魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
極彩色が何処までも続く異界の中、剣戟の音が鳴り響く。
硬い金属の交差には液体が弾ける音が連なっていた。
音の発生源は、異界の中に巨大な影を落とす異形の刃。
全身がねじくれた西洋風の甲冑が上半身、下半身を蛞蝓のような形状と質感で構築した異形の騎士だった。
三階建ての家に相当する大きさから振られる鉈と円錐状の槍は、異界の地面を軽々と砕き柔らかい土のように弾き飛ばしていた。
その異形の力と、黒髪の少年は真っ向から斬り結んでいた。
黒髪と言ったが、彼の髪には朱が混じっていた。鮮血が豊かな黒髪を濡れそぼらせ、朱色の糸を引いている。
更には彼の左腕は、正確には左肩は存在していなかった。
関節から外され、抉れた肉の節からは常に水差しを傾けているかのような鮮血が滴り落ちる。
しかしながら戦意は高く、刃と槍の嵐を潜り抜けながら彼は魔女を切り刻んでいた。
魔女は全身を傷に覆われ、負傷の度合いで言えば魔女の方が上であった。
激戦の中、魔女が大きく仰け反った。
面貌を模した顔面の中央に何かが着弾。千切れていく金属上の表皮と、内側に詰まった小腸のような肉が破裂。
銀と桃色の微塵が魔女の後頭部より噴出する。
造作が中央に集まった魔女が最期に見たのは、自分の頭部よりも高い位置に飛翔した黒髪の少年の姿だった。
それは腕から迸る血を魔翼のように広げた、死天使のような姿であった。
振りかぶられた巨大な斧槍が頭部に喰い込み胸から抜ける冷たく熱い感触を味わいながら、魔女は緩やかに倒れ伏した。
その間に、彼は捥げた左肩と魔女の顔を砕いた物体を拾っていた。
自分の肉体的損傷に対する意識もほどほどに、彼はそれを見つめていた。
そして魔女が絶命、異界が崩壊する。
顕れたのは薄汚い路地裏。
空き缶に煙草の吸い殻、少女の顔や特徴が印刷された尋ね人のポスター、丸められた先端に精液を溜めた使用済みの避妊具など、夜も更けた暗がりには雑多なゴミが散らばっていた。
その中の、異界にて魔女が存在していた場所に、黒い卵が落ちていた。
彼は外れた左腕を口で咥え、空いた右手でそれを拾い、左手に持った赤い縦長の宝石に近付けた。
爬虫類の瞳孔を思わせる宝石の中に、瞳の如く渦巻く黒い穢れがあった。グリーフシードがそれを吸い取り、真紅の輝きが蘇る。
それを持って、彼は歩いた。血が流れ続けているが、治癒よりも歩みを優先させている。
「いや、治せよ」
小さな声だったが、彼には届いた。
路地裏の闇の中だが、彼の眼には鮮明に映る。二百メートルほど離れた場所でその声は放たれていた。
お言葉に甘え、彼は使用済みのGSを握り潰す。溢れた穢れを牛の魔女が摂取し、魔力に変えて彼を癒す。
時が逆転したように腕が繋がれ顔にも血の気が戻る。
全身の負傷も完治させると、彼は走った。どの道は走る積りだったが、先に治すのは気が引けていたのである。
二百メートルを十秒と掛からず走破し到着。素の身体能力でも彼は現生の人類を上回っている。
「援護ありがとよ、しっかしなぁ……」
言いながら、彼は左手を伸ばした。
「無茶しすぎじゃねえか?」
苦虫を噛み潰したような貌と声で彼は言った。
その彼の指の先で輝く宝石を、血に塗れた別の指が掴む。
「いいだろ。こいつはあたしのモノっていうか、正真正銘あたしそのものなんだからさ」
受け取った宝石を、杏子は胸に接触させた。吸い付くかのようにそこに固定され、彼女の魂たる宝石は真紅の輝きを増した。
紅の光に照らされた佐倉杏子の身体は、既に紅で彩られていた。
抉られた右肩、肉の半分をもぎ取られて肋骨を剥き出しにした右胸、皮を削ぎ落されて内臓を露出させた腹。
両足も右は膝と、左は付け根の近くから失われ全ての傷から大量に出血していた。
溢れた血が彼女の肌と桃色のスカート、肉同様に半ば以上破壊された真紅のドレスを穢している。
杏子は小汚いビルの壁面に背を預け、汚れ切った路地の地面に尻を置いていた。
黙ってさえいれば、死体と思われたに違いない。
「なんだよ、じっと見て。気になるのかい」
「そりゃあな」
先日開始された二人の戦闘はいつもながら苛烈であり、早々に両者は彼我の血に塗れた。
そして流れた血で頭を冷やしたのか、ある程度満足したのか「グリーフシードの蓄え無しで戦うのは危険だな」という呼吸同然の生命の事柄に気付いて一時中断。
久々に二人そろっての魔女狩りを開始したのであった。
相変わらず風見野市内は魔女の巣窟であり、あっちを見ても魔女、こっちを見ても魔女といった有様だった。
それらを片っ端から抹殺し続け、今の有様に至っていた。
今の両者の負傷は、死闘の果てに魔女を殲滅し魔女結界を崩壊させたと思った次の瞬間、別の魔女の結界に飲まれ奇襲された結果である。
獲物である魔女も無能ではなく、狩人を狙っていたらしい。
「頑丈、だな。随分と」
先程の援護は戦闘不能に陥った杏子が、残った左手で胸の宝石…彼女の魂たるソウルジェムを投擲しての原始的な狙撃であった。
魔力で強化され、音速の数倍に達した速度を宿した彼女の魂はナガレの斬撃さえ弾いた魔女の顔面を貫通してのけていた。
畏怖したような彼の声と表情に、杏子は誇らしげに笑った。
「みたいだね。硬さなんて意識した事ねぇけど、パリンて割れなくて良かったよ」
「縁起でもねぇな」
「あと外してブン投げたけど問題ねぇのな。エヴァや使徒ならコア外してる…って人間なら心臓な脳味噌投げてるってコトだろうから即死してそうな気がすんだけど」
「それを試したお前の度胸はほんと凄ぇな。あと中々の遠投じゃねえか。今回は二百ってトコだったけど、魔女に当んなきゃ何処まで飛んでたろうな」
「あんたの着眼点。天然が混じってるせいか、かなりのカオスだね。で、さ」
恥ずかしそうに杏子はもぞりと体を揺らす。ナガレは首を傾げた。
「触りてぇのかい、コレ」
紅く輝く魂をトントンと指で突きながら杏子は尋ねる。血染めながら、浮かんだ表情は寝台に男を誘う雌である。
宝石が乗せられた肌は紅く、その周囲は肉と骨、挙句の果てには脈動する臓物までもが露出している。
それでもなお、いや、だからこそとでもするのか、その表情は妖艶だった。
自らの肌の下で蠢く肉と内臓が持つグロテスクさに抗うかのように。
「さっき持ってた。十分だ」
「いいから触れ!」
ナガレの引いた手を速攻で掴んで引き寄せる。
どちゃっという生肉と血を弾く音と共に、彼の手が杏子の宝石に、ほぼ全損した杏子の胸に重なる。
右胸はごっそり消えてたが、左は原形を留めていた。
緩やかな隆起の頂点で、肉の突起は興奮を示して硬く尖っていた。
「服直せよ。つうか傷治せ」
「このくらいで、あたしらがくたばるかよ」
杏子の口元に浮かぶのは嗜虐的な笑み。心配する彼を弄ぶような表情である。
血に濡れた唇は紅よりも赤い。
「つうか、その上で魂まで頑丈とはね。あたしらは簡単にくたばれるけど、死に難いな」
「俺はそうは思えねぇな」
体勢を崩し、片膝を着き杏子と同じ目線になったナガレは言う。
彼からの反論に、杏子は首を傾げた。
少し前までなら、自分の意見に反したと彼女が認識した瞬間に斬りかかられていた。
そしてそもそも、会話すら成立していなかっただろう。
そのまともな反応に、彼は彼女が急速に変化した事に対する少しの寂しさを感じ、その様子への好ましさを表情に浮かばせた。
「お前が、っていうかこれまであった魔法少女か。お前らがくたばる様子が想像出来ねぇ」
確信を込めて彼は言った。
「褒めてんの?」
「ああ」
「悪い気分じゃないね。あんたに言われると説得力がある」
彼女は彼の記憶を覗いた。
異界の地獄を彼女は見た。
芥子粒のように散らされる大陸、大海、そして惑星。挙句の果てには宇宙そのもの。
破壊を為すのは機械の戦鬼と皇帝の名を冠する存在、宇宙をも超える大きさの異形の赤子。そして----。
その姿は一瞬だけ脳裏に浮かんだ。
恐ろしいという一言では足りない。あらゆる恐怖を凝集したような、畏怖と恐怖の塊だった。
虚空に浮かぶ、深紅の巨大な零の字を思い浮かべた瞬間、思わず悲鳴を上げそうになった。
だから彼女は左手で彼の手を強く掴み、引き寄せた。
真紅の宝石と、自分の胸の肉に深く触れるように。
恐怖は強い。
だがそれと同じく、幾多の地獄を超えて此処に来たこの存在に、そう認められているという事からの感慨は強かった。
肉が剥き出しの胸に触れる彼の手は熱く、皮膚を介して彼の鼓動が肉と魂に伝わる。
その鼓動と熱に、彼女の雌は疼いた。赤い肉は彼の手を離すまいと皮膚に吸い付き、手と肉の間にある宝石は輝きを増したように見えた。
対する彼は杏子の魂たる宝石の感触に覚えを感じていた。
軽く触れるだけでも分かる、確たる硬度。
全てを弾き返し、また打ち砕く強靭さ。
不吉どころではない存在が脳裏を過る。
紅の美しい光を放つ彼女の魂、それはまるで石と云うよりも金属。
そしてこれは………。
「んっ」
杏子が声を発した。思考を切り替える。
彼が触れる杏子の肉からは血と体液が滲んでいた。だから離そうとした。動かなかった。
「あんた、触り方やらしいな」
「……動かしてねぇんだけど」
「じゃあ存在。前にも言ったけど、あんたは外見と喋り方とかであたしの性癖を狂わす。ぶっちゃけエロい」
闇の中で杏子の二つの双眸が輝いているように見えた。
紅い血が求める欲望の光のような、真紅の色に。
どうしてこうなんだろ、と彼は思った。
ふと脳裏に、最近少し流行ってるのか矢鱈と見る漫画の広告を思い出した。
肉体関係を求められ、男とはいつもそうだと否定する赤面した女が印象的な広告だった。
「お前ら…最近、なんかそうだよな。俺の事何だと思ってんだよ」
そのせいか放った言葉も似通っていた。
闇の中で杏子の口が半月に開く。反撃の口実を与えただけだと彼は愚策を悟った。
「無自覚ヤンデレ製造機ってトコかな。あたしは違うだろうけど、腐れ雌ゴキブリな淫乱女と発情紫髪の武人気取りで胸にゴム鞠を二つくっ付けてる妊活バカ女の二匹はヤンデレっていうクッソキモい属性持ちだろうからさ」
あたしはツンデレだしなと、杏子は長台詞の後に加えた。
言葉の使い方を見るに、発情紫髪と称した存在に対し相当な憎悪を持っているらしい。
「ワケ分からねぇコト言ってんじゃねえ」
切って捨てるように言い、彼は魔女を召喚。闇の中で闇よりも色濃い黒を纏った斧槍が呼び出され、彼はそれを右手に握った。
その刃の腹を杏子の脇腹に軽く重ね、魔女に治癒を命じた。
斧の中央に開いた丸い穴に、眼球のようにまたたく黒があった。
魔女の口であり本体であり眼であった。
瞬きは、血塗れの魔法少女を見て美味そうとでも思っているからだろう。生き物なら涎を垂らしている状況とすべきか。
それでも命令は忠実にこなし、杏子の傷が癒されていく。露出していた内臓は表面の傷や渇きを修復され、肌や骨も治っていく。
欠損していた足も瞬時に再生する。
それら全てに五秒と掛からなかった。
肉が剥き出しの胸も、脂肪と肉が補填されて皮が覆う。更に次いでというか、報酬も兼ねて二人の体表を汚している血液を吸引していく。
結果として身は清められ、不快感も消え失せる。
しかし杏子の魔法少女服は破損したままであり、彼女の上半身はほぼ裸であった。
変身を解除すれば即座に解決する問題ではあるが、このあたりの悪意は流石は魔女と云った処だろう。
「すけべ」
彼女は再生したばかりの右手で両胸を覆った。
彼女なりの基準があるのか、今回は恥ずかしいらしい。
胸の宝石を輝かせ、変身を解除させる。
緑のパーカーに黒いシャツ、短めのホットパンツに長いブーツという、普段着の姿へと変わる。
「別に変な意味はねぇよ」
彼の手首を離した杏子の左手を、今度は彼が握った。
軽い引きで彼女を立ち上がらせる。
「具合はどうだ?」
「んー……」
腕を回し、脚を折り曲げ体の各部の具合を確かめる。
筋肉の筋の伸縮や指の開閉といった単純な動作の組み合わせだが、どこか躍っているようにも見える。
そういえばダンスが得意な奴だったなと、彼は思い返していた。
「問題ねぇ、っていうか前より調子いい。で、これからどうする?」
「ゲーセンでも行くか?」
「乗った」
杏子は右手を掲げた。意図を察し、彼は左手を掲げる。そして同時に前へ振って激突させる。
汚さで満ちた路地裏に、破裂音が鳴り響いた。
力の激突は両者に軽くない苦痛を与えた。
が、それを二人は顔には出さない。
出せば馬鹿にされて笑われるからだ。だから嗤う。
「痛ぇよ。殺す気か」
「あんた相手じゃ、そうでもしねぇと張り合い無いからね」
互いにケラケラと嗤いながら、闇の中で相手を見る。互いの瞳の中には、疼き始めた闘志の炎。
だが今はいい。まだ燻り程度で収まっていろと、二人はそれを黙らせる。
戦いの火蓋が切られる機会は、これから先幾らでもある。とでもいうように。
そして二人は肩を並べて歩き出した。
三歩歩いて、その歩みは停止した。
路地裏の先、夜の闇を貪るように輝く光の中に、一つの人影を見たからだ。
その姿に杏子は嫌悪感を、ナガレは親しみを感じた。
赤色のパーカーに丈の短い茶色のレザースカート、黒い長ブーツに身を包んだ少女がいた。
猥雑な街の光と青白い月光で輝く薄紫色のセミロングヘア。
そして血のような赤い瞳が、闇の中にいる者を見ていた。
ナガレを、彼だけを。
「よう、麻衣。夜遊びか?」
至って普通に彼は声を掛けた。それが当然だからである。
「そんなところだ、ナガレ」
彼女も返事をした。彼だけに。
「実は、こんな夜更けに申し訳ないが「あーー、うるせぇぞ万年発情紫髪女。性欲塗れのその声聞いてるだけで、耳が腐っちまいそうだ」
麻衣の申し出、の成りかけに割り込み杏子が言葉を重ねる。
「我々のリーダーであるリナが一席設けたいと「知るかよクソボケ色ボケ股濡らしの腐れメスガキ。さっさと家帰って股でもケツ穴でも弄りまくってマス掻いて、気を遣りながら永久に寝ちまえよ」
「風見野で大量発生している魔女に「大方てめぇの色欲ってのに影響されてるんだろうさ。いっそご自慢の刀を自分の股に突っ込んで切り裂いて、その欲望を元から断っちまえ」
深夜11時。
風見野の路地裏の雰囲気は最悪となっていた。
朱音麻衣と佐倉杏子、その会話にならぬ会話が両者の最初の遣り取り…以下の交差であった。
距離を隔てて繰り広げられる女達の様子に、さしもの彼も気まずさを覚えていた。
「全く、こいつらときたら常識というのがないんだろうかね。こんなところで死んだら腐って破れた腹から排泄物が垂れ流されて町の人やここに住んでる野良猫やドブネズミ達にとっての大迷惑じゃないか。ここはきちんと清く正しく、今すぐに溶鉱炉の中にでも飛び込んで遺伝子の一辺も残らず身を焼き尽くして二匹ともこの世から消えるべきだ。なぁ、友人。君もそう思うだろ?」
そんな彼に、背後から長々とした言葉が掛けられた。
夜風が運んで来たかのような、美しい少女の声だった。
その声を、二人の魔法少女が認識する。
場の雰囲気は更に、最悪を超えた最悪へと変わっていった。
佐倉さん、大丈夫っスかねぇ
色んな意味で