魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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今回は少々アクの強い話になります


番外編 流狼と錐花㉙

「はぁ……ハァ……ぅっ……」

 

 薄暗い室内の中で、苦鳴とも喘ぎともつかない声が鳴っていた。

 大きめの寝台に横たわる、白色の患者衣を纏った少年の口を発生源としての声だった。

 銀灰色の髪の毛が、カーテンを開け放たれた窓から差し込む月光を浴びて輝いていた。

 

 顔の造形は整い、十四歳程度の幼いと言ってもいい年齢や月光による幻想的な様相も相俟って、物語の王子か美姫を思わせる容貌の美少年だった。

 奏でられるのは男としては高く、少女を思わせる音階の声であった。

 細い首の喉仏も、発達の兆し程度の隆起しか見せていない。

 

 しかし彼の中で、明確に性別を示す部分があった。

 下半身の衣が下げられ、そこからは…。

 

「ぁ…くっ……うぅっ」

 

 彼はくぐもった声を上げ、それを手で愛撫していた。用いられていたのは右手であった。

 顔と同様に、繊細な細さを持った少女のような美しい指だった。

 それに対して、左手は沈黙を守っていた。

 

 綺麗に五指を揃えられてはいたが、どこか歪んだ左手だった。

 例えるなら、一度崩れたものを再びつなぎ合わせ、形を整えたような。

 沈黙を保つ左手に反して、右手の上下への律動は激しさを増していった。

 

「はぁ…はぁ…はっ…」

 

 その手は少年の右手の激しい動きにも反応せず、ただ掌を天井に向けていた。

 数分が過ぎた。

 少年は動きを止めた。

 

 少年は荒い息を吐いていた。

 薄い胸と細い肩、そして繊細な顔の額や頬に汗の珠が浮かび、白い肌を伝う水滴となる。

 駄目だ。と彼は思った。

 胸の中で懊悩が渦巻き、雄の器官には血が流れ込み、脳裏には幼いながらに得た性知識が映像となって乱舞する。

 

 素肌を晒した同年代の少女、年上の女性、行為の中の快楽に及ぶ様子が妄想される。

 その様子が描かれた様子は、実に鮮明なビジョンであった。

 少年が持つ優れた創造力と豊かな感性が、性的に優れた要素を持った美しい女達の姿を彼に思い起こさせていた。

 しかし、であった。

 

 それは彼の感性は、美しさばかりを捉えてはいなかった。

 日ごろから彼の世話をする看護師の女性たち、その中で特に若い者達が彼に注ぐ視線や態度の中に、職業遂行上の慈しみ以外のものを彼は感じていた。

 若い少年の姿を見つめる女達の粘着質な視線は、少年の鋭敏な感性を刺激していた。

 

 それは性的なものだけではなく、憐憫や好奇心、そして執着心までもが含まれていた。

 自分に寄せられるそれらの感情について、彼は心当たりがあった。

 

 嘗ての自分、バイオリンであらゆる曲を自由自在に奏でていた自分はもういない。

 その過去に吸い寄せられるように、複数の感情が寄せられるのだろうと。

 更に家は資産家であり、例え働かなくても一生食うには困らない。

 

 それを狙う輩がいても不思議ではないと、彼は幼いながらに感じていた。

 そして自分は長男であり、財産を得ようとするのならば自分を篭絡するのが手っ取り早いと。

 そんな馬鹿なと一笑したいが、実際にそう感じるのだから仕方ない。

 

 悍ましいそれらから逃げる様に、彼は身近なものの存在を彼は想った。

 異性の幼馴染。

 水のような青い髪の色、自分と少し似たショートヘアーの髪型、男勝りで姉貴的な一面もあって付き合いやすい性格。

 

 身近であるが故に、思いを馳せると心が安らぐ。

 この身の上になってもなお、彼女は足繁く病室に通ってくれていた。

 会話をすると心が安らぐ、まるで兄弟のような間柄。

 

 しかしここ最近、彼女から受ける視線には熱が纏わりついていた。

 それは、自分を見る看護師たちとは違う、しかしながら同じ要素を持つ熱だった。

 

 彼女とあいつらは違うと思いつつも、受ける感覚には相似性を感じる。

 それに心の整理を付ける余裕と経験が、今の彼には両方とも足りていなかった。

 

 そういった感情を受け、彼は女性というものが分からなくなっていた。

 もともと人生経験の少ない年頃であり、女の何たるかもほぼ分からない。

 

 それでいて、複数の粘着質な感情を寄せられている事は分かり、性欲の対象としては女性を求めて互いに愛し合って交わる様子を連想する。

 感情の歪みと幼い性愛が混じり合い、彼の中に混沌を生み、雄の器官に溜まった熱い欲望の解放を心で望みながらも心が阻んでいた。

 硬さと熱さは維持されたままのそれに、彼は虚しく繊手を添えていた。

 

 肉の中を走る血流の滾りを彼の指先は捉えていた。

 躍動する生命のリズムに、彼は音楽の一端を感じた。

 馬鹿々々しいと彼は思った。

 夢は潰えたと云うのに、こんな時にも思考の一端には音楽が魔手を伸ばして彼を悔恨の世界へと誘う。

 

 寝よう。

 彼は思った。

 寝て何かが変わる訳ではなく、世界は残酷なままに続いていく。

 

 されど一時の休みになり、その時間だけ人生の時間は過ぎる。

 ただ生きているだけの人生に価値があるのかとは、彼は考えないようにしていた。

 答えは無く、見つけるしかないからであり、そして未来はようとして知れぬままであった。

 

 まずは愚息を仕舞おうと、彼はズボンを引こうとした。

 その時であった。

 

 

 

ずる ずり ずるる

 

 

 

 何かが聞こえた。

 這いずる音だと、彼は思った。

 単なる音なのに、少年はそこに恐怖を感じた。

 

 入院してから結構な時が経っているが、深夜の病院の雰囲気は未だに慣れない。

 生と死が日常的に交差する場所である為か、独特の雰囲気が満ちている。

 それが夜になると肥大化し、別の空間と化したように自分の今生きる環境を包み込む。

 

 恐怖の理由を分析することで、彼はこれを幻聴であるとした。

 しかしながら、音は続いた。

 それは段々と、自分に近付いているように思えた。

 その音は天井から聞こえた。

 

 そして音が止まった。

 最後に鳴った這いずる音が生じた場所は、彼の部屋の真上であった。

 

 天井を見上げた。

 何時もの天井が見えた。

 見続けたが、変化は無かった。

 三分ほど、彼はそれを維持した。

 変化は無い。

 

 安堵の息を彼は吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ」

 

 

 

 

 

 

 その声は、彼の息と同時に生じていた。

 

「当たり前だけど、大人とはだいぶ違うんだね」

 

 少年のようなハスキーボイス。

 されど明らかに、それは少女の声であった。

 

「大きさはそんなに変わらなそうだけど…赤黒さが無くて肌色が多い。あ、そっか、皮の色か」

 

 声はすぐ左隣でした。

 確かにそこには気配があった。

 来客用に、ベッドの周囲に配置した複数の椅子の一つがある場所だった。

 

 反射的にそちらに顔を向けた。

 誰もいない。

 管楽器のような、長い背もたれの椅子があった。

 

「あ、ごめん。邪魔したみたいだね。続けていいよ」

 

 声は今度は右で生じた。

 距離が近い故か、温度の変化を感じた。

 人間であれば温まる筈の空気は、逆に冷えていた。

 まるで、氷がそこにあるかの如く。

 

「?どうしたんだい?何か問題でも?ナースコールしようか?」

 

 あ、無理だった。これじゃボタン押せないや。ゴメンね。

 

 声はそう言った。

 顔を其方に向ける勇気は彼には無かった。

 

 黙っていると、気配は場所を変えた。

 視界の隅に蜘蛛の足のような何かが見えた、そんな気がした。

 

 右から宙へ、宙から…。

 

 

「問題ないなら…続けてよ…後学に、したいんだ」

 

 

 彼の足下へ。

 

 

 その部分は月光の浸食が薄く、闇の領域であった。その中で、何かが蠢いている。

 少女の声を発しながら、闇の中で這いずる何かが。

 

「ひっ」

 

 彼は悲鳴を漏らした。

 当然である。

 しかし気絶しないだけ、彼は勇敢…いや、不運だろう。

 

「私は無知で…まだ何も知らない子供だ…だから私に、雄の営みをみせておくれ」

 

 這いずる者はそう言った。

 闇に慣れた眼は、その姿を朧げながら認識した。

 

 闇の中でも色濃い黒の姿が見えた。

 全体的な大きさは、体を丸めた幼児のようであった。

 それでいて、セミショートの髪型を有した頭部の大きさは自分たちの年代とさして変わらないように思えた。

 

 そしてその髪型に、彼は幼馴染と似た意匠を感じた。

 違う、これは違うと思うものの、現実的に形としてはよく似ていた。

 

 それが逆さまの状態で、こちらに顔を向けている。

 

 悪夢と言う言葉では到底足りない、異界の恐怖がそこにいた。

 そして彼は恐怖の中で、この存在の異常さの一つに気が付いた。

 

 本来ある筈の四肢が無く、肘の先や脚の付け根には白い布が巻かれていた。

 白の色が鮮明なだけに、不幸にもそれが良く見えてしまっていた。

 

 ひっと悲鳴を上げ、そして直後に貪るように息を吸った。

 この存在から雄の営みを見せてくれと言われた時から、彼は呼吸を止めていたのだった。

 恐怖と共に座れる空気。

 

 それを体内に入れた時、彼の一部に熱が滾った。

 瞬時に湧き上がる疑問と、急に血流が生じた事の痛み。

 

 その原因は、空気に含まれた雌の臭気であった。

 

 心を蝕む女達の感情に晒されていたことにより、彼はそれを本能で察した。

 

 こいつだ。

 雄を狂わせる雌の香りを、こいつが漂わせている。

 

「うぅ…あぁ……」

 

 彼は前も隠さず、後ろに下がった。

 直ぐに止まった。ベッドの背もたれがある為だ。

 それでも下がろうとした。

 当然ながら無理である。

 

 足は虚しくベッドの上の布を蹴り、動かない左手は鉛のように重かった。

 その中でも、いや、自らの命の危機を感じている為か彼の雄は熱と硬さを増していた。

 

 空気に混じる雌の匂いを、彼の鼻と雄の欲望は甘い花の香りとして捉えていた。

 それだけに、恐怖感は加速度的に増していった。

 

 しかしながら、闇の奥の気配の動きも停止していた。それに気付き、彼もまた動きを止めた。

 彼の荒い息が、雌の香りが満ち始めた室内に響く。

 

 

「お…」

 

 

 少女の気配が声を発した。

 その声もまた震えていた。

 恐怖によって。

 

 

「お…犯される…!」

 

 

 少女は震える声で言った。

 意味が分からなかった。

 心を満たす恐怖の中に、一粒の泡のように疑問が弾けた。

 

「ヤバい、やばいやばいやばい…なんで、何で私はこんな事を」

 

 気配は言葉を重ねる。

 

「分かり切ってた事じゃないか。思春期の男子は猿も同然で性欲の塊だ。現にあいつ、あんなに興奮してやがるよ。エロ親父より酷いよ、なんなんだよあれ。あれが体の中に入るっての?入らないよあんなの」

 

 呼吸もせずに、彼女は言葉を吐き続ける。

 

「無理無理無理。小指でもキツいのにあんなの無理だって。そして私は今こんな状態だし、捕まったらきっと玩具にされる。肉孔として弄ばれる。膣と尻と口を犯されて監禁される。膜なんて何度でも治せるけど、そういう問題じゃない。これは魂の問題だ」

 

 早口だが、音楽で培われた感性と才能故に、彼は言葉の一つ一つがはっきりと聞こえていた。

 彼の顔は、既に泣き喚く寸前の幼子と化している。

 

 そしてこの瞬間、両者は同じことを考えていた。

 

 

 

「たすけて」

 

 

 

 と。

 この状況を、誰か打ち破ってくれと。

 

 

 

 それは、正にその瞬間の出来事だった。

 窓が開け放たれ、外から入り込む風と共に翼を纏った何かが室内に侵入した。

 

 それは広げた闇の翼でベッドの上の何かを覆った。

 翼とは、それが纏ったジャケットであった。

 その中へと喰われるように消える寸前、雌の香りを放つ少女のような何かは「あ、友人」と呟いていた。

 

 そして床面に、友人と呼ばれた存在は無音で着地した。

 場所は部屋の隅であり、そこは闇に覆われていた。

 しかし彼には、その姿がくっきりと見えた。

 正確には、姿を感じられた。

 それが纏った気配は、闇でも光でもなく、その場所にぽっかりと生じた虚無の気配である為に。

 

「邪魔したな」

 

 『友人』はそう言った。

 少年は脳と脊髄の痺れを覚えた。

 その声は少女のものでありながら少年の溌剌さと、年上の同性の響き、それも感じた事のない野性味を有した声であった。

 

 そして着地と同じく無音で地面を蹴り、風の如く勢いで窓辺から飛び立っていった。

 高さにして五階建ての高さにある窓からの跳躍を、一切躊躇していなかった。

 急いで眼で追ったが、窓の外には月明かりに照らされる夜だけが静かに映っていた。

 

 しかし、一瞬だけ彼の眼に映った『友人』の姿は彼の網膜に焼き付いていた。

 それは、あの声に相応しい外見であった。

 可憐な少女と美しい少年、そして獣のような猛々しさが一切の矛盾なく融合し合い、炎か獅子の鬣のような揺らめきと刺々しさを持った黒髪を頂いた顔。

 月光を浴びて輝く様は、恐怖さえも塗り潰す美しさを有していた。

 そして渦巻く黒い瞳が、少年の心を釘づけにして離さなかった。

 

「この借りは必ず返すからよ。じゃあな」

 

 窓の外に消えゆく寸前、彼はそんな言葉を耳にしていた。

 呼吸が落ち着くまで、十分以上の時を有した。

 

 

 そして彼は、思うままに右手を動かした。

 脳内で思い描くは、あの姿の、友人と呼ばれた存在に組み敷かれる自分の姿だった。

 体格的には、身長が170近い自分と比べて十センチは低かった。

 しかしそれは、時運の優位性を示すものとして何の役にも立たないと彼は本能で感じていた。

 

 何故この妄想をするに至ったのか、彼にはよく分からなかった。

 分からないままに、もう一人の自分を刺激した。

 

 そして達するのに、三十秒も掛からなかった。

 溜め込んだ白濁は彼の手から零れて着衣とシーツを穢し、まだ室内に残る雌の匂いを犯すように覆い被さり、生臭い臭気を交わらせた。

 

 その手を拭わないままに、彼は再び行為を始めた。

 夜が明けるまで、そして精魂尽き果てるまで、彼はそれを繰り返した。

 

 そして尽き果てた時に寝入った際、その美しい顔は陶然の赤で染まり切っていた。

 行為をやめてからも彼は夢の中で、一瞬だけ出逢った存在と再び出会い、そして雌として組み敷かれることを選んでいた。

 

 

 

 














多感な時期の一幕でありました

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