人公ならもっと気の利いた事言えよと彼女は思った。

 

 しかしながら相手の立場を考えると、どういった事を言えばいいのか自分でも分からない。

 まぁ及第点にしておくかと思い、八重歯を見せて嗤った。

 いつものように、獲物に向けるような貌で。

 

 

「そういうのはゾンビでも出来そうなんだけど?本能だろ、それ」

 

「じゃあ言葉話せてる。俺の言葉を理解できてるってトコで」

 

「ガキ孕んで産めるのかってトコは?」

 

「何の為に腹から血ぃ流して苦しんでんだよ」

 

「はっ、そいつは生き物のマネゴトかもね。だとしたら邪魔な機能でウザってぇだけさ。佐倉家はあたしで終わりだからさ」

 

 

 時折肉を喰いながら二人は会話する。

 この状況下で、次に消費され始めたのはレバーだった。

 焼けた事で白っぽくなった肝臓の表面に歯を立てたとき、杏子はふと疑問を覚えた。

 

 

「そういや、あたしの事はそれでいいとしてさ」

 

 

 疑問を言葉にしていく。

 彼は何となく察せた。彼女は自らの存在を問うた。

 となると次に問われるのは。

 

 

「あんたもあんたで、男なんだからあたしらとヤれるのは分かるんだけど。ヤった後に孕ませられるのかなってさ。出身は地球でも別のとこから来たんなら、そもそも別の生き物じゃねえのかなと」

 

 

 だろうなと彼は思った。

 思いつつ、確かに疑問でもあった。

 しかし分かるところもある。

 

 

「それで合ってると思うぜ」

 

 

 その確信は本能からのものだった。それについては、結論が出ているとしか思えない。

 一方で、別の疑問もある。

 

 

「そいつは元のあんたの事だろ。今はどうなんだろうな」

 

 

 それである。

 この肉体は元の自分が変わったものではない、ということも本能的に察せている。

 となるとこの肉体の出処は?そしてこの世界で生まれたものであれば、遺伝子の結合は可能なのかと。

 

 

「さぁな」

 

 

 自分の本能に問うと、それについては分からなかった。

 試す気も無い。

 しかし、自分の生きる方針は既に決まっている。

 

 

「まぁ俺は家庭とか似合わねぇし、誰かを育てられるとも思えないし、そういうのになる積りがそもそもねぇや」

 

 

 思うままに言葉を述べる。

 寂しさは全くといっていい程ない。

 

 

「なんでさ」

 

 

 ふぅん、と返したつもりだった。

 そう言った事には、言い終えてから肉を口に含んでから彼女は気付いた。

 今度は杏子が、口内の肉に苦みを感じる羽目となった。

 罪悪感からのものである。

 踏み込むべきではない言葉だったと、否応なしに良心が彼女を責める。

 

 はっ、と彼は嗤った。

 皮肉でもなく、彼女に対する非難のそれでもない。

 ただの笑いである。

 

 

「こんな面倒な生き方してる奴に、付き合わせちゃ悪いだろうが」

 

 

 事も無げに彼は言う。思わず杏子は息を呑む。

 こいつ、というかこの存在の生き方を彼女は垣間見ていた。

 肉を咀嚼する顎の動きも止まる。

 

 

「ま、そんなワケだな。ああそうだ、飲み物持ってくっけど何がいい?」

 

 

 話題の矛先を変え、行動を促す。

 助け舟とばかりに彼女は肉を呑み込み、

 

 

「コーラ。出来るならコップ二つで、氷多めで頼むよ」

 

「あいよ。ちょっとまってな」

 

 

 そう言って彼は席を立ち、店の奥にあるドリンクバーへと向かい歩き始めた。

 多くの客を収納する為か店内は入り組んだ構造であり、まるで上から見た蜂の巣のように小部屋が連なっている。

 狭い通路でありながら行き交う人の数も多い。それらを器用に避けて彼は進み、角を曲がって彼女の視界から消えた。

 

 夜も更けてきたというのに店内は人で満ち、至る所で肉の焼く音や笑い声や怒鳴り声、過激にじゃれついているのか女の嬌声までもが入り乱れている。

 眼の前の存在が消え失せると、先程までは全く気にならなかった環境音が濃厚に感じられた。

 

 うるせぇなと思いつつ、網の上で焼けた肉を皿の上に置いた。

 先にナガレの方に置き、次いで自分の皿に盛る。

 タレを追加しようとした時に、杏子は小さく笑った。

 相手を労わる心を出したことに、おかしさを覚えたのだった。

 

 

「(あたしも弱くなったもんだ)」

 

 

 そう思った。思ったが、それが弱さとどう関係するのかとも思う。

 まぁいいやと思い、食事を続けようとした。

 薄いロースをタレに絡めて口に含む。

 

 咀嚼しているその間、音が聴こえ続けていた。

 口の中で肉を噛み潰される音ではなく、周囲で交わされる会話を彼女は聞いていた。

 正確には聞こえていたと云うべきか。

 

 先程まで、ナガレがいた時は全く気にもならなかった雑音を、彼女の魔法少女としての感覚は残らず拾っていた。

 こいつらを自分は敵と思ってるからかと、彼女は思った。

 

 バカバカしいと思い肉を咀嚼する。

 胃液のような苦々しい味がした。そんな気がした。

 

 

『売女』

 

 

『淫売』

 

 

 頭の中で単語が連なる。

 それは更に続いた。

 順番ではなく同時に、一斉に。

 

 

『浮浪者』

 

『ホームレス』

 

『未就学児』

 

『孤児』

 

『孤独』

 

『カルト宗教』

 

『詐欺師の娘』

 

『人殺し』

 

 

 肉を呑み込む。

 それは鉛のように重かった。

 

 

『一家心中』

 

『死に損ない』

 

『きっとあいつが殺した』

 

『殺した』

 

 

 当たってるよ、と杏子は表情には出さずに内心で皮肉る。

 全くとして、面白くもなんともなかった。

 

 

『さっきまでいた奴』

 

『彼氏か?』

 

『股の穴でも使ってたらしこんで、友達ごっこしてるんだろ』

 

『淫売だから尻穴も使って男を咥えてるに違いない』

 

 

 酷い言われようだと思った。

 もう一枚肉を喰おうとしたが、手に持った箸は異様に重く感じた。

 軽い肉を挟んだら、恐らく手から滑り落ちてしまうと思えるほどに。

 

 

『娘もそうなら、きっと母親も淫売』

 

『夜の街角に、あいつの母親が立ってるのを見た事がある』

 

『買った事がある。二人分ひり出したせいで緩かった。金返せっての』

 

『ウソつけ。ずっと寝込んでたハズだ』

 

『なんで知ってる』

 

『妹の方狙ってたから』

 

『うっわ、引くわ』

 

『妹は新品だったろうから勿体なかった』

 

『犯っておけばよかった』

 

『あいつは?』

 

『今度人集めるか』

 

『あの生意気そうな顔を歪めてやりたい』

 

『金払えば犯らせてくれるか』

 

『バカ、こっちは貰う側』

 

『代わりにシンナーでも飲ませるか、クスリでもちょっとくれてやればいい』

 

『あすなろとかで出回ってるやつ。アレ最高』

 

『あいつの歯を全部圧し折って突っ込みたい。喉奥犯してぇ』

 

『紅い眼を抉ってそこに突っ込んでもいい』

 

『あー、この前観たスナッフビデオでやってたプレイな。可愛い子が泣き喚いてて、すっげぇ興奮した』

 

『あんな面白ぇの、神浜行けば簡単に買えるの凄い。草生える』

 

『その内、新作にあいつでてるかも』

 

『言えてる』

 

『殺されながら犯されるか、死姦されてるの似合いそう』

 

『尻や股だけじゃ足りなくて、口や目、耳や鼻にも突っ込まれてヨガってそう』

 

『それ最高。想像したら勃っちまったから便所で抜いてくる』

 

『草』

 

『草』

 

『草』

 

 

 重なる悪罵と悪意、嘲笑と穢れた欲望。

 そして。

 

 

『佐倉家は呪われた一家。あんな奴ら、生まれてこなければよかったのに』

 

 

 そこで限界が来た。

 杏子は箸を握った。

 簡単に圧し折れた。

 それからどうするか、彼女は一瞬の内に決めた。

 

 

 

 

 その思考を貫いて、店内に音が迸った。

 ガラスが砕け散る音だった。

 その音に従うように、店内は静まり返った。

 

 音の発生源は、それを気にも留めずに歩みを進める。

 

 

「ほらよ。ちょっと混んでてな、遅くなった」

 

 

 自分の座席に座り、杏子の注文したグラス二つ分のコーラを彼女に差し出す。

 これでもかと氷が入れられ、グラスの表面を水滴の粒が濡らしていた。

 彼は右手でグラス二つを握っていた。

 左手には何も持っていなかった。

 ただ、彼の左手からは飲料水の甘い香りがし、細くしなやかな指は液体に濡れていた。

 

 

「またそろそろ、網変えるか」

 

 

 平然と彼は言う。何も無かったように。

 悪罵はもう聞こえなかった。

 それらを発していた者達は、心が死んだかのように黙っていた。

 

 

「その前に顔拭けよ。こっちに顔向けな」

 

「ああ、悪いな」

 

 

 ポケットからハンカチを取り出し、杏子は彼の顔を拭いた。

 破片で切ったか、僅かに出血していた。顔に付着した液体を拭ったころには、負ったばかりの小さな傷は消えていた。

 

 

「ありがとよ。さて、時間はあと一時間ってとこか」

 

 

 食べ放題の制限時間についてである。

 

 

「何を喰う?」

 

 

 タッチパネルを見せる彼に、杏子はにやりと笑った。

 

 

「景気よく、全部と行こうぜ。余裕だろ?」

 

「たりめぇよ」

 

「そうこなくっちゃね。血肉は幾らあっても足りねぇからな」

 

「そいつぁ言えてやがる」

 

 

 愉しそうに笑い、くだらない会話を重ねながら二人は食事を続けていく。

「ありがとよ」と言うべきか彼女は悩み、結局言わなかった。

 

 













この二人も随分と仲良くなったものであります

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