魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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番外編 流狼と錐花⑦

 炸裂する光の中を、魔爪が駆け抜けていく。異形の肉を切り裂き、内側から湧き上がる悲鳴も貫きながら。

 そして赤黒の爪が抜け出た。オウムガイ型の外見をした魔女を内側から切り刻み、その姿を数百の肉片へと変える。

 魔女の正面に突き立てた刃は体内を巡り、崩壊していく魔女の頂点より垂直に抜けていた。

 呪わしきものに怯えて離れていくかのように、ヴァンパイアファングを支柱として、魔女の巨体が崩れていく。

 

 家一軒ほどもある巨体を貫いた頂点には、無数の眼球を花束のように纏めた異様な肉塊があった。

 キリカの両手から伸ばされたヴァンパイアファングがそれを貫き、絞首刑台に乗せられた囚人のように晒し上げていた。

 崩壊する魔女から滂沱の如く緑の鮮血が迸り、またその身に叩き込まれた高熱の名残を帯びて黒々と変色していく。

 

 熱とはナガレが従えた魔女の力を借りて、彼が右手で放った太陽の如く真紅の光球であった。

 それは魔女の堅牢な外殻を高熱により脆弱化させ、内側の肉も蕩けさせた。

 硬度が低下したそれを、先に突き刺さり装甲で止められていた二本のヴァンパイアファングが貫き、体内から蹂躙したのだった。

 勝利に一役買った彼ではあるが、その代償は安くなかった。

 

「ちっ」

 

 舌打ちと共に彼の身体が揺れた。

 魔女の力を借りた際に身に纏った、彼女の義体である黒靄が絹のように滑り落ちて雪のように消える。

 露わになった彼の姿は無残なものだった。

 数千度を超える超高熱を制御した両手はほぼ炭化し、手首の辺りまでが真っ黒な炭の色と化している。

 両手の小指と薬指に至っては消失し、その他の指も親指を除いて爪先が消えている。

 

「生身でストナーの真似事やんのは、ちょっと無理があったか」

 

 肘から肩に掛けては火傷が生じている。

 こちらは焼いた燻製肉が脂で濡れる様に、滲んだ体液の滴りによって桃色と薄黄色に濡れていた。

 それ以外にも上半身からは複数の白煙が昇り、シャツの内側では肉が焙られていることが伺えた。

 

 苛む苦痛が意識を焼き、膝は支えを求めて地へと向かい掛けるが強引に伸ばして直立を維持する。

 地獄の苦痛の中のささやかな安楽を拒絶するのは、彼の意地に他ならない。

 また更に、自分よりも遥かに上の傷を負った魔法少女が近くにいるためだった。

 

 魔女の触手で胸から腹までを薙ぎ払われ、皮と肉を剥がされて内臓を外気に晒した無惨な姿で呉キリカは立っていた。

 巨大な傷口から滴る血は、短いスカートから伸びた太腿を赤く染めている。

 嘗て彼女は似た事例に陥った時、その様子を「経血の大河」と評していた。

 

 今はそこに、黄色い粒も付着していた。注視してみれば、キリカの身体の至る所に細かな黄色の粒を認められた事だろう。

 それは、彼女の乳房が弾けた際に撒き散らされた脂肪だった。

 胸のサイズが大きいゆえに、蓄えられた脂も相当の量だった。

 それらがまるで虫に植え付けられた卵のように、死体じみた姿となった彼女の体表に浮かんでいる。

 

 それらを全く気にしていないかのように、キリカは両腕を軽く一振りさせた。

 長さ数十メートルに伸びていたファングが彼女の手の甲に巻かれたブレスレットへと格納される。

 そしてキリカから見て数歩先に、軽自動車ほどの大きさの肉塊が落下した。

 

 生臭い生命の色を思わせる緑の血と、熱で焼かれた黒い血が合わさる汚泥のような血の海の上に落ち、緑と黒の混合液を跳ねさせた。

 跳ねた液体を、キリカは躱そうともせず正面から受けた。

 血で染まった美しい顔と濡羽色の髪、彼女のイメージカラーの象徴でもある黒い衣装。

 そして露出した鮮やかな桃紅色の内臓を緑と黒の汚液が穢した。

 熱を失い始めた緑と、熱湯の温度を持つ黒が彼女を犯す。

 

「…ふ………ぅ」

 

 複数の色の斑模様となったキリカ。

 その前に転がる魔女の本体。

 

「ふ……う………ふ……う」

 

 それを前に呼吸を繰り返すキリカ。

 黄水晶の瞳は魔女を見ておらず、丸い靴の爪先を見ている。

 

「う、う、う」

 

 何かを言おうとしているのか、鮮血色の唇が震える。

 ぐちゅりという音がした。反射的に、キリカはそちらを見た。

 そこに広がっていたのは、緑、緑、緑、緑。

 

 触手が弱弱しく持ち上がり、その先端にある無数の目がキリカを見ていた。

 ヴァンパイアファングにより潰れたり切断されたり、高熱で白濁したものも多かったが、教室の黒板に匹敵する面積で以て無数の眼球が広がっていた。

 その緑を彼女はゆっくりと見つめた。

 

 魔女とて何もしなかったわけではない。

 瀕死ながら、いや、瀕死故に最期の力を振り絞り、眼の前の醜く美しい姿の魔法少女を更に美しく醜い肉塊へと変えるべく眼球の内側で触手を形成していた。

 次の瞬間には無数の触手が放たれ、キリカの全身は血肉と骨と汚物の微塵と成る筈だった。

 しかしそれは眼の内側で切っ先を尖らせたのみで終わり、終ぞ外界を拝むことは無かった。

 彼女から生じる固有魔法、速度低下が魔女の動きを止めていた。

 

 キリカは魔女を見ていた。

 魔女もキリカを見ていた。

 自分の天敵である魔法少女の眼を。

 黄水晶の輝きの中には、ただ虚無があった。

 虚無の目で、彼女は魔女を見ていた。

 

 その虚無が鏡の如く、無数の緑を映していた。

 黄水晶の色は緑に染められていた。

 魔女はそれを見た。

 そしてそれが、魔女が最期に見た光景となった。

 閉ざされる寸前に映ったものは先程自分を切り裂いたものと同じ形の、禍々しい五本の赤黒。

 それに引き裂かれて千切れる己の姿。

 

 全ての眼球が機能を喪い、魔女は崩れ落ちた。

 しかしその状態で、まだ微細な動きを繰り返している。

 キリカの速度低下が継続しており、崩壊が押し留められていた。

 もう助かる見込みも無く、反撃の手段も絶えている。

 ただ苦痛が伸ばされているだけの、絶望的な命の延長だった。

 

 ビクビクと蠢く魔女からは、ゆっくりと体液が流れていく。

 切り裂いた際に彼女へと飛来した返り血により、キリカの姿はより緑が濃くなっていた。

 心臓の表面に緑が映え、緑の奥で赤い心臓が脈動する。

 とぐろを巻いて腹に収まる消化器官の皺の上に緑が染み入り、まるで黴に覆われているような趣を彼女の臓物に与えた。

 割れた肋骨や肉の内側、他の臓器も似た有様を晒していた。

 今のキリカの姿は、腐り果てて粘菌の苗床となった死骸と、鼓動を続ける生者の間に立っていた。

 

「気は済んだか」

 

 尋ねるのとは違う言い方で、彼はキリカに話し掛けた。

 キリカが瀕死の魔女を無意味に切り刻む事は珍しい事ではなく、今回もその一環だと思っていた。

 しかしキリカはトドメを刺した程度で、以降の動きを見せなかった。

 いつもなら行う無意味な死体損壊をしない事が、却って彼女の今の異常さを示していた。

 

 身に降り掛かる速度低下を、炭化した指で器用に掴んだ斧槍型の魔女に分解させつつ彼女の背後に立っている。

 魔女が反撃に移った際、即座に始末する為である。

 速度低下魔法への対処の為、彼の肉体の回復は後回しにされていた。

 

「うん。まんぞく」

 

「そうか」

 

 短い遣り取りだが、彼にはキリカの異常が続いていることが分かった。

 どうすべきかと彼は思った。このままの状態が良い訳が無いが、かといって結界から外に出したら何が起こるか分からない。

 一人の魔法少女が狂乱に陥り力のままに暴れ狂えば、商業用施設など十数分程度で巨大な棺桶と化す。

 

 これは結界の中にいるうちに決着を着ける必要がある、彼はそう思った。

 だが、その手段が思い浮かばない。

 出来る事はとすれば、話をしてやることぐらいかと。彼女の友人として。

 そう思った彼が口を開こうとした、その時だった。

 

 

「うえええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇえええええっ」

 

 キリカの細い身体がほぼ直角に曲がるや、彼女の膝が崩れ、両手が地面に着いた。

 そして悲痛な音が彼女の喉から鳴り響く。

 その音を押し退ける様に、黄色い液体が酸の香りと共に可憐な口から吐き出されていく。

 吐き出された胃液には赤みが混じり、更に未消化の固形物が幾つか観られた。

 それは、彼女が彼から与えられたドーナツの成れの果てだった。

 

「あ、あ」

 

 今も止まらずに吐き出し続けていく中、キリカは言葉のような声を出した。

 黄水晶の虚無の目は、魔女の血と己が吐き出した体液の海に沈む焼き菓子を見ていた。

 

「ああああああああ」

 

 叫ぶように声を連ねると、キリカは身を屈めて地面に這いつくばる様な姿勢となった。

 そして白手袋で覆われた繊手を必死に広げ、吐き出したものを集め始めた。

 そうして出来たのは、小さな堆積。

 胃液と異形の血と溶けかけのドーナツで作った小さな山だった。まるで幼子が砂場で作る児戯のような。

 

 彼女はそれを啜った。両手を口の隣に置いて、まるで地面にキスをするような姿勢となり、吐き出したものを一滴も漏らさないように。

 それらを飲み込んだ瞬間、キリカは再び吐いた。

 吐しゃ物が地面から跳ね返り、彼女の顔と、開いた傷口と内臓に塗りたくられた。

 

 それを見た彼女は、再び吐いたものを集めようとした。

 

「やめろ」

 

 伸ばされた手に交差するように、彼女の両脇に腕が差し込まれた。

 その際に彼が発したのは、唸り声のような声だった。

 静かだが、反抗を許さない響きがあった。

 後ろから彼女を拘束したまま、彼は立ち上がった。

 小柄な少女に、彼女よりは幾らか大きい少年が寄り添う。

 

「や」

 

「ん?」

 

 キリカが何かを呟いた。

 彼が怪訝な声を出したのは、自分が聞いたことのない声の出し方だった為だ。

 

「や、やや、ややややや」

 

 異常なキリカの更なる異常が続く。

 彼の腕の中、彼女は慌てていた。

 

「や、めて……は、は、は、は、はず、はずか、しい」

 

 見ればその血と体液と脂で汚れた頬に、薄い赤みが見えた。

 羞恥の色だった。

 

「何でだよ」

 

 彼は聞き返した。

 離す事は出来ないが、話すことは出来るとしたのだった。

 

「お、おおお、おとこの、ひとに」

 

 たどたどしく喋るキリカ。それはまるで別人のようだった。

 

「かかかから、からからら、からだ、さわら、さわられれ、れるの……は、は、はず…かしい」

 

 確かに、理屈は通っている。

 その様子に、彼も従うべきだと思った。

 が、確認する事があった。

 

「ちなみによ、そしたらお前は何をするんだ?」

 

「うん。もちろん」

 

 またしても口調が変わっていた。というよりも、先程からの童女風に戻っている。

 

「ちゃんと、たべるよ。ぜんぶ」

 

「やめとけ。腹壊すぞ」

 

「だいじょうぶ、まほうしょうじょは、おなかこわさない」

 

 キリカの口からは彼女の胃液と血と、異形の体液の香りがした。

 彼は鼻がいいとはいえ、鼻先を掠めるだけでも筆舌に尽くしがたい悪臭が脳髄を焼いた。

 それをもろに受けるキリカは、数段どころか一次元上の苦痛を感じているだろう。

 

「なんで、そこまで」

 

「きみのだから」

 

 即答だった。

 

「あのどーなっつは、きみが、ゆうじんがくれたものだから」

 

「そうか」

 

 彼も直ぐに返した。

 ありがとよ、という礼は彼の喉に留まった。

 言えば拘束を振り払い、また始めると思ったからだ。

 

「腹減ってるなら、少し休んでから外出て何か食おうぜ。元々その途中だったしな」

 

「うん、わかったよ、ゆうじん」

 

 これからの事を話すも、まだこの状態が続いている。

 普段の爛れた話を投げ掛ける彼女の様子が懐かしく思えてくるが、今自分の手の中にいるキリカもキリカである。

 彼女は成れ果てとなり切ってはいない。彼はそう思っている。

 

 成れの果てなぞ、なるものじゃない。

 彼の脳裏に一瞬、巨大な姿が浮かぶ。

 一瞬で斬り払うように姿を消し去る。

 今向かうべき存在は、たった一つだけだと。

 

「さむい」

 

 腕の中でキリカが震えた。

 寒いのも当然だろうと彼は思った。

 彼女の肉体は今、四肢を除いて死人もかくやといった有様である。

 魔女に命じて火でも起こすかと、彼が考えた時だった。

 

 

「わたし、さむい」

 

 

「さむ、さむむ、さむい」

 

 

「寒い」

 

 

 一つの声で、言葉が三つ重なっていた。

 それは彼女の口と、発声した思念の声によるものだった。

 

 

「わたし、からっぽ」

 

 

「か、からっぽ」

 

 

「空虚だ」

 

 

 童女と慌て者と、そして普段の彼女の口調が。

 

 

 

「だから、うめる」

 

 

「う、う、う、うめる」

 

 

「うめるよ」

 

 

「きみは、ゆうじん」

 

 

「あ、あな、あなたは、ともだち」

 

 

「君は友人」

 

 

「たいせつな、おともだち」

 

 

「ともだち、だよ」

 

 

「友人だ」

 

 

「わたしの、たったひとりの、ゆうじん」

 

 

「たった、たったひとり」

 

 

「一人だけだ」

 

 

「わたしは、あまりきみをしらないけれど」

 

 

「ごめんね、愚図で」

 

 

「君は口下手だからな」

 

 

「でもきみのなかに、わたしがいる」

 

 

「わたし、あなたのなかにいる」

 

 

「私は今、そこにいる」

 

 

「だから、ほしい」

 

 

「とても、ほしいの」

 

 

「欲しいのさ」

 

 

「きみの」

 

 

「あなたの」

 

 

「君の」

 

 

 

 

 

 

「いのちがほしい」

 

 

 

 

 

 発声の仕方の異なる三つの声が同じ言葉で重なった瞬間、彼の肉体が硬直した。

 これまでにない程の強力な速度低下魔法の行使が、牛の魔女の干渉力を上回ったのだった。

 彼の身からするりと抜けると、キリカは彼の方へと向いた。

 口から胃液と血と、魔女の血を垂らしながら、体の前に開いた巨大な傷から腹の中の全てを彼に晒しながら。

 呉キリカは朗らかに、どこまでも優しく微笑んでいた。

 

「だから、ゆうじん」

 

 微笑む彼女の傷口で、何かが動いた。

 それは、破壊された肋骨だった。

 細い肋骨の先端が、見る見るうちに鋭さを増し、形が整えられていく。

 

 その矛先は前を向き、先端は巨大な錐を思わせる形状となった。

 本数は左右十二対で都合二十四本。

 それらが傷口一杯に縦に広がり、長さも伸びていく。

 人体の重要部位を護る筈の肋骨は、巨大な牙となっていた。

 

 そして倒れる様に、キリカはナガレに身を寄せた。

 身体が触れた瞬間、彼女の肋骨が彼の肉と衣服を深々と貫く音が異界に木霊した。

 それに対し、彼は一声も挙げなかった。

 歯を砕かんばかりに噛み締め、凶行に耐える。

 

「きみのいのち、あたたかい」

 

 キリカの傷口は今、巨大な口と化していた。

 肋骨の牙が彼の脇腹に突き刺さり、その身を彼女の開いた傷口へと寄せている。

 温かいとは肋骨から伝わる彼の熱か、または直接彼に触れている、彼女の臓物が感じる彼の体温か。

 分類は無粋だろう。

 あたたかいとは、彼女が全身で感じる彼の存在全てであるからだ。

 

「からっぽなわたしを、きみのちにくでうめさせて」

 

 ともだちだから、いいだろう。

 そうキリカは言った。

 朗らかな笑顔と、慌て者の今にも泣きそうな。

 そしてその両方にもなり切れない、笑顔の出来損ないが混じった無惨な表情だった。

 その表情を振り払うように、彼女は口を開いた。

 

 開かれた口の中で、犬歯が異様な発達を見せていた。

 彼女と二度目に相対した時も、彼はこの光景を見た。

 古の吸血の魔性の如く、キリカはナガレの首に喰らい付いた。

 皮膚を喰い破った瞬間に溢れた血潮を口いっぱいに頬張りながら、鮮血色の美しい唇で彼の皮膚を強く吸い、更なる血潮を体内に招く。

 

 また、キリカの両手は彼の背中に回されていた。

 彼を拘束する両腕には剛力が、彼の背を撫でる繊手には花を摘むような柔らかな力が籠められていた。

 

 そして口での吸血と傷口での捕食を同時に行う中、キリカは犬歯を彼の首に突き刺したままに口を動かした。

 彼の肉へと直接刻むように、キリカは彼から溢れる熱い血を飲みながら言葉を紡いだ。

 

 

「わたしときみで、こども、つくろう。ふたりでいのち、そだてよう。わたしに、しきゅうを、つかわせておくれよ」

 

 

 たどたどしくも優しい声で母のように微笑みながら、呉キリカはナガレにそう告げた。

 


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