魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第76話 濡れて滴る朱い音

 視界が朱い。全身が痛い。胸が熱い。心が折れそうなくらいに苦しい。

 ふざけるなと、私は願うように思った。

 すると、体の痛みがすっと消えた。

 

 痛覚遮断というやつらしい。便利なものだ。

 そのお陰で、心の痛みだけが残った。

 一番苦しいものだけは、流石にどうにもならないか。

 それにしても魔法少女とは、本当に化け物であるらしい。不死身に近い身体に加え、痛覚まで遮断できるとは。

 

 素晴らしい限りだな。

 そう思うと、血塗れながら思わず口に笑みが浮かぶ。そして笑い出したくなる。

 自分の無力さと情けなさに。

 

 

「さて。軟弱な足手まといは無力化したから、私も精神世界に殴り込むとするか」

 

 

 この現状を作り出したゴキブリ女、いや雌ゴキブリは私の方をちらちらと見ながらそう言った。

 説明臭い台詞と言い、見せつけているという事か。ふざけた女だ。

 見せつけている、か。

 ああ、そうだな。

 今この時にも、私の頭の中には奴から見せられた光景が広がっている。

 

 開いた傷を口、伸ばした肋骨を牙に見立ててナガレを咥え込んでの捕食行為。

 髪と頬を撫でられたことでの性的絶頂。

 三日間にわたる殺し合い、からの雌ゴキブリ宅に移動してからの同室での宿泊。

 それから……もういい。

 考えたくない。

 

 何故なら…嫉妬してしまうからだ。

 あの女に、呉キリカに。

 

 確かにあれらの行動は度し難い。

 私の理解を超えている。

 だが一方で、奴は行動を起こし、そしてナガレと触れ合ったのだ。

 それは否定しようも無い事実だ。

 

 あの光景は奴の記憶そのものだろう。

 映像を介して観た彼の息遣いに触れた体温、肉体の質感……間違いなく本物だ。

 そして何より、喰らった血肉の味が同じだ。

 

 形は異形にせよ、触れあえたのは事実だ。

 それを奴は性行為と称した。

 命のせめぎあいであるからと。

 

 

 それを聞いたとき、私は身体を切り刻まれたような苦痛を覚えた。

 

 こいつに、こんな奴に……先を越されてしまうとは。

 そうだ。

 私もそれを望んでいたんだ。

 私はナガレを殺したい。私の強さの糧とする為に。

 それでいて愛したい。愛されたい。腹で命を育みたい。

 

 その欲求は戦いの中で満たされるという事に、私は気付けていなかった。

 戦いこそが性行為。

 こんなに簡単な事だったのか。

 答えはこんな近くにあったのか。

 

 私は愚かだ。

 大馬鹿だ。

 なんでこうも、考えが至らないのだ。

 

 それだけじゃない。

 行動力も無さ過ぎる。

 チャンスは幾らでもあったと云うのに。

 

 私がした事と言えば、彼と出会ってから自慰行為を禁じた事。その程度だ。

 それが何だったというのだ。禁欲をしたから、精神的に成長したとでも?

 そんな訳あるか。

 

 少し考えればわかったはずだ。

 自分を慰める。

 つまりは私が行った行為はどこまでも自分本位だ。

 内にわだかまる肉欲を解放せずに溜め込んだ。

 再び解き放つ時の快感を高める為に、溜め込むことで自分への罰とするように。

 

 なんて愚かだ。

 それならばあいつを想って、一度でも多く致していた方が良かった。

 そうして想いを重ねて、行動を起こしていれば。

 

 機会はあったんだ。

 映画鑑賞に言った時に手を握ればよかった。

 一言でも多くの言葉を重ねればよかった。

 

 何かの拍子に、唇を重ねればよかった。

 ああすれば、こうすれば。

 後悔は尽きない。

 

 

「さぁて、イベントを進めるか」

 

 

 雌ゴキブリの呉キリカの、音としては美しいが中身には蛆が湧いているような声が聞こえた。

 見たくも無いツラだが、何をやらかすか分かったものでは無いから仕方なく見る。

 

 奴は右手を伸ばし、一本だけ魔爪を生やしていた。

 そして右手を振りかぶると、その切っ先を紅い宝石目掛けて突き出した。

 槍で貫かれた、佐倉杏子のソウルジェムへと。

 

 その様子は、酷くスローに見えた。

 ゆっくりゆっくり、呉キリカの腐れた手が佐倉杏子の、あの女の魂へと近付いていく。

 実際には超高速なのだろうが、私の認識が遅れているというか、圧縮されているのか。

 

 現状的には佐倉杏子の危機だが、全くとして気遣う気持ちが無い。

 特に接点が無いからと言うのもあるが、むしろ砕けてしまえ、死んでしまえという気分さえある。

 人間的にどうかとは思うが、そう思うのだから仕方ない。

 

 何故そう思うのかと自己分析すると、はっきり言って嫉妬心からのものだと分かる。

 私の手元にいないあいつを、佐倉杏子は手元に置き、それでいて何もしていない。

 夜這いを掛ける訳でもなく、肌を重ねることも無い。

 挙句、実質支配下に置いているのに憎んでいる。

 

 呉キリカの話では、佐倉杏子はあいつを憎みたいから憎んでいる。

 そうしないと心の支えが無いからだと。

 愚か者めと思うが、奴の過去を鑑みるとバカにする気にはなれない。

 

 そもそもあの腐れ雌ゴキブリを完全に信じた訳ではない。

 しかし、だとしたら私はなんなのだ。

 恋焦がれているくせに何もせず、何もできない。

 なんだこれは。私は道化ではないか、愚者ではないか。

 

 思考が堂々巡りに至った時、脳裏にふっと景色が浮かんだ。

 呉キリカが語った、ナガレとの間で繰り広げた筆舌に尽くしがたい非人間じみた行為の数々。

 部分的に見れば、愛を感じる場面も憎たらしい事に幾つかあった。

 しかし大半は異常な行為だ。異常に過ぎる悪夢の光景、地獄そのものだろう。

 

 だがその地獄を、ナガレは乗り越えた。

 いや、彼としてはそんな大層な事を考えてすらいないだろう。

 あれが、いや、地獄が彼にとっての日常で、キリカのそれもその中の一部に過ぎないと。

 

 そう思った時、私は一つの光景を思い浮かべた。

 腐れ雌ゴキブリの呉キリカがいた。

 小柄な体躯ながら、相応に雄を引き寄せる雌の身体は、秘めた色気を解放するかのように全裸になっていた。

 

 その呉キリカを、普段の服装を纏ったナガレが犯していた。

 

 後ろから覆い被さり、奴の無駄に豊かで永劫に本来の用途として使われて欲しくない乳房を両手で揉みしだきながら、奴の尻に猛然と腰を打ち付けている。

 呉キリカの尻が揺れ、白い乳房が赤くなるまで強く揉まれる。

 

 無得に伸びていた彼の手が呉キリカの顔を掴み、強引に後ろに向ける。

 情欲に狂った顔で雌ゴキブリが振り向かされ、彼はあいつの血色の唇を強引に奪う。

 肉食獣が肉を喰い貪るかのように。

 

 血が出るほどに強く唇を噛まれても、呉キリカは抵抗しない。

 それどころか自ら唇を開き、彼の舌を迎え入れる。

 長い舌を伸ばして絡め合い、お互いの唾液を混ぜ合うように口内で暴れさせる。

 二人の呼吸は荒く、興奮の度合いが高いことが伺えた。

 

 だが見てる限り、興奮の感情の種類は両者で異なっているように思えた。

 雌ゴキブリは浅ましい性欲から、対する彼は嗜虐心と征服感から。

 呉キリカと言う存在を破壊するかのように、情愛の欠片も無い暴力的な交わりを行っている。

 

 孕ませるのではなく、命を育む器官たる子宮を壊すように、その通り道の膣を切り刻まんばかりに彼の肉がキリカの肉を抉っている。

 その様子に、私は嗤っていた。

 悪鬼のような半月の笑みを浮かべて笑っていた。

 嗤いながら泣いていた。

 滴る涙は塩辛い水ではなく血液だった。

 

 呉キリカが行った行為は、彼を我がものとしたいが為のものだろう。

 自らが育んだ我が子であり、その遺伝子の片割れを持っているのだから伴侶だなどと一方的に決めつける。

 

 挙句の果てに自分を母と定義し、血を交わして庇護者足らんとする。

 感心する一方で、やはり嫌悪感を感じる。

 私が正常だという証拠だろうな。

 

 そして彼もまた正常だ。

 このイメージはきっと、あの雌ゴキブリから受けた仕打ちへの解答だ。

 それはつまり、呉キリカの行為はナガレに全くの影響を与えず、奴が敗北したというコトの表れだ。

 あれほどの性的倒錯行為と暴力を受けながら、ナガレの心は揺らいでいない。

 確たる自己を彼は維持し続け、そして今に至っている。

 

 ははは。

 そうか、愚者は私だけではなく道化役も一人だけではなかったか。

 卑しいと思いつつも、安堵感を得てしまう。

 それが悔しく、心が痛む。

 しかし、それが血涙の原因では無かった。

 

 私に涙を流させたのは、憧憬と嫉妬の思いだった。

 今も目の前では、呉キリカが彼に陵辱されている。

 あれは本来、私が受けるべきだったんだ。

 

 あれは私だ。

 犯されているのは朱音麻衣だ。

 

 私の役割を呉キリカが代行している。

 本来なら彼が私を凌辱し、私が彼に壊されるのだ。

 何故、呉キリカなのだ。

 その事実が、どうしようもなく苦しい。

 

 だが疑問も浮かぶ。

 私は呉キリカになりたいのか? 違う。そんな卑しい事は望んでない。

 私は彼を殺したいが、呉キリカのように彼を壊したい訳ではない。

 

 ただ、私の居場所を得たいだけだ。

 彼の、ナガレの前なら私は女に、雌になれる。

 こんな戦闘狂の私でも、女の幸せを求められるんだ。

 

 でもどうやって彼を取り戻せばいい? 答えはない。ただ私は血の涙を流し続けた。

 

 

「助けてくれ」

 

 

 私は呟いた。

 

 

「助けて……助けてよぉ……ナガレ……」

 

 

 これが自分かと疑うほどに、弱弱しい声と口調で私は愛する者の名前を呟く。

 そんな私を放置して、世界は時を刻んだ。

 呉キリカが突き出した右手が伸びきり、その爪の先端が佐倉杏子のソウルジェムに触れていた。

 儚い音を立て、破片が舞い散った。















精神世界内では超インフレバトル、現実世界ではヤンデレ懊悩……この作品に安息は無いのだろうか?(今更)

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