魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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エピローグEX 鏡合わせのマガイモノ

 昏い世界。

 そこはそんな場所だった。

 

 闇よりは少しだけ明るく、その状態でも周囲の様子は見えた。

 どこまでも連鎖する闇があった。

 そこに時折、何処からか差し込む光が掠めた。

 それもまた連鎖し、光は何処までも続いていく。

 

 ここは鏡の世界であった。

 壁のように並ぶ鏡と、それを覆う天井、それらが生えている地面。

 迷宮のように拡がる鏡が何処までも続いていた。

 

 鏡は鏡を映し、その光景が続いている。

 その中に、鏡以外の存在があった。

 

 床に尻を着き、曲げた膝を抱いた紅髪の少女がそこにいた。

 うつむいていた顔が上げられる。

 鏡が掠めた光を、反射的に追ったのだろう。

 

 露わとなった顔は、無惨な有様だった。

 右半分が焼け爛れ、蕩けた皮膚によって右目は覆われていた。

 肌の色は赤と桃色が連なり、それはまるで爬虫類か魚の鱗に見えた。

 幼い少女の身に降り掛かった災禍は、彼女の美を妬み破壊するかのような悲惨さだった。

 

 灼熱の蹂躙はそれに留まらず、右半身の真紅のドレスは高熱によって泡立ち、蕩けた肌と癒着し肉と繊維はほぼ一つのものとなっていた。

 曲げられた膝や太腿も似たように火傷を負い、彼女の顔同様に焼けて赤と桃色となった肌が鱗のように体表を覆っている。

 

 全身に傷を負い、火傷で覆われた姿。

 それでも、紅の髪だけは無事であった。

 長髪を束ねる黒いリボンは喪失していたが、そこだけは艶やかな光沢を持って輝いていた。

 

 鏡の迷路の中には佐倉杏子の複製だけが、彼女一人だけがいた。

 

 体を覆う火傷による熱、喉をズタズタに刻む醜い傷の痛み、熱の凌辱を免れた左頬に生じた、殴打による青痣。

 膝を抱いて座りながら、杏子の複製は痛みに耐えていた。

 耐えながら、想いを抱いていた。

 

 複製である彼女には佐倉杏子としての記憶も存在していた。

 過去の飢餓、一家への嘲弄、切なる願いによる契約、同胞との出逢い、一家の破滅、そして離別。

 全ての記憶は彼女も持っていた。だが、それだけだった。

 

 それらに対して抱く思いは、自分のものでありながら他人事でしかなかった。

 精々、フィクションの悲劇を読むか観たりした程度の感慨しか、複製の彼女には無い。

 

 両親とされる存在は親ではなく、妹はただの小さな子供である。

 可哀想だとは思う。

 どこまでも他人事の感慨程度のものとして。

 

 そしてコピーは胸に右手を近付けた。火傷により指紋の消えた指先は素肌を撫でた。

 開いた胸にある筈の宝石は、そこには無かった。

 魔法少女たる証であり、魔法少女であるのならば己の全存在を示す存在である筈のものが。

 

 

「        」

 

 

 声なき声で彼女は笑った。

 自分が何か分からなくて、可笑しくなったのだった。

 

 自分は佐倉杏子の複製体。

 魔法少女にして魔法少女に非ず、非・魔法少女とでも云うべきか。

 

 そもそも自分は死んだ、というか消滅した筈だった。

 愛する存在の活路を開く為に魂、とされていた宝石を砕いて光となって、オリジナルと彼の魂が交差する場所に赴き彼の盾となった。

 後悔はなかった。

 伝える事は伝えたし、消えゆく中で抱いた気分は幸福そのものだった。

 

 そのまま消えたかった。

 だが自分は今ここにいる。

 何処とも知れない場所で、傷付いた身を再び与えられて。

 

 

「        」

 

 

 嗤った。

 楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 苦痛と孤独感に苛まれながら、コピーは幸せな気分に浸っていた。

 

 自分は生きている。

 だから想える。

 愛する者を。

 

 だから想う。

 あの少年を。

 この恋慕の源泉はオリジナルからのものだったが、今の自分の想いとは違う。

 この感情は自分のものだと、コピーは確信していた。

 

 憎悪と恋慕。

 方向性は違えど自らの輪郭を保つ為に彼を想うオリジナルの存在を、コピーは嫌いにはなれなかった。

 それが例え、自分の身を焼き苦痛を与えた者だとしても。

 

 そしてなにより、この痛みは彼を護る為に負ったもの。

 彼に自らの身を捧げた証拠が、この身体を苛む苦痛。

 それに包まれて彼を想える。

 

 空腹も無く、排泄の欲求も無い。

 苦痛はあるが疲労は無い。

 となると、この生は永遠に続くのではないか。

 

 ここは、楽園か。

 

 コピーはそう思った。

 そして眼を閉じて、想いを重ねる。

 青空の下、何処までも続く緑色の草原を彼と手を繋いで歩く自分。

 

 手を繋ぎながら街を歩き、買い物を楽しむ自分。

 共に並び立ち、異形を相手に戦いに赴く自分。

 そして肌を重ね、肉を交わらせる自分。

 

 幾らでも思いは浮かべられた。

 幸せだった。

 たとえその想いは届かず、世界と誰もが彼女を一顧だにしないとしても。

 

 鏡が満ちる闇の中、彼女は想いを重ね続けた。

 時折彼と出逢ってからの記憶を振り返り、記憶の中の彼を慈しむ。

 

 肌に触れた感触と傷に舌を這わせた時の香りと味、彼の太腿に自らの女を擦り付けた時の快感。

 浅ましいと思いつつ、肉欲が疼いた。

 疼いたら指で慰めた。

 達した時の快感は、しばしの間苦痛を駆逐した。

 

 ほどほどにしようと彼女は思った。

 痛みは彼と繋がっている証拠だからと思った。

 一方的な想いでも、このくらいは赦して欲しいと願いながら。

 

 それを彼女は重ね続けた。

 何時間か何日か。

 時間の経過を示すものは彼女の鼓動以外には無く、彼女は経過する時間に一切の意識を向けていなかった。

 

 想いは無限に湧いてくる。

 そして自分には恐らく無限の時が与えられている。

 だから気にしない。

 例え五十億年が経って、地球も月も、太陽も消え去っても。

 何時も何時までも、彼を想っていられる。

 

 何故彼が好きなのかは、好きだからとしか言えない。

 それでいいし、それ以上の言及や思考は無意味。

 

 幸せな気分は想いの数だけ重なる。

 しかしやがて、重なったものは別の色を帯びていく。

 それは哀しみ、そして寂寥。

 

 会いたい。

 

 触れたい。

 

 唇を重ねたい。

 

 でも会えない。

 

 この世界を彷徨ってみたが、何処にも出口はない。

 自分にはこの世界しかない。

 

 それが分かった時、彼女は泣きながら笑った。

 ここは自分に用意された牢獄であり、天国であると知れたから。

 

 それに、彼女は安堵していた。

 自分はオリジナルに、佐倉杏子には成れはしないと分かっていたから。

 

 あくまでも自分は紛い物であり偽物である。

 だから佐倉杏子の立場にはなれない。

 彼の傍には立てない。

 

 だから自分はこれでいい。

 そう確信していた。

 悲しみを宿した決意をし、彼女は世界を巡る事を止めた。

 

 それでもやはり、寂しさは続いた。 

 それを味わいながら、想いを重ね続けた。

 

 寂しさを快感と思っているのではない。

 寂しいからこそ、自分の想いは本物であると自覚出来るからだった。

 オリジナルが、常に身を苛む悪夢の光景によって自己を保っているように。

 

 

 

 

 

 その時、彼女は感じた。

 自分以外の気配を。

 

 即座に立ち上がり、その手に十字架を頂く長槍を召喚……させなかった。

 槍を握るべく開いていた右手を、彼女はゆっくりと閉ざした。

 感じる気配に、覚えがあったから。

 

 それは、とてもよく似ていた。

 似ていたが、異なっていた。

 本物に対する偽物のような。

 

 似ているが、まるで別物だった。

 例えるなら、複製である自分とオリジナルである佐倉杏子のような。

 

 

 そしてその気配は、彼女の前に姿を表した。

 その姿は、鏡の中にあった。それを見た時、コピーは声の出ない喉を震わせた。

 

 左眼からは熱い涙が零れた。

 

 そこにいたのは、一人の少年だった。

 肩を出した青いジャケット、その下の赤いシャツ。

 肩から出た細長い腕と少女のような繊手の指先までを、白い包帯が包んでいる。

 そして、空手の黒帯をベルト代わりにした白いカーゴパンツを履いていた。

 細部は違うが、よく似ていた。

 

 彼に。

 ナガレに。

 

 

「君は……」

 

 

 少年は口を開いた。少女のような声だった。それも似ていた。

 トゲトゲとした髪型も、眼の下のアイラインも、そして美少女然とした顔つきも、何もかも。

 

 

「             」

 

 

 声にならない叫びを上げて、コピーは歩み寄っていた。

 そして鏡に身体が触れた。当然のように、彼女の身は弾かれた。

 それでも彼女は鏡に近付いた。鏡さえなければ、互いの鼓動が感じられる距離に立ち、彼を見つめた。

 彼もまたコピーを見た。

 黒と真紅が二重螺旋となった、異形の瞳がそこにあった。

 

 近くに立つと、その他の違いが見受けられた。

 黒髪を基調としているが、髪の一部には朱が混じっていたり、体格にも差があった。

 彼の身長は、彼女よりも十センチほど低かった。

 百五十センチに届くかどうか。

 

 それを彼女は、とても愛おしいと感じた。

 彼ではないと分かっているが、それでも眼の前の存在は彼に似ていた。

 

 だから顔を半分、手で隠した。

 醜い形を見られたくなかったから。

 

 しかし彼は、コピーが顔を隠す前に彼女の顔を見ていた。

 だから、彼女が顔を隠した理由を知っていた。

 故に彼はこう言った。

 心の中身を、本心を口に出した。

 

 

「綺麗だよ。桜の花弁みたいでさ」

 

 

 優しく、だが力強く言い切った。

 相手を安心させる為に、そして気持ちを相手に伝える為に。

 それはコピーに伝わった。

 羞恥は安堵に変わり、彼女は手を外した。

 

 

「ああ……綺麗だ」

 

 

 再び本音を口にする。

 打算の感情は一切ない。

 ただ相手への思いやりと、自らに素直でありたいという彼の生き様があるだけだった。

 

 そしてコピーも想いを行動に出した。

 右手を縦にし、鏡に重ねた。

 意図を察して、彼も左手を鏡に重ねる。

 

 鏡越しに、二つの手が重なり合う。

 動いたことで、少年の手の包帯が解けた。

 

 白い帯の内側にあったのは、金属の光沢。

 細い指には、刃のような鋭利さがあった。

 彼の腕は、鋼の義手で出来ていた。

 

 

「        」

 

  

 コピーは口を開閉させた。

「かわいい」と言っていた。

 少年にも伝わったのか、彼は頬を染めて右手で頭を搔いた。嬉しかったらしい。

 先程と同じように包帯が解けた。

 右手もまた、冷たい鋼の義手だった。

 

 

「            」

 

 

 コピーは再び口を動かした。

「あなた、おなまえは?」と尋ねていた。

 それに彼は答えた。

 

 

 

 

「俺は、リョウ」

 

 

 その名前をコピーは胸に、記憶に、そして存在するかも分からぬ自分の魂へと刻み込んだ。

 そんな想いを込めて、その名を声にならない声で繰り返した。

 

 

「了だ」

 

 

 優しく微笑みながら、義手の少年は佐倉杏子の複製へと名を告げた。

 















偽物にして本物であり、本物にしてマガイモノ


そして、次回から第二部開始であります

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