魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
空は曇り、月光も降り注ぐ月光もまばらな夜だった。
その薄い光に、奇妙な影が照らされていた。
身長は百六十程度だが、その厚みは年少者二人分の体積があった。
「なぁ、友人」
「なんだ、キリカ」
少女は前の少年へ尋ね、少年は背中の少女へ返した。
雲の隙間から覗いた月光が二人の姿を映し出す。
歩き続けるナガレの背後から抱き付き、胸から腹にかけてを彼の背に密着させたキリカの姿が照らされた。
キリカの体勢は、まるで彼を押し留めているかのようだった。
しかしその重さなど微塵も感じさせない歩みで、彼は進んでいく。
キリカもまた彼に追従するように、つま先立ちで器用に歩いていく。
「何か話して。そうだね、君の知ってる物語を教えて」
彼の腹の辺りで両手を絡め、力で言えば常人を圧殺する程度の腕力を込めつつ身体を寄せながらキリカは言った。
強靭な腹筋はその程度の圧搾を難なく跳ね返し、主にも痛痒を与えていない。
ただ、彼女の体温と柔らかさ、そして鼓動だけが伝えられている。
「そうだな……じゃあ、あいつらの話をするか」
そして彼は話し始めた。
それは聖なる者と魔なる者、その間に生まれた双子の姉弟の物語だった。
異なる陣営の父母を持つ双子は自らの出生を知らず、姉は妖艶で美しい女へと、弟は醜い姿ながらも純真な心を持った巨体の少年へと育った。
仲睦まじく生きる二人であったが、血の宿命が平穏を許さず残酷な運命の果てに両者は対峙を余儀なくされる。
互いの全存在を掛けて戦う二人、その戦いの余波は地に生きるもの全てを破壊しそして…。
「そして、どうなるの?」
ナガレの鼓動を聞きながらキリカは尋ねた。
彼が話をする間、彼女はそれまで一言も話さず物語に聞き入っていた。
「済まねえが、そこまでだな」
「打ち切り?」
「そうじゃねぇけど、そこで見失った」
「…そっか」
残念そうに、それでいて安堵したようにキリカは言った。
結末は誰にも分からない。
それでいいのかもしれない。いや、いいのだろう。
彼女はそう思った。
見失ったという彼の言い回しに、彼女は疑問を持たなかった。
異形の物語の語り部としての彼を、友達として信じているのだった。
また彼としても、異界を廻る中で垣間見たあの二人の事を思い出していた。
詳細については因果を観測する魔神から聞いたものであり、彼は吹き荒れる破壊の奔流の中を掻い潜りつつ、争う両者を見ていた。
時間と空間を超越し、過去と今の概念が存在しない超存在に対し、彼は究極の殺戮兵器に搭乗していたとはいえ人の身でその様子を観測していた。
それが終わりを告げたのは、その二人すら超克する存在---両者の父母と思しき者達が顕現した瞬間だった。
全てが弾け、万物が混沌と化した。
聖と魔の物語、魔神曰くの『聖魔伝』は此処に終局を迎えた。
尤も、時間が無意味な存在である以上、これが全ての始まりかもしれないのであるが。
虚無の中に、彼は巨大な腕を見た。
それは傷付いた両者を優しく抱き、何処かへと連れ去っていった。
彼にはそう見えた。
ナガレはそれを語らなかったが、聡いキリカの事である。
なんとなく言葉の隅から勘付いているのかもしれないなと、彼は思った。
「ねぇ」
「なんだ」
尋ね、応ずる。
幾度も繰り返された事だった。
重なる言葉の他に、他の音は存在していなかった。
深夜を回った郊外。車の音は遠く、道を歩む者は二人しかいない。
感じるのは互いの鼓動と体温と肉の感触。
今の世界にはこの二人しかいない。
そんな風に思える静けさが訪れていた時だった。
「君は、いつか帰ってしまうのかい」
「だろうな」
帰る。
元居た場所へ。
生まれた世界ではなく、彼が旅立った世界へ。
未来永劫の修羅地獄へ。
断片的にではあるが、キリカはそれを聞いていた。
何故か大部分を忘れていた、というよりも記憶と認識の欠落を起こしていたが最近不意に思い出した事だった。
こいつは別の何処かから来て、何故か今の姿に成り果てて此処にいると。
そして言葉の通り、何時かそこに帰ると彼は言った。
当然の事であるとして。
そして当然ながら、それは別離を意味している。
普段の拠点へと戻る、今のように。
「だけどそいつは今じゃねぇよ。帰り方も分かんねぇし、足もねぇ」
どうすっかなと彼は続ける。
その言葉のとおりであり、如何したらよいのかもさっぱり分からない。
危機感というのは特になく、まぁ何とかなるだろうと言った程度に考えていた。
実際これまで何事もそうであったし、最初に変な場所に、彼は未だに現代の京都に行っただけだと思っている『黒平安京』に行った際もそれで何とかなっていた。
「手伝おうか?」
「ん?」
「君が帰るのを」
言ってから、キリカは自分の発言に内心で驚いていた。
自分は何を言っているのだと、彼女はそう思った。
「足が無いんなら、作るのとか手伝おうか?」
やめろ。言うな。
内心で彼女は想いを馳せる。
ここにいろ、他へは行くな。
針で何かを貫く様に、まるでピンで刺された標本か丁寧に縫われた刺繡のように、彼女は彼を縫い留めるイメージを抱いた。
何処に?
この世界に、そして自分に。
「困ってるなら、助けるよ」
ああ、そうか。
それでいて、呉キリカは悟る。
こいつは友達なんだった。
困ってるなら、助けないとね。
感情と思考が矛盾してせめぎ合い、その一方で納得に至る。
彼女の精神は混沌とし、それでいて純粋であった。
「別に困っちゃいねぇよ」
ふっと笑い、彼は返した。
「まぁ、ありがとな。そん時は頼むかもしれねぇや。あとお前、何だかんだで優しくて頼りになるな」
「何だかんだは余計だよ、っとテンプレ的に返しておこう」
言い合い、笑う。
当然だろう。
二人は友達なのだから。
暫く笑い合い、そして歩みが止まる。
ここ最近は離れていた、しかし既に慣れた雰囲気と空気を彼の感覚が捉えた。
キリカもそれを感じていた。
視線の先、まだ二キロメートルほど先ではあるが闇の中に浮かぶ廃された神の家が見えた。
「そろそろだね」
「ああ」
事実を確認するように言葉を重ねる。
そして、キリカは彼の身体から離れた。
熱い体温が離れた後、互いに冷気を感じた。
それをキリカは、喪失の冷たさだと思った。
「じゃ、私は行くよ。あいつの雌臭さが漂ってきそうだ」
「ひっでぇ言い方だな」
「あはは。軽い買い出しのつもりが一週間も他の女のところに転がり込んだ奴がよく言うよ。そして君を喪ったあいつの性欲が、今どうなってるかなんて考えたくも無いね。愉快で嗤えて殺意が湧くよ」
闇の中で朗らかに、春を司る妖精のようにキリカは笑う。
嗤いながら、闇の中を跳ねていく。
「じゃあね、友人。また逢おう」
「ああ。気を付けて帰りな、キリカ」
ナガレは手を掲げ、キリカはばいばいと手を振った。
そして彼女は闇の中に、溶ける様に消えていった。
その気配が消えるまで、彼は闇を見つめていた。
直ぐに消えた。
同時に彼は背を向け、彼は前へと歩き始めた。
今度は一人で、今の世界での拠点へと。
彼が語った作品は「セイントデビルー聖魔伝ー」となります
某wikiには「テレサ&ユンク」のタイトルで記事がありますので詳細はそちらを…