魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「グアアアアアアア!!!!」
「ぐるるぅぅああああ!!!!」
怒号、というよりも咆哮。
理性を失い、ただ眼の前の存在を破壊するためだけに鼓動を刻み続ける二体の獣がそこにいた。
一人は佐倉杏子、もう一人は朱音麻衣。
異界の中、人の姿をした二頭の美しい獣たちが争っていた。
獣という表現は比喩ではない。
闘争に用いられていたのは、互いの四肢と牙、そして頭部であった。
「ガァァァアアアアア!!!!」
「るぅぅぅうううあああ!!!!」
咆哮と共に互いの頭部が突き出され、互いの額でそれを迎撃。
「ぐあっ…」
麻衣が仰け反り、割れた額から鮮血を噴き出しつつ後退する。
その襟首をガっと掴む杏子。
「逃がすかよ…メスガキぃ……」
唸り声で出来た言葉を紡ぎ、杏子は麻衣の顔を見る。
麻衣の顔は既に傷で覆われていた。
殴打によって頬は青黒く腫れ上がり、右の瞼も血が溜まって膨らみ、眼球を殆ど覆っていた。
前歯が何本も圧し折れ、折れた歯は舌や頬に突き刺さっている。
打撲以外にも、拳や蹴りが掠めた事で生じた切り傷に擦り傷が顔を縦横に走る。
「ウルァァァァア!!」
叫びを上げて麻衣の首を手前に引き、自らの額を麻衣の顔に激突させる。
容赦ない頭突きにより傷が肉を抉る深さが増して骨が罅割れ、顔全体から血が噴出する。
それを何度も何度も繰り返す。杏子の顔も血に染まり切っていた。
麻衣の顔から剥がれた皮膚や潰れた眼球の水分、破壊した鼻孔から漏れだした鼻水が交じり合った液体が血に塗れた杏子の顔に異様な光沢を与えていた。
その杏子自身も顔面は傷だらけだった。頭突きを受ける前の麻衣のそれとさして変わらない状況だった。
だが今の麻衣の様子は、それまでが軽傷だったと思える有様と化していた。
皮が弾け、内側の筋肉どころか骨までが露出している。
ただ、破壊を免れた右眼だけが血よりも紅かった。左眼は潰れ、透明な体液を垂れ流している。
瞼が失われて完全に露わとなった血色の眼は、彼女の意思を表したが如く妖しく輝いていた。
その眼で麻衣は杏子を見ていた。
自らも傷付いた身の上での攻撃は彼女自身も疲弊させていた。
それを確かめると、麻衣は唇を喪った口を吊り上げさせた。
麻衣は両手を伸ばし、杏子の腰を掴んだ。
そして意趣返しとばかりに彼女の身体を引き寄せながら、折り曲げた右膝を杏子の下腹部に突き刺した。
「ぐぁぁっ!?」
肉の内側で、命を繋ぐ為の器官である子宮が変形させられる不快感に、杏子は叫びと共に胃液を吐き出した。
血に染まった黄色い液体が、酸の臭気を撒き散らす。
その間に麻衣は杏子の背後に回っていた。
背中を蹴り飛ばして姿勢を崩すや、杏子の右肩に自身の右足を乗せた。
そして杏子の真紅の長髪の一部を両手で握り締めた。
「お返しだ」
その声は優しげだった。意図的に麻衣はそう言っていた。
悪意と殺意をと憎悪を、杏子に分かりやすく伝える為に。
杏子が暴れる前に、麻衣は右足で杏子の細い肩を踏みしだき、両手で思い切り彼女の髪を引いた。
絶叫が迸った。それに先んじて、バリバリという肉が引き剥がされる音が鳴っていた。
引き剥がしたそれを放り投げ、麻衣は杏子を蹴飛ばした。
杏子は右手で頭を抱え、左手を狂ったように振り回しながら叫び続ける。
どっちゃっという落下音が遠くで鳴った。
引き剥がされた頭皮には大量の毛髪と、そして杏子の顔半分が頭皮に引きずられる形で付着していた。
「ああ、あああああああああああああああああああああああ」
叫び続ける杏子を、麻衣は冷たい眼で見ていた。
見ている間に、失われていた顔の肉が補填されていき、潰れていた眼球も膨らみ、最後に皮膚が顔を覆った。
元の美しい顔に戻った瞬間、麻衣は腰に差していた愛刀を抜いた。
「トドメといくか」
淡々と言い、暴れ続ける杏子へと近寄っていく。
間もなく射程圏、といったあたりで杏子の身体が崩れ落ちた。足元にまで至った自らの血で足を滑らせたのだった。
倒れながらも蠢く杏子の様子を、麻衣は
「大きな芋虫だな」
と吐き捨てる。
そして刃に魔力を乗せて振り下ろした。
自らの背後へと。
鳴り響く金属音、刃同士がガチガチと噛み合う音。
噛み合うのは日本刀を模した魔刀と、赤黒く輝く三本の斧。
「そろそろ来ると思っていたぞ、雌ゴキブリ」
「んー、アカネくんは今日も強キャラの演技をしてるねぇ」
妙に紳士的な言い方と親近感を感じさせるような言い回しに、麻衣はカチンときた。
多分何かの真似だろうとも。
尤も、キリカ相手であれば何事にも彼女は不快感を示すのであるが。
その感情があれば、もう言葉はいらない。元から会話をする気など無い。
噛み合っていた刃を、麻衣は水平に振った。
振り切られた刃の上を、呉キリカは華麗に飛翔していた。
その手首から生えていた斧は、刃の半ばで寸断されていた。
残りの刃が地面に落ち、儚い音を立てて消えた。
「きひ」
その様子を楽しそうに見つめ、キリカは両手からそれぞれ五本の刃を発生させる。
そしてそれを麻衣に向けて振り下ろした。麻衣が迎撃の刃を走らせ、二人の間で白刃と赤黒の光の交差が始まった。
麻衣は嫌悪感に満ちた、それでいて憎くて憎くて堪らない相手をこの手で切り刻めるという欲望に満ちた笑顔でキリカに挑み、キリカはただ朗らかに、形だけは優しい形で麻衣の刃を迎え撃つ。
数秒の交差の中で、両者はすぐさま鮮血で顔を彩った。
血飛沫を撒き散らし、肉と骨を削りながら叫びを上げて殺し合う。
その様子を、佐倉杏子はじっと見ていた。
ナガレによる治癒を受けたばかりの身体は再び全身が痛み、打撲と裂傷に覆われている。
顔面は度重なる殴打で歪み、挙句の果てに左半分の肉が頭皮諸共に千切られて引き剥がされている。
女性が受けるにはあまりにも悲惨すぎる状況。
杏子の心中には、苦痛と怒りが渦巻いていた。そして苦痛を押し退け、怒りが爆発する。
怒りの矛先は加害者である麻衣ではなく、こうなるに至った原因である自分自身に対してだった。
血溜りに沈み、自分は芋虫と評されたように無様に這いずっている。
その視線の先で、二匹のメスガキ共が殺し合っている。
世界はその二匹を中心に捉えて回り、自分は弾かれている。
あちらが主人公で、自分はモブキャラ。
そんな想いを杏子は抱いた。
「ふっざけるなぁぁああああああああああああああああああああああ!!!」
咆哮。
叫んだことで傷付いた内臓が破け、口から赤黒い血液が吐き出される。
全身の傷も一斉に開き、血溜りへと加わっていく。
その叫びを完全に無視し、キリカと麻衣は剣戟を続ける。
その二人がほぼ同時に動きを止めた。その瞬間にバックステップを行い、互いの距離を開く。
そして声の発生源である佐倉杏子の方を見た。
地面にはいなかった。そこには血溜りと、そこに降りる影が見えた。
その影は、麻衣とキリカにも降り注いでいた。
視線を上へと向けると、二人は言葉を失った。
肉食魚を思わせる長い口吻、真紅のリングが連ねられた様な蛇腹。
大型バスほどもある太い胴体は三十メートルはあり、その尾の末端には十字架を思わせる巨大な槍穂が据えられていた。
佐倉杏子が呼び出す巨大槍、それを変異させた異界で猛威を振るった鋼の蛇竜の模倣。
以前造り出した時よりも巨大になり、更には紅の色が濃い。生成時に、溢れた血を魔力の媒介としたためだろう。
また、前回と異なっている部分はそこだけではなかった。
「主人公のあたしを差し置いて!乳繰り合ってんじゃねぇぞモブキャラどもおおおおおおおお!!!!」
傲慢な言葉を声にして佐倉杏子が吠える。
それに呼応し蛇竜の口が開き、爆撃のような咆哮を上げる。
真紅の魔法少女の叫びは、そのすぐ近くで生じていた。
大きく開いた蛇竜の口の上顎、横から見ると三日月を描いたような頭部の中央に、佐倉杏子の上半身が生えていた。
腰から下は蛇竜の頭部の中へと消えている。その様子を、
「佐倉杏子。それは顔芸、ないしは六歳児の真似か?」
「悪趣味だな。だが…」
キリカと麻衣は、それぞれそう評した。
キリカは呆れており、麻衣は嫌悪感を持ちつつも何かを感じているようだった。
血色の眼は、鋼の蛇竜の全身を見渡している。
「…良いな。素晴らしい」
蛇竜の外見に陶酔ともとれる言葉を麻衣は漏らした。
「そういう性癖か」とキリカは思った。この場でまともな精神を持っているのは自分だけなのか?とも。
その二人を、蛇竜の眼が見据えた。菱形に縁取られた鋭角の中に、紅の十字が走った機械の眼だった。
「殺るぞ!ウザーラ!!」
顔半分を再生させながら、杏子が異界の蛇竜の名を叫ぶ。
ウザーラの模倣体は再び叫びを上げた。
叫びと共に、牙が並んだ口からは雷撃と炎が放たれた。
異界の一角が、紫電と真紅で染め上げられる。
その中を二人の魔法少女が疾走し、跳ねていた。
麻衣は魔力を乗せた刃で炎と雷撃を消し飛ばし、キリカは両腕の斧を微細な斧が連なる赤黒の触手に変えて蛇竜の攻撃を切り刻む。
破壊の力が吹き散らされ、至る所に破壊を撒き散らす。
炎の熱が異界に充満したかのように、赤々とした火花と火炎が宙に舞う。
「面妖な」
その様子を、軍属の儀礼服を思わせる衣装を纏った少女がそう言った。
風見野自警団の長である、人見リナである。戦場が一望できる小高い丘の上で、紫色の瞳の遥か彼方を見つめている。
視線の先では蛇竜の頭部から上半身を生やした佐倉杏子と、そこに空間接続を用いて辿り着いた朱音麻衣が繰り広げる剣戟の光景が見えた。
普段と目線が違う相手に麻衣は苦戦しているように見え、更にそこへと巨大質量が飛来した。
十字槍を模した蛇竜の尾が急襲し、麻衣の身体を切り裂いていた。
寸でのところで気付き両断を免れていたが、麻衣の左腕は宙を舞っていた。
そこに杏子は追撃。彼女の腹に十字槍を突き刺し、蛇竜に首を振らせて地上四十メートルの高みから地面に突き落とした。
残るキリカはと言えば、蛇竜の口に咥えられていた。
無数の牙が少女の細身に喰い込み、キリカの肉をズタズタに切り裂いて、まるで流れる血が竜の唾液であるかのようにダラダラと垂れさせている。
「ううむ、これもまた貴重な経験か」
遠方にいるキリカの口の動きを、趣味で覚えた読唇術で解読したリナは思わず吐き気を催した。
竜の牙はキリカの顔面から喉に胸、腹を抉って下腹部に至り左膝から足先を縦断している。
位置的には子宮をも貫通している筈だった。相変わらず、呉キリカは人間ではないという印象をリナは強めた。
「止めなくていいのかよ?」
その彼女に問い掛けるものがいた。
リナの背後に立つ黒髪の少年、ナガレである。
「事前に説得しましたが無意味でした。そちらも同じでは?」
「ああ、そうだったな」
苦い顔でナガレは返した。
精神世界での交差や戦闘を経て、大人しくなったと思っていたが、杏子がそれを発揮するのは自分だけらしいと彼は思った。
他は以前と変わらず、延々と戦闘を続けて生きるしかない自分のような狂犬じみた存在であると説得を試みた際に再認識させられていた。
「で、あんな夜に俺らを探し回ってた理由はなんスかね。自警団長さんよ」
「ふむ。ではお伝えさせていただきましょう」
拘束から外れたキリカが全身から触手を生やし、麻衣が血塗れの最中で笑いながら刃を振い、杏子が蛇竜を暴れ狂わせる地獄の光景を背にし、リナは彼の方へと向いた。
リナもナガレも彼女らを嘲ってはいなかったが、説得に応じずに本能のまま遊戯とでもいうように殺し合う三人の魔法少女は客観的に見て愚か者共もいいところだろう。
そして、彼女はこう言った。
「あなた方二人、私達のチームに入りませんか?」
佐倉さん、ウザーラがお気に入りの模様
また顔芸及び六歳児とは闇マリクの事になります
融合してるのはラーではなくオシリスに近いですが