魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第78話 紅の蝕

「グゥゥゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 

 佐倉杏子は吠えていた。

 黒く穢れた身体からは同色の靄が立ち昇っていた。

 人の形を留めた黒い炎の獣と化して、彼女は槍を振り下ろした。

 それを魔斧槍が迎え撃つ。

 

 

「ぐ…」

 

「グアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

 短く苦鳴を漏らすナガレに対し、咆哮する杏子。

 拮抗していた腕力が、杏子側に優勢を傾けていた。

 

 彼女の身体を覆う黒靄が妖しく輝き、彼女に力を与えていた。

 彼はそう思った。

 その様子には覚えがある故に。

 力に溺れた嘗ての自分に。

 

 

「ならよ!!」

 

「グァアアアア!?」

 

 

 押されていた斧槍の柄を蹴り、ナガレは杏子を撥ね飛ばした。

 そして空間を蹴って跳び、杏子に斧槍を振り下ろした。

 

 今度は杏子がそれを迎撃した。

 精神世界の中、嘗てあった宇宙の中。

 

 皇帝の名を冠する機械神と虚無を司る神。

 それら相手に、摂理へ抗う叛逆の戦鬼と終焉にして原初の魔神が繰り広げる人知を超えた地獄の中の地獄にて、少年と魔法少女が剣戟を交わす。

 

 

「来な杏子!!待たせた分だけ、徹底的に相手んなってやる!!」

 

「グガガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

 真紅の魔槍が、魔なる生命を宿した斧槍が互いを求め逢い、刃を重ね合う。

 

 

 それを操る二人の背後では、魔神が眼から放った閃光が宇宙を貫き次元を揺るがし。

 

 虚空の神の咆哮が宇宙自体を消滅させ。

 

 皇帝の額から発せられた熱線が虚無の中に新たな宇宙を生み出し。

 

 深紅の戦鬼が振るった手斧の斬撃が虚無と宇宙、そして次元を切り裂いていた。

 

 それらの一切を無視し、二人は戦っていた。

 世界の全てが、互いで完結しているように。

 

 

「杏子おおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 名を呼びながら、ナガレは猛然と斬撃を繰り出す。

 巨大な獲物がナイフ並みの手数で嵐の如く振られ続ける。

 その様は、地獄の中で戦い続ける機械の戦鬼の動きに似ていた。

 似ているのではなく、そのものだった。

 

 彼は彼女を助けに来た。人としての彼女を取り戻すために。

 されど行っているのは、彼女を破壊する行為である。

 矛盾という言葉に、これほど合致するものが他にあるのだろうか。

 

 しかし、今はこれしか出来ない。

 戦いの答えは戦いの中でしか得られない。

 

 激しい剣戟を前に杏子が押され、今度は彼女が防戦に陥った。

 

 

「ナ…ガ…」

 

 

 暴風の如きラッシュを捌きながら杏子が呟く。

 一つの言葉を生み出さんとして。

 

 

「ナァァァァガァァァァアアレェェェェェエエエエエエエエエエエ!!!!!」

 

 

 咆哮に意味を乗せて、彼女は攻めに転じた。

 

 無限の広大さを誇る宇宙が砂場の城か積み木のように簡単に破壊され、また新たに創造される中で二人は斬り合い、殴り合い、蹴りを重ねる。

 互いの名前を叫び、狂気の塊のような叫びを上げる。

 その最中で、幾筋もの斬線が両者を刻んだ。

 

 しかし肉体的な破壊はなく、ただ狂わんばかりの痛みが接触した個所を中心に全身に行き渡る。

 今の二人は実体としての感覚は持っていても、存在としては剥き出しの魂であり、今行われているのはそれ同士の激突であるが為に。

 

 数百数千数万、数が無意味になるくらいに、剣戟が交わされる。

 その中で相手の先の先を読み、最適解を演算して振う。

 戦う事が本能に根付いた両者は、持てる力の全てを駆使して戦っていた。

 

 苦痛に満ちた交差の中、二人は嗤っていた。

 力を解放し、それを重ね続けられる相手の存在に歓喜するように。

 

 嗤いながら、両者は蹴りを放った。回し蹴りだった。

 それは真っ向から激突し合い、二人の足に激痛が生じて全身に波及する。

 

 構うものか。

 

 と二人は思った。思考ではなく本能で。

 次の瞬間には、杏子とナガレは得物を手放していた。

 そして空いた手を拳に変えて、相手の顔面へと襲い掛からせた。

 

 

「ぐがっ…」

 

 

 ナガレの拳は直撃し、杏子のそれは彼の左頬を掠めるに留まった。

 手を止めずにナガレは追撃した。残った左拳が杏子の顎を撃ち抜いてかち上げる。

 そして浮遊した彼女の足首を掴み、まるで斧槍のように振り回した。

 

 

「大雪山おろしいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 

 

 叫びを上げ、杏子を再び上方へと吹き飛ばす。

 折れてはいないが、彼女の身体は可動範囲がぎりぎりになるまで捻じ曲げられていた。

 

 

「グゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 相当な苦痛に苛まれている筈だが、杏子はその身のままに天を蹴り上げ下方へと向かった。

 それを見たナガレの顔には驚きの表情が浮かんだ。それは直後に感嘆に変わった。

 

 

「マジかよ。すげぇな」

 

 

 魔神にすら痛打を与えた技で止まらぬ杏子に、彼は賛辞を送ってた。

 それが届く事も無く、杏子は汲み合わせた両手で作った拳をナガレへと見舞った。

 それは彼の両手でのブロックを打ち砕き、ナガレの額を撃ち抜いた。

 

 苦鳴を上げる間もなく、彼は吹き飛ばされた。

 木の葉のように跳ばされていく彼の動きがびたりと止まった。

 その背に、悪魔のような翼が出現していた。

 

 飛翔に移ろうとした時、その眼の前には杏子の顔があった。

 眼は血走り、悪鬼でも眼を背けそうな恐ろしい笑顔を浮かべた彼女の顔が。

 

 

「ガァァッ!」

 

 

 その彼女が取った攻撃は、牙を用いての噛み付きであった。

 大型肉食獣、いや、太古の覇者たる肉食恐竜の如く勢いで杏子は猛然と噛み付きを何度も放つ。

 彼女の歯が、牙が噛み合う音は武具による剣戟の音に匹敵していた。相対する彼はそう感じていた。

 

 その彼女に対し、彼は前へと進んだ。

 そして頭が齧り取られる瞬間に顔を引き、その顔に頭突きを叩き込んだ。

 

 

「がぁ…」

 

「グァァ…」

 

 

 二つの苦鳴。

 ナガレの頭突きに対し、杏子もまた頭突きを放っていた。

 これまで何度も何度も行ってきたが、杏子との戦いではこれが一番痛いとナガレは思った。

 互いに、強い意志の力を反映しているが如く石頭に過ぎるのだった。

 

 頭痛に揺れる頭を振り、両者は再び争うべく向き合った。

 それは、その時に生じていた。

 

 

 互いの意識がほんの一瞬途絶していたその間に、その存在は顕れていた。

 

 対峙する杏子とナガレのその間に。

 それは紅い光で作られた、真紅のドレスを纏った少女だった。

 

 長い髪をポニーテールで束ね、十字架を模した穂を頂いた長い槍を携えていた。

 それはナガレに背を見せ、佐倉杏子と対峙していた。自らと同じ姿の存在へと。

 身を彩る衣服や武具、そして光で出来た肌や目鼻立ちは佐倉杏子と全く同じだった。

 全身が黒斑で無いところと、更にある一点を除いては。

 

「お前」

 

 ナガレが呟いた瞬間、佐倉杏子の幻影は自らのオリジナルへと向かって行った。

 対して、オリジナルの杏子は叫びを上げた。

 怨嗟に満ちた叫びを。

 

 自らの複製に対する憎悪でもあり、不愉快極まりない存在達に対する悪意でもあった。

 複製からは自分と同じ気配と、二匹の同類の気配を感じていた。

 

 その源泉は、複製の胸元にあった。

 そこにある宝玉は、三食の色で出来ていた。

 一つは元来の真紅、二つ目は漆黒、そして青い紫色が渦のように交じり合った色をしていた。

 

 その様子に杏子の怒りが、憎悪が煮え滾った。

 嫌う者達と交じり合い一つになっている様が、彼女にとって極大の嫌悪感と屈辱感を与えていた。

 杏子は感情を乗せて叫んだ。

 それに、彼女を蝕む穢れが応えた。

 

 杏子の全身に広がる黒い穢れの源泉たる胸元が、その魂たる宝玉がある胸の中央が膨らむや、黒い波濤が放たれて複製へと向かった。

 波濤は空中で異様な変化を遂げた。

 黒の表面からは百足か蜘蛛を思わせる脚のような線が無数に飛び出し、波濤の先端は横に開いて無数の牙が生え揃った口となった。

 昆虫を思わせる無機質さと、皮を剝かれた獣のような有機的な要素を併せ持つ異形へ、彼女の穢れが変化していた。

 

 複製へと迫るそれに、ナガレもまた前へ跳んだ。

 

「逃げろ!!」

 

 彼は叫んだ。これまでにも、彼女に対してそれを促した。だが彼女は従わなかった。

 だから今度もまた、彼女はそれに従わなかった。それに、複製は彼へ振り返って微笑んだ。

 どこか申し訳なさそうな、女神のような優しい微笑みだった。

 

 そして彼女は槍を投げ捨て、脚を止めた。

 その場に留まり、腕を左右に大きく広げた。その姿は、真紅の十字架そのものだった。

 立ち塞がる十字架に、異形と化した穢れが牙を立てた。

 抵抗も無く、柔らかい果実を喰らったが如く複製の身体は大きく抉られていた。

 

 薄い膨らみの胸がごっそりと消え、下腹部までの輪郭が大きく削られている。

 それでいて、彼女は微笑んでいた。傷口から血飛沫のように紅い光を放出しながら、形を崩壊させつつ消えてゆく。

 消えながら、複製は口を動かした。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

「ずっといっしょに」

 

 

「いたいけど」

 

 

「あたしができるのは、ここまで」

 

 

「がんばって」

 

 

 口の動きはそれらの言葉を告げた。

 伝えると同時に、複製の姿は消えた。紅い光の残滓も残さずに。

 そしてこの時、消えたのは彼女だけでは無かった。

 

 複製の身体を咀嚼する異形の穢れ、その先端が消え失せていた。

 その直前に、目覚めた魔獣のような獰悪極まりない叫びが上がっていた。

 それは、消えゆく少女への応えであった。

 

 そして今、何かを砕く音が生じていた。

 憎悪に狂った杏子の脳裏に、それは響いた。

 その音の源泉を彼女が探った時、それは既に彼女の直ぐ近くにいた。

 

 彼女までの間に伸びていた穢れは、まるで無数の刃に切り刻まれたかのようにずたずたにされていた。

 強引に引き千切られ、齧られていた。

 今、佐倉杏子の顔の前で口を大きく開き、切っ先を見せたナガレの牙によって。

 白く鋭い牙と彼の唇には、引き裂かれた穢れの残滓が纏わりついていた。

 

 彼が何をしたのか悟った瞬間、佐倉杏子は叫んでいた。

 彼女に牙を見せ、渦巻く瞳で杏子を見るナガレの眼は、獲物に対する捕食者の眼となっていた。

 怯える獲物の声で、彼女は叫んでいた。

 

 しかし、この時彼が獲物と見ていたのは、彼女から噴き出す穢れであった。

 そしてその源泉へと、彼は牙を立てた。

 彼女の魂である、今は黒で覆われた真紅の宝玉へと。

 

 杏子の長髪を束ねるリボンの根元を左手で掴み、腹の部分の生地を右手で捕獲し、彼は彼女の穢れを貪り食い始めた。

 その様子に、佐倉杏子は再び悲鳴を上げた。

 

 それは凄絶な響きを帯びてはいたが、雄に貪られる雌の悲鳴にも聴こえた。

















コピーさんは天使であります

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