魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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番外編 流狼と錐花㉝

 見慣れた天井、見慣れた室内。

 そして嗅ぎ慣れた匂いと肌に触れる心地よい空気。

 買い出しに出てから約六日目、ナガレがキリカ宅で迎える日も三日目となっていた。

 時刻は昼の11時頃。

 

 窓の外では雨が降り、陰鬱な灰色の空が広がっている。

 しかし部屋の中ではそれも些細な事であり、そもそも彼は外を見ていないかった。

 床に寝転がりながら、キリカの部屋に置いてある小説を読んでいた。

 

 彼に活字が読める、というあたりは彼の昔の事を思うと大した進歩であるだろう。

 「されど」から始まり、罪人と竜が舞踏を舞う、といった美しい言葉の並びのタイトルが書かれた青いカバーの本だった。

 黒く渦巻く瞳は繰り広げられる物語に夢中になり、熟読しつつも頁を捲る手は早い。

 

 内容はと言えば…脳漿が飛び散り、内臓が破裂し血肉が桜吹雪の如く舞う凄惨な戦闘模様。

 弱者や年少者に対しても情け容赦なく訪れる、繊細な描写で描かれる拷問・虐殺・輪姦・強姦・異種出産などの惨劇という言葉では生ぬるい悲劇。

 作中の問題ごとの殆どは終結はしても解決はせず、既に終わった悲劇が更なる悲劇を呼ぶ負の連鎖。

 ライトノベルというジャンルではあるが、頭に暗黒と付け、暗黒ライトノベルとでもした方がよさそうな小説だった。

 

 彼は現在、七巻を読み耽っていた。

 美少女のような貌に時折刻まれる怪訝な表情は、そこに描かれた描写の凄惨さを示していた。

 常日頃からそれに近い生活を送る彼ではあったが、リアルと創作物との境界線は引かれており、だからこそ物語の悲劇を悲劇として認識できているのであった。

 

 そして今、部屋の主である呉キリカはここにいなかった。

 数時間前、朝七時頃に朝食を食べ終えてから

 

「母さん、話があるんだ」

 

 と切り出し、客人であるナガレに自室に先に戻るように言って、以降は一階の居間から戻っていない。

 母娘の話し合いとやらは、既に四時間に及んでいる。

 そしてその内容は、屋根を叩く雨音や頁を捲る音、彼の呼吸と心音のみが漂う室内の中にも伝っていた。

 

 それに気が付いたのは、彼が五巻を読んでいた時の事だった。

 部屋の一角から、二人の女達の声が僅かではあるが聞こえたのである。

 場所は本棚の近くの壁からであった。

 

 どうやら何らかの吹き抜けというか、構造上の都合で一階の音が伝わるらしい。

 糸電話みたいなものかと彼は思った。

 

 また、数日前にキリカが大発明をしたと自信満々に言って使用した糸電話は、以降も活用されている。

 彼が無害と判断した過去話や、キリカが語る自分に欲情した男達に拉致され陵辱・輪姦される様子や、健全な性生活の妄想等の不健全極まりない一方的なお喋りの為に使用されていた。

 恐らくこれは、少なくともここ数日の間で地球上で使用された糸電話の中で、最も異形で爛れた会話に使用された糸電話であるだろう。

 今は丁寧に糸を巻かれて重ねられ、再び使用される、されてしまう時を静かに待っている。

 

 

だーかーらぁーーーーー!!

 

 

 静寂さを打ち破り、壁から声が伝わった。

 同時に、食器らしきものが割れたような破壊音が続く。

 

 

娘に媚薬盛るなんて!母さんてば何考えてるのさ!

 

 

 正論極まりないキリカの言葉であった。

 感情が昂っているためか、声は涙声に近い。当然と言えば、そうか。

 

 娘の叫びに対し、母は無言であった。ただ、割れた破片を拾い上げているらしいカタカタと言う音が鳴っている。

 その後もキリカの発言は続いた。

 

 最初は、どんな気分になったか。

 

 そして身体がどうなってしまったか。

 

 どこがどんな風に疼いて、どれくらいの体液が分泌されたか。

 

 弄び方はどういう風にしたのかとか。

 

 キリカの語彙が無駄に豊富であるが故に生々しく、官能小説じみた表現が続く

 

 声の大きさは雨音に掻き消される程度に下がっていたが、一度意識してしまうと耳は拾ってしまうものである。

 読み耽る小説が、年齢制限が無いにも関わらず過激な描写が多い故、話の内容と妙に合ってるなとナガレは思った。

 こちらも明らかに、常人とは異なる感性と言うか状況適応能力を持っている。

 

 その後も女達の話は続いた。

 

 話の内容は何時の間にか

 

「何故、地球に生命が溢れたのか」

 

「すべての物質には意思がある」

 

「時間や空間にも記憶はある」

 

 といった話になっていた。

 そこから自分が受けた快楽地獄とのつながりを強引に結び付けていた。

 要約すると

 

 

「お天道様は全て見てるんだよ!悪い事なんて出来ないんだ!」

 

 

 というのがキリカの主張だった。

 聞き耳を立てつつ、ナガレは思わず口笛を吹いた。良い事言うなぁと思ったのだろう。

 自分にとっての不穏なワードが幾つかあったはずだが、キリカへの関心が勝っているらしい。

 

 

 

 読書を一休みし舌戦を伺おうと思った時、

 

 

「来ないわね」

 

 

 キリカの母の困ったような声が、壁から聞こえた。

 ぞっとするものを感じ、彼は壁から顔を離した。

 

 これは久々の経験だった。

 例えば星々を喰う魔物の支配する、多元宇宙数個分は下らない広大な空間の中に飛び込んだ時のような。

 

「そうだね。あいつ、スルー能力高いんだよ」

 

 落ち着いた声で、娘が母に応じた。

 そして

 

「ねぇ友人。そろそろお昼にしないかい」

 

 という声が送られてきた。

 ナガレは黙っていた。そして気付いた。

 

 これまでの全ての遣り取りが、自分を誘い出す為の罠であった。

 仮に誘われていたら、どんな目に遭っていたのかは想像も出来ないし、したくなかった。

 苦笑いを浮かべ、

 

「こいつら…」

 

 と内心で思った。

 それだけでも彼は豪胆だろう。

 

「じゃあ、呼びに行きましょうか」

 

 とキリカ母。

 

「うん、そうだね。母さん」

 

 壁からは母娘の声がし、そして足音が聞こえた。

 

 

 迫り来る二人分の足音は、彼であっても恐怖を覚えた。

 それを、誰が臆病者と責められようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐちゃり、ばきばき、ずるり

 

 肉が引き裂け骨が砕かれ、内臓が破壊される音が響く。

 両者にとって聞き慣れた音であった。

 その音をナガレは耳で聞き、呉キリカは身体の内を伝わる衝撃として聞いた。

 

 牛の魔女が展開させた魔女結界の中、今日も今日とてナガレとキリカは戦っていた。

 戦闘開始から約一時間。

 両者にとっては短めであったが、激しさはこれまででも随一だった。

 異界の地面の至る所が抉れて砕け、構造物も微塵となって転がっている。

 まるで、巨大な何かが暴れ狂ったかのようだった。

 

 彼が突き出した右腕はキリカの豊かな胸の真ん中に吸い込まれ、皮膚を貫き肉を切り裂き骨を砕いていた。

 そして背に抜けた手は、赤い心臓と彼女の背骨を握っていた。

 握力が加わり、それらは果実や砂糖菓子のように簡単に握り潰された。

 

 キリカの口から血液が滝となって降り注ぎ、異界の地面を濡らす。

 

「ふ、ふふ、ふふふ」

 

 血塗れの口をにたにたとさせながら、キリカは笑う。

 

「友人…君、ほんと、わたし、の、おっぱい、すき、だねぇ」

 

 苦痛の中でキリカは笑う。

 どこまでも朗らかに、春風のように。

 それに対し、ナガレは言葉を紡がなかった。

 彼の口からもまた、血塊が吐き出されていた。

 ナガレの右腕はキリカを貫き、左手は自分の胸を押さえていた。

 

 指の隙間からは絶え間なく鮮血が溢れ、異界に滴っていく。

 彼もキリカの斬撃によって胸を切られ、心臓を破壊されていたのだった。

 

 強靭な生命力故に、手で押さえられている事で強引に鼓動が鳴らされていた。

 異常な生命力だが、長くは持ちそうになかった。

 その中で彼は自分の治癒よりも、彼女を破壊することを選んだのである。

 

 荒い息を吐き、命を刻一刻と喪いながらもナガレは闘志に溢れた鋭い眼でキリカを見ていた。

 その様子に、キリカは息を吐いた。

 血の香りを纏った、陶然とした吐息だった。

 

「嗚呼…イイね…ほんと…イイ」

 

 欲情の炎が滾るのを、キリカは感じていた。

 この外見が気に入ったのか、キリカの腹のレースは取り払われたままだった。

 露わになった白い肌の上には朱線が横に引かれ、そこからは桃色の腸が垂れ下がっていた。

 スカートは腰より下であり、鼠径部のラインがかなりの位置まで見えていた。

 

 もう数センチ下に下がれば、雌の器官が露わになる筈である。

 そこはスパッツに覆われてはいたが、その中に下着はない。

 直に肌を撫でる空気の感触が心地よく、またせっかく買ってもらった物なのだから、血で汚したくないという彼女なりの配慮があった。

 

 それは今、血と性欲の液で濡れていた。

 命を奪い合う行為は求め逢いであり、生と死の交差は血と体液と肌の重ね合いであった。

 現に今、彼の腕で自分は貫かれ、彼と繋がっている。そこに彼女は、堪らない興奮を見出していた。

 

 温かい肉、柔らかい肌、熱い血滴と弱弱しくも力強い鼓動。

 その全てをキリカは体内で感じていた。

 

 そうだ。

 と彼女は思った。

 

 そうでなくては。

 これが、私達の性行為なんだ。

 

 何の疑いも無く、キリカはそう思った。

 与えられた肉欲ではなく正気のままで、自らが感じる欲望のままに湧き上がる性欲に狂っていた。

 スパッツの内側で彼女の雌の器官が蠢き肉襞を疼かせ、雄を求めて熱を増していく。

 

「ああああああああああああああああああああっ!」

 

 欲望のままに彼女は叫んだ。

 そして血に染まった斧型の爪が生えた両手を振った。

 彼を慈しむべき両手は、彼の命を狩るべく振るわれていた。

 

 殺したくなどない。

 

 されど、今自分たちはセックスをしている。

 

 それは互いの命を奪い合う行為。

 

 ならば相手の命を奪う事がこの場合は正しく、そして今、唯一行うべき行為なのであった。

 命を賭けて向かってくる相手に対し、自分も命を向き合わせる。

 叫びのその瞬間に興奮は感極まり、呉キリカは絶頂していた。

 

 

 

 ぎぢん

 

 生じた音にキリカは眼を見張った。熱い液が垂れる性の器に、奥の奥まで一気に氷柱が突き込まれたかのような冷気を感じた。

 

 ああ、こいつは。

 

 こんな死に掛けであるのに。

 

 キリカは笑った。

 

 鮮血色の唇は、感動に震えていた。

 

 自らの首を刈り取るべく振るわれたキリカの両手の爪、それが交差した瞬間にナガレは自らの歯と牙で魔爪に噛み付き文字通り喰い止めていた。

 しかし、それも一瞬の状態である。

 キリカは手を押し、彼の顔を輪切りにする積りであった。

 

 しかしそれより前に、キリカの左脇腹にナガレは右膝蹴りを叩き込んだ。

 膝がキリカの肉を破壊する寸前に、彼は咥えた爪を離した。

 

「あぎぃっ!?」

 

 内臓が体内で爆裂する感触と圧迫感に、悲鳴を上げるキリカ。

 その身体が吹き飛ぶ前に、ナガレの右足が彼女の左足を踏み、その場に留めさせた。

 そして、彼は叫びと共に頭突きを放った。

 彼の額がキリカの眼と鼻の間に激突し、莫大な衝撃が少女の頭部で荒れ狂う。

 

 最初に砕けたのは彼女の黄水晶の眼であり、次いで破裂したのは彼女の後頭部だった。

 白桃色の脳味噌が曳き潰した豆腐のようにバラけ、頭皮を突き破って彼女の背後に広がった。

 

 仰け反ったキリカには、両手が無かった。

 左手が胸から離され、ジャケットの裏側から取り出した手斧を握っていた。

 それが見舞った斬撃により、キリカの両手は肘の辺りで切断されて宙を舞っていた。

 

 その両手が落下し、爪が地面に突き立つのと、ナガレの身体が崩れたのはほぼ同時だった。

 胸が破裂したように、傷口からは鮮血が噴き出した。

 

 その身体を、キリカが抱いた。

 腕だけでなく両脚も絡め、全身を使って彼を抱く。

 狙ったのか偶然か、性行為のような姿勢であった。

 体位で言えば、対面座位の形になっている。

 

 眼は両眼とも無惨に潰れて更には脳を喪い、そしてほぼ全ての歯は歯茎ごと抉られ、赤い舌に弾丸の様に突き刺さっている。

 凄惨どころではない惨状となった顔を、キリカは彼の胸に埋めた。

 そして辛うじての原型を留めた口を、ナガレの胸の傷に合わせた。

 異形の口づけに、顔を深紅に染めたキリカは鮮血を飲みながら微笑んだ。

 

「これもいいね。剥き出しの肉、血と体液で濡れた傷と傷とを重ねるキスとは実に尊い。嗚呼、萌える」

 

 思念でそう言いつつ、溢れる血を一滴残らず飲み干しながら、キリカは治癒魔法を発動させる。

 治すのは自分ではなく、血を提供する彼である。

 

 割れた心臓が繋がり、傷が塞がってき、傷口を皮膚が覆う。

 名残惜しそうに、キリカは彼の素肌が覆われた胸に唇を触れさせた。

 彼から顔を離すと、既に彼女自身の治癒も完了していた。

 

 そして今度は彼の唇に元に戻った唇を重ねて血を啜った。

 血を啜り飲みながら、キリカは下半身の感触を感じていた。

 

 濡れたスパッツの奥に、彼の身体がある。

 彼の着衣の奥に、重なり合った腰の奥に、キリカは自身の柔らかい肉で彼の雄を感じていた。

 

 自分と異なり、この行為に性欲の欠片も感じておらず大きさは変化していなかったが、それは確かに彼の雄を示す器官だった。

 布越しながらにそれに触れたという事が、彼女の理性を狂わせた。

 

 口付けをしながら、キリカは腰を何度も震わせた。

 それは、腰を振る度に訪れる絶頂により彼女が気を失うまで、何度も何度も続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「食べる?」

 

「いいのか?」

 

「一口だけね」

 

 場所は変わって、見滝原市内。

 自宅からほど近い場所の喫茶店の屋外席に、ナガレとキリカは来ていた。

 時間は午後の二時頃であり、死闘を終えてキリカが落ち着いてから十分後の事だった。

 肉の疼きが消えて、負傷も完治させた。

 

 ならば、時間を有意義に使うだけだと街に繰り出し、ソフトクリームを食べていた。

 ナガレはストロベリーで、キリカはバニラ味であり、両者共にコーンに乗せられているものを選んだ。

 食欲が旺盛な証拠だろう。

 

 もちろんキリカはナガレの注文に対し、「赤厨」と煽るのを忘れず、彼が赤桃色のクリームを齧った際に

 

「あー!佐倉杏子の下顎がぁ…あんなに、あんなに無惨に………ざまぁ☆」

 

 と嘆きに見せかけた愚弄をするのも忘れなかった。下顎と言うあたり、どうやらかなり細かく部位分けをしているらしい。

 

 互いに自分のを数口齧ったり舐めたりしたあたりで、キリカは最初の遣り取りを彼に切り出した。

 舐めて無さそうな場所を齧らせてもらおうとした時、キリカはそれを手前に引いた。

 彼の歯は虚空を切り、噛み合わされる音だけが虚しく響いた。

 

「気が変わったのか」

 

「うん、ごめんね」

 

「別に怒ってねぇよ」

 

 ただちょっと、味見が出来ずに残念そうなだけの彼だった。

 そこに罪悪感を感じたのか、キリカは続けた。

 

「いや、なんていうかさ…衛生面、気になっちゃって。ホラ、唾液ってそんなに綺麗な物じゃないからさ」

 

 まぁ確かに、といったところだが、それを肯定する気にはなれなかった。

 何時も血を啜ってるとかではなく、年頃の子供相手に「お前の口は汚い」と繋がる言葉を返す気は彼には無かった。

 だから返事はせずに、ソフトクリームをコーンまで齧り切る。

 同時にキリカもコーンを咀嚼し終えていた。

 

「ちっ」

 

 それはキリカが放った、可愛らしい舌打ちだった。

 食べ終わるのが彼よりも遅かったことが悔しかったらしい。

 愉快なものを見たように彼が笑うと、キリカは頬を膨らませ、ナガレは「悪い悪い」と笑いながら謝った。

 ぷんすかとするキリカを一旦放置し、料金を支払って戻るとナガレはキリカにこう言った。

 

「さて、次は何するよ?」

 

「雪辱を晴らしたいから、ゲーセンでも行こうよ。てなワケでさぁ行くぞ!油を売ってる時間は無いぞ、友人!時間は有限だからね!」

 

「ああ!返り討ちにしてやら」

 

 言い合いをしながら、街の中へと両者は消えていく。

 年少者二人の姿は、午後になっても足繁く歩く人の波に消え、見えなくなった。

 

 

 

 そろそろ、彼が風見野に戻る時が近付いていた。

 

 













この二人、正直ずっと会話させていたいのですが…
時は残酷であります

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