魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
飛翔するヴァンパイアファング。
調子からすると、今の私は絶好調。
ここが心の中であるということも大きいのだろう。
私の思うままに最高にして完璧に近い技が、忌々しい糞ったれなゲロカス民度の神浜市での呼び名に沿えば『マギア』が放たれていた。
向かう先には、もう一人の私がいる。
私の声と顔と、服こそ違えど私自身が椅子に座ってこちらを見てる。
嘲弄も恐怖も無く、ただ朗らかに笑ってる。
クソムカつくね。
だから死ね。
私の牙に喰い貪られて、後は血と為れ肉と為れ。
二本のファングが当たる寸前、もう一人の私は宙に浮いていた。
壊れるのが嫌なのか、右手で椅子を掴みながら高さ五メートルくらいの場所に逆さまになって跳び上がってる。
思い返すと、「トン」っていう小さな音が鳴ってた、というか感じた。
多分、爪先で地面を蹴ったんだろう。知るか。
相手は私だ。
この位はやるだろうさと思ってた。
だから、前以てファングも上空へ跳ね上げさせた。
相手からしたら、避けた積りなのにその先で牙に待ち構えられた事になる。
友人を相手にしても、五十回に一回は通じる戦法だ。
嗚呼、早く終わらせて友人と互いに肉を貪り合いたい。
両手から伸びたファングは絡み合って、檻みたいに宙に広がる。
閉じろ、切り裂けと念じた正にその瞬間、私は宙で身を回転させた。
他ならない私が見ても、思わず美しいと思った。
自画自賛と言われても仕方ないけど、白と黒の旋風となって私は廻る。
細い身体は数舜後には自分を刻むファングの隙間をするりと抜けて、先に落としていた椅子にすとんと座った。
最初と全く変わらない、姿勢と同じ表情で。
変化したのは私だけだった。
でもまだだ。
終わりじゃない。
上空のファングを、今度は地面に向けて降り注がせる。
結合を解除して、無数の斧に変えて。
「素晴らしい」
そいつは微笑みながらそう言った。
何時の間にか、黒シャツを袖まで通した右手が高々と掲げられていた。
降り注ぐファングの雨じゃなく、そいつは私を見ていた。
細い指先がぱちんと弾かれた。
指先には、先行したファングがあった。
嫌な予感がした。
そして、それは当たった。
予感と、そしてもう一つの意味で。
最初のが弾かれて、近くのファングに当る。
それが更にぶつかる。
ぶつかって、弾いて、弾かれてが連鎖する。
その勢いは全く衰えない、どころかぶつかる度に増していった。
ファング同士が接触する様子は、激しい激突になってた。
落ちていくはずのファングは、激突の連鎖のせいで逆に上昇しているように見えた。
無数の斧が密集して、雲みたいになったファングが弾けてばらばらになって宙に広がった。
そして漸く、雨になって降り注ぐ。
もう役目は済んだって事なのか、そいつは手を膝の上に置いていた。
微笑み続けるそいつの前に、私は既に立っていた。
激しく降り注ぐ斧なんて、私にとっては止まって見える。
そして速度低下を全開発動。
同時に片手に五本の爪を生やした両手を振った。
振り切られる前に、それは止まった。
硬い感触は全くしなかった。
柔らかい粘土か、粘膜に包まれたみたいな感触だった。
極限まで反動を殺したみたいな、気遣われたみたいな気分だった。
多分、その通りだったんだろう。
そいつは、私は、首を僅かに引いて、そして口で爪を止めていた。
咥えられたんじゃなくて、口から出た桃色の舌の先が、Xの字を描いて振られた左右の爪が重なる頂点にちょこんと触れて、動きを止めていた。
爪からは舌の柔らかい感触が伝わる。
ただそれだけ。
それなのに、全く動かないし振り払えない。
いくら力を加えても、腕はぴくりとも動かない。
それに拘束されているというよりも、力が何処かに抜けていくような感じだ。
自由な足で蹴り上げようという意志さえも、奪われていくような。
「ふざ…けるな!!」
と思ってたら、動いた。
その様子に、座る私の眼は少しだけ広くなった。
驚いたのかな。
知るか。
死ね。
左足を軸にしての、右脚の回し蹴り。
自分でも会心の一撃だった。
ああ、これが佐倉杏子か朱音麻衣相手だったなら軽く首を刎ねられたか、頭を爆裂させられたろうに。
そして丸靴の先端が、私の首に触れた。
そう思った。
触れるまでの距離は、多分一ミリ程度。
そのあたりで、私の足は止められていた。
座るそいつの左手が伸びて、私の踵に手を添えていた。
力が加わった感じも無い、ただ触れられてるだけなのに完全に停止させられてる。
詰みだった。
速度低下の影響下で私より早く動けて、更に力が強いんじゃどうしようもない。
いや、それ以前の問題か。
認めたくないけど、この私は…いや、こいつは……強過ぎる。
「離すよ」
そいつはそう言った。
手が離れた瞬間、私は背後に跳んだ。
皮肉って言うのかな、立った場所は最初と全く同じ場所だった。
時間にしたら、これまで通しても、多分長くて十秒以内。
だけど、かなり疲れた。
身体は全く疲労感が無いけど、心が疲弊した。
なんだ。
なんだこいつ。
そう思う私の眼に、黒いものが見えた。
降り注いだファングはあいつの周囲に突き立ったり、破片になったりして横たわってる。
役目を終えたそれらが魔力の残滓になって、黒い輝きになった。
見えたのはそれだった。
黒い輝きは私の魔力だと云うのに、そいつに向かって行った。
普通なら、煙みたいに立ち昇って消えるのに。
そして黒いシャツと白いズボンを纏った私の顔をした何かに、光が吸い込まれていく。
思わずゾッとした。
自分が喰われてるみたいな感じだったから。
「素晴らしい」
私はそう言った。
やめろ。
「やはり、魔法少女は素晴らしい」
やめろ。
私の肉を喰って、血を啜って、その感想を言うみたいな事をするな。
何を考えてるんだ、こいつは。
常識が通用しないのか?
「魔法少女。美しき輝きを宿す者達」
私の声と顔で、私が友人にするのと同じように微笑みながらそいつはそう言った。
褒めている、のは間違いない。
でも、何かが異質だ。
少なくとも人間の思考、だとは思えない。
感覚的に近いのはしろまる…キュゥべえだけど、それとも違う。
あくまで近いと感じるのがそれだけだ。
これは、あいつよりも何かが希薄で、そして色濃い。
嫌だ。
考えたくない。
それでも私に言葉が届く。
「魔法少女。私の予測の悉くを超えて、上回る。素晴らしき可能性に満ちた存在」
言葉の一つ一つが、何を意味しているのかが全く分からない。
全くとして分かりたくない。
ただ私の姿をしたものが、理解を拒む存在だという事だけが分かった。
そしてそれは、私をじっと見ている。
出会った時から、片時も目を離さずに。
「呉キリカ。貴女は実に素晴らしい」
同じ。
同じなんだ。
爪を止めた舌も、伸ばした指の長さや指紋の形も、ぜんぶ。
でも、違う。
あれは私じゃない。
上手くは言えないけど、機械か現象が声を発して笑っているような。
何かが私の肉を被って演じているか、真似事をしてるような。
私は…呉キリカは、そんな気がした。