魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第3話 魔なる者達の平凡な午後②

真紅の怒りの発露より、二十分ほどが経過した。

燃え盛る感情は、例によって言葉ではなく暴力として顕れた。

繰り出される拳と蹴り、火花を散らして噛み合わされる二種の刃。

少し前に廃工場一つを完膚なきまでに破壊した際と同様、

延々と続くかに思われたそれらの応酬は、唐突に終焉を迎えた。

 

魔法少女と少年は、荒い息を吐きつつも互いに向かい合っていた。

両者を隔てる距離は、一メートルもない。

 

「提…案が…あるん…だけど…よ」

 

途切れ途切れの言葉を発する少年の左手は、細い首の根元へと伸びていた。

襤褸と化した皮手袋に包まれた指の先端が、何かを掴んでいる。

それは、彼の首に絡みついた真紅の魔力の鎖だった。

鎖に触れる彼の手の先から伸びた爪は、指の肉から数ミリほどの隙間を作って浮き上がり、

爪と肉の間には、ぷっくりと膨れた血の珠が生じていた。

 

華奢にも見える細長い手の甲にも、血管が浮き上がっている。

鎖による圧搾は、相当なものであるらしい。

 

残る右手には、半壊した手斧が握られていた。

刃の大半を砕かれていたが、僅かに残った縁の部分の鋭角は、

魔法少女の薄い胸の上で紅く輝く宝玉に向けられていた。

宝玉と得物との距離は、三センチメートルを切っている。

 

「続けな」

 

対する魔法少女もまた、彼の鼻先に槍の切っ先を向けていた。

槍は柄の大半が損失しており、杏子が握っているのは十字を描いた穂の部分であった。

そして左手は、だらりと垂れ下がっていた。

垂れた腕の形状には、いびつな歪みが生じていた。

恐らく、蹴りか拳を防御した際に折れたのだろう。

 

だがそれでも、折れた肘の先にある手は拳の形を取っていた。

注視すれば、拳が握られる動きと少年の首にある鎖の挙動が連動していることが伺えた。

握る度に、鎖はナガレの首へと食い込んでいった。

 

互いの内で高鳴っている鼓動が聴こえるような至近距離。

僅かでも動けば、確実に互いに新たな傷を付け合う距離だった。

 

「飯に…しねぇか。昨日から…何も喰って…ねぇだろ」

 

彼が言い終えた直後、杏子は僅かに緩ませていた拳を強く握った。

鎖が呼応し、一瞬、喉笛を潰すような勢いで肉に食い込む。

一瞬で済んだのは、彼の力がそれに対抗したためだった。

 

刃の代わりに、鋭い視線が交差する。

肉と鎖の交わりをそれから三呼吸ほど続けた後、彼女は魔法を解除した。

首で弾けた紅は、彼の頬を僅かになぞり、幻のように消えていった。

 

「最後の最後まで容赦なしか。それに、中々良い感じの技の組み立て方をしやがるな」

 

左手で首を揉みつつ、彼はそう評した。

肉体のタフネスさもそうなのだが、

開口一発の発言が相手への素直な評価というのは如何なものなのだろうか。

 

「…そりゃどーも」

 

杏子はそれに、皮肉の成分も感じていた。

包帯と一緒に巻き付けたものに、彼は勘付いているらしかった。

「組み立て」とは、それを指しているのだろうなと。

 

「とりあえず買い出しも兼ねて、ちょっと街に出ねぇか?」

 

斧の破片を回収し、砕けた柄を背中に仕舞った後、

彼は肉が削れた場所に包帯と絆創膏を貼っていく。

 

「あぁ。残念だけど、その提案には乗ってやるよ」

 

倣うように、というよりも彼の両手が塞がるのを見計らって変身を解除し治癒魔法を発動。

折れた腕がぐねりと蠢いて正常位置に戻り、千切れた筋繊維が結び合う。

次についでといった具合に、肉体の各部で生じた負傷も治療。

交戦時間が短かったため、ごくごく軽い怪我で済んでいた。

あくまでも、魔法少女の基準ではといった具合であったが。

 

因みに今日の小競り合いの和睦の使者と為ったのは、杏子の胃袋が挙げた飢餓の嘶きであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

粗末な椅子に腰を掛け、背もたれを軋ませながら、佐倉杏子は眼前の物体を眺めていた。

彼女のこれまでの人生で、それほど馴染みのない物体。

やや型遅れのデスクトップタイプのパソコンが、彼女の前に置かれていた。

行儀悪く机の上に伸ばした脚の奥に鎮座し、

その行為を咎めるかのように、電源を落とされた画面には黒い光が宿っていた。

 

今から数十分ほど前。

微妙に距離を隔てつつの移動の後、杏子は彼の誘いによって、ここに連れられていた。

無論、主導権を握られるのは癪であったため抗議をしたが最終的には

 

「飯なら奢るぞ」

 

との彼の言葉に釣られた形となっていた。

最近は恐喝や窃盗、更には主収入であるATMの破壊を怠けていたこともあり、

手持ちが不足していた彼女は少しの逡巡の後にその案に乗った。

視線をパソコンから、その近くに置かれていた利用案内書に移し頁を捲る。

 

「飯だけじゃなくてシャワーも浴びれるのか。最近のネカフェってヤツは、便利なこって」

 

人類の限りない欲望に若干の感謝をしつつ、

杏子は即座に備え付けの受話器を取ると一通りの料理を注文した。

店員が内容を繰り返す前に「早くしろよ」と言って受話器を置いた。

 

とは言ったものの、簡素な調理で済むものが多いとはいえ料理が届くまでは時間がかかる。

シャワーを浴びたいところではあったが、それだと微妙にこちらが遅くなりそうな気がした。

なので、待ち時間を潰すのは漫画が手頃だろうという結論に落ち着いた。

狭い通路を通る際に、壁面に大量の本棚が置かれてたのを思い出していた。

 

目の前のパソコンは触る気にもなれなかった。

そもそも、どう動かしていいのかがよく分からない。

 

今すぐにでも頭に『元』か『故』を付けてやりたい同伴者に聞くほどのことでもなく、

また操作方法を知っているとは思えなかった。

それにせっかくの個室が提供され隔離されている以上、顔を合わせたくもない。

 

そう思いつつ、狭い室内の隙間を縫って外に出た。

貧弱な照明に照らされた通路は、まるで古代に造られた地下迷宮のようだった。

数歩進んで、杏子は止まった。

 

「邪魔だよ」

 

彼女は現代の迷宮の中、奇怪なものを目にしていた。

高々と積み上げられた書物から、人間の下半身が生えていた。

そう思えるほど、そいつは莫大な数の書物を抱えて歩いていた。

 

通路の幅は約一メートル程度。

どう見ても邪魔な存在だった。

 

「あぁ、悪い」

 

多少の自覚はあるのか、ナガレは道の端に寄りつつ、素直に返した。

すれ違いざま、杏子は右足をナガレの足の前に伸ばした。

それを予期したかのように、彼は足の分だけ高さを上げて杏子の足を回避。

何事もなかったかのように歩を進めていく。

睨む杏子を尻目に、杏子の四つ隣の部屋へと入っていった。

 

本来の目的も忘れて、杏子は茫然とその場に立ち尽くした。

先ほどの光景に対して、頭を整理したかったのである。

 

魔法少女戦線

魔法少女大戦

魔法少女戦記

魔法少女同盟

魔法少女都市

 

覚えていた限り、これらがナガレが運んでいた書物のタイトルだった。

それらが各三~五巻。

累計にして、二十冊は軽く越えている。

それに加え、最上段にはCDケースらしきものが乗せられていたような気がした。

その光景を思い出すと、杏子は頭をごくごく小さな破片が通り抜けたかのような、

微細な幻痛を覚えた。

 

「殴りすぎて、おかしくなっちまったのかな…」

 

憐れみさえ孕んだ声で、杏子は呟いた。

多量の書物を抱えて横を通り過ぎる彼の表情は、

童顔に似合わない苦渋に満ちたものだったのである。

 

勝機の無い戦へと向かう、戦士の悲痛な横顔のようにさえ見えた。

おかしな話ではあるが、このあたりに理性というか、

まともさを感じられたのが幸いだった。

彼が意気揚々としていたら、間違いなく杏子は顔面に拳を、

いや、魔槍を叩き込んでいたことだろう。

 

小さく息を吐くと、あの奇怪な行動と書物の選択の理由を考察。

数日前からの、彼の発言を思い出していく。

結論はすぐに出た。

会話が少ない為である。

 

「まさか…あれが、『勉強』か?」

 

導き出された答えは、彼女を困惑させるには十分だった。

 

「訳が分からねぇ。分からねぇけど」

 

だが、確実に自信をもって言えることがあった。

 

「あいつは、この世界にいちゃいけねぇような気がする」

 

気に食わない云々以前に、何故かそう、はっきりとそう思えた。

そして頭の中に湧いたこの感情を呆れにすべきか怒りにすべきか、

その区別は難しかった。

 

一応の結論を得られたという事もあり、彼女は歩みを再開した。

通路を通り、本棚から適当に漫画を掻っ攫う。

出歩くのも面倒だったため、彼女に攫われた漫画の巻数は三十冊を越えていた。

莫大に過ぎる巻数は、無意識の内に彼に対抗したためだろうか。

 

部屋に戻ると丁度、供物が運ばれてきたところであった。

先行して部屋に入り、給仕に料理を並ばせる。

パソコンは隅に追いやられ、これだけは無駄にデカい机の上に多量の料理がひしめいた。

即座に手を伸ばし、捕獲するように椀を掴んで麺を啜る。

ものの十数秒でラーメンが空になり、焼きそばとから揚げがそれに続いた。

胃袋が満ちていく充足感の裏腹で、杏子は確信めいた予感を感じていた。

 

多分、近いうちに来るだろうと。

忌まわしき者たちが。

 

料理の全てを平らげ、皿を山と積んだ後、杏子は手に書物を持っていた。

満腹による眠気に抗うように、細指が頁を捲っていく。

じっくりと漫画を読むのは、彼女にとって随分と久しぶりのことだった。

 

眠気も手伝っているのだろうが、このとき彼女の心には、確かな安堵感が生じていた。

苛烈な生活を送る彼女としても、幻想の世界を垣間見たかったのかもしれない。

正体不明の存在と組んでいる現状を抜きにしても、救いの無い人生からのせめてもの慰めとして。

 

杏子が選んだ漫画のジャンルも、夢と希望を振り撒く少女たちの物語であった

 








今回は割と平和です。
書いてて思った事ですが、もしかしたらまどか世界って
漫画やアニメに魔法少女物が多いんじゃないかなって気がしました。
QBの勧誘が割とスムーズにいくあたりとか見てると、この世界の人らは
魔法少女ものを娯楽として触れる機会が多いんじゃないかなぁと。


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