魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
轟音に破砕音、そして肉を引き裂く生々しい水音が鳴る。
それは何かに阻まれ、くぐもった音を出していた。
だがそれは解き放たれ、聞くものの精神を砕かんばかりの悪夢の絶叫のような音と化して世界を震わせた。
同時に差し込んだ光が、音を閉じ込めていた闇を切り裂く。
その光は白光ではなく、異界の極彩色であった。
そして光は、破壊によってもたらされていた。
「ハハッ!他愛も無いね!」
「一丁上がりっと」
少女の声が二つ、ほぼ同時に生じた。片方は少女のようなとすべきか。
異形の甲殻・骨格・血肉を切り裂き、異界の血液を浴びながら少女と少年が異界の光の下へと出でた。
呉キリカとナガレである。前者は両手から魔爪を出し、後者は巨大な斧槍によって魔女を体内から切り刻んでいた。
異界の血液を滂沱と溢れさせながら、魔女の巨体が倒れ伏す。
その大きさは、二十メートルを軽く超えていた。
そして巨体の全身に亀裂が生じ、溢れた魔力が爆裂する。
砕かれた肉や甲殻が血飛沫と共に宙高く舞い上がり、残酷な雨を降らせ始めた。
それバックステップで優雅に避けながら呉キリカは朗らかに笑い、傍らのナガレへと声を掛けた。
「毎度のことだが君はホントに人間なのかなぁ…って、何してるの、友人」
隣にいると思っていた存在は、彼女の前にいた。
降り注ぐ極彩色の雨の中、ただ立ち尽くしていた。
当然その身には雨が降り注ぎ、彼を同色の色に染めていく。
「どうした友人、特殊性癖の目覚めか」
キリカはとてとてと歩いて進み、彼に並んだ。
降り掛かる異界の液体に触れる、というよりも彼と同じ色へと変わる事に全くの忌避感を抱いていない様子であった。
「ふはは、どうだい友人。新たな個性を身に着けて私にマウントを取ろうったってそうはいかないぞ」
顔に髪に衣服にと、異界の色に染まりながらキリカは微笑む。
その彼女の前で、ナガレは静かに片膝を着いた。
「大丈夫だ」
斧槍を地面に立てて杖として、キリカが声を掛ける前に彼は言った。
しかしその息は荒く、肩は激しく上下している。
その様子に、こいつと性行為に及ぶとこんな姿が見れるのかなとキリカは思った。
思い浮かべた想像に欲情したか、桃色の舌が唇をちろりと舐めた。
しかしその表情も一瞬で消え失せ、真面目そうな表情へと変わった。
「そうは見えないね」
断罪のようにキリカが告げる。告げた時、雨は止んだ。
キリカは更に前へと進み、倒れた巨体の前へ立つ。
「やいお前。よくも私の大切な友人を苦しめたな」
そう言って右足で異形を蹴った。
黒い丸靴の先端が魔女の剥き出しになった肉と臓器を蹴る。異形の悲鳴が鳴った。
「判決。貴様は死体損壊の刑に処す。そしてその死骸は、佐倉杏子の首桶か朱音麻衣の自慰の道具にでも加工してやる」
言いながら蹴りを続ける。こんにゃろ、こんにゃろう!と彼女が蹴る度に魔女の臓物は蠕動し、苦痛を訴えていた。
魔女は既にほぼ死に体であるが、強靭な生命力と、何よりキリカの速度低下によって死が引き延ばされていた。
「あとコイツ、似てると思ったら我がヴァンパイアファングを編み出した時の奴の同型か。変な縁があるもんだね」
「俺にも…見覚えがあるな」
霞むような声でナガレが応じた。
「ん?過去回想かい?」
「杏子と…あいつと組んで、倒した奴と同じだ」
「なんだかんだでバディしてるね。苦戦したかい?」
「ああ」
「佐倉杏子は死んだ?或いはこいつに犯された?」
「なんて答えりゃ…満足だ?」
こりゃ重傷だなとキリカは思った。返答にキレが無く、面白みに欠ける。
その様子に、彼女は不安を覚えた。
「ようし。過去回想には回想で返そう。ええと、全くもう、友人てば私を庇ったりなんてするから」
キリカの脳裏に、数分前の光景が浮かぶ。
アニメを一気見し、まだ夜が帳を広げる世界に二人は飛び出した。
そして路地裏を抜け、異界の入り口へと踏み入り、自分たちのバトルフィールドである魔女結界に雪崩れ込んだ。
その瞬間、先行するキリカに向けて、一つ一つが人間の身長ほどもある巨大な球体の列が飛翔した。
それはまるで、彼女を狙いすましたかのような正確な一撃だった。
不死身も同然の肉体を強みに防御すらせずに受けようとしたキリカとの間に、ナガレは黒い流星のように割って入った。
妖しい緑に輝く球体に漆黒の斧槍が激突し、球体が弾けて破片を散らした。
球体は自ら砕けたようにも見えた。
千々と砕ける緑の欠片の大半を彼は斧の腹を盾に受け、斧である牛の魔女は同胞の破片を中央の孔から吸い込み餌食として喰らった。
数片が微細な棘や細かな欠片となって彼の表皮を傷付けたが、彼は咆哮を上げて地を蹴って跳んだ。
連なる球体と魔女の胴体を蹴って上昇し、宝石が群れを成す頂点へと辿り着く。
宝石の中央に置かれた巨大な眼球が、宝石を蹴って更に飛翔し自らを宙で見降ろす少年の姿を捉えた。
そこに向けて緑色に輝く真珠を連ねたような腕を振ろうとした刹那、魔女は全身を束縛する不可視の力に気が付いた。
そして彼女は、二種類の斧を見た。
一つは少年が振り下ろした、自らを獲物として見る斧型の同胞。
そしてもう一つは、黄水晶の瞳を殺戮への歓喜に輝かせた、魔を狩る少女の右腕から放たれた赤黒い斧の列。
自分の同類が嘗てこれにより切り裂き砕かれた事など終ぞ知らぬまま、それが魔女が最期に見た光景となった。
「以上回想終了。原因はこいつの欠片か。……なぁ友人。ちなみにこの腐れ間女の形、君には何に見える?」
ゲシゲシと蹴り続けながらキリカは尋ねる。
面白い答えを期待しているのか、サディスティックな笑みが異界の色に染まりながらも美しい顔に宿っている。
「不味そうなパフェ」
「友人は想像力が足りないな。私には大人の玩具の融合体に見えるよ」
「そうかい」
返事も気分が無い。押し寄せる不安感。
少し迷い、キリカは言葉を続けた。
「ええっと、ゴホン…具体的にはオナホとアナルビーズかな。いや、アナルパールだっけ」
際どすぎる言葉をキリカは口にした。
知識として備えてはあれど、言葉にしたのは初めてだった。緊張故か、声は若干震えている。
彼女にも乙女心や羞恥心は有るのである。
されど、ナガレからの言葉は無かった。
ただ、苦痛による荒い息が聞こえる。
「友人、友達だったら「女の子がそんな言葉使っちゃいけません!」て感じでメッ!てしてよ。年上なんだろ」
沈黙。
しばしの沈黙。そして
「……あー…悪」
底の見えない深淵より去来したかのような声。
残りの一言は放たれず、そこで言葉は途絶えた。
それになにより、荒くはなっていても、行われていた呼吸音が聴こえない。
「ちょっと、やめてくれよ友人。そういう苦痛に呻く役はヒロインである私がやるべきだよ!」
沈黙。
「ああ、行動すればいいんだな!じゃあ今から倒れるよ!糸の切れたお人形さんみたいに倒れるから、何時もみたいにぎゅっと抱き締めて転倒を防いでおくれよ!じゃあいくよ!ハイ!バターン!」
沈黙。
言葉とは裏腹に立ったままにキリカはナガレを見つめる。
「ちょっと友人!ノリ悪いよ!この程度で私の好感度は下がらないが、それじゃの世の中やっていけないぞ!私みたいに小学校と中学の半分を、心を閉ざして過ごす羽目になるぞ!あんなの全然楽しくなかった!それでもいいのかい!?」
キリカの声には請願のような響きが混じり始めていた。
「あー…友人、ちょっと笑えないんだけど…あの、ええと、そっか!さっき一気見したアニメの真似だな!その分だとリコ役かな!じゃあ私はナナチ的なの探してくるから、君はスパラグモスの練習でも」
「…ぁ」
不安を拭い去るべく吐き続ける言葉を遮るように、ナガレは音を立てた。
キリカの顔が希望に輝く。だが。
「ぐは…ぁぁああっ」
胸を抑えて身体を折るナガレ。そして開いた口から、ぼどっと言う音を立てて何かが落ちた。
異界の地面に落ちたのは、どす黒い血塊であった。
黒とは死滅した赤血球が変じた色であった。
また跳ねた黒血には、血や体液にはあり得ない色彩が混じっていた。
異界を思わせる極彩色の悍ましい色、そして立ち昇る煙と弾ける光である。
「魔法による毒状態…か。しかも、これは」
先程までの慌てぶりなど消え失せ、キリカは虚無を宿した眼で魔女の体表に触れた。
そして自らの黒い魔力を流し込む。
瞬間、意識の中に音と姿が浮かぶ。
緑色のサイン、歯を見せて笑いながら敬礼する姿、そして奇怪な哄笑。
この魔女の出処、即ち飼い主たる存在を彼女は知っていた。
それは不愉快という感情では表せない、忌避すべき存在であった。
「あの…おん…な」
口元を震わせ、ナガレへと歩み寄りながらキリカは言葉を紡ぐ。
僅かな恐怖、そして怒りが交互に表出した声だった。
「友人は…渡さないぞ」
彼の前へと跪き、死滅した血を吐き続けるナガレと視線を同じくする。
ナガレが握る牛の魔女もまた、体表から黒い靄を断続的に発生させていた。
それが増えるに連れ、色合いが失せていく。
宝石の魔女が放った毒は、全てを喰らう牛の魔女の命をも削っていた。
その魔女をナガレから奪って投げ捨て、キリカは両手で彼を抱き締める。
彼の背に回された腕と背中に触れる手。
そして密着した胸が伝える彼の温度は、既に氷に等しかった。
感じる鼓動も、脈打つ回数が皆無と思えるほどに弱い。
「…やめろ。死ぬぞ、お前」
死人も同然の声でナガレは言った。声がくぐもっているのは、喉に詰まった血塊のせいだろう。
キリカが何をするのか、彼には分っていた。だから彼はそれを止めているのだった。
普段よりも色合いの薄い黒い瞳を、キリカは黄水晶の眼でじっと見つめた。
その顔は、朗らかに微笑んでいた。普段のように。
「君は友人で、且つ私の血肉を分けた我が子。更にはその父親も同然の存在だ。助けない理由があるなら教えておくれよ」
数日前、狂乱に陥った彼女は本能と欲望の赴くままに彼を喰らった。
胸から下腹部に掛けて開いた巨大な傷で彼の身体を食む様に包み、牙の如く変形させた肋骨で肉を貫き、口の牙で喉を喰い破って彼の血肉を浴びる様に貪った。
そして生じた傷を、今度は自らの血肉を与えて癒した。
傷を癒した彼が肉体から離れていった事に、彼女は胎から子を産み落とした事と同じであると彼に告げた。
また、今の彼は傷付いた彼に自らの血肉を与えて新たに作り替えられた存在であり、混じり合った遺伝子の片割れとして彼は父親でもあるのだと。
当人にしか理解出来ないどころか、理解を拒む行為と発言である。
狂気という言葉では足りぬ行動と思考ではあったが、キリカの想い自体は極めて真摯なものだった。
彼から命を得て育みたい、彼女の願いはそれであった。
それに、とキリカは付け加える。
「私はこれでも魔法少女だ。目の前のたった一人の命を救えない魔法少女に、存在する価値なんてない」
言い終えた瞬間、キリカは鮮血色の唇を彼のそれへと重ねた。
よせという静止の叫びに覆い被さる様に、彼女はナガレを強く優しく、母のように抱いた。
怖くない、お母さんが守ってあげる。だから心配しないで。
まるでそうと言わんばかりに。
他の選択肢の一切を排除して、有無を言わせぬキリカであった。
そして蒼白となった彼の唇を捕食のように貪り、キリカは彼の喉に溜まった血を一気に啜った。