魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
朝になった。
死闘の後に一日中遊びまわった疲労もどこへやら、年少者二人は元気そうに食事を摂っていた。
場所は呉家の居間であり、長机の上に並べられた朝食を穏やかな雰囲気の元で食べている。
瑞々しいレタスとトマトのサラダに焼き魚、お味噌汁に白米が躍る様な箸の動きと子供特有の旺盛な食欲で次々と消費される。
向かい合って座るナガレとキリカ。キリカの隣にはキリカの母が座り、慈母の笑顔で微笑んでいる。
食事が終わり、皿洗いくらいしましょうかとナガレは言った。
お客様にお手を煩わせるわけにはいきませんと、キリカの母は穏やかに言った。
キリカは洗い物を手伝うと云い、女達二人が残った。
彼は先にキリカの部屋に戻り、寝転んで青い表紙の暗黒ライトノベルを読み始めた。
架空の物語の中では、幼い少女が生きたまま無麻酔で解剖される様が事細かに記載されていた。
「うええ…」
彼が呻いたシーンでは、手術台の上に置かれた少女が腹を開かれ、肋骨を鑿とハンマーで破壊される様子が描かれている。
最悪の場面を読む彼の耳には、家の中の空洞を伝って壁面から聞こえる一階の会話が届いていた。
『効かないわね…常人なら致死量なのだけど』
『だから言ったじゃないか、あいつは頑丈なんだよ。タフって言葉は友人の為にある』
母と娘の和やかな会話を聞きながら、ナガレは
「ふああ…」
と欠伸をした。
これが彼に盛られた薬物、要は致死量の媚薬が為した、唯一の効果であった。
そして再び彼は本を読み進めた。
活字で描かれた地獄が、彼を待っていた。
昼を回った。
ナガレは相変わらず暗黒ラノベを読んでいた。
作中では主人公の知り合いの女が、殺人鬼によって一家全員ごと惨殺された場面が描かれていた。
死体は弄ばれ、開かれた肉と皮とされて壁に釘で打ち付けられていた。
「えっぐ…」
呟いたのも仕方ないだろう。
彼の行動は変わっていなかったが、場所が変化していた。
彼は今、キリカのベッドの隣に座っていた。
彼の右手は伸ばされ、ベッドの方に伸びている。
その手に、少女の左手が指を絡ませている。
つなぎ方は俗に云う恋人繋ぎの形である。
ベッドの上には、頭までをすっぽりと布団で覆ったキリカがいた。
「ううん…だっるぃ。生理痛きっっっつい。嗚呼母よ、何故私を女として産んだ?感謝してるから文句は言わないけど、この痛みと不快感は……楽しいけど辛い」
もぞもぞ蠢きながらキリカは呟く。
体調の変化のためか、ナガレの手に伝わる彼女の体温は高かった。
この状態が既に、三時間は続いている。
平和な時間が流れているせいか、ナガレは悪い気分ではなかった。
ただ、今のキリカに何かしてやれないかなと思っていた。
手を繋ぐだけでよいものかと、男には理解できない苦しみに悶えるキリカに対して思っていた。
「そうだ!」
その時、キリカが立ち上がった。
手を繋いだままだったので、ナガレも引っ張られる形で立ち上がらせられていた。
「奪われたなら、奪えばいいんだ!」
そしてキリカは叫んだ。
この時、彼女は衣服を纏っていなかった。
左足の黒とピンクの縞ソックスと右脚のベルトだけを身に着けただけの、裸体であった。
朱鷺色の乳首や一つまみで抜き取れそうな慎ましい恥毛が生えた秘所を、何の躊躇も無く晒している。
その様子にナガレは「俺は馬鹿にされてるのかな」とだけ思った。
布団に入る際にはいつもの白シャツとミニスカを着用していたが、熱さの為に布団の中で脱いだらしい。
火照った身体から熱が上気し、興奮で濡れた秘所には血の香りが混じっていた。
その状態で、キリカは彼に抱き着いた。
肌が触れた直後、彼女の全身を魔力が覆い、白と黒の衣装を纏わせた。
「てなわけでぇ……友人、シよぉ♪」
抱き着きながら彼の耳元で、熱く甘く囁くキリカ。
その意味を探ると
『生理で血が流れたから、君の血を飲ませておくれ』
となるのだろうかと彼は思った。
魔女を呼び出し結界を張った瞬間、キリカが満足げに微笑んだのを見て、その考えは当たっていたとナガレは理解した。
そしてキリカはその表情のまま、形成された異界の中で彼に魔爪を振った。
当然のようにナガレがそれを牛の魔女で受け止め、反撃する。
いつものように、死闘が展開された。
血風の中対峙する両者は、獣の威嚇のように嗤っていた。
夜になった。
コンビニに出かけていたナガレは呉亭に帰宅した。
いつものように「お帰りなさい」と出迎えるキリカ母はいない。
それが逆に不自然に思えるくらい、何時帰宅しても出迎えてくれる女であった。
少し不思議に思いつつ、彼は買い物袋を右手に下げ、空いた左手で喉を触れていた。
傷一つない喉であったが、そこに与えられた痛みと、血を啜られて傷口を舌で舐め廻される感覚は何時まで経っても慣れない。
慣れてはダメな事なので、異常ながらに彼の感性は正常だった。
廊下を歩く中で、ナガレは戦闘後の事を思い出していた。
互いに血深泥になり、全身を骨折して動けなくなり、仰向けになって隣同士で倒れていた。
その様子をキリカは「惣流と駄目主人公みたい」と評した。
ひでぇと思いつつも、反論は無いのでナガレは何も言わなかった。
寧ろ好きなキャラクターの名前が出たので、嬉しかったくらいである。
「なぁ」
ナガレは訊いた。右の頬が腫れ上がり、童顔を無残なものに変えていた。
「なーに、友人」
キリカも聞き返した。こちらに至っては、左頬が破裂し、砕けた歯や抉れた舌が見えていた。
互いの負傷は、互いの拳がクロスカウンターとして炸裂した結果であった。
破壊の度合いの違いは、両者の格闘技能の差だろう。
力自体はキリカに分があっても、技術は彼の方が格段に上なのである。
また痛痒の欠片も感じさせない、平凡とした返事は、痛みを感じていないのではなく痛みも愉しさと捉えているためだ。
凄惨な顔ながらに満足そうな表情が浮かんでいるのは、戦闘の最中に幾度も達したからだろう。
生と死をこね回すような死闘は自分にとっての性行為、という彼女の認識は全く変わっていないらしい。
「お前、俺の血を飲みたかったんならよ。そう言えばよかったんじゃねえか?」
「友人、私を見くびらないでほしいな」
「ん?」
「私にだって常識は有るんだよ?考えてもみなよ、血が飲みたいから飲ませてって、頭おかしいじゃないか」
ナガレは首を捻った。
意味を図り兼ねている一方、納得しているような顔にもなっている。
なるほど、確かに頭おかしいなと。口には出さずそう思っていた。
「だけどさ、戦いの最中だったら普通だろ?喉を喰い破ったついでに、流れ込んできた血を飲むわけなんだから」
なるほど。納得、と彼は思った。
今の彼の喉には、いつも通りに彼女の歯形が刻まれている。
手加減をした訳でも、喉を差し出した訳でもないが、呉キリカとの戦闘はコンマ0.1秒も気が抜けない悪戦苦闘であり、喉の傷もその中で付いた傷の一つに違いないのであった。
また実際、血を飲みたいと言われて自分が素直に血を与えたかと思えば疑わしいものがあった。
自分の心はそれほど広くはない、彼としてはそう持っていた。
その一方で死闘には応じたりと、こいつの考えも異界じみていた。
「天才だな、お前」
と彼は笑った。全身の傷に声が響くが、知った事ではないと笑った。
何が可笑しいのか分からなかったが、キリカも連られて笑った。
彼女はすぐに飽きたが、傷に響く笑い声の感触が面白くて笑い続けた。
それは一時間近く続き、互いに空腹感を覚えてそれをやめ、魔法で身を清めて治癒を終えてから異界を出た。
また部屋に戻ってからキリカは服を着て、適当に寝転んで漫画を読み始めた。
相変わらず下着は未着用だったが、ナガレも既に気になっていなかった。
とりあえず、彼女の生理痛は消えたらしい。
全身を切り刻まれたからなのかなと思いながら、彼はコンビニ行くけどとキリカに尋ね、山のようなお菓子の買い出しを要求された。
買い物の品目には生理用品も含まれていたが、彼も特に疑問には持たなかった。
下着を購入したことで度胸が付いたらしい。
それを度胸と言うのかは謎で、それでいいのかという感じではあるが。
しかしながら、恥ずべきものではないのは確かであった。
閑話休題。
そして今、ナガレは部屋の前に立ち止まっていた。
キリカの部屋の前ではなく、リビングを覗く位置で、である。
そこには畳の上に座り、テレビを観るキリカの母の姿が見えた。
彼女は手にハンカチを握り、しきりに眼を拭っていた。
その後ろ姿が、廊下に立つ彼の位置からよく見えた。
彼の名誉の為に言えば、彼に覗きの趣味は無い。
見入ってしまったのは、テレビに映っていたものである。
それは二日前の昼頃の事。
上気した、直球で言えば媚薬を混入された朝食を摂取して発情したキリカの手を、ナガレが両手で握る様子が映っていた。
荒い息を吐き、苦痛に耐えているかのようなキリカ。
その手を握るナガレ。
その様子はまるで、命を産み出す苦痛に耐える女に寄り添う男である。
この場合の男の役割が何になるのかは、説明するまでも無いだろう。
それがしかも複数のアングルで、同時にテレビに映っている。
つまり、この母親は娘の部屋を…。
気付いたら、ナガレはキリカの部屋にいた。
声も出さず、完全な無音であったが、キリカの部屋に着いた時のナガレの鼓動は戦闘中もかくやと言った具合に跳ね上がっていた。
「やべぇな」
一言だけそう言った。
そう言った時の彼の声は、鼓動が示すように荒い息を伴っていた。
「ああ、母さんのコトかい?」
キリカは平然と言った。ありがとねと言いつつ、ナガレが買ってきた物品から生理用品と好みの菓子を取り出し、早速菓子を食べ始めている。
「朝から延々とリピートしてるよ。これで少しは親孝行できたかな?」
どう反応したらいいのか、彼には分らなかった。
分かって堪るかと彼は思い、キリカが
「食うかい?」
と言って差し出してきたポッキーを受け取って噛み砕いた。
短い一言だったが、キリカのその言葉は佐倉杏子の真似をしている事は分かった。
「ああそうそう。流石にプライバシーの侵害だからってコトで、カメラは撮影後に全部外させたよ。それでも10個くらい残ってたけど、君の魔女が撤去してたから大丈夫だと思う」
付け加える様にキリカは言う。
気が利く奴だと、ナガレは半共生状態の魔女を内心で褒めた。
そう思う事で、キリカ母の狂気から眼を背けていた。
その後、更に数時間が流れた。
他愛も無い会話や異界の話、キリカが思い描いた性絡みの生々しい創作話を直接話したり糸電話を用いて聞いたりと言った、不健全で平和な時間が流れた。
一通りの話をキリカが終えた時、
「そろそろ、かな」
彼女はそう言った。
もの寂し気な、名残惜しそうな言い方だった。
「ああ」
彼もそれを肯定する。
楽しい時間であっても、終わりは必ず来る。
「ねぇ、友人」
糸電話を用いて彼女は訊いた。
「なんだ、キリカ」
彼も同じく、キリカ曰くの大発明品である糸電話で訊き返した。
「風見野までさ、歩いて…いかない?」
キリカの提案に、彼は頷いた。
何事にも終わりは来るが、伸ばすことは出来る。
それに乗らない手は無かった。
次回、呉キリカさん編最終回(の予定です)