魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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番外編 流狼と錐花⑪

 そこは、実に平和な空間だった。

 天井には赤みがかったオレンジ色が映えている。

 柔らかな光が、煌びやかなで可愛らしい趣が至る所に散りばめられた内装を照らし出す。

 和やかな談笑、時折上がる黄色いはしゃぎ声が生じた。

 音は他にもあった。

 ステンレスの食器が陶器と触れ合う音、靴が絨毯を柔らかく踏みしめる音。

 そして

 

「あぁん、むっ」

 

 右手に持ったフォークに刺したケーキを頬張る少女の、可憐な捕食の吐息。

 

「ん~、やっぱ甘味はいいねえ。味覚のある生物に生まれてよかった。当時は私より少しだけ年上だった母さん、堕胎せずに産んでくれてありがとう」

 

 木製の丸い机の下で脚をパタパタさせながら、呉キリカは左手で頬を抑えて幸せそうに悶絶した。

 際どいどころではないワードを呟いてはいたが、要は生まれてよかったという事である。

 それだけに、幸福感は本物らしい。

 ハートをあしらった背もたれの椅子が、小柄な体格の震えに合わせてかたかたと揺れる。

 自分に尻を乗せた少女に、怯えているようにも見えた。

 机の上には二枚のプレートが置かれ、その上には多種多様の大量のケーキや飲み物が置かれていた。

 

「ほんと、お前さんは美味そうに食うもんだなぁ」

 

「美味しいからね。こうやって敬意を表するのは当たり前だろう」

 

「偉いなお前」

 

 そう言いつつ、再び食事を再開したキリカを感心して眺めながら、その向かい側に座るナガレもまた菓子を食べていた。

 開かれた口が蛇のように大きく開き、されど違和感を生じさせない自然さでもって一口でシュークリームを飲み込んだ。

 クッキー状に焼き上げられた表面を齧り、口内で溢れた中のクリームを舌で絡めて味わいながら咀嚼し呑み込む。

 

「うん、美味いな」

 

「全くだね、味覚を得た生物に至ったご先祖に感謝だよ。進化最高」

 

「違いねぇ」

 

 彼にとって特別且つ不吉な言葉が混じっていたが、一々気にしていたらキリが無い。

 それに今は、彼にとってはもっと気になる事があった。

 再びシュークリームを食みながら、彼は周囲をちらっと見た。

 女子、女子、女子、女子。

 年齢的には二人より上、大学生くらいの女たちが周囲の席を埋めている。

 同性の姿を探すが、給仕姿の店員以外には男の姿は無い。

 

「大丈夫だよ。君はこの空間に融け込んでる」

 

 見透かしたようにキリカは言った。

 彼女はストローを鮮血色の唇で食み、ずぞぞっとジュースを啜っていた。

 

「なんのコトかね」

 

 彼ははぐらかした。

 直後に愚策と悟る。

 プリンをスプーンで突きながら、キリカはにやぁっと嗤った。

 猫の威嚇にも見える、サディスティックな笑顔だった。

 

「いや、なんとなくね。君とはよく遊んでるし、戦闘中は表情一つからでも情報を得ないと君を相手にするのは凄くしんどい」

 

 これだと彼は改めて思う。

 普段の狂乱さとは裏腹にキリカは頭の回転が速い、そして勘が鋭すぎるのだ。

 

「それにさっきまで身を絡ませて蕩け合ってた仲だ。君への理解度がぐっと増したよ」

 

「蕩けてた、ねぇ」

 

 不穏なワードにナガレは反応した。

 二重の意味でである。

 一つは実際にあった事として、もう一つはその言葉を聞いてしまった者に対する憂いとして。

 気配を探ると、二人の周囲の何人かが手の動きを一瞬止めていた。

 ああ、もう手遅れだなと彼は思った。そして内心で謝罪した。

 

 悪い、俺でもこいつは制御できねぇ。と。

 異界の概念を捻じ伏せ、それを動力源にして稼働する機械の戦鬼すら御する彼がそう思っていた。

 つまりは、誰も彼女を止められないという事になる。

 呉キリカはそんな事など露知らず、ある種の異形な偉業を成し遂げていた。

 

「なんだいその顔は。ははぁん、衛生面を気にしてるのか」

 

 そんな事など知る筈も無く、彼女はこう述べ始めた。

 

「私から引き抜いた時に君を濡らしてた、あのぺとぺとしてたのは羊水だよ。生産者が言うんだから間違いない。変な匂いもしなかっただろ?」

 

「まぁ、確かにな。嫌な感じもしなかった」

 

「ふふん、ならばよし」

 

 得意げになるキリカ、羊水って何だろと考えるナガレ。

 最後のシュークリームを平らげつつ気配を探る。気まずさの雰囲気の範囲は更に増している。

 

「気になるってんなら、お風呂は先に入りなよ」

 

「え?」

 

「暇だから今日は泊まってっておくれよ。ああ、母さんにもそう伝えといたから」

 

「今日はっていうか、この前泊まったばかりじゃねえか。しかも一週間もよ」

 

「ああ、あの時も楽しかったね。初日から一晩と三時間四十一分十五秒も、休むことなく互いを貪り合った」

 

 事実ではある。

 もちろん貪るとは闘争の暗喩である。

 牛の魔女も困憊し、蓄えていた武具も全て破損。

 両腕は切断されかけ、両脚もヴァンパイアファングの破片で貫かれていた。

 

 魔力が枯渇しかけて似たような状況に陥ったキリカとの間で交わされた最後の交差は、互いの牙を用いての超原初の闘争だった。

 牙同士が噛み合わされて出血し、口元を互いの唾液と血滴で染め上げた凄惨な死闘の末、勝者となったのはナガレだった。

 

 キリカの襟首を砕けた牙で噛み、最後の力を以て振り回して異界の構造物に彼女の全身を激突させ、骨の大半を砕き内臓を爆裂させての勝利だった。

 そのまま互いから溢れて地面に流した血の海に沈み、一時間後に目を覚まして治癒をした後に呉亭へと帰還。

 シャワーを浴びるなどして身支度を整えてから、延々とカードゲームで遊んでいた。

 

 事の発端を思い出すと、魔女退治をして暇になったからという何時もの理由で殺し合いが勃発していた。

 ついでに帰宅後の決闘(デュエル)に於いても、ナガレの戦法が墓地利用封殺・サーチ封じと悪辣に過ぎてフラストレーションを溜めたキリカが激怒。

 そのまま牛の魔女を用いて結界を呼び出し、第二ラウンドが展開される羽目になっていた。

 そこでも最後は徒手空拳と牙が物を言う結果となった。

 こちらはキリカが彼の喉を喰い破り、出血死の寸前まで陥らせたが跳ねた血飛沫が眼に入った一瞬を突かれて彼の手刀が炸裂。

 豊満な胸を貫き、背中から突き出た左手で心臓を抉って握り潰した彼の勝利とキリカが認めて終了となった。

 

 廃教会に帰宅した彼からそれらの話を聞いた真紅の魔法少女は「狂ってやがる」と言った。

 勿論二人に対してである。

 そして隠れてそれを聞いていたキリカが佐倉杏子を

 

 「友人がいなくて寂しかったんだね。でも自慰の時間がたっぷりとれたからいいだろう?匂い的に随分と致したようだし」

 

 となじり、即座に沸騰した杏子との間で死闘が展開された。

 例によって、ナガレが牛の魔女に命じて結界を開いて両者を異界に放逐。

 自分の寝床で寝転がったり、廃教会内を掃除したり消臭スプレーを撒いたりしながら時間を潰していると、二時間後に杏子は戻ってきた。

 首が千切れかけて血塗れのキリカにお土産宜しく長髪を片手で掴まれて吊り下げられ、全身を包帯でグルグル巻きにされた姿で。

 

「佐倉杏子って生理は激重みたいだね。君も少しは大事にしてやりなよ」

 

 と言って、気絶している杏子をボールのように蹴飛ばしてソファーでは無く廃教会の外に放った。

 そして「じゃあね」とナガレと挨拶を交し黒い魔法少女は去っていった。

 気絶したままの杏子をナガレが回収して彼女の寝床に横たえ、ようやく廃教会内に平和が訪れた。

 

 もちろん、杏子がこれで終わる訳も無い。

 この半日後に意識を取り戻した杏子は、ナガレが買っていたフライドチキンを三バレル平らげて失った肉を補充。

 更に二日掛けて彼と模擬戦と言う名の殺し合いをしてから体調を整え、周辺の魔女を虐殺しGSを蓄えてから再び廃教会を訪れたキリカと再戦。

 凄惨な死闘の末にキリカを原型を留めない肉片に変え、巨大槍から放った灼熱の炎で焼き捨てて復讐を果たしていた。

 が、当然の如くキリカはその十分くらいした後で平然と復活し、呆れ果てた杏子を尻目にまたナガレを借りて映画鑑賞やら魔女退治やらに連れ出していた。

 長くなったがそれらを踏まえ、彼はこう言った。

 

「あれは楽しかったな。流石の俺も逝っちまいそうだった」

 

「友人、もう少し周りの事を考えて発言してよ」

 

 恥ずかしいな、もう。とキリカは加える。

 周囲の者達の動きは停止に近い状態になっていた。

 そして息をひそめて、両者の会話に聞き入っていた。

 

「まぁいいや。それじゃあ腹も膨れたから本題に入ろうか」

 

 膨れたと言いつつ、キリカの腹は平坦なままである。

 既にケーキは二十切れ以上、アイスやスイーツが山と盛られたパフェも五杯は平らげている。

 杏子もそうだが、魔力を用いて完全消化しているらしい。

 便利なもんだと彼は思ったが、彼も彼で腹は膨れていない。

 だが彼の場合は王水に匹敵ないし凌駕する超強力な胃酸と、異常な吸収能力によるものだろう。

 どちらも化け物である。

 

 

「なぁ友人。子供産みたいんだけど、協力してくれないかな」

 

 

 化け物の片割れが雌の願望を告げた。

 ぱくぱくと忙しそうに、スプーンでプリンを掬って食べ続けながらの発言だった。

 周囲の気温が、五度は低下したように静まり返った。

 毒のような空気に抗うように、平素を装ってされていた会話も途絶えていた。

 

「ふむ」

 

 もう一体、顔は可愛い雌だが中身は猛々しいにも程がある雄の怪物は、声だけで聞けば賢そうな呟きを放ちながらストローを啜ってコーラを飲んでいた。

 ちゅーずぞぞという音が、会話の絶えた店内に良く響いた。

 

 ああ、だから別の意味で腹を膨らませたいのか。

 ナガレはそうぼんやりと思った。

 そうでも思わないと、やっていられないのだった。

 

 

 

 

 

 










ある意味最大の危機、到来


そしてこの番外編も随分と長くなってきたものであります

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