魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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番外編 流狼と錐花⑨

 融ける。溶ける。鎔ける。蕩ける。

 

 私と君のさかいめが消えて、私が君に這入りこむ。

 

 さながら君のほねとにくに喰い込む、私の錐の根のように。

 

 私の肋骨は君の肉とないぞうを貫いて、そのひょうめんからびっしりと錐のような根を出して、君のからだに根を張っている。

 

 君の骨はがんじょうだが、なに、ささいだ。

 

 ふと思ったが、考え事がさっきにくらべてだいぶ纏まる。

 

 どうやら友人、君の血肉はせいしんあんていざいとしての効能があるらしい。

 

 これは良い、少しおおめに貰っておこう。

 

 そう思っていると、私は何かに気が付いた。

 

 それは、自分を覆うこのせかい。

 

 ゆうじん。

 

 きみの心の中のけしきに。

 

 それをみたとき、わたしのこころは、つかのまのへいこうをうしなった。

 

 きみの心の中でみたものは、わたしのりかいをこえていた。

 

 世界の端からはじまでを、なにかがびっしりとおおっている。

 

 蠢く何か。

 

 無数の蟲がひしめいているような。

 

 それはあの女が、アリナが私でつくった芸術とやらににていた。

 

 でも、それは全然似ていなかった。

 

 似ているようで、別物だった。

 

 なにせ、君の心の中でひろがるこれのほうが、はるかに醜くて、きれいだったから。

 

 黒く蠢くのは、ちいさなちいさな生き物のようなもの。

 

 使い魔とも魔女ともちがう、よくわからないもの。

 

 それがより集まって、ふかしぎな姿をつくっていた。

 

 無数の触手を生やした、トカゲみたいな生き物。

 

 さかなや甲虫みたいなのもいた。

 

 それらはみんな、内臓をうらがえしたようなぐにゃぐにゃした形と、機械みたいな硬くて冷たいしつかんをもっていた。

 

 似た系統は有っても、なにひとつとしておなじものはない。

 

 そんな異様なかいぶつが、むすうにひしめいていた。

 

 色は黒一色に見えたけど、じっさいはきっと、無数の色でそめられているんだろうね。

 

 私の頭の処理がおいつかなくて、きっとこう見えるんだ。

 

 想像力ってやつがたりないのかも。

 

 残念だ。

 

 すごく、凄く残念。

 

 きみの見えてる世界と、私の見る世界は異なるみたいだ。

 

 それはそうか。

 

 仕方ない、君と私は別人なのだから。

 

 でもいまは同じく蕩けてる。

 

 だからこの光景がみられてる。

 

 それでいいってコトにしとこうか。

 

 残念だけど、だきょうてんは大事だよね。

 

 こうなっても、一つになれないか。

 

 きみは頑固だね。

 

 ムカつくね。

 

 素敵だよ。

 

 そういうとこが、私はすきなのかも。

 

 しょうじき、よくわからないや。

 

 でも好きなんだ。

 

 あいはないけど、きみがすき。

 

 そう思ってる私の目の前で、世界がすがたをかえていく。

 

 無数のいぎょうのいきものたちがかさなりあって、おおきくなっていく。

 

 まるでひこうきみたいに、つばさをのばしたものや、ひとに似た姿になったやつもいた。

 

 恐竜みたいなはちゅうるい、触手をのばした、蛸や烏賊みたいなもの。

 

 植物や貝や、おうとつのないのっぺらぼうな蛇みたいなのもいた。

 

 そいつらは、たがいに殺しあっていた。

 

 かみついたり、圧し潰したり、手や足にみえる部分でなぐったりけったり。

 

 喰って食われて、飲み込まれる。

 

 そうすると、そいつのはらがふくれて、ふうせんみたいに破裂する。

 

 破裂したら、そのなかから、そいつよりもずっとずっとおおきななにかが顕れて、それにむすうの怪物たちが群がって喰い尽くす。

 

 そしたらそいつらのなかから、またべつのやつらが産まれてくる。

 

 殺し殺され、また生まれる。

 

 産まれたら殺されて、またどこかで生まれてくる。

 

 そんな様子がどこまでも続く。

 

 右も左も、上も下も。

 

 私の意識がある場所でも。

 

 無限の空間を、なおももてあましているように。

 

 ずっとずっと。

 

 世界の端まで。

 

 ああ、そうか。

 

 私はわかった。

 

 分かりたくなんてなかったけれど。

 

 あの女は、これがやりたかったんだ。

 

 わたしのからだをつかって。

 

 なんどもなんども、わたしをころして、からだをつくりなおさせて。

 

 すべてのぞうきをひきぬいて、骨を抉って取り出して、肉にうじむしをうめこんで。

 

 肉を焼いて腐らせて、酸で溶かしてきりきざんで。

 

 からっぽになった私のなかに、いろんないろをぬりたくった臓物を押し入れて。

 

 わたしのくびをたくさん詰め込んで。

 

 一つの私の身体から、複数の私が産まれる様な形で縫い留めて。

 

 死んで生まれ変わる。

 

 生と死の輪廻がしたかったんだ。

 

 きっと、この世界そのもので繰り広げられることみたいな。

 

 この世界。

 

 友人の中に広がる世界。

 

 魔法少女の私、呉キリカから見ても、異様な世界。

 

 魔で満ち溢れた世界。

 

 そうだ。

 

 ここはきっと、なまえにするなら。

 

 ここは、魔界だ。

 

 

 

 

 死ぬことのない怪物が、それでも殺し合ってまた生まれ変わる。

 

 生まれ変わり、転生を繰り返して、また殺し合う。

 

 それが無限に続く。

 

 永遠に。

 

 魔界で繰り返される転生の輪廻。

 

 魔界、転生。

 

 

 まかいてんしょう、魔界転生。

 

 

 なるほど。

 

 言葉にするときれいだね。

 

 あの芸術家女が目指すだけはある。

 

 救いようが無い、この世界。

 

 これがきみのこころなのか。

 

 たしかに、たたかうのが大好きな君とよくにてる。

 

 いや、わたしたちともそっくりだ。

 

 簡単にはしねなくて、いきてるかぎり戦い続ける。

 

 このにくたいは、石になった魂が動かすいれもので。

 

 私達は魂を宿した傀儡。

 

 かんたんに、いくらでもなおせる。

 

 でもそれをするためには、戦わなくっちゃいけない。

 

 生きて無いけど、いきてるかぎり。

 

 ずーっとずっと。

 

 ははは。

 

 たとえとして君をだしてごめんよ。

 

 これは私達の縮図だ。

 

 この醜く蠢く連中は、私達と変わらない。

 

 生まれ変わりの、転生の部分もそうさ。

 

 きみはまだしらないだろうが、わたしたちにもひみつがあるんだ。

 

 そのうち、きみにつきつけてやるから、かくごしておくがいい。

 

 どんなかおするのかな。

 

 泣きはしないのはわかるんだ。

 

 きみはむかしからそうだからね。

 

 きっと、たぶん、おそらくだけど。

 

 ただ、怒るんだろうね。

 

 この仕組みに対してさ。

 

 その時がいまから待ちきれないよ。

 

 今の私の形がどうなっているかは分からないけど、きっと私はわらってる。

 

 きみといつもあそぶときみたいな、すてきなえがお。

 

 わたしの爪が君を切り裂いて、きみが流した血飛沫をあびて。

 

 わたしも君になぐられて、はれつした心臓か胃袋からのぼってきた自分の血に濡れて。

 

 たいくつなひびのなかでの数少ない例外の時に、さいこうのときに浮かべる、とっておきのあの顔を。

 

 痛いってのに、なんでだろうな。

 

 苦しいのに、なんでだろうね。

 

 分からない。

 

 分からないけど、すてきだね。

 

 ああ、とてもすばらしいことだ。

 

 流血と殺意と、切り裂かれる血肉で、私達は繋がっている。

 

 死へと向かうはずだけど、その時が一番生きているって感じるんだ。

 

 ああ、いいね。

 

 友達っていうのは。

 

 だから私は、君の命が欲しい。

 

 きみの命をすいとって、そしてこの身で育みたい。

 

 なんでかって?

 

 そうきかれたら、わたしはむねをはってこういうよ。

 

 

 わたしはおんなだから。

 

 

 いのちをそだてられるから。

 

 

 どうだい、反論もできないだろう。

 

 私をその気にさせた、君が悪い。

 

 無数の異形が蠢く異界の中で、私は笑う。

 

 笑う。

 

 哂う。

 

 嗤う。

 

 幾らでも笑えた。

 

 嗤う理由なんてないさ。

 

 これはきみへの親しみでありちょうろうであり、嘲笑だからだ。

 

 わたしたちいじょうにすくえない奴が、この世にいたなんて。

 

 友人。

 

 君は、本当に。

 

 

 哀れだ。

 

 

 

 そう思ったときだった。

 

 世界の端の端の、そのまた端でなにかが光った。

 

 すると、それは私の前を通り過ぎていった。

 

 それは、真っ赤な光だった。

 

 あの女みたいな、真紅。

 

 それを浴びた異形達が、いや、この魔界とでも呼ぶべき世界がきえていた。

 

 光の中でもがき苦しんで、溶けていく。

 

 とけた後には、なにもなかった。

 

 溶けた異形は、また形になることはなくて、消えたままになった。

 

 わたしのめのまえに、ぽっかりとした広い空間がひろがった。

 

 空間に色は無かった。

 

 虚無。

 

 うつろな、無。

 

 何もない。

 

 異形達は、一斉にそこをみた。

 

 ひかりが来た場所を。

 

 私も見た。

 

 そして見た。

 

 私の直ぐ近くで、巨大な異形が砕け散った処を。

 

 いつから、それがそこにいたのかわからない。

 

 大きさの尺度はわからないけど、きっとかなり大きな建物くらいある。

 

 佐倉杏子の教会の、たぶん倍くらいの高さは。

 

 それは真っ赤な色をしていた。

 

 深い紅、深紅。

 

 血みたいに黒くて鮮やかな色。

 

 闘争の日々に生きる、私達の身体を染める色。

 

 それを全身に纏った、見上げるほどに大きな姿。

 

 たしかに近くにいるのに、動きが早すぎてその形が分からない。

 

 それでも、それが人間に近い姿なのは分かった。

 

 逞しい腕に、大剣のような脚、太くて頑強な胴体。

 

 身体の天辺にある、二本の角。

 

 まるで鬼を思わせる姿。

 

 それが信じられない速さで動いて、何もかもを壊していく。

 

 音も何も聞こえないけど、異形の生物たちが悲鳴を上げているのが分かった。

 

 自分達の身体で魔界を形成して、その中で転生を繰り返す怪物たちが泣き喚いてる。

 

 悍ましい外見からは想像も出来ないような、鏡みたいな綺麗な断面を見せて切り裂かれて、或いはただずたずたに引き千切られて。

 

 私はその様子を見続けた。

 

 形の詳細や、何をやってるのかまでは分からなかったけど、これだけは分かった。

 

 あれは、君だ。

 

 友人。

 

 君なんだろう。

 

 魔界を蹴散らす、深紅の姿、戦う鬼、戦鬼。

 

 深紅の戦鬼。

 

 あの中に君がいる。

 

 この容赦のなさと、苛烈な戦い方。

 

 例え戦いの形が違っていても、君は君のままだ。

 

 そうか、そういう事だったのか。

 

 君はこんな事を繰り返してきたのか。

 

 ずーっとずっと、ここに来るまで。

 

 そう思うと、また喉の奥が疼いてきた。

 

 喉が震えて、声が出る。

 

 音は無いし、今の私に喉なんてないけど、もう止まらない。

 

 笑い声が止まらない。

 

 憐れとか、救いがないとか、そういう次元の話じゃない。

 

 友人。

 

 お前は、地獄だ。

 

 この魔界を、深紅の悪夢で塗り潰していく。

 

 君こそ地獄そのものだ。

 

 最高だ。

 

 ナガレ。

 

 我が唯一の友人。

 

 君は素敵だ。

 

 最悪で、最高だ。

 

 だから、離してなどやるものか。

 

 君の存在を、私の内に縫い留めてやる。

 

 そう思いながら、私は嗤った。

 

 声なき声を響かせる中、視界の全てが真紅に染まった。

 

 世界を覆い尽くす怨嗟の声が聞こえた気がした。

 

 これをやっている者が誰かなんて、そんな疑問は愚問だね。

 

 あの女が創りたかったものを、君が、友人が徹底的に壊していく。

 

 光はあらゆる方向に迸って、この世界の、異形が転生し続ける魔界の全てを焼き尽くした。

 

 破壊が広がる中、私は光を発する方向を見た。

 

 遥か彼方だったけど、君の気配と共にあの巨大な姿があった。

 

 そしてもう一つ、そのすぐ傍に、似た大きさの何かがあった。

 

 白と黒の、これもまた人によく似た姿。

 

 友人の気配がするそれよりも、更に逞しい姿。

 

 顔を見てやろうと思った時、私の笑い声は止まっていた。

 

 それもまた、私を見ていた。

 

 城塞のような形の兜、そして髑髏のような貌。

 

 そこに穿たれた鋭い眼が、私を見ているような気がした。

 

 それを見たのは一瞬の事で、形自体も私の勘違いだったのかもしれない。

 

 でも、恐ろしい姿だった。

 

 それだけは分かった。

 

 信じてなんかいないけど、まるであれは、神様みたいに見えた。

 

 友人のことだから、何かに祟られているのかもね。

 

 禍神というか、そう、例えば魔神とでも呼ぶような何かに。

 

 そう思ったら、暖かい陽気に眠りに誘われたみたいに、私の意識は急に薄れていった。

 

 とてもいい気分だった。

 

 友人と血を出し尽くして、自然と血の海の中で眠りに落ちるみたいな。

 

 一瞬だけ見た白と黒の何かが、私と同じ色を帯びていたせいかな。

 

 それに、不思議な安心感を覚えたのかも。

 

 私という存在の形が、未だ魔界を蹂躙する深紅の光を帯びて友人の中に融けていく中、私はそう思う事にした。


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