魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第77話 朱と紅

 破片が散る。

 佐倉杏子のソウルジェムに、呉キリカの爪が触れた事で。

 

 知った事か。

 と私は私の感情に向き合う。

 

 どうすればいい。

 

 私はこれから。

 

 懊悩に割り込む様に、嘗て聞いた言葉が木霊する。

 

 

「なんで」

 

 

「どうして」

 

 

「これから」

 

 

 美しく、それでいて腐った果物から滴る腐敗して爛れた毒の言葉が聞こえる。

 

 

「そんな事は知らない方がいいよ」

 

 

 呉キリカの意味深な言葉。

 頭の内側に蛆虫が詰まった奴は、こういった言い回しが好きなようだ。

 その意味さえも知らないだろうに。

 

 しかし今の私には、それは甘美な誘惑に聞こえた。

 思考を放棄し、身を任せる。

 欲望を持つのだから、苦しくなる。

 ならばそれを喪えば。

 現実と理想の乖離に苦しむ事も無い。

 

 確かに、理にかなっている。

 なるほどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふざけるな

 

 

 

 

 私は。

 

 私は私の欲望を肯定する。

 

 私の心に、魂に、三種の叫びが轟くのが聞こえる。

 

 黒く巨大な、異形ながら美しい姿が瞼に浮かぶ。

 

 ああ。

 

 お前達。

 

 我が愛しの子ら。

 

 そうか。

 

 そうだな。

 

 お前達と出逢えたのも、私の欲望が本物であったからだ。

 

 ああ、そうだ。

 

 その母たる私が、私自身と、何よりお前達を否定してはいけないな。

 

 

 

 

 

 だから私は、もう我慢はしない。

 後悔なんてしないよう、私は私の欲望を全うしてやる。

 

 そう思ったら、すっとした。

 

 簡単な事だったんだ。

 手を伸ばせばよかった。

 

 欲望の、いや、私の愛の対象は直ぐ傍にいたのだから。

 

 ナガレ。

 

 異界から来た強き者。

 

 あの腐れ雌ゴキブリには水を開けられてしまったが、なぁに、取り返す時間は幾らでもある。

 

 あとは私次第という訳だ。

 

 奴を始末して、後釜になるのも悪くない。

 

 いや、これは正攻法だな。実に私らしい。

 

 先程からこういったことの連続だが、私の脳裏に映像が浮かぶ。

 

 温かい風が吹く一面の緑の上、葉を生い茂らせた木の根元に私服姿の私が座る。

 

 その腹は新しい命を宿して大きく膨れていて、私は両手でそれを撫でる。

 

 そこに私ではない手が加わる。

 

 細いが華奢ではない、逞しさも併せ持った男の手が。

 その主は、勿論ーーーーー。

 

 そこで私は思考を打ち切った。

 この素晴らしい光景に浸りたいが、まずは行動を起こすべきだ。

 

 意識は虚構から現実に戻った。

 その時の痛みは、筆舌に尽くしがたいものだった。

 

 

 

 

 

 呉キリカの爪の先で、破片が舞い散っている。

 その色は、黒。

 飛来した破片に肌を切られながら、呉キリカは驚きの表情を浮かべていた。

 

 ソウルジェムの硬度は知らないが、奴の爪を佐倉杏子の魂は弾き返し、挙句破壊していた。

 やるじゃないかと感心する。

 そして感謝した。時間を作ってくれたことに。

 

 その瞬間には、私は飛翔していた。空洞になった胸から入る空気が妙に冷えていて気持ちが良い。

 痛覚遮断は既に切っている。痛みには慣れているし、戦闘に入ったのならもうあんなものは邪魔だ。

 呉キリカも私に気付き、こちらに振り返る。

 

 そして奴は、にっこりと笑った。形だけで見れば、その笑顔は美しい。

 だから貴様は嫌いなんだ、腐れ雌ゴキブリが。

 何故その外面に等しい、美しい行いが出来ないのだ。

 

 いや、あれが、私に見せたあの光景が、貴様にとっては美しく尊いものなのだろうな。

 鉄塔の上で月光を浴びながら、座っていた貴様の姿が目に焼き付いている。

 彼の血を子宮に宿した貴様の顔は、確かに性欲を見せてはいても、母としてのそれになっていたと思う。

 

 

「やあ朱音麻衣。その顔を見る限り、精神的に成長したのかな」

 

 

 その時と似た表情で微笑みながら、奴は言う。

 

 

「ならば私と共に、今からなんとかしてこのツンデレモドキで自慰行為好きの特殊性癖女の精神世界に突入をだね」

 

 

 言葉の意味を頭が受け取る前に、私は駆け抜けた。

 そして抜刀していた刀を腰に差した鞘へと戻す。

 鍔鳴りの音が、耳に心地よかった。

 

 呆気にとられた呉キリカが振り返り、首を傾げた。

 それがずるりとずれた。

 

「え、あの、ちょっと」

 

 最初に首が、胸が、腕が、腰が、脚が、膝が。

 斬線が入り、ばらばらになって落下していく。

 我が生涯で最高の斬撃が放てていた。

 なるほど、確かに私は成長したらしい。

 

 

「ちょ、なんで!?」

 

 

「貴様の胸に聞け」

 

 

 背を向けたままに吐き捨てる。

 呉キリカの声は地面で生じていた。

 

 

「ヤンデレ発情紫髪、私の胸は知らないって言ってるぞ」

 

 

 腐れ頭を示すように、こいつは自分の胸に話し掛けていた。

 私の斬撃で念入りに、果物みたいに輪切りにしてやった自分の胸に。

 当然ながら無視する。

 すると呉キリカは、私の名前をちゃんと言わなかったことが原因と捉えらたしく次にこう切り出した。

 

 それにしてもヤンデレと来たか。

 こいつの発言は的外れな事ばかりだが、今回は特にそうだ。

 

 デレてはいるが、私の何処が病んでいるというのだ。

 全く以て完全に、私は健全であるのだが。

 

「やい朱音麻衣、友人が私のおっぱいが好きな事を知らないのか?あいつ、よく私の胸をパンチでよく貫くんだぞ!?」

 

「だからどうした」

 

「その欲望を受け止める神聖にして母なる胸に何てことするんだ!しかも縦に何回も輪切りにするなんて最悪じゃないか!」

 

「最悪の災厄がほざくな。お得意の治癒魔法で治してみろ」

 

 

 言われなくとも、と奴は言った。バカめ。

 

 

「おい、朱音麻衣」

 

「なんだ、下着未着用の淫乱腐れ雌ゴキブリの呉キリカ。貴様の爛れた記憶を見るのはもううんざりだが?」

 

「語彙が貧弱だし罵詈の組み立て方が甘いね。って違うよおバカ。この断面、どうにかしてくれないかい?これじゃ傷が繋げられない」

 

 

 呉キリカの身体の断面は、黒い鏡面と化していた。

 空間を繋ぐ魔法の応用で、斬撃にそれを乗せてやった。

 身体の断面が異空間と化してしまえば、治癒もへったくれも無いだろう。

 

 

「悪いが初めて使ったものでな。自分でもまだ制御できてない」

 

「無能」

 

「その無能に無力化された気分はどうだ?」

 

「あのさ、今は争ってる場合じゃないと思うんだけど。君、この現状分かってる?」

 

「最初に手を出してきたのは貴様だぞ」

 

 

 自分の胸の大穴を指差しながら私は告げる。

 

 

「君の成長を促す為だよ。この技を見る限り、それは達せられたようだが」

 

「ああ、とてもいい刺激になった。感謝はしないが、慈悲は与えてやる」

 

 

 言いながら、私は再び抜刀した。

 一太刀で終わらせてやる。

 

 

「協力する気は無いのかい?」

 

「遺言が無意味な言葉とは、最期まで貴様らしいな」

 

 

 状況を分かっていないのか、ぼんやりとした表情の呉キリカの黄水晶の瞳が私を見ている。

 それが鏡となって、私の顔を映している。

 悪鬼の笑顔で刀を掲げた私がそこにいた。

 

 ああ、イイ表情。満足だ。

 この腐れクソゲス淫獣を葬るに相応しい表情だ。

 そして魔力を籠めた一刀を奴の顔面と、腰から外れたダイヤ型のソウルジェムへと振り下ろした。

 

 その刹那、肉の断片となって転がるキリカの先に立つ紅の姿が眼に映った。

 ナガレと自分を槍で貫き、抱き合っている佐倉杏子の後ろ姿が。

 その瞬間、私は自分の笑顔が更に浅ましく、そして狂暴になったのを感じた。

 

 

 

 そして次はお前だ、諸悪の元凶たる佐倉杏子。

 刀身から迸る魔力は、確実に二つの魂を切り裂くだろう。

 いかに耐久力があろうが、次元を切り裂く力に敵うものか。

 後は血と為れ肉と為れ。

 

 ナガレは私を赦してくれないかもしれないが、覚悟はできている。

 その時は愉しく明るく健全に、悲壮で無惨に凄惨に、互いの力を出し尽くして存分に堂々と殺し合おうじゃないか。

 破壊の対象二つを悪鬼の貌で睨み、恋慕の対象を愛おしく見つめながら私は愛刀を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 肉が貫かれ、背骨が砕けた。

 桃色の内臓が傷口から溶岩のように溢れた。

 武者姿風の朱音麻衣の背から腹を、真紅の長得物が貫いていた。

 切り裂かれた内臓をこびり付かせながら彼女の腹から先端を覗かせた切っ先は、十字架を模した形をしていた。

 

 十字の上には、血で濡れた朱色の宝石が切り裂かれたリボンに吊られて乗っていた。

 振り下ろし掛けた刀は、槍の左右の叉が彼女の両腕を切り裂くことで強制停止させられていた。

 

 また当の麻衣本人も動きを止めていた。

 苦痛による停止ではなく、悪鬼の形相のままに全ての動作が完全に止まっていた。

 まるで、電源を切られた人形のように。

 

 

「ああ、なんだ」

 

 

 どうでもいいといった風に、呉キリカの生首は言った。

 

 

「生きてたのか、お前」

 

 

 声に宿った嫌悪感と共に言い終えた彼女の頭部が爆ぜ割れた。

 灰と桃色の脳髄と砕けた頭蓋、潰れた眼球やばらばらに砕けた歯や千切れた舌の上に、真紅のブーツが乗っていた。

 ブーツが動き、キリカの肉片を更に念入りに磨り潰した。

 ペースト状になった脳髄が割れた唇や潰れた肉と粘土のように混ぜ合わされる。

 

 そこにいたのは真紅の魔法少女だった。

 髪を束ねていたリボンは消え失せ、長いの髪が紅の滝のように垂れ下がっている。

 神父服のような趣のドレスを纏った、佐倉杏子がそこにいた。

 

 呉キリカの残骸をなおも踏み潰しながら、紅い眼で自分を、佐倉杏子を見ている。

 彼女であって彼女に非ず、この鏡の世界が産んだ、佐倉杏子の複製体だった。

 灼熱の熱線の中に消えたが、まだその命は絶えていなかったようだ。

 

 しかし、その姿は変わり果てていた。

 ドレスの至る所が融解し、皮膚と癒着し腫瘍のような血色の泡が無数に出来ていた。

 それは右半身が顕著であり、スカートから覗く肌の部分にも重度の火傷が生じ、それは膝まで続いていた。

 

 更には顔も右半分が焼け爛れ、真紅の眼は赤く蕩けた皮膚の下に隠れていた。

 当然苦痛も尋常ではなく、投擲と跳躍、そして憎い仇であるキリカの頭の踏みしだきを行ったコピー杏子の息は荒く、凄惨な負傷を追った顔には苦痛しか浮かんでいなかった。

 

 それでもコピーは歩いた。得物は麻衣を串刺しにしたままだったが、その右手には脇差しが握られていた。

 すれ違いざま、動かぬ麻衣の腰から拝借していたものだった。

 

 歩みの矛先は一つしかなかった。

 その過程で、彼女は床に落ちたキリカのソウルジェムへと足を延ばした。

 自らに執拗な攻撃を加え、喉を無惨に切り刻んで声を奪った相手の魂を踏み潰さない理由はない。

 それが止まり、更には足を引かせた。

 

 コピーの残った左の眼は、青紫色の宝石の中にある赤い色を見た。

 青紫の中で輝くその色に彼女は見覚えがあり、そこからある気配を感じ取った。

 その感覚に、彼女は眼を細ませた。安らぎと情愛の表情を彼女は浮かべた。

 

 呉キリカの魂にではない。その中にある赤い輝き、呉キリカが自身の子宮の中に溜め込み、挙句の果てに自らの魂の中に閉じ込めたナガレの鮮血に対してである。

 一部ではあっても、それは彼女が想いを寄せる存在に変わりなかった。

 魂を破壊しなかった代わりに、コピーは砕けたキリカの爪を脇差を握る右手の指で摘んだ。

 

 再び彼女は歩き、その彼と抱き合うオリジナルの元へと辿り着いた。

 そして二人を見つめた。そして動かぬナガレの顔へと焼け爛れた自分の顔を近付け、その頬に唇を重ねた。

 数秒間、彼女はそのままの状態を維持した。そして名残惜しそうに彼から離れ、大きく息を吸って、吐いた。

 

 そして左手を胸に伸ばし、そこに付着した真紅の宝石を握り締めた。

 乾いた音が鳴り、火傷で覆われた手の中で宝石が砕けた。

 

 コピーの眼から生命の輝きが消え、あらゆる動きが停止した。

 そして仰向けに、ゆっくりと倒れていく。

 

 その最中に、コピーの身体が光となった。

 肉と骨が、衣服に髪が真紅の光と化していく。

 右手に握られた魔爪や刀は、それぞれ黒と紫の光となった。

 

 床面に触れた瞬間、光は無数の粒子となって舞った。

 黒と紫の光もそこに交わり、風に吹かれた桜の花びらのように宙を漂う。

 それはある場所へと向かった。

 

 三種の光はナガレの両腕を形成する義手へと触れ、寄り添い慈むようにその表面に纏わりついた。

 そしてやがて、その中へと吸い込まれていった。
















麻衣さんの覚醒
そして多分、この作品の良心は佐倉さんのコピーであります

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