魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
朝焼けもまだ訪れぬ深夜の三時半頃。
星と月光が、世界の光源の役割を果たしている時間であった。
「着いたぞ」
その世界の一角にて、少年が声を掛けた。
少女のような声の矛先は、彼の頭の後ろにいる者であった。
振り向いた先の闇色の眼に、少女の顔が映った。言うまでも無く呉キリカである。
黄水晶の瞳に宿るのは虚無、可憐な唇の端からは唾液の滴が垂れている。
「はい、回想開始」
そう言って気絶したキリカを、ナガレは不思議そうな顔で見ていた。
そして意識が虚無へと消えた彼女を小脇に抱えると跨っていたものから降りて、それを呉亭の敷地内に置いて静かに玄関を開けた。
「お帰りなさい」
当然のようにキリカの母がいた。
開いた扉の先に立っており、厳かに頭を下げていた。
「お世話になります」
ナガレもまた当然の礼を返した。
前以て連絡などしていないはずなのに、という疑問は彼には無い。
娘と同じく、勘が鋭いのだろうと思っている。
母親の手前もあって少し丁寧な抱き方にキリカを持ち替え、自分の靴を脱ぎ、キリカの靴も脱がせて上に上がる。
そして二階にあるキリカの部屋に向かって階段を昇り、部屋へと入る。
室内は綺麗に片づけられており、机の上には菓子と飲み物が補充されていた。
コップは一つでストローが二本である事に、彼は狂気を感じた。
「お、母さん気が利くね」
そこでキリカが目を覚ました。
いや、ひょっとしたらずっと眼は覚めていて、彼に自分を運搬させたかったのかもしれなかった。
ペットボトルに入ったミルクコーヒーを一息に飲み、
「飲む?」
とナガレに差し出した。
「空じゃねえかよ」
と彼は返した。
「口付けるだけでもいいよ」
「なんで?」
「トキめくから。間接キスだよ間接キス。ナナチ的に言えばちゅーだよちゅー。やり方知ってる?」
「やれば満足か?あとそいつ良いよな。可愛くて好きだ」
「自分で言っててなんだけど、多分引くね。ていうか友人、君はケモナーだったのか」
異次元じみた会話を交えながら、ナガレもまた飲み物を一気に飲んでいく。
強炭酸のコーラだが、それでやられるほど彼の喉はヤワではない。
「ホウ、炭酸入りコーラですか」
キリカがそう言った瞬間、彼は空いている左手で胸を抑えた。
痙攣した横隔膜を強引に黙らせ、口からの液体の噴出を留めているのである。
「大したものですね」
「ッ……ッハァ!」
一気に飲み、息を貪る。
相当な疲労が生じたらしく、折った身体で激しく呼吸を繰り返している。
「友人、意外と笑いのツボが可愛いね」
無防備に苦しむ彼の様子を、キリカは楽しそうに眺めている。
その表情がふと変化した。
疑問を思ったかのように。
「あれ友人、回想はやった?」
彼は答えを返さない。
苦痛の喘ぎは今は笑いに変わっていた。
キリカが振った「ネタ」は相当にツボであるらしい。
仕方ないなぁとキリカは呟く。
腹を抱えて笑うナガレを、キリカは満足げに眺めている。慈しむような視線は、母のような眼差しであった。
そしてクスリと笑い、ゴホンと意味深に息を吐いてからこう言った。
「じゃ、回想開始。ハーイ、ヨーイ、スタート」
絵に描いたようなというか、棒読みという言葉のサンプルと出来そうな見事な棒読みでそう言った。
「ううん、やっぱいいねぇ。解毒完了、治癒も完璧。骨と内臓も全て本調子。今だったら、着床から出産まで五分もあればできそうなくらいの絶好調だよ」
試してみない?とキリカはナガレへと尋ねる。
晩御飯何処で食べる?とでもいうような気軽すぎる口調だった。
「そりゃ良かったな。お前は元気がよく似合う」
無難な様子で返したナガレの前には、プラスチックの青いゴミ箱があった。それも複数である。
その一つの蓋を開け、そこに蹴りを放ちながらの返答だった。
「友人、それで私を知った積りなのかい?」
対するキリカは昏い声で返した。
呪いのような声だった。
「悪いな、軽々しく言っちまって」
言い終えるとゴミ箱の蓋を閉じた。閉じられた後、中で呻き声が鳴っていた。
そしてそれらの蓋を、何処から取り出したのかガムテープで塞いで路地裏へと放り投げた。
「そうだよ。ここ最近、友人は私を知った気になりすぎている」
弄ぶ口調でキリカは言う。その発言を言い終えるまでに幾つもの悲鳴が鳴ったが、ナガレは勿論キリカも全く気にしていない。
五個のゴミ箱をそうして処理してから、二人は夜の街を歩き始めた。
「で、どうだった?」
「何が?」
「私のヤンデレムーブ」
「ちょっと怖かったな」
「フフフ…怖いか?」
「そいつも何かの台詞か?」
「御明察。擬人化した戦艦娘の台詞だよ」
「なんか凄ぇキャラだな。どんな外見してんだよ」
「色は黒ベースで所々が白。セミショートで、髪の色は黄水晶で髪は黒。左目に眼帯を巻いてる」
「へぇ、格好いいな」
特徴で聞く限り、それを語った少女と似た特徴を持った存在を疑いもせずにナガレは返した。
「そうだろう、そうだろう」
何故か誇らしげにキリカは言った。
言葉を交わしている内に、二人の足は止まっていた。
ナガレは屈み、地面に倒れていたそれを立てた。
形が歪んでいたが、それは自転車だった。
錆を噴いたフレームと歪んだ篭、長い間放置されたもののようだった。
「今度教えてあげるよ」
「ああ、よろしくな」
そう言うと、ナガレはジャケットの内側に潜む牛の魔女に命じた。
彼の手を介して魔力が行使され、廃品寸前の自転車の表面を黒い靄が覆った。
一瞬の後に消え失せると、新品となった自転車が姿を顕した。
銀色の一般的な色彩は、赤ベースの黒が映えた派手な色に変わっていた。
フレームは太くなり、タイヤも倍くらいの太さになっている。
「赤厨」
呆れ切った口調でキリカが言う。
「好きだからな、仕方ねえんだよ」
そう言って彼は自転車に跨った。
「ふうん、まぁ黒があるから許すとしよう」
口には出さなかったが、キリカは内心で「朱音麻衣ざwwwwwwまwwwwwwwwぁwwwwwwwwww」と思っていた。
その時のキリカの顔は妙にニヤ付いていたので、ナガレは少し不気味に思った。
そう思う彼の事など何とも思わず、キリカは上機嫌な様子で彼の背中にしがみ付いた。
彼が座る座席の後ろに、もう一つの座席が用意されていた。
柔らかい質感の椅子の上にキリカが尻を置く。
「あ、そういえばまた穿くの忘れてた」
それを、ナガレは聞こえなかったことにした。
キリカ本人も特にその事象に対して大した気概は無いらしく、彼の背を掴んでいた両手を彼の腹に回して腰を抱く。
そして、自分の五指同士を出逢わせて絡める。
「なあ友人」
ナガレの背に右頬を置きながらキリカは聞いた。
「ん?」
「君、本調子じゃないね」
「分かるか」
「まぁね。ていうかさ。今、生ごみと仲良く一緒にゴミ箱に入ってるあの連中もアホだよね。君なんかに喧嘩売るなんて」
「よくあるこった。このツラは迫力が足りねぇからな」
キリカの視線の先には、地面に垂れた数滴の血痕があった。
彼のものではない。
「それでもさ、ヤバい感じは雰囲気で分かるだろうにって。グータラなイエネコでも、もっと危機管理能力あるよ」
「まぁいいじゃねえか。足も出来たコトだしよ」
「足、ねぇ。連中が破れかぶれになって、どこにあったんだか知らないけどブン投げてきたこれがかい」
「壊さねえようにするのがちょっと面倒だったな。飛び道具は反射的に殴って落としちまうからよ」
「なんか突っ込みが追い付かないね。あと君の心臓の音すき。喉を喰い破った時に流れる血と同じ鼓動で動いてる」
「そりゃそうだろうな。じゃ、そろそろ出るぜ。性能試してぇし、ちょっと運動したいんだけどよ。ちょっと激しく動いても大丈夫か?」
「大丈夫だよ。君の好きに動いて私の肉体を弄びたまえ」
「俺も原因作ったけどよ、言い方」
「あ、生ぬるかったか。じゃあこう言い換えよう、私の身体の奥の奥まで貫いて孕ませる勢いで」
「行くぞ、振り下ろされねえようにしっかり腕巻いてな」
「うん。れっつらごー!」
元気よく右手を振り上げ、キリカは声も控えめながらに叫んだ。
今が夜であるという配慮である。
彼女もまた、変な所で常識がある女だった。
この日、呉キリカは様々な事を知った。
まず、自転車は垂直でビルや電柱を駆け上がり、また同じように降りれること。
ビル同士を足場に、夜の闇を飛翔できること。
慣性の法則を無視したような、ジグザグの走行が可能であること。
それらの行為を、瞬間的には音速を超えて実行可能であること。
それでいて道を飛び出してきた野良猫や歩行者、車とは接触せずに猛スピードを維持出来る事。
そして自分は、乗り物への適性があまり無さそうであるという事。
逆に運転手であるナガレは、実に愉しそうに運転、というか操縦していた。
これが本職と言わんばかりの様子であった。
「こいつ…」
と思いながら、キリカはナガレの腰を強く抱いた。
並みの人間なら即死しかねない強さであったが、彼の筋肉と骨格によって圧搾は跳ね返されていた。
熱い体温と鼓動、そして牛の魔女の衝撃緩和のフォローがありながらも強い振動を維持する自転車の走行に身を揺らしながら、キリカは眠る様に眼を閉じた。
というよりも気を失った。
「以上、回想終了っておええ…」
そして現在、キリカは自宅の手洗い場にいた。
洗面台の前で身を屈め、頭をふらふらと左右に振りながら、蠕動する胃袋から込み上げる胃液を吐いていた。
異形の疾走を思い出した事で、気分を害したらしい。
それでいて、彼女の顔には満足感があった。
「いいね…これ。この気持ち悪さとシチュエーション……未来への予行練習って気がするよ。これは君にとっても将来の為の、いい経験になる事だろう」
口を胃液塗れにさせながら、キリカは微笑む。
そして再び、黄色い胃液を吐いた。
その華奢な背中を、ナガレが無言で摩る。
そしてその様子を、少し離れた場所でキリカ母が娘と似た朗らかな笑顔で見守っている。
微かに聞こえる機械音は、恐らくビデオカメラだろうなと彼は思った。
機械に見られているような感覚もあることから、間違いは無いだろう。
可能な限り、労りはしつつも深くは考えないようにして、ナガレはキリカの背を擦り続けた。
そうでもしないと、二人の女達に支配されたこの家の雰囲気に耐えられそうにない。
書き手ながら、この二人の次の行動が全く読めない