魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
融ける。溶ける。鎔ける。蕩ける。
私と君のさかいめが消えて、私が君に這入りこむ。
さながら君のほねとにくに喰い込む、私の錐の根のように。
私の肋骨は君の肉とないぞうを貫いて、そのひょうめんからびっしりと錐のような根を出して、君のからだに根を張っている。
君の骨はがんじょうだが、なに、ささいだ。
ふと思ったが、考え事がさっきにくらべてだいぶ纏まる。
どうやら友人、君の血肉はせいしんあんていざいとしての効能があるらしい。
これは良い、少しおおめに貰っておこう。
そう思っていると、私は何かに気が付いた。
それは、自分を覆うこのせかい。
ゆうじん。
きみの心の中のけしきに。
それをみたとき、わたしのこころは、つかのまのへいこうをうしなった。
きみの心の中でみたものは、わたしのりかいをこえていた。
世界の端からはじまでを、なにかがびっしりとおおっている。
蠢く何か。
無数の蟲がひしめいているような。
それはあの女が、アリナが私でつくった芸術とやらににていた。
でも、それは全然似ていなかった。
似ているようで、別物だった。
なにせ、君の心の中でひろがるこれのほうが、はるかに醜くて、きれいだったから。
黒く蠢くのは、ちいさなちいさな生き物のようなもの。
使い魔とも魔女ともちがう、よくわからないもの。
それがより集まって、ふかしぎな姿をつくっていた。
無数の触手を生やした、トカゲみたいな生き物。
さかなや甲虫みたいなのもいた。
それらはみんな、内臓をうらがえしたようなぐにゃぐにゃした形と、機械みたいな硬くて冷たいしつかんをもっていた。
似た系統は有っても、なにひとつとしておなじものはない。
そんな異様なかいぶつが、むすうにひしめいていた。
色は黒一色に見えたけど、じっさいはきっと、無数の色でそめられているんだろうね。
私の頭の処理がおいつかなくて、きっとこう見えるんだ。
想像力ってやつがたりないのかも。
残念だ。
すごく、凄く残念。
きみの見えてる世界と、私の見る世界は異なるみたいだ。
それはそうか。
仕方ない、君と私は別人なのだから。
でもいまは同じく蕩けてる。
だからこの光景がみられてる。
それでいいってコトにしとこうか。
残念だけど、だきょうてんは大事だよね。
こうなっても、一つになれないか。
きみは頑固だね。
ムカつくね。
素敵だよ。
そういうとこが、私はすきなのかも。
しょうじき、よくわからないや。
でも好きなんだ。
あいはないけど、きみがすき。
そう思ってる私の目の前で、世界がすがたをかえていく。
無数のいぎょうのいきものたちがかさなりあって、おおきくなっていく。
まるでひこうきみたいに、つばさをのばしたものや、ひとに似た姿になったやつもいた。
恐竜みたいなはちゅうるい、触手をのばした、蛸や烏賊みたいなもの。
植物や貝や、おうとつのないのっぺらぼうな蛇みたいなのもいた。
そいつらは、たがいに殺しあっていた。
かみついたり、圧し潰したり、手や足にみえる部分でなぐったりけったり。
喰って食われて、飲み込まれる。
そうすると、そいつのはらがふくれて、ふうせんみたいに破裂する。
破裂したら、そのなかから、そいつよりもずっとずっとおおきななにかが顕れて、それにむすうの怪物たちが群がって喰い尽くす。
そしたらそいつらのなかから、またべつのやつらが産まれてくる。
殺し殺され、また生まれる。
産まれたら殺されて、またどこかで生まれてくる。
そんな様子がどこまでも続く。
右も左も、上も下も。
私の意識がある場所でも。
無限の空間を、なおももてあましているように。
ずっとずっと。
世界の端まで。
ああ、そうか。
私はわかった。
分かりたくなんてなかったけれど。
あの女は、これがやりたかったんだ。
わたしのからだをつかって。
なんどもなんども、わたしをころして、からだをつくりなおさせて。
すべてのぞうきをひきぬいて、骨を抉って取り出して、肉にうじむしをうめこんで。
肉を焼いて腐らせて、酸で溶かしてきりきざんで。
からっぽになった私のなかに、いろんないろをぬりたくった臓物を押し入れて。
わたしのくびをたくさん詰め込んで。
一つの私の身体から、複数の私が産まれる様な形で縫い留めて。
死んで生まれ変わる。
生と死の輪廻がしたかったんだ。
きっと、この世界そのもので繰り広げられることみたいな。
この世界。
友人の中に広がる世界。
魔法少女の私、呉キリカから見ても、異様な世界。
魔で満ち溢れた世界。
そうだ。
ここはきっと、なまえにするなら。
ここは、魔界だ。
死ぬことのない怪物が、それでも殺し合ってまた生まれ変わる。
生まれ変わり、転生を繰り返して、また殺し合う。
それが無限に続く。
永遠に。
魔界で繰り返される転生の輪廻。
魔界、転生。
まかいてんしょう、魔界転生。
なるほど。
言葉にするときれいだね。
あの芸術家女が目指すだけはある。
救いようが無い、この世界。
これがきみのこころなのか。
たしかに、たたかうのが大好きな君とよくにてる。
いや、わたしたちともそっくりだ。
簡単にはしねなくて、いきてるかぎり戦い続ける。
このにくたいは、石になった魂が動かすいれもので。
私達は魂を宿した傀儡。
かんたんに、いくらでもなおせる。
でもそれをするためには、戦わなくっちゃいけない。
生きて無いけど、いきてるかぎり。
ずーっとずっと。
ははは。
たとえとして君をだしてごめんよ。
これは私達の縮図だ。
この醜く蠢く連中は、私達と変わらない。
生まれ変わりの、転生の部分もそうさ。
きみはまだしらないだろうが、わたしたちにもひみつがあるんだ。
そのうち、きみにつきつけてやるから、かくごしておくがいい。
どんなかおするのかな。
泣きはしないのはわかるんだ。
きみはむかしからそうだからね。
きっと、たぶん、おそらくだけど。
ただ、怒るんだろうね。
この仕組みに対してさ。
その時がいまから待ちきれないよ。
今の私の形がどうなっているかは分からないけど、きっと私はわらってる。
きみといつもあそぶときみたいな、すてきなえがお。
わたしの爪が君を切り裂いて、きみが流した血飛沫をあびて。
わたしも君になぐられて、はれつした心臓か胃袋からのぼってきた自分の血に濡れて。
たいくつなひびのなかでの数少ない例外の時に、さいこうのときに浮かべる、とっておきのあの顔を。
痛いってのに、なんでだろうな。
苦しいのに、なんでだろうね。
分からない。
分からないけど、すてきだね。
ああ、とてもすばらしいことだ。
流血と殺意と、切り裂かれる血肉で、私達は繋がっている。
死へと向かうはずだけど、その時が一番生きているって感じるんだ。
ああ、いいね。
友達っていうのは。
だから私は、君の命が欲しい。
きみの命をすいとって、そしてこの身で育みたい。
なんでかって?
そうきかれたら、わたしはむねをはってこういうよ。
わたしはおんなだから。
いのちをそだてられるから。
どうだい、反論もできないだろう。
私をその気にさせた、君が悪い。
無数の異形が蠢く異界の中で、私は笑う。
笑う。
哂う。
嗤う。
幾らでも笑えた。
嗤う理由なんてないさ。
これはきみへの親しみでありちょうろうであり、嘲笑だからだ。
わたしたちいじょうにすくえない奴が、この世にいたなんて。
友人。
君は、本当に。
哀れだ。
そう思ったときだった。
世界の端の端の、そのまた端でなにかが光った。
すると、それは私の前を通り過ぎていった。
それは、真っ赤な光だった。
あの女みたいな、真紅。
それを浴びた異形達が、いや、この魔界とでも呼ぶべき世界がきえていた。
光の中でもがき苦しんで、溶けていく。
とけた後には、なにもなかった。
溶けた異形は、また形になることはなくて、消えたままになった。
わたしのめのまえに、ぽっかりとした広い空間がひろがった。
空間に色は無かった。
虚無。
うつろな、無。
何もない。
異形達は、一斉にそこをみた。
ひかりが来た場所を。
私も見た。
そして見た。
私の直ぐ近くで、巨大な異形が砕け散った処を。
いつから、それがそこにいたのかわからない。
大きさの尺度はわからないけど、きっとかなり大きな建物くらいある。
佐倉杏子の教会の、たぶん倍くらいの高さは。
それは真っ赤な色をしていた。
深い紅、深紅。
血みたいに黒くて鮮やかな色。
闘争の日々に生きる、私達の身体を染める色。
それを全身に纏った、見上げるほどに大きな姿。
たしかに近くにいるのに、動きが早すぎてその形が分からない。
それでも、それが人間に近い姿なのは分かった。
逞しい腕に、大剣のような脚、太くて頑強な胴体。
身体の天辺にある、二本の角。
まるで鬼を思わせる姿。
それが信じられない速さで動いて、何もかもを壊していく。
音も何も聞こえないけど、異形の生物たちが悲鳴を上げているのが分かった。
自分達の身体で魔界を形成して、その中で転生を繰り返す怪物たちが泣き喚いてる。
悍ましい外見からは想像も出来ないような、鏡みたいな綺麗な断面を見せて切り裂かれて、或いはただずたずたに引き千切られて。
私はその様子を見続けた。
形の詳細や、何をやってるのかまでは分からなかったけど、これだけは分かった。
あれは、君だ。
友人。
君なんだろう。
魔界を蹴散らす、深紅の姿、戦う鬼、戦鬼。
深紅の戦鬼。
あの中に君がいる。
この容赦のなさと、苛烈な戦い方。
例え戦いの形が違っていても、君は君のままだ。
そうか、そういう事だったのか。
君はこんな事を繰り返してきたのか。
ずーっとずっと、ここに来るまで。
そう思うと、また喉の奥が疼いてきた。
喉が震えて、声が出る。
音は無いし、今の私に喉なんてないけど、もう止まらない。
笑い声が止まらない。
憐れとか、救いがないとか、そういう次元の話じゃない。
友人。
お前は、地獄だ。
この魔界を、深紅の悪夢で塗り潰していく。
君こそ地獄そのものだ。
最高だ。
ナガレ。
我が唯一の友人。
君は素敵だ。
最悪で、最高だ。
だから、離してなどやるものか。
君の存在を、私の内に縫い留めてやる。
そう思いながら、私は嗤った。
声なき声を響かせる中、視界の全てが真紅に染まった。
世界を覆い尽くす怨嗟の声が聞こえた気がした。
これをやっている者が誰かなんて、そんな疑問は愚問だね。
あの女が創りたかったものを、君が、友人が徹底的に壊していく。
光はあらゆる方向に迸って、この世界の、異形が転生し続ける魔界の全てを焼き尽くした。
破壊が広がる中、私は光を発する方向を見た。
遥か彼方だったけど、君の気配と共にあの巨大な姿があった。
そしてもう一つ、そのすぐ傍に、似た大きさの何かがあった。
白と黒の、これもまた人によく似た姿。
友人の気配がするそれよりも、更に逞しい姿。
顔を見てやろうと思った時、私の笑い声は止まっていた。
それもまた、私を見ていた。
城塞のような形の兜、そして髑髏のような貌。
そこに穿たれた鋭い眼が、私を見ているような気がした。
それを見たのは一瞬の事で、形自体も私の勘違いだったのかもしれない。
でも、恐ろしい姿だった。
それだけは分かった。
信じてなんかいないけど、まるであれは、神様みたいに見えた。
友人のことだから、何かに祟られているのかもね。
禍神というか、そう、例えば魔神とでも呼ぶような何かに。
そう思ったら、暖かい陽気に眠りに誘われたみたいに、私の意識は急に薄れていった。
とてもいい気分だった。
友人と血を出し尽くして、自然と血の海の中で眠りに落ちるみたいな。
一瞬だけ見た白と黒の何かが、私と同じ色を帯びていたせいかな。
それに、不思議な安心感を覚えたのかも。
私という存在の形が、未だ魔界を蹂躙する深紅の光を帯びて友人の中に融けていく中、私はそう思う事にした。