魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第84話 重なる紅抱く黒

「抱けば、いいんだな」

 

 

 ナガレはそう言った。

 疲れの色があったが、それは諦めではなく挑むような口調であった。

 対する杏子は、両の口角を吊り上げ美しい眼豹のように嗤った。捕食者の笑みで。

 

 

「ああ、やっと素直になりやがったか」

 

 

 そう言い、腰を左右に軽く揺らした。

 密着した股から溢れる体温と同じ温度の粘液が、彼の太腿を覆うズボンの布地を犯すように濡らす。

 そして顔をナガレの頬に近付け、そこにべろりと舌を這わせた。

 

 たっぷりと唾液をまぶし、その糸が引かれる舌をだらりと下げて彼に見せつける。

 彼女の顔には、勝ち誇りの趣が浮かんでいた。

 彼を見る杏子の視線は、敗者を見降ろす勝者のものでもあった。

 

 しかし、それはほんの数秒のことであった。

 彼女が見せた表情はすぐに消え去り、代わりに現れたものは淫蕩な女の顔だった。

 

 自分の魅力を最大限に使い男を陥落させたと確信したときの女の顔である。

 だから彼女は、またも挑発的な言葉を吐く。

 

 

「ヤりたいんならあたしにばっかさせてねぇで、あんたからも抱き締めなよ。あたしの処女孔ブチ刳り抜いて、痛みと喪失感をあたしに寄越しな」

 

 

「お前、随分と嬉しそうだな」

 

 

 杏子の破滅的な言葉に彼は噛み付く様に言い返す。

 

 

「ここ最近負け続けだからねぇ。でもさ、これでおあいこかあたしの勝ちってコトになるんじゃねえのかなぁ」

 

 

 だがそんなことは気にもせず、むしろ楽しげにすら見える声で杏子は答えた。

 

 

「あ?」

 

 

 完全に意味不明と言った表情と声でナガレが返す。

 その困惑を楽しむ様に、杏子は先程自分の股に触れた手で彼の腹筋を弄ぶように触れる。

 粘液で濡れた指先が、黒いシャツに覆われた筋肉の隆起と形を愉しむべく、蛇の舌の如く蠢いた。

 

 

「あんたのアレをあたしのナカに挿れてイカせてやれば、あたしの勝ちってコトになると思うんだよね。ホラ、股で咥え込むってもいうしさ、一種の捕食みてぇなもんだろ」

 

 

 そう言う杏子の言葉には熱に浮かされた様な響きがあった。

 自らの身体を使って彼を屈服させることへの期待に満ちていた。

 彼女が求めているのは、愛ではなく性欲の解放と勝利への渇望と純潔を喪失する際の痛みであった。

 

 故に、求める。

 

 欲望のままに。

 

 自らを満たすために。

 

 この男を支配し辱め蹂躙するために。

 

 それこそが、彼女にとっての勝利なのだから。

 それを理解しているのかいないのか、ナガレは僅かに眉間にシワを寄せた後、ふっと口元だけで笑った。

 

 その様子に、杏子はイラっとくるものを覚えた。

 餌の癖に生意気だと、雌の本能が彼女にそう告げた。

 

「だからさっさとあたしを喰って、あたしに貪り食われちまえよ。ナ・ガ レ」

 

 苛立ちをぶつけるようにして、杏子がその名前を呼ぶ。

 

「ああもちろん、無粋なゴムなんざ付けるなよ。あんたの肉は、直接あたしの肉で喰いたいんだからさ」

 

 

 そう言って、再びナガレの首筋に舌を伸ばして舐める。

 その動きに合わせるように、彼女の腰がゆらりと揺れた。

 

 誘うように。

 いやらしく。

 

 それは、まさに娼婦の所作だった。

 それに抗う術などありはしない。

 あるわけがない、筈なのだが。

 

 

「いらねぇよ、そんなもん」

 

 

 その返事に、杏子の身体がびくっと震えた。

 跳ね返すような、挑むような、そして肉を喰い千切る獣の様なナガレの声だった。

 

 そして彼女は彼の顔を見た。

 月光の中でも、その顔は昏く見えた。

 鋭い眼の輪郭と、開いた口から覗く牙のような歯だけが見えた。

 

 肉食動物の持つ凶暴さを持った男の顔であった。そして、その顔に見惚れてしまった自分を、杏子は心底後悔した。

 それに対しても、彼女は敗北感を覚えたのだった。

 

 彼の顔が昏く見えているのは、その認識を拒んでいる為だと分かった。

 その顔が美しいと認めつつ、そしてそれ以上に恐ろしいと彼女の本能が察していた。

 

 

「……いいね、そういう顔の方が、あんたらしいよ」

 

 

 だが、すぐに彼女はまた微笑を浮かべた。強がりである。

 

 

「じゃあ、さっさとヤろうぜ。もう待ちきれねぇんだよ。あたしの孔に突っ込んで、奥まで滅茶苦茶に犯し尽くせ。そして、本当の意味であたしに勝ってみろよ。なぁ…ナガレ」

 

  

 長い言葉を、杏子は一気に言い終えた。自らの意図と矛盾する言葉となっている事に、彼女は気付いているだろうか。

 ああ、と彼は返した。

 

 そしてずいっと、彼女の顔の前に自分の顔を近付けた。

 昏い色は消え、いつもの彼がそこにいた。

 美少女のような形の、野性味のある少年の顔が。

 

 そのことに少し安堵しつつも、杏子は挑発的な表情を崩さない。

 崩したら負ける、立て直せない。

 彼女はそう思っていた。

 敗北を予期した事への背徳感を覚えたのか、彼女の子宮は疼き、そこに至るまでの肉の襞は収縮を繰り返しながら熱い樹液を垂れ流していた。

 

 

「だが悪いな、杏子」

 

「ッ…!…!?」

 

 

 拒絶ともとれるその言い回しに、杏子は思わず身を引いた。動かなかった。

 そう彼が言った時、彼の右手は杏子の背に回されていた。

 彼女の逃げ場を奪い、更に彼は顔を近付けた。

 そして牙を見せてこう言った。

 

 

「そういうのは10年早ぇって、この前言っただろうがよ」

 

 

 捕食者の顔と声で、彼はそう言った。

 

 杏子は息を飲むことしかできなかった。

 目の前にある男の貌に、少女はただ怯えることしか出来なかった。

 

 恐怖を感じた瞬間、杏子の中にあった何かがぷつんっと音を立てて切れた。

 薄れていく意識、急速に冷えていく体温。

 それを、何かが引き戻した。

 

 灼熱の温度を帯びて、煮え滾るマグマのような温度。

 それが、彼女の身体の前面に、胸に腹にと拡がっていた。

 

 眼を開けると、右頬の辺りに彼の顔があった。

 杏子の右肩に顎を乗せ、両手で背を抱いている。

 

 そこに性的な要素は何も無かった。

 ただ彼は、彼女を抱き締めていた。

 自らの高い体温を与える様に、裸体の上に薄い布のドレスを羽織った杏子を抱いている。

 

 

「え、ちょ…お前…」

 

 

 困惑し、杏子は彼を振り解こうとした。

 だが、身体は動かなかった。

 そして自分の困惑と裏腹に、抵抗の意思も薄れていくのを感じた。

 代わりに去来したのは、安堵であった。

 

 

「黙ってな」

 

 

 そこに彼が言葉を投げ掛ける。

 

 

「黙って抱かれてろ」

 

 

 何を言っているのか、すぐには分からなかった。

 だが、少し経って彼女には分かった。

 今の状況に、やっと頭が追い付いたのだ。

 そして、その事実に胸が痛くなるほど驚いた。

 

 

「ナガレ…お前……」

 

 

 絞り出すように杏子は言葉を紡ぐ。

 彼の手は杏子の背から、肩、そして。

 

 

「ひぅっ……」

 

 

 彼女の真紅の髪を生やした頭部に触れた。

 その形を確かめるように、そして壊さないように。

 彼の手付きは、繊細な硝子の芸術品を扱うかのようだった。

 それは触れられる杏子が信じられないほどに、優し気な触り方だった。

 

 ぞくっとする感覚に、杏子は身を震わせた。

 

 

『なんだよ…これ』

 

 

 震えながら、彼女は思う。

 

 

『これじゃ……まるで……』

 

 

 その触れ方には、覚えがあった。

 もう二度と会えない、触れられない者達から受けた事に、それはよく似ていた。

 

 そのまま、彼は動きを止めた。

 どのくらい、そうしていただろうか。

 数分は過ぎた。

 

 そして一時間は経過しなかった。

 ナガレは手を、杏子の体表から離した。

 杏子は離れなかった。

 更に数分間、彼に身体を預けていた。

 

 溶けあうように重なった身体が離れる速度は、ひどくゆっくりだった。

 一つのものを、ゆっくりと二つに引き裂く様に。

 

 床に足を付け、杏子は数歩下がった。

 下がりつつ、魔法を発動させた。

 

 黒いドレスが消えて一瞬、彼女の裸体が月光を浴びた。

 そして直後に、普段の私服が彼女を覆った。

 頭髪にもリボンが巻かれ、素足もブーツで覆われる。

 

 足を縺れさせながらも後退し、やがて停止した。

 

 

「…お前」

 

 

 一言言った直後、彼女は莫大な疲労感に襲われた。

 二度三度と、重い息を吐く。

 

 それでいて不快さはない。そして、渦巻いていた性欲が体の奥に消えていく感覚がした。

 荒い息が続くが、彼女はなんとか呼吸を整えた。

 その様子を、ただ無言で彼は見ていた。

 

 

「はっ!」

 

 

 疲労を振り払うように、彼女は叫ぶように息を吐いた。

 

 

「確かに……抱いたってのに間違いはねぇよな」

 

「ちょっと反則だったけどな」

 

「それ、自分で言うかい?」

 

 

 意地の悪い笑顔で返した杏子の反論に、彼も似た表情で返した。

 

 

「十年か…長いな」

 

「そうか?年月なんざ過ぎればワリと直ぐだぜ」

 

「違ぇよ。その時あたしは26か7で、結構な歳だと思ってね。って、前にもこんなコト言ったよな」

 

「一番面白い時期だと思うんだけどな」

 

「実年齢が18くらいの奴が言うなよ。マセやがって」

 

「ハタチだってんだろ。つうか、少し前のてめぇの行動を思い出しやがれ」

 

「ガキっぽいんだよ、お前は。で、何だって?あたしが何かした?」

 

「お前、よぉ……」

 

「くははっ!その困ったツラは傑作だね。腐れメスゴキブリ女と胸にゴム鞠をくっ付けた紫髪の剣士気取りが執着するのも分かる気がするよ」

 

 

 不思議と、先程までの不健全な様子は消えていた。

 だが最後の最後、彼女の中に残った性欲の残滓が、彼女に新たな欲望を与えた。

 

 

「まぁ…今回はここで大人しくしてやるよ。……それで、さ…」

 

 

 その消えかけの火のような欲望の欠片は、最期に炎と化して彼女の顔に浮かんだ。

 歳に合わない妖艶さと、魔獣のような獰悪さが。

 

 

「代わりのコト……しようぜ」

 

 

 そう言い終えた彼女の全身を、真紅の光が包んだ。

 紅に照らされる前に、彼は彼女の意図を察していた。

 

 軽い溜息、そして牙を見せた嗤い。

 やっぱそうなるだろなと、確信と戦意を纏ったその表情が彼の心中を告げていた。

 















次回、(一旦の)最終回

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