魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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プロローグ2 異界に佇む真紅の少女

「手間かけさせやがって」

 

 全てが極彩色の不気味な世界で、紅の髪の少女はそう呟いた。

 身に纏った着物と神父服を掛け合わせたような衣装もまた紅だった。存在自体が、真紅で出来ているような少女であった。

 幼い顔立ちと背丈から見るに、歳は15も越えていない。せいぜい13~14程度といったほど。

 だが、幼い顔に浮かんだ目付きが内包するのは、侮蔑と嘲り。

 そして、莫大な倦怠感であった。その手には、長大な柄の槍が携えられていた。

 

「散々逃げ回りやがって。弱いから逃げるしか出来なかったってか?」

 

 十字架に似た刃の先端には、得体の知れない物体が突き刺さっていた。

 白色の岩のようなそれには、切り取られたような跡が至るところにあった。

 元は別の姿をしていた物の破片であると言って良かった。

 それでも自身の数倍は大きなそれを、少女は細い右腕と、更に細い槍の先端で軽々と宙に支えていた。

 

「ちったぁ楽させろって。誰のお陰で、ここまででかくなれたと思ってやがんだ?」

 

 欠片の一片が裂けた。

 その奥には、不揃いな石を並べたような歯が並んでいた。

 かたかた、かたかたと白い歯が蠢き、紫色の舌がのたうつ。

 怪物、そう呼称するに足りる存在であった。

 見れば断片とおぼしき物が、至るところに転がっている。

 

 異界を思わせる不気味な彩をした断面が液体のように膨脹し、そこから何かがこぼれ落ちた。

 

 それは肩から先の無い、人間の腕だった。

 周囲にばら蒔かれた残骸が音も無く砕けて消えていく。

 その度に、内包された物が現れていく。

 血に塗れ赤黒くなった脳髄を露出させた頭部。

 苦悶に歪んだ唇。

 ぼろぼろになった乳房の間に出来た肉の裂け目から、

 爛れた胃と肺を顕にして横たわるのは、頭と腰から下の無い少女の骸だった。

 そんなものが、幾つもあった。

 転がるのは全て、年端もいかぬ少女たちの死骸であった。

 

「チッ」

 

 凄惨な光景とむせ返るような血臭を前に、少女は己の舌を打った。

 その顔には、不快さを微塵も隠さない歪みが刻まれていた。

 

「情けねぇなぁ、新米ども」

 

 遺骸の群れは、咀嚼されたにしては原型を保っていた。

 特に顔は、圧力による眼球や舌などの盛り上がりこそあれ、大まかな形としては生前の面影を残している。

 怪物はある程度の丸呑みを好む性質を持つらしかった。

 つまり、彼女のいう新米達は生きながら喰われたということになる。

 

 槍を構えた右手はそのままに、残った左手が腰元をまさぐる。

 取り出したのは、雑多で派手な色彩をした駄菓子の袋。

 無造作に幾つかの小袋が取り出され、それらが一気に封を咬み切られた。

 歯と袋が交差する一瞬。

 鋭い八重歯が、暗闇の中で煌めいていた。

 

「にしてもよくもまぁ、こんなに喰い溜めしたもんだねえ」

 

 少女の唇が開き、小さな歯が砂糖菓子を咀嚼する。粉々にし、飲み込み、次の袋へと移っていく。

 

「そんなにあたしらの肉は美味いのかい?」

 

 串刺しにされた怪物を、槍での抉りで弄びながら少女は問う。

 その間も、菓子の摂取は止まらない。

 食べる動きの中にどこか、病的なものがあった。

 そして無論、怪物は問いに応えない。

 既に、もう半ばほどが消滅に向かい始めていた。

 

「…もういい」

 

 そう吐き捨て、槍を引き抜く。

 支えを失った怪物は落下に移るが、それが始まるよりも早く、その身を衝撃が襲った。

 槍の柄の部分に殴り飛ばされた怪物の全身に、白銀の光が走る。

 縦横無尽に動き周り、線が全身を埋め尽くす。

 すると、白銀の走った箇所は亀裂となり、やがて裂け目となった。

 一気に形が砕け散り、光となって消えていく。

 降り注ぐ光の中、少女は辺りを見渡した。

 素早く周囲を確認した後、彼女は忌々しげな舌打ちを放った。

 それの後に

 

「これだけ喰っといてハズレかよ」

 

 との声が続いた。

 

 ゴトリ、と固形物が落下する音が鳴った。

 それはベチャリと音を立て、遺骸の群れの真ん中へと倒れ込んだ。

 それに視線を移した少女は、ぴくりと目尻を動かした。

 

 落下物が、動く姿を認めたためだった。

 衝撃で潰れたか、溢れだしたのか、その全身はどす黒く汚れていた。

 

 握る槍に、自然と力が入った。

 どうするかは考えてはいなかった。

 ただ正体が何にせよ、今なら仕留めるのは容易いと踏んでいた。

 口元に棒状の菓子を押し込み、がりがりと咀嚼する。

 力余って噛んだ頬の内側の肉が裂け、口内に鉄の味を溢れさせていく。

 

 そこに近付く影があった。

 それを認めると、彼女はこう思った。

 

 ちょうどいい、と。

 

「おい、そこのくたばり損ない」

 

 落下物へと、少女が語りかける。

 

「運がいいな。もしかしたら助かるかもしれないよ?」

 

 嘲りを多分に含んだ声だった。

 その言葉を発している最中も、菓子の咀嚼は止まなかった。

 

「でもその様子じゃー、無理かもね。その時は…ま、せいぜいあたしの糧になってくれ」

 

 そう言うと彼女は振り向き、音も立てずに跳躍する。

 

「じゃあな」

 

 その姿は極彩色の背景に溶け込み、見えなくなった。

 

 

 

 真紅の少女の消失からほんの少し後に、極彩の世界に甲高い声が木霊し始めた。

 泣いているような笑い声だった。

 

 それは、人間の頭部ほどの大きさの物体から放出されていた。

 少女に葬られた怪物によく似た、生き写しといっていい容貌をした小さな怪物だった。

 

 それはふわふわと宙を漂いながら、一つの遺骸に迫った。

 異様に長く伸びた舌が少女の血肉を拾い、口内に出来た瘤のような歯が咀嚼する。

 背骨に溜まった血をすすり、表面に舌を這わせ、ぼりぼりと噛み砕いていく。

 飛び出た眼球を弄び、鼻梁から唇までを一噛みにする。

 吐き気を催すような、陰惨な光景が繰り広げられていく。

 

 神経を引いて垂れ下がる眼球を、愛撫するように口中の舌で撫でつつ、そいつは死骸の中で蠢くものに気付いた。

 

 怪物は欲望に忠実な存在であった。

 引き剥がしていた顔の皮を吐き捨て、そちらに向かう。

 一瞬の停滞もなく、怪物は呻くそれに歯を向けた。

 切り裂くのではなく、噛み潰すための歯であった。

 

 がきぃ、という音が鳴った。

 歯が歯を砕く音であった。

 

 死骸の山に迫った異形の顎を、血塗れの手が握り締めていた。

 どのような力があれば可能なのか。

 細身とはいえ人間の背骨を容易に咀嚼する怪物が、添えられた手の力に完全に捕獲されている。

 じたばたと、言うなれば首だけの状態でもがく怪物の子。

 それは虚しい抵抗だった。

 指は離れず、拘束に倍加する力が加わった。

 途端に怪物は、裂け目とヒビの塊と化した。

 ある程度の原型を残したものの、生命と呼ぶべきものはその破壊に耐えきれず、光となって消滅した。

 寄しくも、【親】と似た最期だった。

 周囲の極彩が、破裂音を至るところで出しながら割れていく。

 世界の果てがひび割れ、歪み、そして消えた。

 一瞬にして、不気味な世界が消滅し暗く、薄汚れた場所へと転じた。

 左右に巨大な闇が生じていた。

 ここはビル同士の隙間だった。

 壊れたゴミ箱やガラス辺が至る所に散らばっている。

 

 ガラスやゴミの代わりにそれまで周囲に散らばっていた死骸は忽然と消えていた。

 前の前の世界に置き去られたのかのように。

 但し、異界の終焉たる場所のものを除いて。

 

 握るものを喪った五指がゆっくりと緩み、その根本たる腕も萎れるように折れ曲がった。

 鼻梁と眼、そして唇を少女と異形から溢れた液体にまみれた指が這う。

 己の形状と大きさを確認するかのようだった。

 

 閉じられていた目が、粘液の糸を引いて開かれた。

 指が同じく頬と顎に触れ、血を吸って重くなった毛髪を揉む。

 ぬかるむ頭皮を弄んでいた指が、そこに力強く突き立てられた。

 指と頭皮の隙間から、塗られたもの以外の紅が滲んだ。

 

「…何だと」

 

 血肉と体液と脂と臓物。

 少女たちの残骸にまみれて、その体が起き上がる。

 その右手は今度は、声を出したばかりの喉笛に触れていた。

 ぎりぎりと締め上げられた喉に、指の跡が刻まれた。

 生者の左手が幼い死者の右手の破片を振り落とし、己の胸元をまさぐる。

 指は胸に貼り付いた、少女の柔らかいハラワタを抜けた先の鋼のような筋肉の感触を捉えた。

 

「今まで、色んな地獄を見てきたけどよ」

 

 両手を胸と喉から離し、それらを月光に晒す。

 浮かび上がった形状が、生者の脳髄を灼いた。

 

「こいつは何の冗談だ?」

 

 呪詛の詰まった声の後に放たれた舌打ちは、虚しく月下に落ちた。

 粘液で濡れた体表は夜風に晒されていたが、体温が下がる事は無かった。

 死者の中より出でた生者の心臓は力強く脈打ち、起き上がりと同時に意識も覚醒していった。

 内なる熱が、嫌悪感を焼き払っていった。

 相貌に穿たれた二つの眼球が怒りの渦を巻き、その心にも業火が燃え盛っていた。

 屍の群れから裸体を引き剥がすと、路地の奥の更に深い闇へと消えていった。

 

 

 

 

 




ここまでです
続きも早めにいきます

一応ですが、彼女の槍の形状は漫画版を参考にしています

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