魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
複数の文字が虚空に浮かぶ。
虚空を彩るは漆黒の闇。
闇の彼方には、闇に紛れて無数の光点が見えた。
広大なる宇宙空間に、それらの文字が浮かんでいた。
「フム…懐かしい」
並ぶ文字の前に、一人の女がいた。地面も無いと云うのに、両の足を付けて立っている。
燃えるような赤い髪が、くびれた腰まで滝のように垂れ下がる。
黒い長袖に青のジーンズに動き易そうな運動靴を着こなすは、二十代半ばと思しき美女だった。
大人びた雰囲気に逆らうように、長髪を頭頂あたりで束ねた黒いリボンが可愛さを演出している。
普通ならばさぞ魅力的であろうが、この存在を取り巻く様子は異常に満ちていた。
生命体が生存できかねない環境で平然と存在し、また纏った雰囲気は異質そのものであった。
存在しているようで、そこにいない。
虚無のようで、確たる存在としてそこにいる。
とでもいうような。
「あのやり取り、彼によるちゃぶ台返しは九億回くらいに及んだのだったな。いや、数にするのは無粋か」
女の姿をした者は淡々と語る。
「まぁ私の事は良い。こちらが重要だ」
女は右手を掲げる。開いた五指の中に光が灯る。
光が拡大し、形を形成する。
「上手く動いている」
それは、回転する盤を乗せたレコードプレイヤー。
金色に輝く喇叭に木目の台の上には黒い盤が乗せられ、回転を続けている。
音も立てず、振動さえもないがそれは確かに動いていた。
「そうだ。終わりではない。終わらせてはいけない」
「物語は始まってすらいない。これから始まるのだ」
「今まで幾度となく、このレコードは停止した」
「その原因を私達は探り続けた。そして今回ようやく、一つが分かった」
「佐倉杏子だ」
「貴女から聞いた話では、彼女は物語と呼ぶべきものに関わる存在だ」
「それに至るまでの間に、この世界では彼女は死亡している」
「優木沙々による襲撃、それによる敗北」
「呉キリカによる殺害」
「朱音麻衣との遭遇戦による死亡」
「魔女との戦闘による敗北、および捕食」
「その他多数」
「またそれらの前提として、インキュベーターどもによる観測実験が確定している」
「面白くはないが、あの虫共の勉強熱心なところは感心する」
「そして彼女の死、ないしは魔女化が世界が止まる原因だ」
「滅ぶでも消えるでもない。ただ停止する」
「因果も紡げず、先の予測も不能。されど巻き戻すことは出来る」
「嘗ての私が繰り返したように」
淡々と語り続ける。しかしながら、僅かに感情が籠っていた。
それは懐古のものだった。
「経験が役立つ事を昔取った杵柄と云ったか。確かに調理師免許とカウンセリング資格も取っておいてよかった。実際役に立っている」
「まぁ、とにかく」
「佐倉杏子。彼女の死後、というよりも存在の消滅。物語からの退場の後に、多少の時間の変化はあれどこの世界は止まる」
「しかし世界は廻っている。それを示すように彼女も生きている。そして」
そこで女は言い淀む。苛ついたような表情が薄く浮かぶ。
「奴め。そこにいたとはな」
「先に行くとは言ったが、予想外に過ぎる」
「奴が出現したのも初めてだ」
「あの外見になっているのは不明だが、奴の肉体が変化したものではないな」
「今回の廻転による佐倉杏子の生存は彼女自身の尽力と、認めたくないが奴の存在が多少なりとも絡んでいる」
「奴は因果を紡ぐのではない」
「奴は因果を切り裂き袋小路を破壊し、物語を進めているのだ」
「この私をして首を傾げる行動が多過ぎる」
「少しは兜甲児とZを…無理か」
「しかし今は奴に少しばかり託す、のではないな。彼女を信じる事が大事だ」
「奴は……貴様は所詮、添え物に過ぎない」
「それは私もであるのだが」
「貴様は世界の中で彷徨いながら、彼女の、いや、魔法少女の役に立て」
そう言って女は手を振った。回転し続けるレコードプレーヤーは光へと変わり、極微な光点へと変わった。
光は虚空を舞い、女の背後へと消えた。
女は伸ばしていた手を戻そうとした。
その動きが止まった。
真紅の眼は、右の繊手の先を見ていた。
眼の内側、虹彩には渦が巻かれていた。
凝視の最中、渦の間隔が狭まる。
それは次々と重なる。
まるで顕微鏡の倍率が上がるかのように。
「……なんと」
美しい人形のような無表情に近い、または達観した仙人のような貌に変化が浮かぶ。
「確かに、彼女の様子を見に行ったのは不安定な場所であり、私も少しは無理をした」
「そして私は彼女の魂に触れた」
「その時に」
唇が歪み、吊り上がっていく。
「齧ったか」
その者の発した声は感嘆であった。
「それを基点に私の干渉は出来ず、最早私とは切り離されているが」
「それが少しは役に立てるとしたら嬉しいものだ」
海流のように、いや、万物を飲み込むブラックホールのように渦巻く瞳のが見つめる人差し指には、何も無い。
されど、その眼には見えていた。
極微中の極微。それを表現するには新たな単位と概念を要するほどの、限りなく零に近い量の質量の喪失があった。
それをこの存在を「齧った」と評した。
それをこの存在は、嬉しそうに語っていた。
「990000000099」
女は数を呟いた。
九千九百億と九十九。
「彼女はそれだけ死んで、世界はその回数停止した」
「今回が990000000100回目。そして恐らく、次はない」
「廻り続けるのみだ」
「或いは虚無へと消えるか」
「どちらにせよ、私は見守るのみ」
「私も奴同様、脇役として自ら出来ることをやるのみだ」
「それにしても」
言葉が重ねられていく。
その度に女の姿が消えていく。
消えて光になり、輪郭が消えて拡散する。
そして広がった光は、新しい形となった。
光の文字が、闇の中に浮かぶ。
闇の果てに、無数の蠢く影が見えた。
それらは人間の抱く美という思いからかけ離れた狂気じみた造形の機械であり、全身から牙を生やした粘塊であり、崩壊と再生を繰り返す病原菌のような姿をしていた。
それらは宇宙の中の一点を目指していた。
闇の中に、卵状の球体が浮かんでいる。その中には、桃色に輝く美しい姿があった。
輝く羽根を折り畳み、眠りの世界で微睡む女神がそこにいた。
そこを目指し、異形の群れが進む。
その衝動を促すものは、美しいものを穢したいという欲望。
新たな世界を侵略し、更なる上位へと身を高めたいという願望。
増殖の為の苗床としたいという、本能。
求めるものは違っていれど、全て対話が不可能な侵略行為であった。
光の文字が、嘆いたようにそう浮かぶ。
そして光が言葉の主を照らす。
その瞬間、宇宙に絶望と恐怖が満ちた。
本来であればここに存在していないもの。
無限に存在する宇宙を無限の回数ほど滅ぼし、そしてそれらを上回る数の宇宙を開闢せし神。
終焉にして原初の魔神。
マジンガーZERO。
その顕現に無数の異形は悲鳴を上げる。
しかしそれは音にもならず、一切の怨嗟を生まなかった。
魔神の眼がごく一瞬だけ輝いた。
その光が宇宙を迸り、光の文字の通りに全てを0へと還した。
宇宙には、円環と魔神だけがいるように見えた。
魔神の頭部に頂かれた球の中で身を丸める女神の傍らで、レコードは世界を静かに紡いでいた。