魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
眼を開く。
感覚的には何も感じない。
魔法少女姿の私がいる事だけは分かる。
明るくも無くて、暗くも無い。
何も無かった。
というよりも、認識できないって感じなんだろうか。
虚ろな無がどこまでも広がってる。
それ以外は。
「なに、これ」
声を出したけど、喉が震えた感覚も無い。
音っていうよりも、頭に音が響いた感じ。
まぁいいや。
前を見よう。
六角形。
すごくおっきな六角形が浮かんでる。
距離は分からないし、比べるものが無いから大きさも分からない。
でも多分、友人と買い物に行ったモールの面積よりも広いというか大きい。
色は緑色。
今まで見たどんな緑よりも、色の濃い緑に輝いていた。
いや、輝くというよりも…昏いというか、それでいて暗く輝いてるというか、光なのか闇なのか判別がつかない色に思えた。
「友人ってば、相変わらず中二病の気があるらしいね」
軽口を言っておく。
そうでもしないと、ペースに飲まれかねない。
にしてもここは、友人の心の中なのだろうか?
私はこれを見た覚えはないし、あの友人とこの構造物がどう結びつくのかイマイチ関連性が……。
いや、分かった。
あれだ。
友人が乗り物と言ってたアレだ。
あの存在が顔にくっ付けてたガラスだか模様だかが、こんな色をしてた。
そしてそういえば、その存在が見上げていたあの大きな何か。
それにも同じものがあったように思える。
そうか。
そういうコトか。
つまり友人は、アレとは切っては切り離せない存在なのか。
あの存在の名前、教えてくれなかったな。
佐倉杏子は知ってるんだろうか。
さささささも洗脳が得意だから、何か見たりしたのかもしれないな。
よし、帰ったら聞いてみよう。
まずはペンチと焼き鏝、それと鉄串を用意しなきゃ。
あの連中相手に、こういった質問が上手くいかないのは私だって分かってる。
だから真っ先にすべきは質問ではなく拷問だ。
でも私、正直言ってグロ系は苦手なんだよね…どうしよう。
ああそうだ。
朱音麻衣に頼もう。
あいつは戦闘狂で血深泥バトルが大好きなグロ要員で、今は自慰行為を禁じてて鬱憤が溜まってるからきっと協力してくれるに違いない。
なるほど、持つべきものは友だね。
あんなやべー奴は友達じゃないけど。
と、軽口を叩きまくる。
話題を尽かさないように、話を探す。
そうでもしないと、おかしくなってしまいそうだからだ。
あの緑は、危険すぎる。
何かわからないというか、分かりたくない。
友人を覗き込みたくてここに来たのに、その欲望を理性が拒絶する。
本能も危険だと叫んでる。
もう見てはいけないと。
「なら、ちゃんと見ないとね」
だから、しっかりと見る。
その為に壊れてしまっても構わない。
無論、壊れる気なんて毛頭ない。
人の世は悲しみと憎しみが交差する世界だが、最近は愉しい事や遣りたい事が尽きない。
だから友人よ、その責任はとってもらおう。
私は狂う気なんてない。
狂ってしまえば、君と共に笑いあえないし殺し合えない。
そんなのは御免だ。
そして、嗚呼。
これは嫉妬か。
私達は仲が良いが、それ故の問題もある。
性に関する好みや君のスタンスの違い故に、交われないのは残念だが、これはいつかそのうちとしておこう。
だが君は私を憎んでいない。
その憎しみの感情のひとかけらでも、私に向けてくれただろうか?
この存在は、それを浴びていた。
あの時君から感じたのは、間違いなく憎悪だ。
あんなのは、魔法少女をやっていても感じたことが無い。
激烈で、苛烈で、炎のように熱く氷のように冷え切った心の波濤。
そんなもの、私は浴びたくない。
私は君の肉をよく刻むが、君は恨んではいないし憎んでもいないんだな。
ほとほと、君は不思議な奴だと思う。
多分だけど、というか確実に今のところの人生で一番男と会話してる時期が今だ。
君とやり取りを重ねてて思うのだけど、こんな私も普通の女の子みたいに振る舞えるんだなと思えて安心するんだ。
血肉を貪らせてもらった時にも思ったけど、友人は私の精神安定剤だな。
うん、間違いない。
これからも定期的に摂取しよう。
よし、勇気補充完了。
となると、今度は別の感情が湧いてくる。
めらめらと燃えて、油のようにべとつく感情。
そうか。
これが嫉妬か。
なるほどね。
朱音麻衣が佐倉杏子に怒り狂うのも分かる気がする。
というか分かった。
自分に向けられない感情を誰かが浴びる事が、こんなに嫌なことなんて。
学校でハブられるとかとは、全然違う。
学校の連中は如何でもいい。
でも友人はどうでもよくない。
その友人から、私はあの心を向けられてない。
なんだこれは。
この孤独感。
しかもその相手は、あの糞女から出た光ときてる。
状況を考えると、友人の記憶にある何かの姿をアリナの毒が模して、友人を蝕みに掛かってる。
でも友人は、多分大丈夫だろう。
あんな奴に負ける友人じゃない。
でもそこじゃない。
あの感情を向けられたのが、アリナだって事が許せない。
いや、そうじゃない。
私は憎まれたくなんてないんだから。
じゃあ、何だ?
考えろ、感じろ。
分かった。
想われたいんだ。
強く大きい想いを、友人から受けたいんだ。
その想いをあいつが受けた事が許せない。
でも嫌いなんてものは受けたくない。
好かれたい。
となると、当て嵌まる感情は私のお粗末な頭だと一つしか思い浮かべない。
でも、それは……それだけは。
何より友人を貪ったその瞬間に、私自身が否定した。
私は友人が好きだ。
でも、好きだけど……私にあの言葉は重すぎる。
しかし、だ。
私の想いはこの程度なのか。
嗚呼、身と心が刻まれる。
刻んだ部分に嫉妬心が入って暴れる。
呼吸なんてしてないのに、息が苦しくなる。
助けて。
助けて、友人。
そう思い、願い続ける。
来て。
来て。
来て。
あの声を聞かせておくれ。
いつものでも、本当の君の声でもどちらでもいい。
どちらも好きだ。
巨大な六角形を見ながら、私はそう思っていた。
「これは、興味深い」
私の想いに被さる様に、頭に声が響いた。
「どうあっても、奴はこれから離れられないというコトか」
確かにそれは、聞き慣れた声ではあった。
「仮にこれを、『皇帝の欠片』とでも呼ぶか。奴にとっては皮肉で不愉快だが、悪くない呼び名だ」
淡々と語る声。
私は顔を振り返らせた。
「ああすまない、つい独り言を零してしまった」
そこには椅子があった。
喫茶店のカウンターとかにあるような、地面から大分座面が上になっている椅子。
黒と白で塗られた椅子だった。
「ここは危険だ。迷い込むのは仕方ないが、長居はお勧めしない」
そこに座って、こっちに顔を向けている奴がいた。
その顔と姿を見た時、思わず吐き気が込み上げた。
そんな私を知ってか知らずか、そいつは微笑んだ。
春風が吹いたみたいな、朗らかな笑顔だった。
「お初にお目にかかる。会えて光栄だ、呉キリカ」
その笑顔で、そいつはそう言った。
声の調子から、本心だってことが分かる。
それは、そんな声だった。
「そう」
冷たく無感情に、それを装うようにして私はそれに向き合った。
手首までを覆う黒い長袖のシャツ。
純白を思わせる白いジーンズ。
魔法少女姿の私と合わせたような色合いに、私は我慢が出来なくなった。
「消え失せろ、私の虚影」
言い終えるよりも早く、私は両手を振った。
赤黒く輝く斧の波濤が、牙であり爪である我が必殺技のヴァンパイアファングが放たれて、微笑み続けるそいつに向かう。
その微笑みは、私だった。
椅子に座りながら私を見て、そして微笑むそいつは…私の……呉キリカの顔と身体と、声をしていた。
やがて、皇へと至る為の因子。
その未来を覆す為、竜の戦士は戦い続ける。