魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
あたしを強姦するみたいに覆い被さって、胸から溢れる穢れを貪り食うナガレ。
その背中で、何かが育っていた。
そいつは元々は、あいつが取り込んだ魔女が変化した悪魔みたいな翼…だったんだと思う。
でも今のそれは、元々とは比べ物にならない大きさになっていた。
十メートル、二十メートル。
そんな単位じゃ足りない。
あいつの背中からは、一つの宇宙が生まれてた。
広げられた翼みたいに、どこまでも広がってた。
視界の範囲を超えてるってのに、あたしにはそれが認識できた。
あの宇宙を作った材料が何か、あたしには分かってたから。
穢れだ。
あたしからあいつに移った穢れが、あれの材料だ。
あたしの穢れがあいつを蝕んで、それであれが生まれてる。
なんだよ。
なんだよ、それ。
お前も、これに負けちまうのか。
確かにあたしはてめぇに、お前に勝ちたいけどさ。
これは違うだろ?
だから、お前は。
そう思って、あたしは考えを止めた。
だから…何だ。
だから、その次はなんて思えばいいんだよ。
負けるな、ってか。
はっ、そうだとしたらあたしが負けるじゃねえか。
負けるのは御免だね。
……いや、なんつうか…我ながら…拗らせてるな。
少しばかり、ほんの少しだけど、その……罪悪感が……。
そこで気付いた。
ナガレから溢れるそれが、何かの形を取ってる事に。
そいつがあたしら二人を、世界の果てから見降ろしている。
穢れと同じ黒だけど、その形は…。
見上げた先で、その黒の奥に、ナガレの心の中の映像が見えた。
血みたいな色で、岩みたいな装甲で全身を覆った、大きさの概念が狂った機械の化け物。
それと、ナガレから湧き出したそいつは同じ形をしてた。
そいつの、名前は。
それを考えた瞬間、あたしは叫んでた。
恥も外聞も無く、赤ん坊みたいに泣き叫ぶ。
怖かった。
あたしにそいつとの因縁なんか無い。
そいつと縁があるのはナガレだ。
その縁を、あいつはこう言ってた。
『成れの果て』。
誰のってのは、考えるまでもねえ。
成れの果て。
あたしらはいつか魔女になる。
それがあたしらの成れの果てだ。
何時もぶっ殺してる、あの気持ち悪い怪物にあたしらは成り果てる。
そして人間を喰って、使い魔を産んで、結界の中に引きこもって、そしていつか魔法少女に殺される。
そんでもって、その魔法少女もいつか魔女か魔法少女に殺されるか、生き延びても魔女になる。
このふざけたサイクルは、キリカの奴がお節介にもさっきの戦闘中に教え腐ったコトだけど…ほんと救いがねぇ。
狂ってやがる。
それと同じく、あいつが言ってた事も狂ってやがる。
ナレノハテ。
てことは、つまり。
あいつも、なるのか。
これに。
この、宇宙みたいな大きさの機械の化け物に。
そこであたしは眼を閉じた。
そうでもしないと、耐えられない。
眼を閉じた先で、あたしが見たのは闇じゃなかった。
心の中の魂の身体で、閉じた眼の内側で、あたしは一面の緑を見た。
何処までも続く草原みたいな、一面の緑。
だけど、それは爽やかさなんてこれっぽっちも無かった。
その緑の色は今までに見たどんな色よりも、魔女結界の中で見た色も含めて、凄く気持ち悪い色をしてた。
腐り果てて液状化した黴や死体、そして土壌にして生まれてきた青々とした命みたいな。
生き死にのサイクルそれそのものを表したみたいな、そんな感じの色に思えた。
これは多分、さっき考えた事を頭が関連付けてるんだろう。
でも、それは単なる偶然だ。
気持ち悪い。
凄く、物凄く気持ち悪い。
それと、この緑には見覚えがあった。
あいつが乗り込んだ、鬼みたいな外見のロボット……ゲッターか。
あれが放ってた光の色に似てた、いや。
これそのものか。
ああ。
そうか。
そういうコトだったのか。
これが、あれか。
あいつの記憶の中で、あたしが感じた名前の正体。
ゲッター。
ゲッター線。
この緑の色が、それか。
そう思ったあたしを、緑色の何かが包んだ。
魔法少女姿のあたしの腹から足の爪先までが、緑色に覆われる。
あたしの視界に広がる一面の緑動いて、あたしを包んでいた。
いや。
握っていた。
途方も無く巨大な手で。
星よりも、銀河よりも大きな手が、あたしを掴んで離さない。
離れられる訳がない。
巨大な手はそれよりデカい腕に続く。
腕の先には、三本の刃が生えて異様に膨らんだ肩があった。
そして、五本の大きな角を生やした頭が見えた。
鉄仮面みたいな顔。
その中の鋭い眼が、あたしを見ている。
その顔が、こっちに一気に近付いた。
顔の中で、複雑な形をした線が幾重にも重なった模様が縦と横に引き裂けて広がった。
広がった先には、もっと色濃い緑が溜まってた。
地獄でももっときれいなものが見える。
そう思っちまうほどの、醜い色だった。
そしてそれが開いた場所は、人間でいう口の部分だった。
開いた孔の淵は、牙みたいにぎざぎざと尖ってた。
それがあたしを飲み込んだ。
そいつの口の中の緑色に包まれた瞬間、そいつの名前があたしの頭の中に浮かんだ。
そしてあたしの口も、そいつの名前を呟いていた。
「ゲッター……エンペラー……」
成れの果て。
あいつの。
ナガレの。
流竜馬の成れの果て。
お前は。
これになりたくないから。
赦せないから。
だから、戦ってるのか。
成れの果ての自分と。
緑が満ちた口が閉じられて、あたしはその中に沈んだ。
ほんの、一瞬だけ。
あたしを包む緑は、あたしの目の前で真っ二つに引き裂けた。
苦悶でも感じたのか、あたしに触れる緑が震えたのを感じた。
そして視界が開けてく。
緑が闇に変わってく。
闇の奥に、血みたいな色の光を見た。
そいつは、猫の耳みたいな形の角を生やした機械の鬼、血色のマントを羽織った戦鬼。
あいつが乗って、化け物と戦ってるゲッターだった。
そいつは、両手に手斧を握ってた。
手斧を振り下ろした体勢だった。
そいつの胸に埋め込まれたガラスの中で、切り裂かれていく緑と同じ色が見えた。
そうか。
ゲッター線。
そして、ゲッター。
名前の通りに、こいつはあの光を力に変えてるのか。
嫌な力と一緒に戦う。
なるほどね。
そういうとこも、あたしらとちょっと似てるな。
「杏子」
声が聞こえた。
二重の声だった。
「お前は、こんなもんに取り込まれるな」
ナガレでもあり、竜馬でもある声。
あいつの声。
「こいつは俺の地獄で、お前のものじゃねえ」
言い終えるが早いか、あいつのゲッターは両手を振った。
斧の先から迸った緑の斬線が、あたしの周りの何もかもを壊していった。
崩れてく世界、その中で、あの深紅の巨体だけは鮮明に最後まで残ってた。
全てが消えていくその時まで、あいつはあたしを見続けていた。