魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
眼を開いた。
あいつがいた。
あたしの胸の穢れを喰うナガレが。
あいつだけがいた。
他は全て消え失せていた。
真っ暗な世界に、あたしとこいつだけがいる。
いや、よく見たらもう一つだけ存在してるものがあった。
そいつはあたしらの周りを覆う闇よりも黒かった。
だから見えた。
あいつの背中から湧き上がる、黒い塊。
『ゲッターエンペラー』。
あいつの言葉を借りれば、そう呼ばれてる奴が。
あたしの穢れを吸って、膨れ上がった魔女が変貌し腐りやがった姿。
そいつがナガレの背から生えて、見渡すくらいに、宇宙そのものってくらいに広がってやがる。
ナガレの奴はそれに眼もくれず、一心不乱にあたしの穢れを、心を貪り続ける。
その度に魔女はこいつから力を得て更にデカく……いや。
逆だ。
縮んでやがる。
荒い岩肌みたいな表面のゴツゴツしたデカい手を上に伸ばしてもがきながら、全体の輪郭が縮んでく。
苦し身悶えて、その根元へと消えていく。
ナガレの背中へ。
音は聞こえない。
あいつがあたしの穢れを喰い貪る音と、仰向けになったあたしの腹の上に重なるあいつの胸から聞こえる、うるせぇくらいの鼓動しか聞こえない。
それでもあれが、魔女が変化したあの化け物が苦しんでいるように見えた。
多分、得た力を使ってナガレの奴に逆らおうとした積りなんだろうな。
でもそれを抑え付けられて、あいつに逆に吸収されてやがる。
はっ。
どっちが化け物なんだろうな。
なぁ…ナガレ。
お前、さっきみたいな地獄の戦いを繰り返してきたんだろ。
今の敵を倒しても、またすぐに新しいのが来る。
その次も、その次も。
ずーっとずっと。
きっと終わりなんてなくて。
多分だけど、死ぬこともできずに。
地獄の光景を見続けて、そのなかで戦い続ける。
続けさせられる。
永久に。
未来永劫に。
一時の安らぎも得られずに。
無限に終わらない地獄。
永遠の業罰。
恒久の責め苦。
果ての無い拷問。
なんだよ。
なんだよ、それ。
お前は。
お前はあたしが求めてるもの、そのものじゃねえか。
「グゥゥゥゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
跳ね起きて、叫ぶ。
左手であいつの首を掴んで、開いた右手をあいつの胸に重ねる。
相変わらず、高鳴る鼓動がそこにある。
そこにあたしは、魔力を使った。
あいつの身体がガクガクと震えた。
首を掴むあたしの左手にも衝撃が伝わる。
耐え切れなくなって手が離れる。
吹き飛んでいくあいつの身体。
その身体の胸には、表面を埋め尽くすくらいの数の槍穂が突き刺さってた。
普段なら地面に菱形の結界を張って、相手を貫く技。
異端審問って名付けたかな。
そいつを直接、あいつの胸にしてやった。
文字通りの槍衾になって、あいつは吹き飛ばされる。
でも。
「……ぐ」
短く呻いただけで、こいつはよろめきながらも着地して、二本の足で空間の中に立ちやがった。
そしてこっちを見た。
不意打ちの怒りでも困惑でもなく、ただあたしを見る。
あの渦巻く眼で。
あたしのその中に、あたしの穢れの色が見えた。
そしてそれがあいつの渦の中に飲まれて、消えていくのも見た。
「ガァァァアアアア!!!」
また叫ぶ。
叫んで右手を突き出す。
あいつの身体が仰け反った。
当然だろうな。
あいつの右眼に槍を突き刺してやったんだから。
いつも使ってる長い柄の槍があいつの眼を貫いて、ついでに仰け反った喉にも同じのを送って遣った。
続けて左右の太ももと脛にも槍穂を送る。
腹のど真ん中にも槍を投げてやった。
それを全部、あいつは受けた。
全部受けて、全身に突き立てさせながら、あいつは倒れもせずに立っていた。
そして残った眼で、あたしを見る。
穢れを飲み込む渦が巻く眼が、あたしを見る。
それが気に入らなくて、そこにも槍を投げようとした。
違和感。
あいつに突き刺した槍の長さが……。
そう思った時、あいつは走っていた。
あたしに向かって。
そこに向けて、あたしは槍を放った。
全部当たった。
両肩と腹に、合わせて十本の槍が突き刺さる。
それでもあいつは止まらなかった。
それに動揺しちまって、あたしの動きが一瞬遅れた。
その隙に、あいつは跳んでいた。
あたしがあいつに与えて、あいつの前身から生えた槍は、まるで牙みたいに見えた。
あいつを喰らいながら、そしてあたしを喰おうとして開いた口の牙に。
逃げて堪るか。
そう思った。
だけど、あたしの足は…後ろに退いていた。
驚きよりも、自分に向けての怒りが湧いた。
「ぐぅぅぅぅおおおおおあああああああああああああ!!!!!!」
咆哮。
あたしのじゃなくて、あいつの叫び。
あたしがあたしに抱いた怒りは、この時に消し飛んでた。
あたしの叫びと似ていたけど、それよりも凶悪な響きの声。
それにあたしの身体が強張った。
そして動けないあたしの両手を、あいつの手が掴んだ。
手首が掴まれて拘束される。
そこであたしは見た。
あいつに突き刺したあたしの槍が、あいつの中に吸い込まれていくのを。
いや。
喰われていくのを。
そもそもあたしの槍はあいつに突き刺さったけど、貫けちゃいなかった。
喉と眼に刺さった槍は、あいつの首の裏や後頭部から抜けて無かった。
そして今気付いたけど、槍はいつもの赤一色じゃなくて、黒が大分雑じった色になっていた。
槍も穢れで出来てたってコトか。
そうか、だからか。
だからこいつはわざと槍を全部受けて、そして喰ってやがったんだ。
ああ。
ちくしょう。
そう思うあたしの前で、あいつに突き刺さった槍は全部あいつの中に消え失せた。
そしてあいつは叫びを上げて、あたしの胸に喰らい付いた。
ジェムの表面すれすれをあいつの牙が掠めて、そこから溢れる穢れが牙に貫かれる。
あいつの顔が、肉を喰い千切る猛獣みたいに振られて、穢れがあたしの中から引き摺り出される。
ずるりって感覚が、あたしの中で木霊した。
最後の最後。
あたしの中に残っている最後の穢れ。
黒々とした色であたしを染めていた穢れは、もう体の何処にもなかった。
ガン細胞って感じに幾つも腫瘍を浮かべた醜い根っこみたいなのが、あたしの最後の穢れだった。
あいつはそれを噛み砕いて、飲み込んだ。
喪失感。
はあまり感じない。
それどころか、絶え間ない吐き気が、頭の中に汚物がブチ撒けられてるみてぇな感覚が消え失せてる。
焦燥感があたしの中に生まれた。
首を全力で絞められてる感じの苦痛。
その中で、あたしは探した。
あたしを苛む感情を。
あたしがしでかしちまったコトの記憶を。
探すまでも無かった。
あの光景が、鮮明にあたしの脳裏に浮かんだ。
むせ返る血の匂いは、新鮮なままだった。
ああ。
これはちゃんと、残ったか。
あたしはこれを守れたんだ。
血塗れで倒れる母さんとモモ。
そして、宙吊りになった親父。
あたしの、しでかしちまったコト。
その記憶。
この地獄は、あたしの中に残ってる。
ああ。
よかった。
忘れることが出来なくて。
「くは、ははは…」
それに安堵を覚えるなんて、あたしは。
あたしは。
ああ、なんて卑しい魔法少女なんだ。
そう思いながら、あたしは眼を閉じた。
消えていく意識の中、あたしは倒れるあたしを支える手の感覚を味わっていた。
何度も切り刻んでやって、そして何度もあたしを切り刻んだ、あいつの手の感触を。
決着