魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第5話 卑しき道化、紛い物の簒奪者②

縦も横も八十センチほどの長さを備えた両刃の巨斧が、まるで小枝のように振り回されていた。

牛や馬どころか象や鯨さえも、一太刀で切り捨てられそうな凶器の乱舞。

それが巻き起こす狂風の中心からは、

 

「くぅぅっふっふっふっふふふぅうっ!」

 

絶え間なく、卑しき道化の哄笑が生じていた。

 

「あぁ、イイ…すごく…イイですよぉ……コレぇ…」

 

卑しさを隠そうともせずに恍惚の表情を浮かべたまま、道化は得物を振い続ける。

そして水平に振られた巨斧の旋回の果てに、一対の手斧が待っていた。

刃の部分にではなく、巨斧の腹へと手斧の刃は吸い込まれた。

 

金属の絶叫が生じた直後、巨斧の中央で何かが蠢く。

それは、粘液にまみれた眼球だった。

優木が振り回す斧は牛の魔女の本体であるが、自らを振り回し武器とするという

狂気そのものとしか思えない生態を持つ生物であれど、今の一撃は相応に効いたようだった。

剥き出しの眼球には苦痛の色が浮かび、縦に横にと目まぐるしく動いていた。

 

それを、一つの影が覆った。

下方に向けて逸らした斧の上をいく、少年の鋭い飛影であった。

空中で撓まれていた長い右脚が一気に伸ばされ、彼の脚は刃と化した。

そこに乗せられた力が如何に化け物じみているかは、

被襲撃者である道化が先程の顔面への一撃を以てよく知っている。

だが伸ばされた足先で生じた音は、道化の顔面が破裂する音では無かった。

ゴン、という岩同士がぶつかるような音だった。

 

「き…効くワケねぇだろ、バァーカ!」

 

音の先から、動揺を孕んだ叫びが挙がる。

そして顔面を彼の脚から庇い、『着弾点』となった道化の左手が振られた。

直後、少年の身体は宙に舞っていた。

数秒の滞空の後、異界の地面へと着地する。

彼自身による退避もその助力となったに違いは無いが、その一振りによって生じた

道化と少年との距離は二十メートルを越えていた。

 

先程の動揺がバレていないと思っているのか、にんまりとドヤ顔をかます優木に対し、

ナガレは訝し気な様子で眼を細めた。

視線の先には、己を吹き飛ばした道化の左手があった。

 

「あ」

 

それを見た優木の口が、小さな呟きを放った。

思わず、彼は首を傾げた。

 

「嗚呼……今の……その…私への…熱い視線と……表…情ぅ……くふぅっ…」

 

今の彼の一瞥は、彼女の性癖を刺激した模様であった。

道化は痙攣を生じさせつつ、熱の籠った呟きを漏らした。

逆にそれを聞いた少年の背中には、ごくごく微細なおぞ気が走った。

一滴の雨が背を伝ったような小さな感覚であるだけに、逆に彼に与える嫌悪感は大きかった。

それに優木が見せている表情が、性的な絶頂の一、二歩ほど手前の淫らなものという所為もある。

 

「けったくそ悪い笑い方しやがって。んなもんどこで覚えやがった」

 

本心を口にし、彼は現状の改善へと取り掛かる。

数秒先の命さえ分からぬ凄惨な死闘へ、さっさと戻りたいのだろう。

 

「それは兎も角、随分とやるようになったじゃねえか。褒めてやんぞ、ピエロ女」

「だぁめですよぉ、殿方が女性にそんな呼び方をするなんて。

 でもあの腐れ雌猿の悪影響を受けてちゃそうなりますよね、仕方ないです」

 

讃えにも近い感想を述べるナガレに対し、優木も杏子への憎悪を隠そうともしない。

素直か露悪的かの違いが、ここに表れていた。

 

「いいでしょぉ、このチカラ。

 私らの紛い物である貴方には、妬ましい程に羨ましいでしょうねぇ」

 

そう言うと、優木は左手を高々と虚空にかざした。

黒く染まった細腕から伸びる指は、先端に行くに連れて細さと鋭さを増していた。

腕の太さに似合わないほどに太い血管が走る皮膚の表面には、

金属光沢に似た輝きが生じていた。

その様子を、

 

「まるで黒塗りの釘だな」

 

彼はそう評した。

声の音色には皮肉が含有されている。

対して道化は、声にはせずに唇の動きで返した。

 

「ほざけ」

 

と言っていた。

 

「ちょぉっとキモくなるのはアレですが、この力の充足感は悪くないですよ。

 魔女の専門家として、連中の力はよぉく知ってますけど、

 自分がそれを持てるってのも楽しいですねぇ」

「てめぇがさっき喰ってた、あの黒い卵みてぇなのの仕業か」

「貴方、日頃からあの雌猿にナニをヤラれてるんです?さっきちゃんと見てましたか?

 ちゃと寝させて貰ってますか?頭大丈夫ですか?他に理由があるとでも?」

 

社交辞令のつもりでそう聞いただけなのだが、

この分だと長くなりそうだなと。

一瞬、異界の空に視線を送り、彼はそう思った。

 

だがその代わりとして、幾つかの情報が得られそうだった。

相手の思惑は露知らず、両手に異形を宿した優木の顔には、優越感による喜悦が浮かんでいた。

 

「いいでしょう。我ら魔法少女の憐れで卑しき紛い物たる貴方様に、

 僭越ながらこの私めがご教授をしてさしあげましょう」

 

道化の異形の左手が横に倒され水平に広げられる。

通常の倍以上の長さと幅となった掌の上に、あの黒い物体が置かれていた。

 

「これなるは世にも恐ろしき邪な種。口にするのもおぞましきその名は『イーブルナッツ』。

 魔女の力を疑似的に再現可能な、まぁ所謂強化アイテムですね。キリカさんからの贈り物です」

「それがあの眼帯女の名前か」

 

怒りを堪えるような口調で、ナガレは呟く。

道化は気付かず、更に言葉を続けた。

情報が駄々洩れとなっている事など、道化の頭には欠片も無い。

 

「えぇ。苗字は呉(くれ)って云うらしいですよ。全く気取っちゃってますねぇ。

 私の仲間の、黒く醜く淫らで強い、クソ忌々しい一つ目のメスゴキブリさんです」

「仲が良いみてぇだな」

 

この優木沙々という生物は、常に罵詈雑言を言わなければ

死ぬ病気を患っているのだろうなと、ナガレは半ば本気で思った。

 

「で、そいつもその『悪の落花生』とやらを持ってんのか?」

 

一瞬、道化が硬直。

俗っぽい言い方に、思わず気が緩んだのだろう。

 

「さぁどうでしょ。あんなイカレスクラップ女の事なんて知りませんねェ」

 

優木の罵詈に、ナガレは無意識の内に小さく頷いていた。

『イカレスクラップ女』。

眼の前のこの女を表す言葉として、かなり適していると思えていた。

 

「で、実は相談がありましてね」

「何だよ。俺を通して杏子の奴にワビでも入れてえってのか?」

 

その返しに、優木の顔に苦々しい表情が浮かぶ。

それは僅かな満足感を彼に与えたが、その一方で何となく、彼には言葉の続きが想像できた。

 

「貴方、私の仲間になりませんか?」

 

受け手の少年は沈黙で応えた。

口が半開きになっているところを見ると、皮肉を言おうと思っていたようではあった。

恐らく呆れにより、舌と声帯が痺れたのだろう。

返答をするのがあまりにも馬鹿馬鹿しいと思っての、生理的な反応だった。

 

道化はそれを、精神の揺らぎによるものと捉えた。

『押せば堕ちる』と、彼女は睨んだ。

 

「あいつったら酷いんですよ。この前助けてくれたからって、この私に

『もう君は私の奴隷だ。君の美しさは穢されてこそよく映える。

 今日の事が終わったら、目と耳と鼻を潰して何処も彼処も徹底的に犯してやる』

 とか、ハスキーボイスでぬかしやがったんですよ。

 こんなの、言ってて恥ずかしいと思いませんか?」

「あぁ、全くだ」

 

本心からの一言だった。

ただし、彼の意志の矛先は優木が望むものとは異なっていたが。

そして当然というべきか、彼はこの話を殆ど信じていなかった。

 

「貴方のとこの赤い雌猿も危険ですが…あいつはそんなんじゃないです。

 何を目的に契約したんだか知りませんが、なんていうか、超絶的にヤバいんです。

 完全にガンギマってます。あれは多分ヤバいクスリをガンガンにキメてますよ」

 

早口で捲し立てる道化の額から一筋の汗が流れ落ちるところを、彼は見た。

口では何とでも云えるようだが、植え付けられた恐怖は本物であるらしかった。

そして彼女のある一言が、彼の眼尻に皺を刻んだ。

 

「…契約?」

 

不信と不快さに染め抜かれたような問い掛けだった。

道化はその小さな呟きには気付かず、終わらない罵詈雑言を述べ続けていた。

 

「知らなきゃいけねぇコトは山積みか」

「え?ひょっとして承諾してくれるんですか?」

 

自分の呟きへの素っ頓狂な返答に、彼は異界の地面に視線を降ろした。

それからすぐに、優木特有のあの笑い声が聞こえてきた。

 

「矢張り私が見込んだ通りですね。

 いいですね、いいでしょう。お望み通り、貴方には私の配下となる栄誉を与えます」

 

流れるように道化は告げた。

仲間という言葉の意味を、彼女がどのように捉えているかがよく分かる発言だった。

 

数秒の沈黙。

優木はそれを歓喜によるものと断定していた。

 

だがそれに反して、聴こえてきたのは多量の吐息の音だった。

それは、盛大な溜息だった。

呆れと、侮蔑と、そしてここまで大人しくしていた事による、

多大なストレスからの疲労が込められていた。

 

ふと、息を吐きつつナガレは思う。

果たしてこれは何時以来の、溜息だったかなと。

自分の中の人間らしさを感じさせる部分に妙な可笑しさを覚えつつ、彼は優木に向き直った。

 

「あるのかなんざ知らねぇけどよ。

 魔法少女専門の医者でも行って、色々と診て貰いな。この粘着女!!」

 

結界を震わす叫びが道化の耳朶を震わせる。

道化の想いを、根こそぎ焼き尽くすかのような咆哮だった。

 

「…ふざ、けてんじゃ、ねぇですよぉぉ…」

 

自らが多少なりとも胸の内を打ち明けた存在の反旗に対し、道化の心にドス黒く粘る魔が満ちた。

本来ならば一瞬で殺せるところを生かしておいてやったというのに、

心を許してやったのにというのに。

可愛さ余って憎さ百倍、どころか数万倍ほどの感情が道化の胸中に渦巻いた。

 

異形化した両腕が、巨斧が悲鳴を挙げるほどの力を以てして柄を握り締める。

突撃の後に乱舞を見舞い、その四肢を微塵と砕いて遣ろうと優木は誓った。

そして残った胴体を散々に弄んでやろうと。

口元が半月の形を形成し、眼元が憎悪と嗜虐心によって歪みに歪む。

 

だが、阿修羅の形相となった優木はふと、ある事に気が付いた。

少年の両手から、先程まで握られていた筈の手斧が消えていた。

些細な事だと思った直後、それは起こった。

 

ダンッ、と烈しい音が鳴った。

まるで巨大な刃物を、力強く叩きつけたりでもしたような。

それで、まな板の上の魚の首を落としたりでもしたような。

 

音の発生源は、道化の細い両肩の上であった。

 

「い、ぎ、ぃっ!?」

 

そこから生じた激痛が、優木の意識を掻き回す。

優木の両肩に墓標のように突き立ったのは、刃の半ばほどまでを優木の肉に埋没させた斧だった。

 

「てめぇの力も加わったせいだろうな。

 随分遠くまで飛ばされちまったみてぇだが、ちゃんと戻ってきやがった」

 

その声を受け、狂ったように頭を振って悶絶していた優木は、涙雑じりの視線を前へと向けた。

楽しそうな声は優木の薄い胸元の先から、彼女の懐から生じていた。

 

「ぎ、ひっ!」

 

恐怖半分といった叫びと共に、優木の両手が動いた。

叫びの残りの成分は、憎悪と歓喜であった。

これでこいつを刻めると、獰悪な形に開いた十本の指が語っていた。

 

肩に異物を差し込まれてはいても、腕の稼働に差支えはなかった。

疑似魔女と化した腕は自らの魔力で自在に動く上に魔女特有の生命力の高さもあり、

この程度の傷では力も損なわれなどはしない。

 

彼に自分と同じ苦痛を与えるためだろう。

巨斧を乱暴に投棄すると、優木はナガレへ向かって直進した。

そして両手を大きく、広げ少年の肩を握り潰しに掛かる。

だが彼の羽織ったジャケットの生地に先端が触れる前に、

白い皮手袋で包まれた両手の五指が、異形の手首に絡みついた。

 

異形と魔法少女の腕力が合わさった剛力に対し、少年の膂力が束の間の拮抗を見せた。

優木らそれを、僅かばかりの無意味な抵抗と感じ取り、彼の顔の前でにんまりと笑った。

次の瞬間に広がるであろうはずの、彼の無惨な姿を想像してのものだった。

 

「ずったずたに砕き散らしてあげますよぉぉ、くぅっふふふぅう!」

 

対して彼もまた笑みを返した。

これから叩き潰される事となる悪の野望について想った事により生じた、極悪な笑みを。

 

「砕かれるのはてめぇの方だっ!!!!」

 

再度の咆哮。

そして、莫大な衝撃が優木を襲った。

 

「ぐぉあ!?」

 

左脚の膝蹴りが、道化の腹に炸裂。

新たな激痛により、顔面の笑みが砕け散る。

しかし、暴虐はそこで終わらなかった。

寧ろ、これが始まりであった。

 

吹き飛ぶ優木の身体に、急な制動が掛けられる。

両手首を握る、ナガレの力によるものである。

だが、それは直ぐに消えた。

再び優木の腹に減り込んだ前蹴りによって。

 

道化の全身に衝撃が迸り、両肩の斧がずるりと抜けた。

蹴りの方向は下方に向けられていたらしく、

優木は異界の地面に背中から激突し、滑るように転がっていった。

 

十数メートルほどの滑走の終点にて、違和感を覚えた道化は両手を見た。

しばしの間、彼女の魂が硬直した。

 

両手の色は、最早黒くは無かった。

鮮烈な桃色が、優木の両手に広がっていた。

桃色の表面に、何本もの細い管と筋が見えた。

何が起こったか分かった途端、道化は口から悲鳴を挙げた。

異形化の前には手袋で覆われていた部分までの皮膚が、奇麗にむき剥がされていた。

 

「案外脆いな」

 

感想を述べた者は既に、異界の地面に背を預けた道化の足元に辿り着いていた。

先程までの交戦地点には、疑似魔女と化した一対の手首が転がっていた。

ご丁寧にも、未だに微細な蠢きを繰り返すそれらの両手の甲には、彼の斧が突き刺さっていた。

その光景に恐怖が湧いたが、同時に彼女の脳には叛逆の閃きが奔った。

 

「脆いのはテメェの方ですよ、この紛い物の簒奪者ぁ!!!」

 

道化の右の頬で揺れる髪の房が一気に膨張。

「きっきっ」と耳障りな嘶きを上げつつ、髪の内部より顕現した巨大質量が

眼前の簒奪者を打ち砕く巨拳を打ち放った。

優木はその光景に、神話の一場面を夢想した。

邪悪を滅ぼす聖なる女神。

それは正しく、自分の事で…。

 

「おおおぅりゃぁあああああああああああっ!!!!!」

 

女神を騙る愚か者の妄想を叩き潰したのは、悪魔のそれとしか思えないような狂気の叫び。

何事かと見てみると。

 

「きぃっ!」

 

守護者を任されている巨大魔女が、悲鳴を挙げていた。

魔女は胴体の大きさはそのままに、腕だけを巨大化させていた。

そのため、優木は魔女の喧しい悲鳴を耳元で聴く羽目となった。

しかし今の道化には、そんな事はどうでもよかった。

 

地に仰向けになった道化の元に、極彩色の体液が降りかかった。

体液は、巨大魔女の腕から滴り落ちていた。

 

液体の根源には、縦に生じた傷口があった。

そしてその個所には、見覚えのある物体が身を埋めていた。

巨斧の形態を持つ異形のもの。

 

牛の魔女だった。

 

認識の直後、巨大魔女の拳は切断へと至り、優木へと振り下ろされた。

そして今日が始まってからの、恐らくはこの惑星全体で見ても最大級の悲鳴が挙がった。

声量、声に乗せられた感情の濃さ、そして数と調和性と音としての不愉快さ。

どれを見ても悲劇此処に極まれりとしか思えない、悲痛な悲鳴達だった。

 

巨斧と、守護者と、そして道化が。

彼女らによって、『悲鳴の合唱』が挙げられていた。

さすれば彼女らを評するならば、『悲鳴合唱団』とでも云うべき事になるであろうか。

 

「そう何度も砕かれて堪るかよ」

 

斧を突き刺したまま、ナガレが道化がいるであろう場所に言葉を落とす。

両断され、巨斧にへばりついた巨大な拳の下では、今も悲鳴の大合唱が挙がっている。

 

だが複数の悲鳴の最中にも、ナガレの高い声はよく通った。

ちなみに、巨斧の抵抗は両手に込める力と彼の全身から噴き上がる殺気が黙らせていた。

 

「このままこいつを押し込まれたくなけりゃよ。

 さっさと結界を繋いで、お仲間の所に案内しやがれ」

 

数秒ほど待ったが反応が無かったため、数センチほど巨斧を押した。

鋭い悲鳴と共に、異界に変化が生じていった。

 

ここまでの彼の負傷は、使い魔との戦闘で負った掠り傷と軽い打撲が少々。

それも既に殆どの痛みが消えていた。

疲労が無い訳でもないが、今の戦いが終わったのなら、更に次へと行くだけだった。

そこが、地獄の底だと分かっていても。

 

 

 

 

 

 

 









早めに決着が着いたのは、二戦目だからということで。
武器がアレということも大きいです。

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