魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「なぁ友人。子供産みたいんだけど、協力してくれないかな」
プリンを貪りながら、彼の方を見もせずにキリカはそう告げた。
発言の瞬間から、バイキング形式にて甘味を提供する天国のような店舗の中は氷結地獄と化していた。
コーラを啜り、ケーキを丸呑みするように食べ、クッキーを五個纏めて口の中に放り込んでボリボリとやってから飲み込む。
キリカはチョコケーキを食べていた。
「あむっ」
可憐な口がカットされたケーキの半分ほどを齧り取る。
もぐもぐとしながら口内の甘味を味わう様子は、地上に顕現した天使であった。
幸せそのものの態度を、ナガレはソーダをストローで飲みながら見ていた。
チューズゾゾという音が店内によく響いた。
店内に流れるクラシックじみた優しい音を除いて、音を発しているのがキリカと彼しかいないからだ。
飲み終えた時、彼は静かにコップを置いた。
そして相変わらず甘味を貪り、幸せな笑顔を振り撒いている。
店内の客たちの何割かは、その笑顔に釘付けとなっていた。
そして残りは、その前に座る少年を見ていた。
少女、それも美が頭に付くくらいの容貌の彼が開いた口に視線が注がれ、耳は放たれる言葉を待っている。
「お前さんに吊り合う男連れて来いってか?骨が折れるな」
外見に相応しい、これもまた可憐な少女の声で、それでいて男らしい響きを帯びた口調で彼はそう言った。
「ええ…」という困惑の反応が店内に木霊した。
「どういう意味?」という問い掛け、または「こんなトコで言うなよ」という息をひそめて、そして赤面しつつ慌てての青春的な一幕。
見ていた者達はそういったやり取りを予想、ないし期待した。
彼が返したそれは、そのどちらでもなかった。
問題解決に向けてはいるが、明らかに何かがおかしいのであった。
更におかしいと言えば、黒髪の美少女の言葉がそもそも異常である。
性交を求めるなら、他に言い方は幾らでもある。
しかし彼女が選んだそれは、快感を伴う過程ではなく生物的な結合としての結果である。
性行為と言う気まずさから生じた人間たちの沈黙は、それに気付いたとき、自分達とは異なる存在と認知したが故の恐怖へと変わっていた。
変な言い回し、子供ゆえのからかいといった考えは消えていた。
それを誘発したのは、向かい合う黒髪達が備えた美しさだった。
外見的には十三、四程度の美しい二人が備えた妖しさは異形の問い掛けを以て対峙した為に増大され、二人の間で一種の異界を形成していた。
「ハァ…」
知らず知らずのうちに、店内の空間を支配した怪物の片割れであるキリカが溜息を吐いた。
ネットスラング的に言えば、クソデカ溜息というやつである。
「友人、私に近親相姦をしろと?」
そう言うと、キリカはオレンジジュースを飲んだ。
ナガレはチーズケーキを味わっていた。
「どういう意味だ?」
質問に質問で返すやり取りである。つまりは何時もの事だった。
「言葉のままの意味だが、説明が必要かい?」
「ああ、頼む」
「素直でよろしい。が、今回は私もちょっと怒っている」
ナガレは首を傾げた。キリカも真似をして首を傾げた。
ナガレは無言だったが、キリカはふふっと笑った。
様子で見れば可愛らしいが、会話の内容は異次元だった。
「首の角度は私の方が深いな。私の勝ちだね」
「やるな。おめでとさん」
「友人、真面目な話なんだけど」
「悪いな。空気読めなくてよ」
「友達同士なんだ、そんなに気負わないで呉」
甘味を食べ続けながら、両者は言葉を投げ交わす。
会話一つ毎に、前の会話が無意味になっていく。
これは会話というか、会話のような何かだった。
「そうそう。話を戻すとだが、私の世界には男は二人しかいない。一人は我が父君。そしてもう一人は君だよ、友人」
この時、キリカはそれまで続けていた食事の手を止めていた。
椅子を少し後ろに引いて脚を組み、豊かな胸の前で腕を組み合わせ、そして黄水晶の目でナガレを見ながら告げていた。
緩く開いた口は小さな半月。ドヤ顔という奴だった。
組み合わされた脚の奥では、鼠径部に貼り付いたスカートが見えた。
そして組まれた両腕はキリカの胸を圧し潰していた。
あ、そういえばとナガレは思い出した。
この時に至っても、彼女はまだ下着を着用していない事を。色々な事があり過ぎて、思慮の外に追いやられていたのだろう。
「さっきも言ったけど、母さんが私を宿したのは十五の頃で色々と悶着があったらしい。今ではもう収まった、らしいけどその上で更に実の娘を孕ませたとなればこれは一大事だ」
星を眺めているかのような、または他人事のような口調でキリカは言った。
「となると相手は君しかいない。私が近親相姦をするのが君の望みか?そして私の家を家庭崩壊させたいのか?」
一転し、弾劾の口調でキリカは述べる。
「だとしたら君の倫理観は大いに問題があるな。今までどうやって生きて来たんだ?」
「ん?見なかったのか」
なら良かったと彼は付け加えた。何処か安堵した様子である。
数秒の沈黙。
キリカはサイダーを飲んだ。ナガレはクッキーを数個噛み砕いて飲み込んだ。
互いが喉を鳴らして生じる、ごくりという音が重なる。
「ま、それはそうとしてだ。私は子供を産みたいわけだが、その片割れとして遺伝子提供者に君を指名するよ。友人」
平然とキリカは言った。
仮にこの言葉を受けたとしても口調が平然とし過ぎて、何を言ったのか分からない者が大半だろう。
それはそんな言い方だった。
残念ながら、彼にはそれが言葉として伝わった。既に言われていた事でもある。
一分ほど考え、彼は口を開いた。
「てこたぁ何か。ここ来るときも冗談で聞いたけど、俺に抱かれてぇのか?」
「ふむ。やはり君の存在は興味深いな。何故こうも闘争を望むんだい?」
「え?」
「え?」
敢えて直球を用いての確信を突いたような彼の問い掛けに対し、矛先を変えたようなキリカの問い。
それに対し、両者は同じリアクションを取った。
「ええと、違うの?」
「違うよこのおバカ」
「あー、じゃあ。闘争を望むってのは?」
「え?抱かれたいって、喧嘩売ってたんじゃないのかい?ならお望みどおりにって感じで、また締め上げてやろうかと思ったんだけど」
言いながら、キリカは右腕を掲げた。
肘の手前から指の根元までが黒いベルトで覆われた手が、ベキベキと音を鳴らした。
関節が組み替えられ、人のそれから蛇の胴体のような多節と化していく。
締め上げるとは、比喩ではなくそのものである。
ここに来る前の道中で、彼は全身の関節を外して蛇も同然と化したキリカに身を絡めさせられ、重機に匹敵する力でその身を圧搾されている。
「うーん…」
キリカの威嚇に対し、言い方が不味かったのかなぁ、と彼は思った。
そしてふと思い出す。
嘗て言われた言葉を。それは男女差を咎めるような一言であった。
そしてここ最近では、それを特に意識している。
『力があれば、男だろうが女だろうが』
彼はそれに「違ぇねえ」と返した。あいつは良い奴だったなと思い返していた。
それは一瞬で済ませた。
果てに待ち受けた死や不愉快な存在を思い出す前に、彼は今に向き合う事にした。
思えば簡単な事なのだ。
言い方が不味かった。
知らず知らぬの内に、自分の方が目上だと思っていた。
確かに年上だが、自分は二十歳でキリカは十四歳である。
差があるようで対して差がない。
であれば、敬意を払うべきだろうと。
それを踏まえ、彼はこう尋ねた。
「つまり、俺とヤリてぇの?」
「死ね」
抱くという表現に自分の方に主導権があると見ての、可能な限り同じ目線で尋ねた言葉は即座に斬り捨てられた。
キリカの黄水晶の目には、深い憐れみが浮かんでいた。
答えは何処にあるのだろう。ナガレはその美しい色を、キリカの瞳を見ながらそんな事を考えていた。
短めですが、パワーワードが多過ぎて書いてて疲労しましたので…