魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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エピローグZERO 円・環 (挿し絵あり)

 闇が広がる。

 静謐と言う言葉を具現化したような、全てが停止し時だけが流れる世界が広がっていた。

 世界自体が、安息の眠りに就いているかのようだった。

 

 その中で何かが蠢く。

 世界を覆う闇を取り囲み、世界の、宇宙の輪郭が狭まっていく。

 それはまるで細胞内で強力なウイルスが増殖していくかのような、異様な光景だった。

 その色は黒。津波か雪崩のように宇宙を進みつつ、その表面で無数の影が蠢いていた。

 

 触手に爪、牙に眼に内臓に。

 歪んだ生を与えられたかのような異形の姿が群れていた。

 虫や爬虫類、魚類に小動物にと、そのどれにも似ていて、そして似ていない。

 幾つもの特徴を中途半端に、或いは極端に捉えて形成させた、生命を冒涜しているとしか思えない異様な形状だった。

 

 異形の各部に無節操に次々と発生する眼球は、腐敗と再生を繰り返しながら無数の泡のように醜い体表をびっしりと埋め尽くしていた。

 破裂と再生を交互に行う眼球は、狭まっていく世界の中心を見ていた。

 

 そこには、闇ではなく光があった。光が闇を柔らかな桃色の光で照らしていた。

 それは闇を駆逐するのではなく、闇と共存しているかのような、自然と調和がとれた輝きであった。

 光が広がる中心部分に、卵のような物体が浮かんでいた。

 丸みを帯びた透明な珠の中に、光の根源が存在している。

 

 それは、白と桃色を帯びた少女であった。

 神々しい白い衣装に身を包み、輝く桃色の髪を左右から伸ばした美しい少女。

 そこもまた光が満ち、無限の光の草原となった地面が広がる球の中で、うつ伏せになって眠っていた。

 

 完全な無防備の体勢は、安堵しきっているイエネコの様子を彷彿とさせた。

 背中から生えた二枚の美しい巨大な羽を柔らかに畳み、細い背中の上に乗せている。

 白い手袋を纏った両手の甲に可憐で小さな顎を乗せ、静かに眠り続けている。

 

 黒く醜い異形達は、光を放つ美しい女神を目指していた。

 

 無限の増殖力を持つ、実体化した悪意と殺意、そして憎悪。

 永劫に満たされることのない飢えと、何かを傷付けて破壊し陵辱したいという醜悪な欲望の具現。

 歪んだ牙と蛆虫の群れが蠢いているような舌を躍らせる口からは、ドロドロとした唾液が垂れ流しになっている。

 異形の思い浮かべる思考の中で、幼く美しい女神はあらゆる暴力と陵辱に晒されていた。

 

 異形にとっては、女神と言う存在は珍しいものではなかった。

 発生原因は異なるとしても、広大な宇宙の中で自らを高次元存在とさせたものは多い。

 

 例えば決定的な破滅を回避するために、或いはより良き世界の為に。

 身を投げうって人としての生を捨て、神となった少女は多い。

 

 それらを見つける度に、異形はその悉くを支配していった。

 無限の増殖力に再生力、触れたものを瞬時に自らと同化させる性質。

 

 対話の一切が通用せずに相手の理解を拒む思考と、相手を傷付け絶望を与える事を至上の悦びとした尽き果てない悪意。

 それらの前に敵はなく、これまでの無限に近い歳月の中で無数の次元と宇宙を手中に収めていった。

 虐殺した生命と捕獲した女神達は今も狂う事さえ許さない異界の拷問を受け続け、常に絶対的な絶望と孤独、そして新鮮な苦痛に犯され続けている。

 

 その中にあの女神を加えようと、異形達は迫っていく。

 

 そして異形達は女神の光と宇宙の闇が重なり合う位置に着いた。

 全方位を囲み、桃色の光を異形が覆う。いつでも襲撃が可能な位置だった。

 女神は一切の動きを見せず、安らかな眠りの中にいた。

 

 その顔を絶望に染めてやる。白い肌を傷で覆わせてやる。

 憎悪に狂った欲望が、異形で覆われた宇宙に満ちる。

 

 

 

「まだ、眠りの時間は長いままか」

 

 

 声がした。

 若い女の声だった。はっきりとした発音だが癖であるのか、僅かに舌足らずな言い方であった。

 

 そして異形達は見た。

 卵型の珠に背を預け、虚空に足を延ばして座る若い女の姿を。

 

 赤く長い髪を頭頂で結わえた黒いリボンで束ね、黒い長袖のシャツと青いジーンズに身を包んでいる。

 年齢は二十代前半程度だろうか。

 女神の外見的な年齢を十四歳くらいとすれば、十歳くらいは歳上に見えた。

 

 鋭い目つきではあるが、赤髪の女は緩やかに微笑んでいた。

 うつ伏せになる女神よりも下方に頭を置いて座る様子は、まるで主人と飼い犬のようだった。

 

 

「それにしても奴め…腹立たしい。なんと不遜な事を」

 

 

 真紅の瞳が嵌る眼が、緩さを廃した鋭さへと変わった。

 文字通りの鋭さは、非人間的でさえあった。

 例えるなら、まるで機械のような。

 

 

「奴の存在を秘匿させる為に、貴女は力を使わざるを得なかった。奴め、その恩がありながら逆干渉にて貴女を疲弊させるとは」

 

 

 淡々とした口調であったが、声には忌々しさが糊塗されていた。

 

 

「それにしても、奴を消し去る為に奴の夢に干渉を試みるというのならば分かる。だが、奴を理解し……救う為に接触を図るとは」

 

 

 事実を確認する言葉を女は述べていく。

 何時の間にか、女の姿は変化していた。

 

 165センチほどの身長は20センチほど縮み、髪型や色、声や体格までもが変貌している。

 服装はそのままに、濡れ羽色のセミショートヘアと黄水晶の瞳、体格に反して大きな胸とハスキーボイスを発する少女の姿に変わっていた。

 その変化の過程も、前兆すらない変化だった。

 

 いや、むしろ最初からこの姿であったかのような。

 

 

「今は、休まれるがいい。見習い以下の下っ端である私だが、鞄持ち代行の真似事程度は出来るだろう。勿論、それは先輩諸姉方の御尽力あってのものである。居場所を与えていただき、感謝は尽きない」

 

 

 赤い長髪の女から濡れ羽色の髪の少女へと変化した存在は、異形を見ていなかった。

 今は黄水晶となった瞳で、女神を見ている。

 瞬きはおろか、瞳孔の変化も全くとして生じていない。

 生き物の温もりはある外見だが、決定的に何かが欠けた存在だった。

 

 

 異形達の思考に疑問が浮かぶ。

 この存在は、いつからいたのかと。

 それを抱いた瞬間、異形は一斉に襲い掛かった。

 

 気付いてしまったのだ。

 これは最初からそこにいたと。

 自分たちがその存在を認識していなかった……否。

 存在を認識することを拒み、意識から消し去っていたからだと。

 

 恐怖そのものである筈の異形が恐怖していた。

 恐怖に突き動かされ、異形達は桃色の光の中へ踏み出した。

 踏み出そうとした。

 果たせなかった。

 

 そこで消滅したからだ。

 

 秒にも満たず、時の概念から外れた、一瞬以下の刹那であったがそれは確実に存在していた。

 女神が君臨する卵の下から、二つの鋭角から迸った光が。

 光は、それを放ったものの姿も照らしていた。

 形状と存在を、異形達は認識した。

 

 

 決して手を出してはいけない、存在を忘却せざるを得ない真の恐怖と絶望の象徴たる者の名を。

 

 

 迸った光が、異形を消し去るのに要した時間は光が発生した時間よりも短かった。

 最初から何も無かったかのように、宇宙は元の色となった。

 

 しかし光は異形を消し去った後も、その意識に苦痛を与え続けていた。

 それは異形が侵略し、捕えていた者達に与えていたものよりも数次元は上の苦痛。

 そして苦痛以上に、光を放ったものへの恐怖と遭遇した絶望が異形の精神を焼き続けていた。

 

 異形は今、穴の中にいた。

 宇宙の果ての果てに生じた惑星サイズの黒い穴が、異形の本体だった。

 意思を持つ異次元の穴、これがこの存在の正体である。

 

 宇宙の災厄を詰め込み、兵器とした存在。

『空間兵器ドグラ』である。

 

 穴の外側には、宇宙一つを埋め尽くす量の異形が出ていた。

 そして穴の中には、外に出ていた異形とは比べ物にならない数のドグラがひしめいている。

 強引に比較するとして、数百億倍以上。

 実質的な無限である。

 

 その無限の中にも、光は侵入していた。

 当然の結果であると言えた。

 無限の増殖力と再生力を誇る存在を瞬時に消し去った光の暴虐が、その程度で済むはずが無いからだ。

 

 

 穴の中で蠢くドグラの一体が、楕円形に切り取られた。

 その前に、光り輝く人型がいた。

 細長い四肢を備え、天使のような翼を生やしていた。

 

 しかしその頭部は、朧げな輪郭でありながら蛇か蜥蜴などの爬虫類、または鰻のような形をした異形となっている。

 それが再び口を開いた。

 開いた口には、光で出来た臼歯がずらりと並んでいた。

 逃げようとする異形を五指を備えた手で捕獲し、がぶりと齧って咀嚼する。

 

 応戦すべく牙を剥いた他の異形を、二又の長槍が貫いた。

 動きを止めた異形に、今も異形を喰い貪る鰻顔の天使が噛み付いた。振られた首で肉を引き千切り、目も鼻も無い貌で美味そうに捕食する。

 

 それを合図にしたように、同型の者達が次々とドグラへと襲い掛かっていく。

 身の丈以上の諸刃の剣を振り回し、或いは素手で引き千切り、外皮を噛み千切って内臓を引き摺り出す。

 投擲された剣は二又の長槍へと姿を変え、ドグラを貫き沈黙させていく。

 殺戮を繰り返す天使の数は九体いた。

 

 

 その内の一体の顔が無残にひしゃげた。

 見れば、似た形状の存在が頭を踏み潰していた。

 

 肩の装甲らしきものと、寸詰まりの魚のような貌こそ違えど、凡その体格は同じであり同型であると伺えた。

 腕に携えた光の小銃を構えるや、同じ光で構築されたその個体は光の弾丸を乱射した。

 鰻顔ごとドグラを粉砕、ないしは鰻顔を積極的に破壊している。

 

 何かの恨みを晴らすかのように破壊を続けるその存在の左右から、更に似た形の二体が武装を携えて進軍する。

 前に突き出た額を持った単眼の個体は長大な重火器を持ち、光の波濤で無数のドグラを一気に貫く。

 鎧武者に鬼のような一本角を与えた個体は咆哮するかのように口を開き、猛獣の如く勢いで疾走するや鰻顔とは比べ物にならない暴虐さを発揮しドグラを虐殺していく。

 

 

 その暴虐に向け、ドグラも動いた。

 侵入者に対し、津波の如く勢いで一気に飲み込まんとして襲い掛かる。

 その表面に無数の光が突き立ち、炸裂した。

 砕けていく眼は、迫り来る無数の光を見た。

 

 それは大別して二つの存在だった。

 一つは戦車に戦闘機、戦う為に生まれた者達。

 もう一つが運搬車両や飛行機。

 人が生きる為に造られた存在だった。

 

 それらは火砲を放ってドグラを砕き、また轢殺して破壊していく。その先頭には、大型のトラックと思しき光があった。

 それはドグラを足場に飛翔するや、空中にて姿を変容させた。

 荷台は何処かへ消え失せ、前面が複雑な形状変化を生じさせて人型へと変容(トランスフォーム)したのであった。

 

 そして手に携えた小銃から光を放つ。

 着弾地点で巨大な炸裂が生じ、その中へとそれは降り立った。

 その瞬間、小銃が跳ねた。投げたのではなく、自ら動いたのだった。

 空中で回転する最中でそれもまた変容した。

 

 質量さえも増大し、大型トラックから変じたものと同程度の体格の個体と化した。

 その両者の分厚い装甲が施された胸部には、異なる紋章が刻まれていた。

 

 トラックのものは擬人化した獣のような、火器が変じたものは鉄仮面を思わせるものを。

 それぞれが異なる陣営であり、そしてその後からそれぞれと同じ紋章を身体の各所に付けた者達が続く。

 相容れない存在達が並び、一つの存在を滅ぼすべく同じ光から顕現していた。

 

 無数の変容する機械の戦士たちに続き、更に光は溢れる。

 装甲を纏った鋼の者達が、絶望の異界生命を滅ぼす為に集い破壊を与えていく。

 

 その全てに恐怖しながら、ドグラの意思は彼方からの視線に気付いた。

 おぞましい形の眼が、こちらを見ている。

 

 いや、それはドグラを見ていなかった。

 自らが呼び出した無数の軍勢を眺めていた。

 最初から、あの存在はドグラを眼中に入れていなかった。

 

 そして光は闇を駆逐した。

 無限に等しい存在を、さらに上回る無限の戦力で瞬く間に圧し潰したのであった。

 

 遍く無数の砲撃に攻撃、そして必殺の技を浴びながら苦痛と恐怖の中でドグラは一つの意思を発した。

 

 

 何者だという意思だった。

 

 

 それを送りつつ、恐怖の具現体は疑問に思った。

 何故この行動を取っているのかと。

 そして気付いた。

 自分は既に掌握されており、その問い掛けを放つように仕向けられたと。

 

 何のためか、とは考えるまでも無い。

 

 弄びたいからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光の文字が浮かび上がり、その存在の全貌を顕した。

 この瞬間に、絶望と恐怖という存在そのものであるドグラの精神は砕け散った。

 その苦痛を維持されたまま、ドグラという存在は固定された。

 

 そして捕らえていた全ての生命と女神はドグラの中に無く、跡形も無く消えていた。

 そんな事など、どの宇宙や時代、次元に於いても存在していなかったかのように。

 

 

 最初から最後まで、ほんの一時の出来事であった。

 無限の存在を破壊したという規模に反して、一切の音も衝撃も無い。

 まるで書物を読んだだけであるような事象だった。

 

 そもそもこれは戦闘ですらなかった。

 ただ一つまみの埃を払ったか、吐息で散らしたに等しい。

 力が違い過ぎており、比較対象にもならないのである。

 

 

 静謐を示すように、円環の女神は身じろぎ一つせずに安らかに眠り続けていた。

 

 その女神を頂点に頂き、破壊者もまた静かに佇んでいる。

 

 終焉にして、原初。

 

 究極の破界神。

 

 無限(ZERO)

 

 そしてZを示す巨大な翼を背負い、魔神たる威容でこの宇宙に存在している。

 

 

 

 幼き眠りを護り続ける、虚空に聳える鉄の城として。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 












「わたしの、さいきょうのともだち」(さいきょうには複数の意味が入るかと思います)



そして最高のイラストをお描きいただいた絵師様に無限の感謝を捧げます

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