魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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拙文ながら、冒頭よりグロテスクなシーンが展開されております
閲覧にはご注意願います























番外編 流狼と錐花⑥

 闇が広がる。底の無い洞の中に広がる様な黒い闇が。

 

 されど闇の中にはいくつかの光があった。

 

 それはある存在に向けて光の矛先を向け、焙る様な熱量で以て照らしていた。

 

 照らされたものは熱さの他に、背中に広がる冷たい金属の感触を味わっていた。

 

 しかし、手足の感覚は無い。

 

 胴体と繋がっていないからだ。

 

 両脚は膝から下が無く、両腕は肩から先がない。

 

 骨と肉と黄色い脂肪が見える断面は乾き、赤黒い血が薄い瘡蓋のように固まっていた。

 

 いつもは邪魔に感じる大きな胸も今は無い。根元近くから切り取られ、中に詰まった黄色い脂肪の並びが見えた。

 

 赤い肉の壁を隔てて、黄色い粒が並ぶ様は取り出された魚卵にも見えた。

 

 滲む脂と体液が混ざり、てかてかと濡れた輝きを見せている。

 

 四角く硬い枕が後頭部に敷かれ、顎を引かせられているが故にその様子がよく見えた。

 

 その先の、痩せぎすゆえに腹筋が浮いた腹は、白磁の如く白い肌を…見せてはいなかった。

 

 そこに広がるのは、鮮烈な赤と暗い黒。白い肌は裏返しにされ、腹腔の内側の赤を見せていた。

 

 左右から伸びた幾つもの金属の爪が肌と肉を貫いて固定、それに繋がる細い鎖は上空を伝い、闇の奥へと消えている。

 

 左右に広げられて開腹された腹の中は、空だった。本来収まっている筈の大腸や小腸、肝臓や膀胱までもが消えていた。

 

 正確には、ほぼ空と言った処か。

 

 たった一つ、彼女の最後の尊厳を示すようにただ一つの臓器というか、器だけが残っていた。

 

 そこに、闇の中から手が伸びた。

 

 彼女の肌とは異なる白、灰のように白い手だった。

 

 但し、白いのは黒い綿状のリングを巻いた手首より手前だけ。

 

 骨のように細い指も、肉食獣の牙の化石のように鋭い爪も、赤黒い血と照り光る脂で濡れていた。

 

 手首に撒いたリングには、それらがたっぷりと染み込んでいた。

 

 まず右手が彼女の腹腔に入り、次いで左手が肉の壁を押し広げる。

 

 苦痛と嫌悪感に犯される意識。

 

 芋虫も同然の状態で震える身体を、闇の中から伸びた複数の手が拘束する。

 

 左右に振られる顔も強引に前へと固定され、激痛と嫌悪感の源泉を見せられる。

 

 ぶちぶち、みちみち、めりめり、めきめきという音が鳴る。

 

 何かを抑え、そこから何かを引き千切っている。

 

 音に混じって、複数の少女の声がした。

 

 はぁ、はぅ、うぅ、あぁ…。

 

 それらは陶酔と羨望の響きを宿した、熱に濡れた吐息であった。

 

 暴れる彼女を抑える者達が漏らした吐息が、闇と閃光、そして血臭が交差する室内に満ちる中、腹腔から手が抜かれた。

 

 血を垂らしながら、開いた腹腔の上にそれが引き上げられた。

 

 更に血と体液に染まって深紅と化した両手の先は、人差し指と親指で小さな膨らみを有した細い管を摘まんでいた。

 

 それは左右に一本ずつあった。

 

 そして管は中央へと伸びていた。それは、彼女の。 

 

 

ハイ、見えるヨネ?コレがアナタの

 

 

 血で濡れたそれを掴む者が声を発した。

 

 美しいが、粘着質な声色の少女の声だった。

 

 もしもウイルスや病原菌が意思を持つのなら、こう言った声を出す。

 

 そう思わせてしまうような、毒々しさを帯びた声だった。

 

 

 その声と共に、光景が変化していく。

 

 地獄のような悪夢から、現実へと。

 

 地獄のような現実に、世界が置き換わっていく。

 

 その寸前、緑の色が視界に広がった。

 

 それは人の姿をした地獄であった。

 

 半月の笑みを浮かべて、彼女の肉の袋を摘まむのは、緑の長髪を腰まで垂らした少女。

 

 軍服風の姿をした、緑の瞳と髪と、黒いネクタイの首元に緑の宝玉を嵌めたその者の名は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 少女が叫び、両手から生えた斧を振る。

 迫り来る巨大な赤紫の触手が切断され、毒々しい緑の体液が吹き上がる。

 頭足類の吸盤に似た疣がびっしり生えたそれは地面に落下し、魚のようにびたびたと跳ねて緑の体液を撒き散らした。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 緑の飛沫を貫いて迫る触手が、またも切断。

 呉キリカによる、猛烈に回転する独楽のような動きに伴って行われる斬撃によって、切断に切断が重ねられる。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 全く同じ音で、全く同じ長さの声だった。まるで機械に録音され、繰り返されているかのような。

 そして叫びというよりも、声が溢れると言った方が近い。

 声の大きさは大したことが無く、震えてもいない。

 ただ、声が吐き出されている。

 傷口から血液が垂れ流されるように。

 

「あ」

 

 ふと、何の前触れも無く声は停止した。斬撃も止まり、キリカの長い両腕がだらりと下がる。

 美しい顔も下を向いていた。普段の眼帯が外され、彼女は両眼で世界を見ていた。

 黄水晶の眼の先には、異界の地面があった。

 切断されて横たわる巨大な触手から溢れる緑の体液が、海の如く広がっている。

 

 彼女はそれを見ていた。自らが触手を切り裂いて生み出した、緑の色を。

 ただ見ていた。瞬きもせずに。

 好機と見たか、再び触手が彼女に迫る。その時だった。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 先程とは打って変わり、キリカの口からは絶叫が迸った。無数のガラスを一度に砕いたかのような、破壊的な叫びだった。

 

「アアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 叫びのままに、キリカは廻る。そして破壊の叫びに相応しい暴虐を、彼女は魔女の触手に与えていた。

 全方位から迫っていた触手が千々と千切れていく。

 迸る緑の体液さえも切り刻み、黒い魔法少女が叫びのままに疾走。触手の根元へと駆けていく。

 

 触手を迸らせるは、家屋に相当する巨大な異形。古代生物であるオウムガイによく似た姿の魔女であった。

 直径一メートルに達する触手の根元、巻貝状の殻の口には花束の様に束ねられた無数の眼球があった。

 緑の瞳を宿した眼球を押し退け、眼球と眼球の間からは細い管が伸びていた。

 

 赤紫の管は眼球から数メートル離れた位置から急速に膨張、直径一メートルに達する巨大な触手と化した。

 切断された触手の根元の管は萎み、数秒と経たずに砂のように崩れ落ちた。

 だが同じ場所からは再び管が伸び、それもまたある程度伸びると一気に触手として成長した。

 その間に、彼女は準備を終えていた。

 両腕の手首のブレスレットに莫大な魔力が宿る。そして。

 

「ウウウァァァァアアアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 狂気の叫びと共に、両腕が振りかぶられて降ろされる。そして彼女の両手から赤黒く輝く連なる魔斧が、吸血の牙が迸った。

 普段なら高らかに叫ばれるヴァンパイアファング。

 されど今のキリカの口は絶叫しか紡がない。

 

 叫びの最初に、ほんの僅かに生じた発音の差異が技名の名残だろうか。

 振り下ろされた二本のヴァンパイアファングは迫る触手をズタズタに切り裂き、遂には触手の根元へと到達した。

 ファングの着弾と同時に生じたのは、陶器が割れたような硬質な音だった。

 見れば、赤黒い斧は巻貝状の魔女の胴体に着弾していた。

 

 触手は自分達を斧の贄とし魔詰めを逸らし、本体への直撃を避けていた。

 更に甲殻は堅牢であり、ヴァンパイアファングの貫通力を以てしても体内への穿孔は長さ二メートル程度に終わっていた。

 そして着弾とほぼ同時に、両手が塞がった彼女の元へと何かが飛来した。それは、彼女が切り裂いた触手の中から生じていた。

 

 ばちんという破裂音が鳴った。切り裂かれた触手の中から発生したのは、更に小さな触手であった。

 触手の破片を根元として生じた、半分程度の太さのそれはキリカの胸元を薙ぎ払っていた。

 空中に白と黒の衣装の破片、そして肉と骨と、黄色い粒が散った。

 粒とは、彼女の豊かな胸の中に蓄えられた脂肪であった。

 触手の一薙ぎは彼女の胸を破壊し、肋骨の大半をも削り取っていた。

 

 破壊はそれだけに留まらず、腹の皮もごっそりと消し飛ばしていた。腹腔が外気に晒され、白い湯気を立てた。

 不幸中の幸いか、胸から腹にかけてに開いた傷から覗く肺や心臓。

 腸といった臓物は損傷せず、奇跡的に彼女の内側に収まっていた。

 

 しかしその奇跡をあざ笑うように、更にもう一本が彼女へ迫る。その切っ先は彼女の美しい顔へと向かっていた。

 更には最初のものも彼女へ向き直る。次の瞬間には、彼女の臓物が異界に飛び散る筈だった。

 

「キリカァァァアアアア!!」

 

 彼女の名を呼ぶ声と共に、巨大な斧槍による斬撃が触手たちを両断しなければ。

 

「あ」

 

 その者の姿を見た時、キリカの叫びは止まっていた。

 横に一閃された大斧槍。それを翼のように水平に構えた少年の身体は血に塗れていた。

 自らが体内から流した赤いものと、異形から浴びた緑のもので。

 

「ゆうじん」

 

 童女のような声で、キリカは彼の呼び名を言った。

 

「悪い、雑魚退治に手間取った」

 

 そう告げた彼。そして今この世界から、使い魔達は絶えていた。

 魔女とキリカが対峙していたこの場所から少し離れた場所では、古代魚に似た無数の使い魔が残骸となって転がっていた。

 生きた弾丸、或いは弾頭であるこの使い魔を彼は牛の魔女を介して呼び寄せ、キリカが魔女と一対一で戦う場を与えたのだった。

 この役割を担った事を、彼は逃げだと思っていた。

 

 しかしながら、彼の全身は切り傷に覆われ、背や脇腹は古代魚の突進によって抉られていた。

 更には右足の爪先が吹き飛び、脛からは肉が裂けて骨が覗いている。

 数体までなら問題ないが、数十、数百を超える群れで音速飛翔する生体魚雷を一手に引き受けての戦闘行為が逃避である筈が無い。

 

「だいじょぶさ、ゆうじん。だって、だって、きみと、わたしは」 

 

 無残な姿で、笑顔でキリカは告げる。普段の朗らかな表情ではなく、泣き笑いのような無残な顔で。

 

「任せろ」

 

 異常な状態にあるキリカへ彼はそう告げた。キリカは小さく、「うん」と返した。

 何が起きているのか分からないが、その返答を彼は酷く無惨に感じた。

 呉キリカと言う存在が、消えてしまったように思えたのだ。

 

 だが、彼女はここにいる。傍らに立ち、共に戦っている。

 余計な事を考えるんじゃねえぞ馬鹿野郎と彼は自分を罵り、今遣るべき事を成すと決めた。

 

 雑魚は一掃し、触手はキリカが薙ぎ払った。ならばこれが使える。

 手に握る斧槍を地面に突き刺し、彼は叫んだ。

 

「うぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 腹の底から、彼は叫んだ。叫びに呼応し、斧槍から黒い靄が迸り、彼の身へと張り付いた。

 それは牛の魔女の義体、牛と人間を合わせた姿であった。

 それが彼と重なるや、ナガレは両掌をかち合わせて一気に開いた。開いた掌同士の間で、紅い光が迸っている。

 掌を再び近付けると、雷のように迸っていた光はバスケットボール大の光球と化した。

 そして。

 

「りゃああああああああああああああああああああああああ!」

 

 絶叫と共に、彼はそれを両掌で抱えたまま腰の右側へと引き寄せ一気に前へと右手を突き出した。

 投げ出された光球は空中を跳ねる様に動いて飛翔。

 再展開されていた触手が阻もうとするも容易く貫き、オウムガイの下部へと激突した。

 その瞬間、真紅の光が被弾個所から迸り、オウムガイの巨体の半分近くを球状の光が包み込んだ。

 光の内側では触手を貫いた熱量が暴れ狂い、堅牢な甲殻の表面が高熱と噴き上がる猛風によりはらはらと剥離していくのが見えた。

 

「やれ!!キリカ!!」

 

「うん、ありがとう、ゆうじん」

 

 そしてキリカも為すべきことを成した。高熱で蕩けた体内を、ヴァンパイアファングが駆けた。

 吸血の牙が縦横無尽に暴れ狂い、堅牢な甲殻の内側を切り刻んでいく。

 やがて牙は獲物を捕らえた。無数の眼球が、無数の緑色の瞳で自らの体内を刻みながら迫り来る牙を見た。

 

 そして獰悪な牙は容赦なく、その切っ先を緑の瞳へと突き立て切り裂いた。










邪悪さを少しでも表現できていたらと思います

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