魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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番外編 流狼と錐花㉜

 薄闇の中、無数の火花が舞い踊る。

 照らされるのは黒衣を纏った少女と、ジャケットを羽織った私服の少年。

 

 少女は両手から計十本の斧型の爪を生やし、少年の手には柄の長さが三メートルにも達する斧槍が握られていた。

 向かい合う二人の間では絶え間なく剣戟の火花が散り、時折そこに鮮血が仲間として加わった。

 そして火花や鮮血も、交差する斬撃の嵐によって更に切り刻まれ、新たな光の贄となる。

 

「ハアァッ!」

 

「オラァアア!!」

 

 怒号が重なり、その声に相応しい重い一撃が繰り出される。

 激突する二種の斧。

 その瞬間、二人の肉体は弾き飛ばされていた。

 重ねられた力は完全なる互角であったのだ。

 

「は…ハハ!」

 

 少女は嗤う。

 美しい顔には蜘蛛の巣のように鮮血が広がり、開いた口に並ぶ歯も血塗れだった。

 

「へっ」

 

 少年も嗤う。

 こちらも似た有様だった。

 違うのは、口内に血は殆ど無く、彼は今それを唾と共に吐き捨てたところだ。

 彼の右頬に、殴打を受けた痕があった。吐き捨てた血はそれで頬を切った為だろう。

 

 しかし喉にはざっくりと開いた傷口があった。傷は歪んだ楕円形をしており、連続した傷ではなく複数の点が連なったものだった。

 さらに奇妙なのは、大きな傷だと云うのにそこからの流血が殆どないところだった。

 よく見れば傷口の一つ一つが照り光り、粘液のようなものが傷にわだかまっていることが確認できただろう。

 それが黒い靄を帯びて、傷口から血色の泡を吹いて塞がっていく。

 

「便利だね」

 

「まぁな。にしても、こいつとの付き合いも随分長くなってきたもんだ」

 

 右手に持つ得物を眺めながらナガレはキリカに応える。

 

「仲が良くてよろしいね。ううん、やっぱり君とこうして交わるのは精神と肉体の健康に良い」

 

「奇遇だな。俺もお前と戦うのが楽しくて仕方ねぇ」

 

「ははははは。分かり切った事言うねぇ、友人。あとそうだ、相変わらず君の血液は美味しいよ。君の味が舌の上で跳ねる度、幸せを感じるんだ」

 

「うへ…そうかよ」

 

「うん。レビューは百点としておこう。あ、分母は無限大だから、今後も精進をするようにネ♪」

 

「お前にゃ敵わねぇな、ホント」

 

「お、敗北宣言か。なら君の遺伝子おくれよ。ここで大事に育むからさ」

 

 そう言って、キリカは腹を撫でた。

 普段そこは白いレースで覆われているが、今はそれが取り払われ、白い素肌を晒している。

 布を取り払われた腹部の少し下に、黒いスカートのウエストベルトが巻かれている。

 

 少し下とは腰よりもやや下であり、腹と鼠径部が交わる女体の美しさが露わになっていた。

 呉キリカと言う少女が持つ毒花のような色気と相俟って、獣欲を滾らせそうな外見となっている。

 

 更にはその白い肌にも朱線が奔り、腹から流れた血は女体を垂れて彼女の股間へと消えていた。

 それが却って、雄の欲情を刺激する煽情的な様子を演出していた。

 因みにこの姿になっている理由は、

 

「火照った身体を冷やしたいし、イメチェンも必要だと思う」

 

 とのことを、キリカは戦闘前に語っていた。なるほどなと、彼は納得した。

 その直後に剣戟が開始された。

 戦闘時間は既に三時間に達している。

 

 

 妖艶な姿から立ち昇る色気は、彼も確かに感じてはいる。

 但しそれ以上に、相手は子供であるという意識がある。

 それは事実であり、両者の間にはその認識が隔絶の溝となって横たわっている。

 

「前にも話したけど、同年代なら良かったのにね」

 

 彼女もそれを察し、拗ねたような口調で言う。諦めてはいないのだ。

 

「かもな。でもよ、それだときっと俺達は出会えてねぇ」

 

「君がそう言うんなら、そうなんだろうね。遠い場所から来た友よ」

 

 彼の心の中で、キリカは彼ではない彼に出会った。

 そして他にも何か、果てしない何かを見た気がする。

 思い出そうとするが思い出せない。

 ただ一つの言葉を除いては。

 

 

 

「【皇帝】」

 

 

 

 キリカは呟いた。

 

 コウテイ、ではなくエンペラーと発音していた。

 

 

 

 何故その言葉を選んだのか。

 そして何故、言葉に出してしまったのか。

 彼女には分からなかった。

 だが放たれた弾丸の如く、それは彼に届いていた。

 

 その言葉を、ナガレはただ聞いていた。

 何も変わりはしなかったが、キリカはその言葉を発した瞬間、彼の渦巻く瞳に感情の揺らぎを感じた。

 それを彼女は『憎悪』であると見た。一瞬で消えたが、間違いないと確信していた。

 

 その感情の矛先は自分ではない事も分かっていた。

 そこに彼女は、酷く寂しいものを感じた。

 

 感情を受けられた相手が自分で無い事と、そしてそんな感情を持つ彼に憐憫を抱いたのである。

 

「君は旅を続けていたらしいけど、それは結構長いのかい?」

 

「そうでもねえさ。感覚的には一年くらいだ」

 

「うーん…そっか」

 

 キリカは断片的にしか彼を知らない。

 しかし彼の心の中に広がる記憶の世界を垣間見た限りでは、とても一年程度の経験とは思えなかった。

 

 例えるなら、人が産まれて死ぬくらいの時間。

 そのくらいは経過してるのではないかと、なんとなくであるがそう思った。

 だが本人が一年程度と言ってるんだからそうだろう、友人の事を信じようとキリカは自分を納得させた。

 

 互いの全力全開、命と魂を削り合う死闘の最中にありながら、両者は極めてリラックスした気分であった。

 命が如何でもいと言う訳では無い。

 これがこの連中の平凡な日常なのである。

 頭部や喉以外にも大小さまざまな傷が全身を覆い、血と体液で体表を濡らしている。

 それも何時ものことだ。

 

 白手袋を嵌めた右手でキリカは額を拭い、更に剥き出しの腹を撫でた。

 拭われたのは血と汗であり、それを纏って撫でられた白い肌はそれで彩られた。

 グロテスクさとエロティックさが、幼い女体の表面で交わる。

 

「血と体液。そして剣戟で互いの命を奪い合い、血みどろでぬるぬるのべとべとになる交わりか。まるでセックスみたいだね」

 

 淡々とキリカは言う。眼帯を纏わない左目に理解の色が宿る。

 

「そっか」

 

 その色は、闇の中で輝く希望の光に見えた。

 

「これが、私達のセックスなんだな」

 

 納得の声でキリカは語る。

 鎮まっていた肉の疼きが蘇り、胎内の肉襞が雄を求めて蠢動し、肉の唇が収縮する。

 

 熱い疼きを感じながら、キリカは艶然と微笑む。

 ナガレは黙って聞いている。

 議論は無駄であるとも、そしてそういう考えもあるんだろうなとでも思っているのだろうか。

 答えはない。

 ただ真っすぐに、彼は呉キリカを見ている。

 

「なぁ友人。君、前に言った事を覚えているかい。アレだよ、私の捕食行為からの君への治療。互いの血肉を分け合って身体を治したコトさ」

 

 その言葉に、キリカが何を問おうとしているのかが彼には分った。

 仲のいい証拠だろう。

 

「それを君、何て言ったか覚えてるかい。概念的なものだよ。とても重く世界そのものと言っていい」

 

 キリカの言葉は弾劾であり告発であり、そして強要だった。

 彼女から発せられる気配は、闇よりも色濃い鬼気と狂気であった。

 

 常人なら、いや、同じ魔法少女でも触れた瞬間に気を遣られ兼ねない感情の棘を、今のキリカは放っていた。

 それは彼を全方位から覆い、全ての逃げ場を奪っていた。

 その中で、彼は口を開いた。

 普段の口調で、はっきりとした、自分の意思を乗せた声で。

 

「『』だ」

 

 一瞬、世界は動きを止めたように思えた。

 時は刻まれるのも忘れ、全てが静止したように。

 刻まれるのは、互いの呼吸音と心音のみ。

 この瞬間、世界はただ二人だけのものとなっていた。

 

 しかしそれも一瞬であり、時は再び刻まれ始めた。

 その切っ掛けとなったのは、キリカの言葉であった。

 

「血は、『』か」

 

 彼女の告げた愛の一言は、単なる言葉や音ではなかった。

 光さえも飲み込んで離さない、ブラックホールの如く超重力の坩堝であった。

 それは、そんな意思が乗せられた言葉だった。

 

 逃げることも出来ず、決して逃がさない。

 そんな意思を、『』という言葉を呟いたキリカから彼は感じた。

 

 血液がべっとりと付着し、深紅となった右手をキリカはじっと見つめる。

 

「となると私達は、血を糧にしなければ…互いの命を削り合わなければ、を育めないというコトか」

 

 淡々とキリカは言う。

 その手は震えていた。

 

「くひっ」

 

 そして、彼女は嗤った。

 可憐な唇が裂けたように拡がった。

 

 口の端を通り越し、耳まで裂けたように見えた。

 噛み合わされて並んだ歯は、彼から啜った鮮血の深紅に染まっている。

 それは美しき吸血姫の貌だった。

 

「そうでなくては」

 

 嗤いながら、彼女は語る。

 

「互いの命を貫いて、流れ出た血を混ぜ合わす。生存か。消滅か。互いの全存在を掛けての交差でもないと、やはりには至れない」

 

 嗤う。

 どこまでも朗らかに。

 

「ならば、を求め逢うとしよう」

 

「ああ。来な」

 

 分かり切っていたように、両者は短く言葉を交わす。

 そして言い終えた瞬間、互いにやるべき事を為した。

 赤黒と黒の斧が乱舞し、異界に再び血と光の花を咲かせる。

 

 交差は激しさを増していた。

 互いの命を奪い合う、その行為の果てにあるものを、少なくともキリカはそう認識したが故に。

 それを求めて、魔力が存分に振るわれ、高い身体能力を更に飛躍させていく。

 一撃一撃を放つごとに、キリカの速度は増していく。

 

 それに対し、ナガレも魔女に命じて魔力を行使させ、自身の身体能力の底上げを図る。

 足りない分は、これまでの経験で補うのみ。

 互角の剣戟が続く中、不意にキリカは背後に跳ねた。

 全身から出血しての飛翔により、背中や腕から流れ出る血が溢れる様は異形の天使の翼に見えた。

 

 その飛翔の中で、キリカは両手を振った。

 莫大な魔力が消費され、彼女に更なる力を与える。

 顕現したのは、彼女のマギアであるヴァンパイアファング。

 

 ただし、普段とは様子が異なっていた。

 本来の数は一つの手に付き一本、ただし今は、両手からそれぞれ五本の計十本のヴァンパイアファングが放たれていた。

 一本一本の太さは、普段のそれより細く、形状としては触手に近い。

 

 それだけに幅広く広がり、更には操作性が高いのか速度も増していた。

 視界を埋める赤黒い斧が連なった触手に、彼は得物を叩き付けた。

 

 凄まじい音量の金属音が鳴り響き、衝撃が異界を震わせる。

 何本かが切断されたのを、キリカは感じた。

 そして何本かが、彼の肉と骨を抉った事も。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 しかし切り刻まれながら、ナガレは触手を刻み続ける。

 自分が刻まれるよりも早く、速く。

 キリカは振るわれ続ける斧とその破壊を見た。

 

 そして小さく笑った。

 子供に花飾りか手紙を渡された母親のような、慈しみの表情で。

 

 ああ、そっか。

 斧同士の結合、甘かったみたいだね。

 

 無造作にしか見えない斬線を描いて振られる斧は、関節部分を正確に切断していた。

 その様子を見て、彼女はそう思った。

 思った時と、その美しい身体が斜めに裂かれたのは同時の事だった。

 

 触手の悉くを切断して飛翔したナガレは、飛翔しながら下方からの斬撃をキリカに見舞っていた。

 キリカの細い身体の右脇腹から左肩までに朱線が入り、傷となって開いた。

 切り裂かれた臓物や溢れた血液が、空中で残酷な花を咲かせる。

 その血肉の花を、斬撃が更に断ち切った。

 

 上方に流れた斧が下降し今度は逆方向から、キリカの右肩から左脇腹に刃を抜けさせていた。

 再び溢れ出す血と臓物。

 そして与えられた衝撃のままに、キリカは異界の地面へと落下していった。

 

 その四つに分かれかけた肉体が、空中で力強く抱き締められた。

 自らから溢れる血潮によって冷えていく身体。

 それを血に塗れた熱い身体が抱く感触をキリカは味わい、自らも手を伸ばして相手の身体を抱いた。

 

 そして異界の重力に引かれるままに、二人は地面へと落ちた。

 寸前にナガレは背を地面に向け、与えられた衝撃の全てをその身で受けた。

 

 異界の地面が砕け、小規模なクレーターが生じた。

 その中に、二人はいた。

 

 血塗れどころか、血みどろになって抱き合っていた。

 

「なんで、って聞くのは無粋かな」

 

「別に、構いやしねえよ」

 

「ふふ、今日は素直で可愛いね、君」

 

 彼との間に、切断された内臓を広げながらキリカは微笑む。

 

「そういうとこ、好きだよ」

 

 そうして血塗れの唇を彼のそれに重ねて、魔力を送った。

 対する彼も彼女の背に手を回し、魔女から取り出したグリーフシードを、キリカの腰近くに据えられたソウルジェムにこつんと重ねた。

 治癒と浄化が同時に行われ、互いの命が延命される。

 しかし、疲労感は残っていた。

 

 身体を繋げて内臓をずるりと体内に戻したところで、キリカの睡魔が限界に達した。

 媚薬が抜けるまでに要した時間は丸一日であり、その間は横になっていなかったが寝ていなかった。

 またナガレもそれに付き合い、ずっと手を握っていた。彼もまた、ものすごく眠かった。

 

 先にキリカが寝落ちした事を確認すると、彼も欠伸を一つ放ってから眠りに落ちた。

 互いの体温と心音が溶け合うような、安らかな眠りだった。

 

 互いを慈しみ、労わりながら。

 全力の殺し合いを続けていた二人は、こうして漸く動きを止めた。

 


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