魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
抜けるような青空がどこまでも続く。
その下では深い青を湛えた海面が静かに揺れ、平穏のままに揺蕩っている。
そこにふと、一筋の光が注いだ無限を思わせるほどに広大な海原においては、砂粒のような小さな光だった。
それが海面に着弾した瞬間、全ては変貌した。
海面が引き裂け、莫大な海水が空高く何処までも巻き上げられる。
水の亀裂は地平線の彼方まで続き、その断面の遥か下方には荒涼した大地を思わせる海底が露わとなった。
そして更に、海底が黒い闇を産み出したかのように裂けた。
底に溜まる闇の奥から真紅の液体、マグマが流血の如く溢れ出る。
大地の亀裂は縦横に広がり、マグマが止め処なく噴き上がる。
海面は更に裂け、海底も切り刻まれるように割れていく。
青空が消え失せ、曇天と化した空からは光が無数に注がれていた。
それが海底や海面に着弾する度に同様の破壊が吹き荒れる。
天と地が逆さまになったかのように、全てのものが巻き上げられ、超高温と衝撃が暴風となって荒れ狂う。
昇るマグマは竜巻と化し、破壊を周囲に振り撒いていく。
それは天に挑む東洋の竜にも見えた。
その破壊の中、交差する二つの存在があった。
全てを、世界が破壊されゆく中にある存在としては、あまりにも矮小な者達がいた。
「ううううううるあああああああああああああああ!!!!!!」
「おおおおおおおらぁあああああああああああああ!!!!!!」
だがその者達は、そんな事など歯牙にも掛けていなかった。
吹き荒れる破壊の乱舞の最中、崩壊していく世界の中で互いを破壊すべく争っていた。
剣戟を交わすのは、黒髪の少年と真紅と闇色の色が混じり合った髪を生やした少女であった。
世界が陥る破滅は両者に何の影響も与えず、激しい剣戟もまた吹き荒ぶ土砂や溶岩に触れるも全く変化が生じない。
世界の法則の全てを無視し、両者は空中を飛翔しながら激しく争っていた。
振るわれるのは漆黒の斧槍と真紅に闇色が混じった十字槍。
周囲の破壊もかくやと言った勢いで振り回され、その度に光が弾けた。
光は色を帯びず、虚色とでもいうべき純粋な光だった。
それが対峙する両者を、両者だけを照らす。
普段の姿、この世界に訪れて与えられた紛い物の肉体を持つナガレと、自らから溢れた穢れによって全身に闇を帯びた佐倉杏子を。
「ううううぅぅるぁ!!」
獣の叫びを上げ、杏子は虚空を蹴った。ナガレの上空を飛燕のように舞い、その背後へと回り込む。
首を狙った一閃が放たれ、彼の首へと闇の纏わりついた槍穂が吸い込まれる。
「はっ」
楽しそうな吐息と共に、ナガレは斧槍の柄を旋回させる。
穂先が逸らされ、彼の横顔を掠める。
進む槍に対して彼もまた前へと進む。踏み出した瞬間に、彼は斧槍を握る両手を振り下ろした。
しかし、凶悪な武具は佐倉杏子の顔の寸前で停止した。
巨大な斧の根元に、多節と化した槍が蛇のように絡みついていた。
互いに互いの得物が絡み合い、侵攻と静止の力が拮抗する。
互いの呼吸が聞こえる距離で、杏子とナガレは睨み合う。
佐倉杏子は真紅の瞳で、ナガレは闇色の渦巻く瞳で相手の眼を見た。
そして同時に、
「ふっ」
と嗤った。唇の端を歪めて、悪鬼のように。或いは仲の良い者同士のように。
その瞬間、両者の背で何かが弾けた。ナガレは右、杏子は左の背で。それは虚空で広がって形を成し、相手へと向かった。
轟音と衝撃が両者の耳に届き、体を震わせた。構うものかと先程とは逆の場所からもそれを発生させ、同様に解き放つ。
同じく轟音、衝撃。そしてぎりぎりという圧力が互いに加わる。
「真似たかよ」
「うるせぇ」
ナガレの指摘を杏子は吐き捨てる。両者の背からは、異形の翼が放たれていた。
蝙蝠をモチーフにしたような、もっと言えば、悪魔という存在のイメージに酷似した翼だった。
ナガレは黒、杏子はこれもまた闇雑じりの真紅である。
それが相手の翼を喰い合うように絡み、締め上げる。
その状態で数秒、両者は対峙した。
そして同時に結論に至る。
邪魔だ、これと。
「おらあああああ!!!!」
「喰らえええええ!!!!」
同時に翼の接続を解除し得物も投げ捨てる。
超至近距離へと至り、そして互いに拳を振う。
直後に衝撃。
互いの右拳が相手の左頬へと着弾する。
「あが…」
「あぐ…」
似たような苦鳴。僅かに仰け反るがその仰け反りも同時に止まる。
そして再び拳が振られる。今度は左手であり、それが相手の右頬を撃ち抜く。
「ぐぐ…ぐぐぐぐぐ…」
「グル…るるる………」
左拳を相手の右頬に接触させたまま両者は獣の如く唸り声を鳴らし、獰悪な視線を交差させる。
残った右手が同時に振られた。
それは拳ではなく、五指を広げた獣の手を思わせる形となっていた。
相手の顔面を刻むべく振ったそれを、両者は相手の手へと向かわせた。
掌が激突する破裂音が鳴り、そして五指が握り締められる。
「馬鹿力が」
獰悪に笑いながら杏子は言う。
「お前もな」
似た表情でナガレも返す。
そして同時に首を背後に傾ける。
両手が封じられた今。
至近距離過ぎて蹴りも使えない。
これまで幾度となくあったシチュエーションであり、この状況の打破に用いられる闘争方法は一つであった。
「砕けろぉぉおお!!」
「やってみなぁああ!!」
破壊の意思を言葉に乗せての杏子の頭突きに、ナガレは挑発で返す。
そして激突。
それは今も吹き荒れる破壊の乱風に何も影響を与えなかったが、互いの見る世界は歪んでいた。
頭部の中を駆け巡る苦痛と衝撃によって。
全てが歪んだその中で、目の前の相手の姿だけは克明に映っていた。
その瞬間に全てが正常に戻った。
頭突きの衝撃で吹き飛ぶ中、二人は得物を握り締めた。
そして同時に虚空を蹴り、命を奪い合う相手へと向かった。
怒号が放たれ、剣戟が再び交差される。
切り裂き、弾き飛ばし、空いた距離が生じたならばそれを埋めるべく飛翔し求め逢うように殺意を漲らせて交じり合う。
その間も世界は破壊に揉まれ、全てが千々と砕けていく。
崩壊する世界の上空から、一際巨大な光が舞い降りた。
それが世界に触れた時、遂に全てが光に包まれて消えていった。
万物が一瞬にして蒸発し完全なる無に、虚無へと還っていく。
その中で、佐倉杏子とナガレは戦い続ける。
世界の事など一顧だにせず、ただ互いを喰らいあう毒蛇と邪竜のように。
両者にとってこの時、世界とは今二人で互いを喰らいあう行為が全てであり、そこで世界として完結しているのだった。
破滅の中で、自らも破滅に向かうかのように、杏子とナガレは殺し合う。いつものように。
獰悪に、邪悪に、そして楽しそうに笑いあいながら。
互いの精神と記憶が混じり合った世界の中。
穢れで身を蝕まれる魔法少女と、異界から来た存在が成り果てた少年は、何時果てるとも知れぬ戦いを繰り広げていく。
二か月半の隙間を埋めるように争い合う二人でありました(いつもの)