魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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番外編 流狼と錐花⑤

 奇怪な叫び声。號と吠えるような金切り音。そして鋭い切断音。

 これらがほぼ同一のタイミングで発生し、それに少し遅れて吐き気を催すような暗緑の液体が地面で弾ける落下音が聴こえた。

 それは次々と連鎖し、極彩色で彩られた異界の中に異形の花を咲かせていく。

 

「不味そうな魚だ」

 

 漆黒の大斧槍、牛の魔女を小枝かナイフの如く軽々と振り回しながら、ナガレは言った。

 疾走しながら魔なる大斧を振り回す様は、まるでそれによって飛行する異界の悪魔か天使に見えた。

 美しい少年の姿をした天魔の贄として命を奪われていくのは、彼が評した通り魚に似た姿をした異形であった。

 

 大きさは長さ一メートル少々、鈍色の滑らかな円錐形をした切っ先に続く胴体を鱗状の装甲が覆い、終点ではイカやタコに似た赤い触手が尾鰭のように揺れていた。

 それらが音速に近い速度で飛翔し、彼の元へとあらゆる方向から接近していく。

 そして今も、地を蹴って飛翔した彼の周囲を異形の魚たちがぐるりと取り囲んでいた。距離は既にメートルの単位を切っている。

 対する彼は、

 

「遅ぇ」

 

 と呟くや斧槍を縦に横に、斜めにと閃めかせていく。空中で緑色の死の柘榴が破裂し、毒々しい色を宙にブチ撒ける。

 その中を器用に潜り抜けて落下し、彼は再び前へと走る。

 彼の脚力は人類のそれを越えているが、手に持った牛の魔女が彼に更なる力を与え、風の如く疾走を可能とさせていた。

 消費される魔力の贄は、今薙ぎ払われた者達の血肉である。

 

 斧の中央にある孔に異形の血肉が渦を巻いて吸い込まれ、魔女に喰われて魔力へと変換されていく。

 同胞の眷属を喰らい、主に力を与える事で更に死を産み出していく救いのない連鎖。

 罪悪感などある筈も無く、魔なる女は満足そうに金属の輝きを刃に宿し、主たるナガレへと惜しみなく力を捧げていた。

 

 再び迫る生きた魚雷を、彼は再び一閃の元に下していく。

 弾ける体液と砕ける肉片、それが牛の魔女へと吸い込まれる渦の更に奥。

 彼が目指す場所では、黒い嵐が吹き荒れていた。

 黒嵐は殺戮と絶叫と、そして美しい少女の姿で出来ていた。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 絶叫しながら両手を振う呉キリカ。

 白い手袋で覆われた繊手、その根元である手首から、彼の握るものと同種の得物が発生していた。

 それは赤黒い輝きを放つ、牙のような獰悪な形状をした斧だった。

 長さ五十センチに達するそれが一つの手につき五本、計十本の禍々しい斧が黒い奇術師風の姿となったキリカの手首から生えていた。

 それが振られる度、宙で緑が弾けた。六つに砕けた肉片が更に刻まれて微塵となり、異形の体液も吹き散らされていく。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 叫びながら、暴風と化して荒れ狂うキリカに向けて無数の使い魔が飛翔していく。

 されど一体として彼女の元へは辿り着かず、無意味な肉片と血飛沫と化す。

 荒れ狂うキリカの周囲で、奇怪な現象が生じていた。宙に撒かれた残骸は落下せず、そこに残り続けていた。

 呉キリカの固有魔法、速度低下の発露であった。

 

 彼女の全身から放射される魔力が使い魔を捉えて歪んだ時の流れの中に拘束し、彼女はそれを片っ端から刻んでいった。

 キリカ自身の持つ禍風の如く凄まじい速度と相俟って、彼女は正に無敵と化していた。

 しかしナガレはその様子に、不吉なものを感じていた。

 狂気に浸っている彼女だが、この狂気は違う。

 彼女の意思で狂ったものではなく、狂わされているものだと彼は思った。荒れ狂う力の発現の様子に、身に覚えがある故に。

 

「キリカ!」

 

 使い魔の一団を切断し、彼がキリカへと駆け寄る。

 殺戮が一段落し、キリカは両腕をだらりと垂らして猫背の姿勢で立っていた。

 彼女には、一滴の返り血も付いていなかった。身に迫る全てを暴風として跳ね除けたからだ。

 いま彼女の傍らに立つ彼は、この結界へと招かれてから初めて彼女に受け入れられた存在だった。

 結界が発動した瞬間、変身したキリカは振り向きもせずに只管に前へと走っていった。そしてようやく追いついたのが今だった。

 

 名を呼ばれた彼女は、ゆっくりと彼へと振り返った。

 

「ああ、ああああ、あ……ゆう…じん」

 

 振り返ったキリカは、彼が知るキリカのどんな様子とも異なっていた。

 

「それ、外れるんだな」

 

 その姿を見て感じた喉の呻きを堪えつつ、彼はそう尋ねた。

 

「もちろんさ。わたしのからだのいちぶだからね」

 

 童女のような柔らかい口調で話すキリカ。斧を出したまま右手を掲げ、斧の切っ先で顔を指す。

 切っ先の先端は彼女の顔の右半分に向けられていた。そこには彼女の白く美しい素肌と眼があった。

 普段は魔法少女と化したキリカの右目を覆う眼帯が外され、彼女の素の部分が晒されていた。

 

 しかし、そこに異常があった。美しい黄水晶の瞳が、異様な動きを示していた。

 左右で異なる位置に、まるで撞球のように眼球内で上下左右にと全く止まらずに狂ったように動いている。

 

 表情もまた異常だった。キリカとしては、普段の春風のような朗らかな笑みを浮かべているつもりだろう。

 しかし美しい表情が刻んだのは泣き笑いのような無残な表情。

 まるでキリカの笑顔を紙に書き、それをぐしゃぐしゃにしたかのような。

 何らかの悪意によって、彼女の存在を否定すべく歪めたような笑顔であった。

 

 口の端からは黄色い液体が垂れ、顎を伝って彼女の豊かな胸に押し上げられた赤いネクタイを濡らしていた。

 異形の体液が放つ悪臭を貫くように、酸の匂いがそこから伝う。唾液ではなく胃液であった。

 絶叫と胃液を吐きながら、彼女は使い魔と戦っていたのだった。

 

「お前」

 

 大丈夫かと伝える積りだったのかもしれない。言った時、彼は左拳を強く握っていた。

 彼女の答えが何であれ、彼は彼女の腹あたりを殴打する積りだった。

 明らかな異常事態に、彼は結界からの一時退却を選択肢として選んだ。その間に自分が魔女を仕留めると。

 乱暴な解決策だが、キリカ相手にはこうでもしないと足止めにもならない。

 それこそ、背骨を完全に圧し折るなどでもしなければ。

 

 その結果が出る前に、両者を激震が襲った。地面が砂糖菓子のように割り砕かれ、一気に隆起する。

 割れた地面を更に砕き、巨大質量が迸った。それは両者の間を裂く様に、醜い姿を顕した。

 それは内臓疾患を思わせる赤紫色の、太さ一メートルに達する巨大な触手であった。

 使い魔のそれと似て、更に醜悪にさせた疣を連ねた頭足類の触手だった。地面を砕いた触手は、真っすぐにキリカへと向かって行った。

 

「キリカ!」

 

 斧を携え触手に向かって走りながら、ナガレは彼女の名を叫んだ。その彼へと、触手が方向を変えて向かった。

 眼前に広がる醜悪な壁に、彼は斧を振った。凄まじい力と粘着力が斧を包んだ。

 あらゆる魔女を切り裂いてきた魔斧が、触手の表面で止められていた。

 

「うるぁああ!!」

 

 魔獣の咆哮を上げてナガレが両手に更なる力を込めた。牛の魔女もそこに力を加え、膂力が一気に増大。

 振り切られた斧は触手を切断し、断面からは夥しい出血が溢れた。

 使い魔のそれよりも、更に色濃い緑の体液が迸る。その色に彼は嫌悪感を覚えた。

 気持ち悪さではなく、ある存在と似た色彩である為に。

 

 だがそれさえも一瞬で焼却し、彼は触手で覆われていた視界の先を見た。

 砕かれていく地面が波打つ海面のように揺れ動く中、キリカはただ静かに、割れた地面の上に立っていた。

 縦横無尽に動いていた黄水晶の瞳が停止し、ある一点を見つめている。

 視線の先には、緑色の体液を吐き出す異形の触手。

 それが引き戻されていく場所へと、キリカは視線を送っている。彼には、キリカの視線は緑の色を追尾しているように見えた。

 そして、触手の根元が吸い込まれた地面が一気に隆起し、破裂するように破片を宙に吹き上げた。

 

 顕れた魔女の姿を言葉にすれば、家一軒ほどの大きさの超巨大なオウムガイと云った処か。

 老樹を思わせる黒茶色の甲殻、整えられたまつ毛を生やした無数の巨大な眼球が、巻き状の貝殻の下部に開いた穴から覗いている。

 花束の様に束ねられた無数の眼球の中の瞳の色は緑一色であり、それがキリカとナガレを見つめていた。

 

 そして無数の目が一斉に瞬いたとき、人間一人ほどもある眼球を押し退け、その奥から無数の触手が放たれた。

 先に切断したものも混じっているのか、緑の鮮血も触手の噴出と共に迸る。

 視界全てが赤紫色の触手という、常人なら瞬時に精神を破壊されて狂わせられかねない地獄絵図。

 しかし、魔なる者達は退かない。

 

「行くぞ、キリカ」

 

「もちろんさ、いこう、ゆうじん」

 

 もう退避など間に合わない。ならば撃破し生きて帰るのみ。

 ナガレはいつも通り真っ向から魔女へと向かう。異形を喰らう更なる異形、異界での呼び名の一つである竜の戦士であるかのように。

 キリカは常と異なる狂気の表情と叫びを挙げて、手の甲から生えた異形の斧を禍鳥の翼の如く広げて、飛翔するように触手の群れの上空へと跳んだ。

 自分が持つ狂気以外の狂気に侵され、更に狂った最中であっても、呉キリカの姿は美しかった。

 

 

 

 

 

 

 













呉キリカさんの可愛さと美しさ、そしておぞましさを描いていきたい

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