魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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エピローグ3 Deep Red・Prompt

「残酷な」

 

「天使の」

 

 

 廃教会の中、夜も更けていく中で二つの声が鳴った。

 ソファに並んで座る声の主たちの前には、異形じみたテレビが置かれている。

 外見に反して鮮明な画面の中ではテレビアニメのオープニングが映っていた。

 上の二つの言葉は、その歌詞をなぞったものだった。

 

 意味深な歌詞と確かな歌唱力、そしてリズムよく進む曲調は二人の耳に心地よかった。

 言うまでもなく、二人とは佐倉杏子とナガレである。後ろから見て杏子は右に、ナガレは左に座っている。

 

 戦闘を経て、二人の全身は包帯に覆われていた。

 あまりに損傷がひどいのか、下着を除いて肌の上に直接巻かれていた。

 白い生地の表面には朱の痕が無数に浮かび、激戦の痕跡が伺えた。

 外界を見る眼は今回は無事だったが、口元に鼻くらいしか包帯の浸食を免れていなかった。

 

 それでも負傷は慣れたもので、二人は歌詞を口ずさんでいく。

 異様な光景だが、元気そうであった。

 

 

「なぁ」

 

「うん?」

 

 

 オープニングが終わると、杏子は彼に声を掛けた。

 前までなら会話は皆無であった事を考えると、大した進歩だった。

 

 

「補完計画ってさぁ、割と理に適ってるなぁって」

 

「凄ぇ事言うな、どうしたよ」

 

 

 画面を観つつナガレは杏子の物騒気味な発言に対し訊き返す。

 

 

「相手の事が分からねぇ、だから不安になる、苦労する」

 

「まぁ、当然の事っちゃそうか」

 

「で、分かる為には色々とやるしかねぇ。会話だったり、喧嘩だったり……セックスだったりとか」

 

 

 杏子が滔々と言葉を述べる。

 画面内ではオンエアする時間帯によっては茶の間を凍らせそうな濡れ場が展開されていた。

 ベッドの台に置かれた避妊具の袋や、飲み掛けのビールが生々しい。

 その様子にナガレは少し安心した。

 性を象徴する単語を言い淀む程度には、杏子も安定してきたようだと。

 

 

「でも、結局は分からねえ。他人だからな」

 

 

 当然のことを杏子は語る。ナガレは黙って聞いている。

 

 

「で、その垣根を取っ払っちまおうってぇ話だ」

 

 

 そう言って杏子はちらっとナガレを見た。

 

 

「理解できたかい?これ2週目だけどさ」

 

 

「ああ、余計にワケ分からなくなった」

 

 

「あんたらしいね。ま、あたしも正直よく分からねぇ」

 

 

 中身のない会話を、平和的に投げ合う両者。この状態が何時まで続くのだろうか。

 

 

「でもさぁ、こうでもしないと無理そうじゃない?」

 

 

「何がだよ」

 

 

「あんたが戦いを終えられる方法」

 

 

 沈黙。

 テレビからの音声だけが流れ続ける。

 ナガレは言葉の意味を探っていた。杏子はマズったかなと思っていた。

 

 

「パシャってか」

 

 

 ナガレは杏子を見た。そして指先まで包帯で覆われた五指をグーからパーに変えながらそう言った。

 杏子は思わず背筋が凍えた。

 

 彼女としては、「互いに理解し合うしかないんじゃないのかい?」と聞いた積りだった。

 だが彼は、結果的には同じ事に繋がるとはいえ皆殺しの道を選んでいた。

 並行世界の自分を殺し続ける旅路の事を。

 

 

「そうだね。あんたにしちゃあ、頭の回転早いじゃねえか」

 

「このアニメのせいかもな。面倒な単語と情報が多過ぎて、観てるだけで頭が賢くなった気になるんだよな」

 

「混乱してるね。答えになってねぇよ」

 

 

 電波じみた彼の返しに、杏子は安堵する。そうしようと努めた。

 

 

「それにしても、最近ちょっと妙だよな。俺の名前を憶えてくれたり、腐れ思い出話を認識できたりよ」

 

「それな。あたしもちょっと気になってる」

 

 

 話題を変えようと杏子は思考する。確かに気になっていた事柄だった。

 

 

「多分だけど、いや、それしかねえか」

 

 

 彼女なりに、ナガレという存在の認識の薄さについての結論を出した。

 

 

「魔法だな、魔法少女の」

 

 

 或いは願いか。そう繋げようか杏子は迷ったが、結局言葉にしなかった。

 言ったら面倒なことになると彼女は察したのだった。

 

 

「やっぱ強ぇな、お前らは。大したもんだ」

 

 

 関心の言葉を彼は言う。

 素直な感想なのだろう。

 魔法少女の存在は、当の魔法少女である杏子も複雑な想いを抱いている。

 その言葉をどう感じるか、と杏子は悩んだ。一瞬だけ。

 

 

「お褒め頂きありがとよ。あんたにそう言われると、こんな厄介な力でもちったぁ嬉しく思えるもんだ」

 

 

 感じた感情を言葉に乗せて、杏子は左手を掲げた。

 中指に嵌った指輪は、真紅の輝きを放っている。放たれた光は完全ではなく、幾らかの闇が含まれていた。

 その光と闇を見て、杏子は思いを巡らせた。

 掲げた手を照らす光と染み入る様な闇。それらに当り、包帯の内側の指が透けて見えた。

 それを見て一つ思い付き、杏子は口を開いた。

 

 

「話を戻すけどさ。ほら、互いに分かり合えないって話さ」

 

「難しいだろな。相手の考えてる事は分からねぇし」

 

「分かっても、それは自分のコトじゃねえからな。視点や立場が違う」

 

 

 ナガレの言葉を杏子が引き継ぐ。そして更に続ける。

 

 

「あたしらは互いの心を覗いたよな。例えるなら、X線で身体を透かして中身を見るみたいにさ」

 

 

 腕の包帯を一部解き、内側の肉を杏子は見る。

 切り刻まれた肌、抉れた肉、その奥にちらっと見える白い骨。

 加害者である彼に見せつけるように、杏子は肉の中身を見せる。

 応えるように彼はそれをじっと見る。

 

 

「いや、文字通り心の中に入ってたんだ。これ以上ないくらいの見透かしと言うか覗き見というか…いや、一体化してたとも言えるか」

 

「まぁ、槍でブッ刺してたからな」

 

 

 思い返しながら、胸を軽く撫でるナガレ。

 当然ながら、相当に苦痛であったらしい。

 彼がこういうことをするのは珍しい。つまりは格別の苦痛だったのだろう。

 

 そこで沈黙が降りた。

 話を切り出したはいいが、何を続ければいいのだろうか。

 分かり合えないとは、今言ったばかりだ。

 心の中身を覗き、また記憶を垣間見て挙句の果てに限定的ながら一体化を果たしていても相手の事は分からない。

 立場も違う。

 

 だから相手の悩みは何処までも他人事で、過去の災厄や背負った宿命も自分のものではない。

 言うなれば、相手の記憶や宿命は物語に過ぎない。

 

 それを口に出したところで、どうするというのか。傷を舐め合う趣味はない。

 ならば何故か。

 杏子は自分の心を切り刻む様にして考える。

 痛みを伴う思考が彼女の心を苛む。

 

 

 そして彼女は、その答えに行き着く。

 杏子の目線は自然と左へ向かう。

 そこにはナガレがいる。

 

 彼と杏子は、確かに繋がった。

 魂を交差させた。

 肉体的には全身の傷とそれがもたらす苦痛が示す通り、刃と拳に蹴りなどの、考え得る限りの暴力を重ねた。

 苦痛は重ねた。

 そして重ねていないのは。

 

 

「そういやぁ、死ぬ寸前てのは性欲高まるんだってな」

 

「なんでそうなるのかね」

 

「聞かれる前に言っとくと、あたしは結構昂ってる」

 

「聞いてねぇんだけど」

 

「ていうかあんた、我慢強すぎじゃねえの?」

 

「はい?」

 

「あたしがあんたの立場なら、こんな生意気なメスガキは顔面をボコボコにして四肢を砕いて動けなくしてから前もケツも容赦なくブチ犯してるね、うん」

 

「怖ぇなお前」

 

「あんたとあたし、性別が逆じゃなくて良かったねぇ」

 

「お前、頭の回転早ぇのは知ってたけど想像力も豊かだな」

 

 

 顔を引きつらせながらナガレは言った。イラつきと勘弁してくれよと言う想いからである。

 ここ最近の相棒の苦労は少しながら察していたし、多感な年頃とは思っているが、ここまで酷い妄想を聞かされるとは思わなかった。

 流石に反論するかと彼は思った。

 

 そのために開いた口は塞がれた。正面から圧し掛かってきた杏子の唇で。

 包帯で大半が包まれた唇だったが、彼女の体温は伝わった。杏子の方も彼の体温を感じているだろう。

 

 舌が押し込まれる。蛇のようにのたうつ舌が彼の舌に絡みつく。

 例によって性欲は湧かないが、やられてばかりなのが彼の反抗心に火を付けた。

 絡んできた舌を絡め返し、口内から追い出そうと押し返す。

 

 

「んぐぅっ!?」

 

 

 その動きに杏子はくぐもった悲鳴を上げた。

 途端に舌の動きが鈍る。その反応で彼は察した。

 こいつ、ここでも受けに入ると弱いのかと。

 

 杏子と戦っていて思うのは、防御は厚い事は厚いが強引に突破されると脆いという事だった。

 こういった面でも、それは変わらないらしいと。

 

 そして杏子の背は痙攣した。二人の間を繋ぐ短い距離に雌の香りが漂う。

 そこから漏れた粘液は、幸いにして包帯に全て吸い取られていた。

 

 数秒、あるいは数十秒間。

 唇を重ねていた、杏子は離れた。

 自分が少女の性に仕方なくも応戦したことによる嫌悪感から死んだような眼になったナガレに対して、肩を震わせながらも杏子は舌なめずりをし、女豹の雰囲気を出そうと努める。

 そして、涙目ながらに妖艶に笑って見せた。

 

 

「今回は…これで、勘弁してやるよ」

 

 

 包帯から覗く頬の色は桜色に染まっている。

 その色を綺麗だなと思う余裕は残っていた。

 

 

「ああ、続きは十年後な」

 

 

 そう返し、彼はテレビのリモコンを操作した。

 見逃した部分を巻き戻すである。

 

 

「ああ、こちらこそね」

 

 

 言いながら、杏子はナガレの身体を這った。獲物を絞め殺す蛇のように。

 そしてナガレの胸に顔を近付け、じっと見た。

 この時彼は、杏子から異様な気配を、いや、視線を感じた。

 何もかもを見透かすような、彼女が言う処のX線による物体の透過のような、得体の知れない気持ち悪さを。

 そして彼女はこういった。

 

 

「だからよろしくな……竜馬

 

 

 ナガレの顔を見ずに、彼の中身へ呼び掛けた。

 その様子に、彼は喉の奥で唸った。

 

 

「……それは、キッついな」

 

 

 呻きながら彼は言った。

 今の自分はあいつにあらずと、突き付けられた様なものである。

 正真正銘の同一人物である為、これは堪えたのだろう。

 

 

「お返しだよ」

 

 

 杏子は笑いながら言った。八重歯を見せての、可愛らしい肉食獣の笑顔であった。

 そして彼女は彼の身体を滑るように降り、元の位置に座った。

 

 同時に巻き戻しも終了し、彼は動画を再開させた。

 話の着地点は終ぞ決まらず、会話によって得られたものは特にない。

 精々疲れただけだった。

 

 だがこれでも、今までと比べたら大分人間らしくなっている……のかも、しれなかった。

 動画を再開してからはや一分、両者の間に言葉はなかった。

 只今は、何処ぞとも知れない場所から去来したアニメーション作品を観耽る事に夢中になっていた。

 再び言葉が交わされたのは、数話ほど見終えた後、エンディングの際に

 

 

「食うかい?」

 

 

 と杏子が声と共に傍らに置いておいた紙袋から取り出した、林檎を差し出してきた時だった。

 

 

「ありがとよ」

 

 

 と言って彼は受け取った。

 赤々とした新鮮な林檎を齧る音は同時に鳴った。

 咀嚼する音もシンクロする。

 

 珍しく平和な雰囲気が保たれている廃教会の中、夜は朝に変わりつつあった。

 そして生まれ出た朝焼けが、不健全な生活を続ける二人の年少者達を照らし出した。

 新しい一日が、両者を否応なく新しい一日へと導いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『逃げねぇし、逃がさねぇ』

 

 

『お前の事は、絶対に』

 

 

『お前はあたしのモノだ』

 

 

『お前の全てが、お前がいる地獄が欲しい』

 

 

『ナガレ』

 

 

『流竜馬』

 

 

『その為になら、あたしは何にだってなってやる』

 

 

『お前が離れられない存在に、あたしはなってやる』

 

 

 

 

 

 

 

 

『だからあたしは』

 

 

 

 

 

『お前にとってのゲッターに』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲッター線になってやる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地獄すら楽園に思えるような、深紅の想い。

 

 紅い血が求めるのは、未来永劫の業罰。

 

 突き動かすのは、赤く染まった欲望の衝動。

 

 それは真紅の魔法少女の心の中で着実に、静かに、そして荒々しい渦のように。

 

 または際限なく濃度を高めていく血雑じりの毒液のように、禍々しさを孕んで大切に育まれていった。

 

 

 

 

 
















彼との関係を模索する佐倉さんでありました

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