魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第二部
第二部プロローグ 戦鬼×戦姫


 ごぽり

 

 音は無かったが、音として表せばそうなるだろう。

 生じたのは気泡であった。

 海のように青い液体の中で生じたものだった。

 生じた気泡は当然のように上昇していった。

 

 その中で気泡は幾つもの物体に触れた。

 黄色い瞳の眼球、青い髪を揺らせた頭部、触れるだけで折れそうな指を並ばせた右手、瑞々しい輝きを放つ内臓。

 気泡は更に下方から溢れる。それらもまた人体の部品に触れる。

 それは無数に存在していた。液体が放っているかのような青い輝きの中は、人間の部品で満ちていた。

 

 切り刻まれた肉体は概ね大きさが小さく、生物として未成熟である事が伺えた。

 そして木目細かい肌や細く繊細な腕や指の造詣は、女性のものであった。

 浮かぶ肉の群れの元は、少女達のものだった。

 

 肉や肌、更には骨や内臓の表面で黒い靄が蠢いた。

 靄が消えると、その部分にあったものが消えていた。蟻に齧られたかのように、微細な穴が生じていた。

 

 その黒靄はまた別の場所にもあった。

 大量の人体の部品が浮かぶ、広大な水槽の正面に置かれた、比較的小さな縦長の容器の中に。

 そこにもまた青い液体が満ちていた。

 

 その中で黒い靄が蠢いている。

 靄の塊は四肢をだらりと下げて浮かぶ、人間の姿に見えた。

 

 髪や肌の色も分からず、少女のように細い輪郭程度しか分からない。

 蠢く靄の一角が不意に弾けた。

 その奥には、開いた眼があった。

 

 黒い渦を巻いた、禍々しい瞳が嵌った眼であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼が開いた。

 黒い瞳の中には薄い渦が浮かんでいた。

 地獄を垣間見たかのような、禍々しさを孕んだ眼であった。

 

 

「……変な夢だったな」

 

 

 嫌気を込めて少年は呟く。美少女のような形の、されど付与された男らしさが矛盾なく合一した顔を持った少年だった。

 無数の人体が水の中に浮かぶ夢を彼は見た。

 

 ここ最近戦ってばっかりだったかな、あとアニメの見過ぎ。と彼は思った。

 そう思うと、異様な光景についてはどうでも良くなった。

 夢よりも現実の方が大事である。

 

 意識を今に戻すと、見えているのは何時もの光景。

 経年劣化と自然界の風雨の浸食に晒され、退廃に向けて進みゆく廃教会の天井。

 此処五か月間、目覚めの際によく見る光景である。

 

 

 

 

 この場所は一つの家族と独りの少女の人生の破滅の場所ではあるが、五か月、いや、今日で半年ともなれば愛着も多分に湧く。

 寝床であるソファからむくりと起き上がると、朝の陽射しが見えた。

 

 記憶を遡ると百回を超える視聴を行った映画のテレビ本編を、死闘後に瀕死の中で家主と三周は見た後に疲れ果てて眠った事が思い出せた。

 そう認識すると意識が急に鮮明になっていった。

 三周したが、情報が多過ぎてよく分からなかった。

 飯でも買ってきて食べたらまた観ようと思い、彼は両腕を突き上げながらふああと欠伸をした。

 

 その時に、異変に気付いた。

 

 右手に嫌な感触がしたのである。

 それはねとっとした、粘着質な感触だった。彼は手を戻してじっと見た。

 見た瞬間、意識が消えた。一瞬だけ。

 

 細くしなやかな手にあったのは、三種の粘液。

 一つは透明、一つは赤、一つは白濁。

 更に異変に気付く。

 全身を覆っていた包帯が外され、肌が露出していた。

 

 

「ん……」

 

 

 狙ったように、傍らから呻き声がした。女の声だった。

 彼はそこを見た。彼に背を見せて横たわる少女がいた。

 

 裸の背に、真紅の髪が河の流れのように映えていた。

 髪の終点では、細い腰と白桃のような尻が見えた。

 

 そして尻の少し下からは彼の手に付着したものと同じものが……。

 

 その瞬間、彼の、ナガレの意識は深紅に染まった。

 莫大な憎悪が脳髄と魂を焼く。

 

 彼が嫌いなものは少なくとも二つある。

 一つはロリコンで、もう一つはトチ狂った自分である。

 後者は並行世界と言う括りがあるからまだしも、前者に自分が至るとはと彼は思った。これも先と同じく、一瞬だけ。

 

 自分に向けられた憎悪が意識を尖らせ、却って正気にさせていた。

 彼は気付いた。手に付着した白濁の違和感に。

 そして把握。

 憎悪は消え失せ、代わりに苛立ちが思考を支配した。

 

 

「キョーーーーォーーーーーコォーーーーーーーー」

 

 

 呪いのような声を発した時、彼の視界はぼやけて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が戻る。再び見知った天井が映った。

 体を起こして前を見る。

 以前はかなり遠く、今は三メートルほどの距離を隔てて並べられたソファに仰向けで寝転ぶ佐倉杏子の姿が見えた。

 傷は治っていないのか、全身にはまだ包帯が巻かれていた。それは彼も同じだった。

 

 

「よう、おはよ」

 

「ああ、おはよ」

 

 

 杏子は彼を見ずに、スマホをポチポチとやりながら朝の挨拶を告げた。

 それに毒気を抜かれたのか、何かを飲み込む様に呻いた後に彼も応じた。

 

 

 

 

 

 一時間が経った。

 廃教会内に、香ばしいソースの残り香が漂っている。

 互いの寝床の近くには、空にされたカップ焼きそばの容器が重ねられていた。

 数はそれぞれ十個ずつ。驚異的なカロリー摂取と量だったが、この二人にとっては小食な方だった。

 

 普段なら十個入りのフライドチキンのバレルを、平気で各自五つは空ける。

 杏子は魔力を用いて即座に完全消化し肉体に吸収、ナガレも似たような具合だが彼の場合は魔力ではなく素の肉体の力でそれをやっている。

 ゆえに大食いでも腹は平坦なままという、質量保存の法則に唾棄しているかのような食事風景が繰り広げられるのだった。

 

 今回カップ焼きそばを消費したのは、丁度残っていたからだった。

 付属の青のりとマヨネーズは使われていなかった。

 掛けるのが面倒だからという理由だった。

 

 作るのに手間を要するカップ焼きそばを十個も作っておいて、面倒の基準がよく分からない連中だった。

 もちろん、使う時は使うのだろう。

 今回はそうだった、というだけである。

 

 余った調味料を、ナガレは呼び出した牛の魔女に与えていた。

 普段は大斧槍の形を取っているが、今回は手斧程度の大きさにされている。

 そんな事で来たのかよと、杏子は思った。

 その魔女の斧の中央に開いた穴に、ナガレは青のりとマヨネーズを注いでいた。

 

 シュールな光景だった。

 しかし魔女は嬉しいのか、孔を瞬きのように蠢かせながらそれを吸収している。

 

 彼女の普段の食事は同類である魔女の血肉に主が噛み砕いたグリーフシードの中の穢れ、そして戦闘によって生じる主と相手の血である。

 塩気が足りて無い事は無さそうだが、味の問題なのかなと杏子は思った。マヨネーズって美味いしなと。

 今更ながら、振りかけなかったことを彼女は後悔し始めていた。

 

 

「なぁ」

 

 

 その彼女にナガレは尋ねた。

 

 

「さっきのアレ、なんだよ」

 

「アレって?なにさ」

 

 

 ニヤ付きながら杏子は返す。

 最近知った、「メスガキ」という存在の表情を真似ていた。

 彼はそれを知らなかったが、「ガキが…」という思いを抱いた。無理も無いだろう。

 

 

「俺がお前を犯しくさりやがった光景だよ。悪夢じゃねえか」

 

「この前読んだエロ漫画のお裾分け。よく出来てたろ」

 

「ああ。大したもんだな、魔法ってやつぁよ」

 

「だろ?他人が親父の話をちゃんと聞いてくれって願った時のオマケさ。幻惑ってのが皮肉で笑えるよな」

 

 

 自虐の塊を言葉に乗せて彼へと告げる。

 彼は黙った。

 魔法の性質については、数日前に彼女が暴走した際に放った魔法に強力な幻惑・洗脳作用があった事から察せてはいた。

 

 問題は彼女が告げた事象である。それに対し、彼は何も言えなかった。

 杏子も黙った。

 気まずい雰囲気が廃教会内に満ちた。

 

 

「ま、使い方は最近まで忘れてたんだけどね。で、それを送った理由はあんたへの報復さ」

 

「報復?」

 

 

 堪え切れずに杏子が話題を戻した。

 ロクな着地点にはならなそうだと思いつつ、彼も話に乗った。

 

 

「あんた、結局あたしを抱かなかっただろ?」

 

「お前らの歳の連中を、俺はそういう目で見られねぇからな」

 

「なら、結構キたよな?」

 

「次やったら切れるからな」

 

「へぇ、楽しみだねぇ」

 

 

 ナガレが発する怒気を、杏子は弄ぶような態度とその内に秘めた闘志で迎え撃った。

 室内の気温が低下していく。更には両者の間で風が渦を巻き、重力までもが狂っていくような。

 要は何時もの二人であった。仲が良くなろうが性欲と執着を自覚しようが、これは変わらないらしい。

 常人なら気が狂いそうな雰囲気の中、杏子は疑問を抱いた。

 

 

「にしてもさぁ、どうして幻だって気付いたのさ。見た目には現実と同じはずだったんだけど」

 

「他は兎も角、白いのの匂いがしなかったからな。あとネバつき方がシンジ君のと同じだからよ」

 

 

 尤もであるが、嫌な判別の仕方である。そして流石に三桁の視聴は伊達でないという事だろうか。これも嫌な事例である。

 そしてついでに、露わとなった自分の下半身は描画されていなかったからと言わずながら彼は思った。

 少なくとも数年以内には見せる気も無いし、見られたくも無い。

 

 返答から数秒が経過。

 皮肉の一つも返ってこない。

 

 見ると、杏子は顔を赤く染めていた。

 その眼を見ると、彼女は速攻で視線を逸らした。

 そして寝床に置いてある毛布を掴んで身を包ませた。

 不貞寝というやつだろう。

 

 それを放置し、彼は後片付けを始めた。

 ついでに廃教会内を箒で履き、既に傷も治っていたので包帯を取り払っていつもの私服に着替える。

 そして自分と家主の洗濯物を纏めてコインランドリーへと赴き、用を済ませて帰宅した。

 ここまでで二時間が経過している。

 

 帰宅して寝床を見ると、杏子の位置が自分の寝床に移動していた。

 そして相変わらず、布団を被っている。

 

 

「…」

 

 

 居場所を奪われ、仕方なく彼は占拠されている自分の寝床の近くに腰を降ろした。

 布団がもぞりと動いた。

 

 

「…なぁ、ナガレ」

 

「なんだ、杏子」

 

「ここ最近のあたし、テンション可笑しくなかったかい?」

 

「………」

 

「抱けとか、処女孔ブチ刳り抜けとか言ったり……あんたの首とか舐め廻したり………キスしたりとかさ」

 

 

 全部やべぇよ、と彼は言いたかった。

 相手が普通のというか、人間なら言えただろう。

 しかし彼女は魔法少女であり、常に爆弾を抱えているような存在であると数日前に認識させられた。

 今更ではあるが、配慮する必要があるなと彼は思っていた。本当に今更な気もするが。

 

 

「まぁ…その、なんだ。お前も年頃なんだし、そういうのに興味持つのは寧ろ普通なんじゃねえの?」

 

 

 当たり障りないようにと心がけて彼は口にした。

 彼にしては正論を言っている。

 

 

「そっか」

 

 

 蒲団の裾が引かれ、そこから杏子は顔を出した。

 ハムスターみたいで可愛いなと彼は思った。無論性欲とは別の可愛いという意味である。

 

 

「そうだよな」

 

 

 ソファの手摺を枕に見立てて顔を押し付けながら杏子は言った。

 納得したかと彼が思った、その時だった。

 

 

「いや、やっぱ無理」

 

 

 言うが早いか、布団の横から紅の光が迸った。

 それは彼の胴を巻いて、主の元へと引き寄せた。

 

 その様子に彼は覚えがあった。

 前回の加害者は呉キリカで、引き摺り込まれたのはトランクケースだったが。

 次の瞬間には、彼は杏子の羽織る布団の中に招かれていた。

 布団を透過して差し込む朝日の中、ナガレと杏子は対峙していた。

 

 

「ハズい…いや、マジで、これ……はっっっず!!!」

 

 

 顔が触れそうな至近距離で、赤面して涙目になった杏子が叫ぶ。

 息の匂いはソースの香りだった。

 こいつ歯ぁ洗ってないなと彼は思った。が、それどころではなかった。

 

 彼は胴体を多節棍状態と化した槍に締め付けられ、更に両手は杏子の両手と組み合わされている。

 恋人繋ぎとされる交差だが、両者の指の先端が触れる各々の手の甲からは血が滲んでいた。

 互いに握力は数百キロを超えており、その剛力同士が拮抗している。

 

 

「でも、今はあんたしか知らねぇ……なら、さ……」

 

 

 こいつがいなければ、という思いが彼女の脳裏に湧いては消えていった。

 状態的には黒歴史を晒されて悶絶している状態に近いだろう。

 

 しかしながら、それも恐らくは方便というか口実である。

 眼の前の異性の顔を見る彼女の眼には、戦意の炎があった。

 

 死闘に次ぐ死闘、そして休憩と食物摂取。

 その間に、彼女の闘志は復活したらしい。闘争本能とした方がいいか。

 要するに、ヤりたいのである。

 

 それに対し、ナガレは軽く嗤った。好まし気な嗤い方だった。

 そして彼は半共生状態の魔女へと「頼むわ」と思念を送った。

 少しの間を置き、彼の口元に黒靄が生じた。靄は小さな手斧へと変じた。

 

 状況を察して、自身をサイズダウンさせた牛の魔女である。召喚の際に応じた間は、流石に呆れ切っての困惑によるためだろう。

 布団の中という薄闇というか薄明りの中で戦鬼たる少年と、魔法少女という戦姫が対峙する。

 そしてこの厄介者共を現世から排するかのように、魔女は異界に両者を招いた。

 支えを失った布団がぐしゃりと潰れた。廃教会の中にも静寂が満ちた。

 

 やはりというか、何時もの二人だった。

 互いの距離が近付いても…いや。

 近付いたからこそというべきか、更に不健全さを増した両者の平凡な日常は再び幕を開けた。

 

 















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