魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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番外編 流狼と錐花⑩

「おい、起きな」

 

 薄闇の中、少年の声が響く。

 少年といっても声は少女そのもので、口調や雰囲気で男と分かるような声だった。

 ううん、という喘ぎのような声が応じた。

 そして閉じていた眼が開いた。整った睫毛が並んでいた瞼を押し退け、黄水晶の瞳が顔を出す。

 見渡すようにぐりぐりと動き、やがてあるものを見つめた。黒髪を生やした、美少女じみた貌の少年が直ぐ傍にいた。

 

「ひゃは、ひゅうひん」

 

 訳すると、「やあ、友人」という言葉になる。呉キリカの口は、彼の、ナガレの首にほぼ全ての歯を埋めていた。

 鮮血色の唇は彼から吸った血で淫らに濡れ、異様な妖艶さを放っていた。

 

「ぷは」

 

 その口を離し、キリカが一息を吸って、吐いた。

 甘ったるく、それでいて酸鼻な血潮の香りがナガレの鼻孔を突いた。

 引き抜かれた歯と彼の喉、ちょうど顎の下あたりにざくっくりと入れられた傷の間で、どろりとした唾液と血の混合液が蜘蛛の巣のように糸を引いた。

 それを逃しやしないとでも言わんばかりにじゅるりと啜り、小さな喉をごくんと鳴らして嚥下する。

 更には傷口に顔を寄せると、桃色の舌で傷口を穿る様に舐め廻していく。

 

「んちゅ…んん…ちゅぱ…ちゅく…ちゅ」

 

 淫靡な声と音を出しながら唇で肌をしゃぶり、舌が蠢いて傷口に付着した血を一通り舐め取る。

 終わった、と思ったらところで彼女の唇は再び彼の喉に吸い付いた。

 

「…ぅぇ」

 

 彼は珍しく呻き声を出した。当然だろう。

 キリカの舌は喉の正面に開いた傷から彼の喉の中に侵入し、可能な限りの範囲をちろちろと舐めていた。

 それはまるで這い廻る蛇か、肉に吸い付いた蛭、または死体に湧いた蛆虫を思わせる蠢き方だった。

 喉の中に残っていた血をじゅるっと飲み干し、挙句の果てに声帯を一舐めした後にようやく、

 

 

「やぁやぁ友人。相変わらず君は血の香りが似合うね」

 

 

 などと彼に告げた。陽光の下に吹いた、春風のような朗らかな笑顔を伴って。

 その様子に彼は溜息を吐いた。

 舐め取られたせいか、そこを伝って溢れた血が相当であるにも関わらず、血の香りは殆どしなかった。

 彼の血の香りや大量の血は今、キリカの中へと入っている。

 

「心配させやがって」

 

 彼女の好きなままにさせていた少年から安堵の息が漏れる。

 感覚が常人から見ておかしいどころか狂っているが、彼にとっては何時もの事である。

 それにこれらの暴力行為に対し思うことが無い訳が無いが、それを必死に抑えている。

 その様子を察し、呉キリカの顔に意地の悪そうな笑顔が浮かぶ。

 

「ふはは、悪いね。君を困らせるのは私の義務で権利で、健康法故に仕方ない」

 

「んなもん許可したつもりは無ぇな。あと健康になりてぇってんなら、身体の鍛え方でも教えてやろうか?」

 

「やーだよ。私は今の不健康引きこもり生活が大好きなんだ。ああでも、偶にだったらお願いしようかな。目標は普通の時でも佐倉杏子の顎を毟り取れるくらいに」

 

「エグい事言うな、お前」

 

「そうかい?眼窩に指を突っ込んで、顔の前半分を引っこ抜くよりはマイルドだと思うんだけど」

 

 真面目に語るキリカを見て、ああ、もう大丈夫だなと彼は思った。

 口走る内容は狂人のそれだが、故に普段の彼女に戻っている事が分かった。

 

「エグいと言えば、今の私達はなかなかにステキな絵面だね」

 

「ああ」

 

 認めた瞬間、彼は身を蝕む痛みを思い出した。

 今までは覚醒直後の泥濘、そして呉キリカへの心配だったりと感覚が麻痺していたのだった。

 ステキな絵面とキリカは評した。

 確かにそう見えるかもしれない。地獄を描いたような、前衛的な絵画であれば。

 体勢としては両脚を広げて背を壁に預けたキリカ。

 

 そのキリカの脚の間に身を滑らせたナガレが、正面からキリカに覆い被さっていた。

 年少者同士とは言え男と女、そして十センチ以上の身長差もあり、その様はぱっと見は少女を強姦する少年の構図に見えた。

 だが二人を繋ぐのは雄と雌の器官ではなく、この世に実体化した狂気であった。

 

 前述のとおり、キリカはナガレの喉に喰らい付いていた。

 牙と変えた歯を持って血管を喰い破り、そこから溢れる血を残らず飲み干していった。

 

 更にはキリカの両胸の脇からは十二本の、左右で合わせて二十四本にもなる白い物体が伸び、ナガレの身体の各所に突き刺さっている。

 また胸と言う言葉を使ったが、彼女の胸は魔女の攻撃により根元から欠損し、吹き散らされた黄色い脂肪と鮮やかな肉の色を外気に晒していた。

 肉の破壊は下腹部部の手前にまで及んでいた。

 そうして生じた空白の中に、ナガレの腰から少し上までの部分が埋まっていた。

 

 いや、正確に言えば、それは包まれていたとする方が正しい。

 彼女の凄惨な傷口はまるで縦に開いた口さながらであり、彼女から伸びた白とは錐状に変形した肋骨だった。

 傷が口、肋骨が牙の役割を持ち、ナガレの脇腹や背を貫いて女体の内に咥え込んでいた。

 食虫植物が獲物を捕らえた様に似ている。

 

 更には彼の体内を抉る肋骨の表面からは植物の根の如く細長い触手が放たれ、ナガレの肉や骨に喰い込み文字通りに根を張っていた。

 根は彼の血肉を啜り、主へと骨を介して送っていた。

 捕食活動、彼女がナガレに行っていた行為は正にそれだった。

 そうして得た彼の熱を持って、彼女の内臓や肉は捕食によって体温を奪われる彼へと熱い泥濘の如く粘りつく熱さを与えている。

 この矛盾する関係を、彼女は真摯に行っていた。

 

 そんな悍ましい状況ながら、両者の腕は相手の背へと廻されていた。

 互いを抱きしめる形である。

 されど意図は真逆であり、キリカのそれはナガレを更に自分へと引き寄せるためのもの。

 彼のそれは後ろに巻いた腕の先の手でキリカの肩を掴んで、それ以上の侵攻を防ぐためのものだった。

 

 この時の彼の腕は、黒く変色していた。

 堅牢な装甲を持つ魔女に対し太陽の如く輝く破壊の光球を放った際、その熱で炭化していたのだった。

 両手の薬指と小指、更には親指以外の爪先が欠損した無惨な姿と化している。

 方や死体もさながらといった血水泥状態、方や人体の欠損と魔法少女による凄惨な肉体破壊。

 その状態で、意図は兎も角として両者は互いに抱き合っていた。

 

 その二人を、黒い沙幕が繭のように包んでいた。

 キリカの魔法少女衣装の燕尾部分が伸びて湾曲し、両者の顔だけを残してすっぽりと覆っている。

 まるで彼の逃亡を阻止するか、或いはこの時を続けさせる為に。

 

 闇が凝縮したような彼女の衣の内、更には彼女の中で。

 キリカの女体の中に導かれた彼の腹に、キリカの臓物が静かに触れていた。

 それは彼の血肉を吸って、マグマのように熱く蠢いていた。

 

 

「重くねぇか?」

 

 彼女の臓物の鼓動と温度を身体の前面で感じながら、彼は問うた。

 彼女の身体を圧迫している感触は無いが、自身の体重が外見とは裏腹に二百キロもある為に心配になったのだろう。

 

「君、今は自分の心配しなよ」

 

 呆れを隠そうともせず、捕食者たるキリカは言った。当然、彼もかちんと来た。

 

「誰の所為かな?」

 

「勿論私だ。というか私しかいないだろう。現実逃避もたまには精神の健康に良いとはいえ、今は私に向き合って呉よ」

 

 全くの悪びれも見せず、キリカは寧ろ憤然とした様子を見せた。

 あ、これほんとにもう大丈夫だわと彼は思った。

 魔女との戦闘の最中に見せたキリカの変貌は、彼にとって相当の衝撃だったらしい。

 

「ところで、痛くないの?」

 

「痛ぇよ。超痛い」

 

 即答である。当然だろう。

 

「なんで泣かないの?」

 

「男の意地」

 

 同じく即答。

 

「ふむ、なら仕方ないね。じゃあ、苦しいんなら抜いたら?」

 

「抜けねぇ」

 

「それは困ったな。私はこれでも美少女のつもりだが」

 

「はい?」

 

 問い掛けであったが彼にはなんとなく、彼女のこれから言おうとしている事の方針が分かった。

 

「やっぱり佐倉杏子じゃないと駄目かい?君って奴は案外一途だな」

 

「キリカさん」

 

 口角を吊り上げながら彼は聞いた。

 もう色んな意味で限界が近いのだろう。

 彼の内では今も細い触手が侵攻を続け、常人なら既に数百回は死んでいるほどの痛みが彼の中で木霊している。

 

「はぁい、なんでございましょ。まぁ予想は付くね。そろそろ人見リナに手を出したくなったんだろ?」

 

「き・り・か・さ・ん」

 

 一文字一文字に世界を呪うかのような想いを込めて、彼は彼女の名を呟く。

 この時のナガレの顔は、悪魔でさえ視認の瞬間に自死を選びたくなりそうな凶悪な顔であった。

 それを前に、キリカさんは首を傾げていた。

 なんでこんな顔してるんだろ、そう言いたげな表情だった。

 そしてふと、閃いたように「あ、そっか」と漏らした。

 

「夢見る時間は終わりか。残念」

 

「さっきまで、その夢ん中にいただろうがよ」

 

「いや、この状況も結構楽しくてね」

 

「そうかい。俺はしばらくは御免だな」

 

「友人、君はそうやって相手を気遣うのは良いが、ちゃんとハッキリ嫌だって言わないからこういうコトになるんだぞ?」

 

 繋がったまま、といえば性交の暗喩であるが、この場合は物理的に繋がれている。

 今の彼の体内はキリカの骨から伸びた根に侵食され、常人なら即座に発狂する苦痛が彼を苛んでいる。

 その苦痛を押し退け、ナガレはグルル…と唸った。

 彼女との会話はやってて楽しいのだが、流石にカチンと来たのとそろそろ外して欲しいらしい。

 

 肩を竦めて、キリカは「仕方ないなぁ」と言った。

 その瞬間、キリカの肋骨が一斉に折れた。ちょうど、彼とキリカとを繋ぐ間辺りで。

 無駄にしないとでもいうのか、肋骨の断面からは一滴の血も零れなかった。

 そして折れた骨は彼の肉の中へと、這いずる蛇のように滑り込んだ。

 更なる苦痛に、彼は歯を食い縛って耐えた。

 

 

「抜くよりこっちのが早い」

 

 視界が苦痛で深紅に染まる中、彼はキリカがそう言ったのを聞いた。

 なるほどと彼は思った。

 そして紅い視界の奥で、キリカが美しい顔を彼の顔の前へと寄せた。

 

「あとコレもオマケだよっと」

 

 言い終える前にキリカの唇が彼のそれへと重ねられる。

 鮮血色の鮮やかな唇の色は、真っ赤な視界の中でも一際赤く輝いていた。

 彼の反応が遅れたのは、その色に魅入られたせいかもしれない。

 

 唇の奥からキリカの舌が侵入し、彼の口内をそれ自体が意思を持つ生物の如く這い廻る。

 たっぷりと唾液が纏わりついた舌が、彼の歯を、舌の根元に絡んでうねうねと蠢く。

 

 歯の裏を舐められながら、彼はなんだろうこの状況と思い始めた。

 唇を重ねる行為は世間一般で愛情表現とされるが、彼はそれが何故愛に繋がるのかよく分からなかった。

 かといって女子中学生が惜しげも無くそれを行う事には、疑問というか複雑な気分が伴う。

 

 こういったのはもっと別なのにやるべきだろうと。

 例えば将来共に歩む者を相手へと。

 しかし彼自身が口づけにさりとて特別な意味を見出せない以上、それ以上の考えも不可能であった。

 

 そしてこの時、ナガレは異常の中での異常に気付いた。

 彼の口内を蹂躙していた舌が、喉の奥へとずるりと降りたのである。

 感触を確認すると、複数の舌が縦に連ねられて一本の長大な舌にされているらしいという事が分かった。

 

 舌がもたらす快感は、通常の男相手なら口の中を舌が這い廻った辺りで射精しかねないものであったが、例によって彼には通用していない。

 ただ異形化した舌と、女子中学生にいいようにされる自分の不甲斐なさを感じるだけだ。

 舌はそのまま食道を通じて胃へと到達、今度は胃の中を触れ回り始めた。

 

「痛っ」

 

 胃の底へ触れた時、彼女から思念が届いた。

 

「君の胃液、まるで王水だな。舌が瞬時に溶けたぞ」

 

「あー…大丈夫か」

 

「大丈夫な訳ないだろう。あーあ、私のベロが赤い水になっちゃったよ」

 

 牛の魔女を介しての思念に、キリカは生理的嫌悪感を煽る表現も交えて返した。

 その口調は極めて平坦である。

 たしか魔女狩り後の暇潰しで殺し合った際、四肢切断してやった時もこんな感じだったなと彼は思った。

 

「まぁ好都合だね。えいっと」

 

 思念の終わりには、『ぶぢん』という生々しい音が響いた。

 それは彼女の唇を介して彼にも伝わった。

 そして口の中に、お馴染みの臭気と味が伝わる。

 匂いは潮で、味は錆びた塩辛さ。

 滴る血の源泉は、彼女が噛み千切った舌の断面である。

 

 

「ぐろいね」

 

 にっこりと笑いながら彼女は思念で言った。

 白い歯は、今噛み千切った舌から溢れる血で赤々と染まっている。

 

「何時ものこったろ」

 

「なんてひどいコトを。君は私をグロ担当とでも思ってるのか?」

 

 まったくもう酷いなぁ。そう言ってキリカは「勿体ない勿体ない」と呟きながら口を開き、舌が再生する様を彼に見せつけた。

 血を噴き出す断面から桃色の舌がにゅるりと生まれる様は、淫猥に蠢く蛭を思わせた。

 

「残念だがそれはハズレだ。実は私は」

 

 そう言うと、彼女は彼の背に手を回したまま、右手の指先を絡ませてパチンと鳴らした。

 

「どこぞの黒インナーの白桃すけべ修道女なお人好しアーチャーよろしく、でもえっちとは無縁な清らかな身と心の闇属性ヒーラーなのさ」

 

 得意げにそう言った瞬間、彼の中でキリカの骨が蕩けた。 

 熱い熱と共に形を喪い、這い廻っていた根も融けていく。

 そして彼の体内に自らが切り開いて描いた傷へと埋まり、癒していく。

 自分が常に瀕死どころか複数回の肉体の完全崩壊を経験してるだけに、治癒も得意であるらしい。

 尤も、この負傷は大半が彼女の残虐行為に依るものなのだが。

 

「さて。傷も癒えたならやる事は一つだな」

 

「ああ、今よけてやるからよ。お前もその傷治して、飯に行こうぜ」

 

「うーん…なぁ、友人」

 

「何だ?飯屋ならお前に合わせっけどよ」

 

「助けてもらったんだから、お礼を言うべきじゃないのかい?」

 

 極めて自然に、ごく当たり前の常識を問うような口調でキリカは言った。

 ナガレは苦々しい表情で応えた。

 その様子を、キリカが背にした物体は無言で眺めていた。

 それはキリカによって速度低下を掛けられ、瀕死のままで生かされている魔女の残骸であった。

 無数にあった眼も大半が潰され、今では数個が弱弱しく開いているのみ。

 

 そしてそれも今ようやく終わった。

 キリカの速度低下はまだ維持されているが、魔女の異常な思考を以てしても理解の及ばないこの二人の行動に、遂に耐え切れなくなったのだろうか。

 その身体は千々と砕けて、そして主を喪った異界もまた同時に弾けて消えた。

 

 


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