魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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番外編 流狼と錐花㉘

 深夜。

 時間帯は午前二時ごろ。

 昏く長い回廊が続いていく。

 窓から差し込む青白い月光に映えた壁の色は、明るい灰色か赤みを帯びた黄色というか、優し気な色彩となっていた。

 訪れる者の心を少しでも癒しに導くような、そんな色だった。

 

 回路が曲がりくねって伸びた先で、微かな物音が生じていた。

 とある室内の中、何かを漁る音がした。

 それはとても微細な音で、それを奏でる当人にしか聞こえないほどに小さな音だった。

 

「なぁ、友人」

 

 闇で包まれた部屋の中で声が生じた。しかしそれは音ではなく、思念の言葉であった。

 

「こんなまどろっこしいことしてないで、保管庫でも破ったらどうなのさ」

 

「新品盗んだら、帳簿合わなくて担当の人が困るだろうが」

 

「友人、君ってば時々妙にマトモな事言うよね」

 

 少年と少女が思念を交わす。

 前者は得物である牛の魔女を介し、後者は魔法少女としての機能を使って。

 

「ええっと、包帯と痛み止めに抗生物質っと…あった、これか」

 

 闇の中であったが、ナガレの眼は鮮明に全てを映していた。

 彼の眼の中の、黒が渦巻く瞳は室内の闇よりもなお黒かった。

 

「ふーん」

 

「なんだよ、妙に感心した声出すじゃねえか」

 

「君にお薬の知識があったとはね。意外」

 

「まぁな。昔新宿で、闇社会のアホ共と渡り合ってたら覚えちまった」

 

「ううん…」

 

 キリカが怪訝な思念を送った。

 

「今度はどうした?」

 

「いやね、納得すべきか「無理あんだろ」って呆れて驚くべきか、それとも都会マウントを非難すべきか」

 

「したいようにしろよ」

 

「それもそうだね、うん、そうする」

 

 即座にキリカは判断した。

 ごとりという音が鳴った。

 それは複数の段ボールが積まれた室内のみで鳴り、部屋の外側には一切漏れなかった。

 

 しかしながら、生々しい音だった。

 肉が地面にぶつかるような。

 

 それに次いで、ずり、ずるりという音が続く。

 音が表すのは、何かが這いずっているという事実。

 そして。

 

「抱っこして」

 

 とキリカは言った。

 それは即座に叶えられた。

 

「最初からそう言えよ。あと、怪我人は無茶すんな」

 

 ナガレは正面からキリカを抱いていた。

 脇の下に慎重に両手を差し込み、赤ん坊のように持ち上げる。

 普段から軽いキリカの身体は、更に軽くなっていた。

 

 彼が持ち上げた魔法少女姿のキリカの両腕は肘の辺りでその先を喪失させ、両脚に至っては付け根の近くから消えていた。

 その断面には包帯が巻かれ、闇の中で白と赤黒の色の対比を見せていた。

 

「無茶じゃないよ。びたんびたんとお魚さんみたいに跳ねてない」

 

「お前ほんと凄いな、尊敬しちまうよ」

 

「ははは、もっと褒め給え。そして私を孕ませろ」

 

「まだ言うのか、それ」

 

「ああ言うよ、言いまくるよ。君と私が生きてる限り」

 

 異様な風体でありながら、呉キリカは呉キリカであった。

 ほぼ無い腕を彼の身体に絡ませるように挟み、キリカは身を擦り付ける。

 

「何してんだ」

 

「まーきんぐ。私の匂いが薄くなってきたから」

 

「恥ずかしいとか思わねぇのか?」

 

「思うよ!だからいいんじゃないか!」

 

 力説するキリカ。

 顔が薄っすら赤いあたり、本気らしい。

 その彼女を赤子のように抱いたまま数歩歩く。

 そして開いた段ボールを敷いた床の上に、ナガレは静かにキリカを置いた。

 自らも跪き、傍らに身を寄せる。

 

「薬塗るから、包帯取るぞ」

 

「許可しよう。先ずは上からね」

 

 あいよ、と言いナガレは仰向けにしたキリカの右腕から先に手を付けた。

 丁寧に包帯を剥がしていく。

 二層を巻き取ると、赤黒が粘液として沁みる層に至った。

 

「ん…」

 

 キリカは小さく鼻を鳴らした。

 痛みを堪えているとも、性的な何かを感じたともとれる一息だった。

 可能な限り慎重に、ナガレは包帯を剥がす作業を続ける。

 

「…ぃっ…あっ…くひ…ひき…くひゃ」

 

 キリカの声は奇声となっていた。

 美しい音だが、聞くものの精神を穢すような発音でもあった。

 べた、びちゃ、ぴちゃと、粘着質な音を立てながら包帯が剥がれていく。

 

 そしてやがて、肉と骨と脂肪の断面が見えた。

 切断ではなく、溶け崩れて生じた断面だった。

 その表面は体液が滲み、そして泡を弾かせていた。

 血と無色の体液の他に、黄色い汁が爛れた肉を濡らしている。

 

「悪いね友人、臭いかな」

 

「んなもん全然しねぇな。気のせいだろ」

 

 憮然と返し、ナガレは傷口に噴いた血膿をガーゼで静かに拭った。

 黄色と赤の粘液が、死滅した菌類の断末魔の如く死臭を闇の中に振り撒く。

 

「友人」

 

 キリカは彼を呼んだ。

 

「なんだ、キリカ」

 

 血膿を拭い、爛れながらも綺麗になった肉の表面に、ナガレがピンセットで摘まんだ綿に含ませた消毒液をぽんぽんとさせていた時だった。

 

「次はお薬、塗るんだよね。抗生物質」

 

 キリカの言葉は震えている。

 消毒液がもたらす針を刺すような刺激にも、何かを感じているのだろう。

 キリカの言葉にナガレは、ああと答えた。

 蓋を開けた容器の中の軟膏に、新しい綿を浸しながら。

 

 それを見ながらキリカはこう言った。

 

「それ、使っちゃ嫌。友人の指で、直接塗って」

 

「分ぁったよ」

 

 間を置かず言ったのは抗議は無駄と知ってるためと、少しでも苦痛を拭ってやりたいという思いからである。

 

 キリカが彼から吸い出した毒血は、口を溶け崩して溢れて彼女の四肢を溶かした。

 それでも構わずにキリカは血を吸い続けた。自分が毒を受け、自らの血肉に治癒魔法を乗せて彼へと与えた。

 そして彼女に蓄積した毒は、彼女の魔力を狂わせていた。

 

 普段なら数秒で完治・再生する筈の四肢切断は、回復の兆しを膿の発生程度しか見せず、彼女の命を継続させるのみに留まっていた。

 牛の魔女の治癒魔法さえも受け付けず、かといって医者に見せる訳にも行かず。

 

 とりあえずの応急処置をする為に、両者は見滝原市内の病院へと忍び込んでいた。

 外側から見た限り、かなり巨大な施設であったと彼は思い出していた。

 それっきり興味を失い、彼は黒い風のように建物の中へと侵入した。

 

 相応のセキュリティがある筈だが、彼にとっては紙の要塞に等しい脆弱な建物である。

 さして苦労もせずに病院の物置部屋へと侵入し、廃棄予定の薬や包帯を漁っていた。

 廃棄を予定されてるとは言え、置き場に困っての処理らしく、確認した使用期限に問題は無かった。

 

 そして、今に至る。

 

 ナガレは手をウェットティッシュで何度も洗ってから消毒液をたっぷりと着け、水気を払うと軟膏を人差し指に纏わらせた。

 

「いくぞ」

 

「うん、来て」

 

 許可が下りた。

 ならば実行あるのみ。

 

「くひっ」

 

 傷口に触れた瞬間、キリカは背を逸らしながら言った。

 そして体液が滲み出して濡れた傷口に、ナガレは指を這わせた。

 剥き出しの肉を、軟膏を纏わらせた彼の指が触れて圧して撫でる度に、キリカは声を出した。

 

「きひっ、ひぃっ、ひきゃ、きゃ、ぅあっ」

 

 痛みと快楽が混じった、いや、快感が色濃く乗せられたキリカの奇声が続く。

 

「ゆ、ゆうじん」

 

「何だ」

 

 傷に丹念に軟膏を塗りながら、ナガレはキリカに応じた。

 

「温度、どう?わたしの、ひっ、肉、ひきゃ、の」

 

「温かい」

 

「ひゃ、ひゃわら、やわら、きひゃ、や、やわら、かい?」

 

「ああ」

 

「きもちひっ、ひ、ひひ、気持ち、いい?」

 

「お望みの言葉を言ってやる。なんて答えりゃいいんだ?」

 

「それを私からは言えないね。君の言葉でないと、ロマンが無い」

 

「おい」

 

 今までの奇声は何処へやら、キリカは普通に言葉を述べた。そのことにナガレは怒気を孕んだ声で突っ込んだ。

 だが。

 

「ひきゃ、ひき……ああああああ、あああああああ」

 

 その分の反動なのか、キリカは嬌声を上げて仰け反った。そしてそのままビクビクと痙攣し、室内に雌の香りを漂わせた。

 キリカが黙ったのをこれ幸いと、ナガレは手早く包帯を巻いた。

 自分自身がよく使うせいか、巻き方は丁寧且つ迅速だった。

 

 更にキリカが恍惚としている間に、彼は赤く濁った色と化した指先の軟膏をティッシュで拭うと、もう片方の腕に取り掛かった。

 その中でまたキリカは幾度も達し、荒い息を吐きながら彼の顔を見上げ続けた。

 

「ゆうじんは…テクニシャン…だね……治療で、私を、絶頂させるとは」

 

「あー、なんていうかな」

 

 ナガレは疲れ切った声で応じた。

 

「俺もこんな経験初めてだよ」

 

「ふふふ、私が初体験の相手か」

 

「そうなるな」

 

「光栄だね。忘れやしないが、今日の日記に書いておこう」

 

「ああ。好きにしな」

 

「うん、そうする」

 

 彼が言い終えるのと、キリカの傷に包帯を巻き終わる事、そしてキリカが雌の香りを発する腰を少し上げたのも、それらとほぼ同じ時であった。

 

「次はこっち、お願いね」

 

 何時もの朗らかな口調でキリカは言った。

 黒く短いスカートの中の黒いスパッツは、溢れた粘液を含み色の黒味を増していた。

 

 下着を着用していないため、薄い布の奥にある肉のふくらみの形も鮮明に表している。

 キリカの腰の上げ方は、それを見せつけるようなやり方だった。

 大体の男はこれで理性をやられるだろう。

 

「触ったらすまねえな」

 

 例によって、彼には効かなかったが。

 

「いまさら何を言う。あ、そうだ」

 

「ん?」

 

「友人、支えに困ってるなら私のお腹の上に手を置きなよ」

 

「それは助かるんだけどよ、何処なら触っていいんだ?」

 

「愚問だね。下腹部を所望する。具体的に言えば子宮の上」

 

「ちょうどいい場所だな。抑え場所にぴったりだ」

 

「友人、もっと面白いリアクショひぎぃっ」

 

 彼女が指示した場所に手を置くとキリカは悲鳴を上げた。

 字で書くと苦痛の極みだが、音としては甘い快感の声であった。

 

 聞かなかったことにしようと思い、彼は手早く右脚の包帯を外した。

 腕と同様に、血膿で濡れた傷口が外気に晒される。

 脚と言いつつも、ほぼ欠損している為に鼠径部から十センチ程度の肉の柱と言った感じであった。

 

「ねぇ友人」

 

「何だ、キリカ」

 

 再び指先に軟膏を取り、彼はキリカに応じた。

 

「今どんな気分?」

 

「何時もと変わらねぇよ」

 

 そう言って、体格の割に肉突きの良い脚の残骸の断面を指で触れた。

 

「ひくっ!ふ、ふーん、じじ、人生、たたたた楽しんでるねってくきゅっ」

 

「褒めてるのか」

 

 軟膏を念入りに塗りながら、彼は思念の言葉を重ねる。

 

「ふぅっ!は、半分くらい、ね。残りは憐れんできゅっ…げ、原因は私だけどゅううう!?」

 

「自覚あるのかよ」

 

「ひどい…友人、なんてコトを言うってひぎゃっ」

 

 そこでまた限界が来たらしく、キリカの腰が跳ねた。

 彼が左手を置いた(彼はこの時、料理人ってこんな気分なのかなと考えていた。キリカをまな板の上の魚みたいだと一瞬だが思ったらしい。こいつもどうかしてる)腹の奥の器官も疼いたらしく、皮の奥で肉が収縮する様子を彼は指先で感じた。

 感じたくも無かっただろうが。

 

 雌の器官から近いせいか絶頂の高みは腕よりも上であるらしく、キリカの痙攣は激しかった。

 その間に包帯を巻き、左足に取り掛かった。

 

 感度が増しているのか包帯を巻く中でさえキリカは五回も達し、布から溢れた体液が太腿の残骸を伝って傷口を濡らした。

 彼はそれを血膿と共に拭ってから軟膏を塗った。

 キリカの心は、更に八回は絶頂に導かれた。

 

 そして包帯を巻いたとき、ナガレの疲労は限界に達した。

 そもそも、彼自身も満身創痍に近い状態なのである。

 

 毒は消えたが破壊された器官や肉体は苦痛の悲鳴を上げ続け、牛の魔女も彼との強引な融合により疲労困憊、更に異界の兵器の必殺技の再現による負荷が大きかった。

 その状態でキリカの応急処置を終えたこと自体、一種の奇跡なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 だから、包帯を巻かれたキリカの胸から複数の黒い触手が生じて、地面に斧状の爪を生やした先端を付けてその身を浮き上がらせ、

 

「んじゃ友人、ちょっと探索行ってくるよ」

 

 と元気そうに告げたキリカが、仰向けの状態のままカサカサと、まるで蜘蛛の如く様子で床面を移動して、

 

「産婦人科とか、その内お世話になるかもだしね」

 

 と言って天井に張り付くや、天上の通風孔を外して、

 

「じゃあね友人。私が恋しかったら追い掛けて来たまへ。ていうか来い。来なかったら犯し殺すからね」

 

 と言いながら天井裏に。

 

 まるでそこに住まう、アシダカグモの如く様相を呈しながら這い上がり。

 

「ばいばい」

 

 と言いつつ黒い触手を振って消えていく事を阻止できなかったとしても、責める事は難しかった。

 

 

 

 キリカが天井裏に消えてから数秒が経過した。

 

 経過した時間は、彼が内心の整理を付けるのに要した時間だった。

 

 そして結果が出た。彼の中で何かが『プチりん』と切れた。

 

 

 

 

あのアマ……

 

 

 

 

 彼が漏らした昏い発音でのその言葉と、殊更に禍々しく渦巻いた彼の瞳は、ナガレの今の感情を表していた。














キリカさん元気過ぎ

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