魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「君にも分かるように要約すると、私は君との子供が産みたい。だけど、だけどね」
最初から飛ばした言葉を喋りながら、キリカは続ける。
「友人、君はどうしていつもこう…性に結び付けた発言を繰り返すんだ?君は本当に色狂いだな」
世に満ちる無数の苦難を嘆く賢者のように、右手で額を覆いながらキリカは告げる。
対するナガレの顔には疑問の色が満ちていた。
「だから、子供欲しいんなら…そういったのは必要なコトで」
「友人」
ナガレの言葉を遮り、強い口調でキリカは言った。経験則に従い、彼は素直に黙った。
「私が散々伏線をバラ撒いたってのに、君は気付いていないのか」
「?」
彼は頭にそんな記号を浮かべた。そんな場面がよく魔法少女物のアニメに出てくるので、その場面を模した表情を真似ていた。
「気付かないの?」
「?」
ナガレの表情は変わらない。何を言われてるのか、そもそも分からないと言った表情だった。
「あ、そっか」
キリカが何かを察した。
「ねぇねえ友人。ふくせん、て言葉の意味分かる?」
「ああ、それ。俺、国語はちょっと苦手でな。知らねぇから教えてくれるかね」
ハァ、と溜息を吐くキリカ。
「伏線てのは、あとあとのために仄めかしておく言葉とかさ。そうするとね、それが使われた時に物語が盛り上がるんだよ」
「なるほど。そう言われると思い浮かぶとこあるな」
「漸く気付いたか。我が布石に」
「いや、今まで観てたアニメの方」
「死ね」
昏く響く声で、キリカは死天使の如く彼に告げる。
しかしそれでいて、
「ああそうそう。これ美味しいよ」
と皿を差し出した。
「お、サンキュ」
皿ごと受け取り、手前に置く。
八分の一程度に切られて乗せられた菓子を一つ手に取り、彼はしげしげと眺めた。
「へぇ。こりゃ随分と豪勢なこった。使われてる苺の数凄ぇな」
「苺タルトだからね。初めて見たのかい?」
「まぁな。こういったのとは無縁の生活しててよ」
「また一つ賢くなったね、友人」
「ああ。最近生きてて楽しくて仕方ねぇや。あといい色してんなぁ、コレ」
興味深くタルトを見つめるナガレの姿は、年相応の子供そのものだった。
いや、合ってはいるのだが。
「相変わらず赤が好きなんだね」
「そうだな。色の中で一番か二番くらいにな」
左手で頬杖をつき、その様子をキリカは眺める。
虚無を宿す黄水晶の目に、悪戯っぽい光が霞む。
名残惜しそうにタルトを見つめ、彼が口を開いた瞬間にキリカはこう言った。
「それ、佐倉杏子カラーだね。あいつの胴体の色みたいだ」
言い終えたのと、タルトが齧られたのは同時だった。
「苺の断面は、さしずめあの女のハラワタかな」
停滞も無く、彼は菓子を咀嚼する。
「つぶつぶの浮いた苺の赤い表面は、血の滴る肝臓ってところか」
次の一口で完全にタルトは口内に消えた。
「どうだい友人。佐倉杏子の味は」
さっきと同じく咀嚼され、飲み込まれる。
「容赦なしか」
「なんで菓子に手加減が?」
予想通りのリアクションが得られず、キリカは残念そうだった。
彼女のプランでは齧った直後に彼が咳き込み、はいはい慌てない慌てないと、背中をさすりながら強炭酸水を飲ませてやる算段だった。
それで吐き出して醜態を晒せればよし、出来なくても恩が売れると彼女は睨んでいた。
どちらでもない事に、彼女は不満になった。
しかしそもそも、咳き込むようなヤワな生命体じゃないなと自分の愚策を悟っていた。
そのせいで、最初の話題を思い出していた。
「で、友人。さっきの話だけど」
「伏線か?」
「ああその通り。でだね、張り巡らせていた設定とは『私は性欲が薄い』だ」
「そういや言ってたな」
「君が私の台詞を覚えているとはね。成長したな、友人」
「で、それがどうしたってんだよ」
「だーかーらー。私は性行為というかセックスに関心は無いんだって!いい加減分かってよ!友人!」
「え、そうなのか?」
危険な問い掛けだという意識は彼には無かった。四六時中爛れた性絡み発現を受ければ、そんな気分にもなるのだろう。
「そうだよ!生理の時に流れた血を拭く時にちょっと疼く程度って言っただろ?それにさ、体内に異物が入るとか気味が悪いったらありゃしないよ」
「さっき俺を喰ってたろ」
先よりもさらに危険な発言であるという意識は、この少年いやこの男には無いのだろうか。
味が気に入ったのか、苺タルトを食べながらの発言だった。
食事中ゆえに頭から胃に血液が流れ、普段より脳が不活性もといバカになっているに違いない。
「ああ、あれは別。友人だからね、身体で包んでやるくらい訳ないさ」
「えと、あの…それだと矛盾しねぇかな」
異次元の行為に対する矛盾を突き付けるナガレであった。
そしてこの時、店内の雰囲気は更に氷結していた。
「なにがさ。別に大したことないじゃないか。ただくぱぁって開いた私の肉に君を導いて、熱い粘液とかも交えてぐちゃぐちゃっと咥え込んでやっただけだ」
「あー…キリカさん、流石にちょっと抑えて抑えて」
「そうやってまた逃げようとする気か。ちなみにだが、九月八日はくぱぁの日らしいね」
「それが何だよ」
「いや、知識マウントをとろうかなと」
これ以上に最悪なマウントがあるのだろうか。
恐らくあるだろう。呉キリカの行うこういった要素には際限がない。
「まぁあれも興奮しなかったかと言われると、そうだね。悪い気分じゃなかった。君は?」
「温かかったな」
快不快ではなく、言い切るように言った。
事実であるし、それ以外は弱音になるからと彼は言葉を控えている。
「私の内臓がぴったりと君に張り付いて、君の肌にちゅうちゅうと吸い付いてたね。あの感覚は忘れないよ」
感慨深くキリカは言った。
周囲から幾つかの呻きが上がった。
陶酔の響きを帯びていた。
実際の行為は地獄そのものであったとしても、彼女が語る言葉は性の悦びに浸る美しい少女のそれだった。
それが熱病のように拡がり、淫らな色を周囲に振り撒いていた。
「でもさ、それとこれとは違うのさ」
それを切り裂く様に、冷たい声でキリカは言った。
「考えても見なよ。受け入れる側として、性行為というのは中々に悍ましい」
「ん…」
そう言われ、彼も少し考える。
が、立場が違うのでそもそも考えが合わない。
更には飲み込まれる方も結構気分的に来るものがある気がすると、彼は思った。
「どうせ立場が違うからとか思ってるんだろう。だから私に良い考えがある」
ロクでもないものだろうなと彼は思った。そうとしか思えないし、そうでない筈が無い。
というかなんとなく、その台詞には不吉さを感じた。
「だから君も…ええと、君の……うん、量産機を切り落として私達の仲間、つまりは女の子になれば私の気持ちが分かると思うよ。うん」
さすがの彼も唖然としていた。
しかしながら、少し恥ずかしがりながら言っていたところに、可愛いとこあるなコイツと思う程度の余裕はあった。
余裕というか、精神的な強度がどうかしているのである。
にしてもそれで女の仲間入りが出来るとは。
キリカの発言は漫画かアニメが元ネタになっている事が多いと、これまでの付き合いで気付いていた。
となるとその凄惨な様子も何か原型があるのだろうと。もしかしたら英雄的な行為の為に必要だったのかもしれない。
何となくそう思った。
そして次いでの事柄についても考えた。
「量産機か」
「はい?」
キリカは困惑した。これは単なるものの例えである。
そして同時に悟る。
こいつはあの映画に並々ならぬ関心を持っていたと。
「お前、あいつら馬鹿にしてるみてぇだけどよ。あいつらも結構強いぞ」
キリカは両手で顔を覆った。
ああもう、この子ったらと呟く。
いつもこうだ。
話が脱線しすぎて、核心から離れていく。
彼女はそう嘆いたが、自分もまた脱線の片割れを担っている事に気付いているのだろうか。
多分、気付いていないだろう。
この二人の会話は無軌道で無秩序且つ不健全で満ちており、それでいてそれが平常運転なので、今更治しようがないからだ。
不健全会話もここに極まれりであります(鹿目さんや環さんにはこんなやり取り、とても見せられない…)