魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
陽光よりは優しい、されどどこか物足りない。
そんな人口の光満ちる空間に二人はいた。周囲を取り巻く喧騒も、街の中に勝るとも劣らない。
「と、う、ちゃ、あーくっと!」
元気よくぴょんぴょんと小さく跳ね、そして地面に着地するキリカ。
演技を終えた体操選手の如く、両手を高々と誇らしげに掲げている。掲げた手に従うように、彼女の胸は揺れていた。
周囲の何人かが気付き、熱い欲を滲ませた視線を送ってすぐに逸らした。彼女の背後からこちらを覗く、黒い二つの渦を見て。
「おい友人、さっさと行くぞってうわ近」
後ろを向いたキリカはわざとらしく驚いたようなポーズを取った。片足を上げ、両手を変な角度に曲げて。
そのキリカの背中をずいずいと押し、自分諸共彼は脇へと追い遣った。彼らの後ろには長いエスカレーターがあった。
巨大な吹き抜けから下までには、三つの階層が見えた。どの階にも、蠢く蟻の如く人々が行き交っている。
「誰の所為かな」
ナガレは憮然と言った。その言葉にキリカは首を傾げた。
「当然私だ。他にいるか?」
「お前なぁ…」
何をしていたのかと言えば、率直に言えば彼女のスカートの中身の死守である。
彼女は今、ただでさえ短いピンクのスカートの下に、あろうことか下着を穿いていなかった。
彼女の鼠径部や尻は本来のボディラインを晒し掛け、ただでさえ危険な状況である。
それを彼女は全く気にしておらず、逆に気にするナガレが必死に防衛する羽目になった。
その過酷さは、彼が憔悴している様からも伺えた。無尽蔵に相当する体力と頑強な精神を持つ彼が、である。
そんな彼を眺めながら、キリカは美しく朗らかに笑いながら
「エレベーターって知ってる?おばかさん」
と彼に告げた。その一言に彼はすさまじい脱力感を感じた。
思い浮かばなかった訳では無い。キリカがエスカレーターに乗るのを阻止できなかった自分に情けなくなったのだ。
「でも中々良かったよ。まるで乙女を護る騎士だ」
「…騎士ってガラでもねぇな。ま、ありがとよ」
「あ、嬉しいんだ」
「評価してくれてんだろ。嬉しくて悪いかよ」
「ふうん…君も結構かわいいな」
満足そうに笑い、じゃ、その可愛さ活かそうかとキリカは言った。
言い合いながら歩いて進んだ先に、目的の場所があった。小洒落た名前と柔らかな雰囲気、男の侵入を阻む婦人服店がそこにあった。
手前に煌びやかで繊細な衣服が並び、店の奥にも洗練された配置で衣服が陳列されているのが見えた。
「なぁ、やっぱ行かなきゃダメか?」
「何のためにここに来て、私を呼んだのさ」
「そりゃ買う為で、お前にはメシ奢るから買い物を頼もうかって」
「やーだーよーだ。私は君の面白い様を見たくて同伴を許可してるんだ」
呼ばれた側でありながら、主客が逆になっていた。これは彼の落ち度である。
そもそも、彼女を制御など出来ないのだ。
「行くぞ美少女顔。自分の顔に自信を持てよ。気になるんならあれでも見て、そしてこう思うといい。あれは君じゃない。君じゃないったら君じゃない♪」
嘲弄するように励ますように、妙なリズムを口ずさんで彼に精神攻撃を行うとキリカはさっさと店内に入っていった。
取り残された彼は横を向いた。キリカが「あれ」として指さした場所だった。
そこには彼の身長よりも縦に長い鏡が置かれていた。入店時に客が自分の姿を確認するためのものだろう。
映った自分の姿を見て眼を逸らし、また見た。決意のような声で
「行けるな」
と彼は言った。吹っ切れたようだ。吹っ切れてはいけないような気がするが。
そして店内。外から見る以上に柔らかく品の良い雰囲気が漂う中に、美少女な顔の野性味を帯びた美少年の姿が新たに加わった。
先行く美少女の後に続くと、キリカは振り返り困ったような表情となった。
「うあ」
「なんだよ」
「ほんとに来たよ。君も勇気あるね」
少し前の遣り取りなど、完全忘却しているキリカであった。
なんだそんなことか、と彼も認識する。彼も彼で慣れたものである。
「吹っ切れたんだよ。どうせこいつは俺であって俺じゃねえし」
「結局、君じゃないか」
「まぁな」
皮肉気にほくそ笑む彼。その様子がおかしいのキリカはきひっと笑った。
「客観性ってのが持てねぇんだけどよ、ほんとに俺は可愛いのか?」
「かなりのレベルだよ。さっきも言ったけど自信持ちな」
「そうかい」
容姿を褒められているという事だが、流石に礼を言うのは憚るようだ。しかし胸に引っ掛かるものがある。
それはやはりお礼言っといた方がいいのかなという思い。こういうところで人間性が出る男だった。
「じゃあさ、私はどうなのさ。君から映る私の姿は」
「可愛いな。あと綺麗だ」
改めて確認するわけでもなく、即答で応えた。そうとしか思えないからだ。
「ふうむ」
「どうした?」
左手の繊手を意味深に細顎に添え、キリカは意味深な声を漏らした。可憐なその姿は、謎に挑む小さな探偵を思わせた。
「君に褒められたってのに、なんか嬉しいな。これは発見だ」
「それ、俺はどうリアクションしたらいいのかね」
言われたキリカも悩んでいるようだった。
悪意ではなく、本当に褒められたことで感じた嬉しさが不思議であるらしい。
彼女は考えたが、結局分からなかった。歩きつつ店内の奥へ彼を導き、そこでふと彼に話し掛けた。
「そういえば君の陥ってる状況は不可思議だな。昔話諸共と総評して、少なくともロボアニメのキャラの所業じゃないな。どっちかと言えば私達、魔法少女の領域に近い気がする」
「案外君は私らの同類かもね」とトドメのように言い放つ。
彼の人生を、存在を全否定か上書きしかねぬキリカの発言である。
彼女はこれに喰って掛られる事を予想した。そして彼がそうすることも期待している。
先程から心に湧いた不思議な思いを、塗り潰してくれないかなと言う想いと共に。
「なるほど」
対して返ってきたのは、以外にも程がある肯定の意思。
誰だコイツ、とキリカは思った。
これまでの関係で、彼とはある程度の融和をしつつ対立というか殺し合いばかりしていたのにと。
「恭順の理由を聞こうか」
「お前ら魔法少女の事好きだしな。ちょっと複雑だけどよ、同類って思ってくれんのはなんでか嫌な気分でもねぇ」
そう言うと先行く彼女に並ぶ。既に両者の周囲には、まるで美しい蝶の標本のように陳列された煌びやかな女性用下着が広がっていた。
「じゃ、買い物すっか。頼むぜ、キリカ先輩」
キリカが疑問を言う前に、ナガレは彼女に告げる。投げ掛けようとした問いは彼女の中で蕩けた。
先輩の言葉は魔法少女としてか、彼にとっては今擬態中の女という存在に対してか。
或いは単なるからかいなのか。しかし肩をぽんと叩かれたキリカは、悪い気分がしなかった。
友人の分際で、と思うものの、美しい貌には半月以外の笑みが浮かんでいた。
されど蕩けた問いは残っていた。
「魔法少女の事が好き」。それは何故という疑問であった。
数十分後、彼は店の前にいた。左手にはこれも品の良い白色の紙袋が下げられている。
商品の種類を悟られないようにするためか、婦人服ないし下着を思わせる趣の一切が無い袋だった。
結局、買い物は無事に終わった。
レジを通すときにも、更には大学生と思しき女性たちの一段とすれ違った時も異常だと思われなかった。
強いて言えば、顔を数秒見つめられたくらいか。
それは異性を警戒したのではなく、可愛らしい顔に見惚れてのそれであった。
兎も角、目的は果たせた。
替えの下着や彼女が使用しているものと似たホットパンツに、更には新しいパーカーも買えた。
サイズに関しては彼の目測だった。常に殺し合っているが故、恐らくは測るよりも正確に分かるのだろう。
魔法少女相手に間合いを読み違えると死につながるが故に、相手のサイズは否応なく本能で覚えてしまうようだ。
実際の数字に当てはめられるのは、彼の趣味が異形の機械の製造であり、最近では鏡の結界内でロクでもないものを建造しているせい、そして本能や勘である。
彼は今店の前で、往来の邪魔にならない場所に立っている。
キリカはいない。買い物の最中、
「ちょっと外すね」
の一言と共に、店の外へと消えていった。
女性店員に「こんくらいのホットパンツ何処っすか?」と尋ねていたこともあり、彼はキリカを追うことが出来なかった。
彼女の今を思うと、心配でならないのである。しかしながら、それは
「お待たせ~~~!」
と間延びした朗らかなキリカの声で終わりを告げた。
駆け寄る彼女のスカートは際どく跳ね、拘束を外された彼女もまた暴れるように揺れている。
中々どころではなく、洒落にならない破壊力だった。
例によってナガレは関心が無いため「うわ」と内心で呻いていたが、周囲で彼女の様子を見た男たちは明らかに動揺していた。
それらが色気を帯びた視線をキリカへと送る様子に、
「このロリコンどもめ」
と唾を吐き捨てたくなる思いを彼は抱いた。
「何処行ってたんだよ」
「えへへ」
右手で後頭部を摩りながら、キリカは彼に寄り添うように傍らに立つ。
その様子に察したか、周囲の男たちが消えていく。
ザマァみろと彼は思った。どういった感情の元、そう思ったのかは彼にしか分からない。
「ちょっとね。あと、荷物を頼むよ」
「ああ」
白い袋を開けると、キリカが持ってきたコンビニ袋程度の大きさの黒い袋を中に入れた。
何なのかは分からないが、袋は妙に分厚く感じた。されど疑問はその程度で、彼は異論も無く彼女の荷物を受け持った。
男なんだから当然と、考えるまでも無く身体と思考が動いている。
それは相手が自分以上の剛力を発揮可能な魔法少女相手でも、なんら変わりはしない。
戦闘の最中であれば、魔法少女は美しく強大で残忍な相手だが、それ以外では子供以外の何物でもない。
これもまた、態々考える訳でもなく彼はそう思っている。
「んじゃ、飯でも食うか?」
目的を済ませたら、やる事は一つである。無論、彼女も
「うん!」
と返した。眩く輝く笑顔であった。
「じゃ、レストラン街のある上の階へゴーだね。先に行くよ!!」
「あ、おい!」
しまったと彼は焦る。しかし時すでに遅く、彼女はエスカレーターに足を踏み入れていた。
畜生と呟き、彼は急いで後を追った。
先に示した通り、彼女はまだ下着を着用していないのである。
「おい友人、上昇如きで疲れるなよ。メイドインアビスでも観たかい?」
「疲れてねえよ。あと面白そうなタイトルだな、アニメか?」
「うん、今度貸してあげるよ。にしてもマジで辛そう。死ぬの?イっちゃうの?」
「全然平気だ、死なねえよ」
そう言いつつも、両膝の上に手を置き身を少しだけ屈めているナガレ。
その様子を、どこで買ってきたのかココアを飲みながら眺めるキリカ。
「苦っ」
と評し、飲み終わった缶を持ってゴミ箱へと歩み寄り捨てる。
苦いと評されてはいたが、缶には「糖分50パーセント増量中!」と健康志向とは真逆のキャッチコピーが描かれていた。
戻ろうと振り返った時、そこにはナガレがいた。
身長差故、顔ではなく彼の喉の辺りが彼女の目とかち合う位置だった。
女そのものの声が示すように、喉仏の存在しない平坦で細い首だった。月明かりが似合いそう、キリカはそう思った。
「ぴゃっ!」
思いつつ、変な悲鳴を上げて仰け反るキリカ。動じず、されど少しニヤつくナガレ。
期待したより面白いリアクションだったらしい。彼も彼女に適応してきたか。とすれば恐ろしい男である。
「じゃ、行こうぜ」
「あ、友人襟首やめてって」
これ以上離れると碌なことが無いと、彼はキリカの襟を掴んだ。
軽く引き寄せた時、思わず呻きそうになった。
張り詰めた胸を布地が引っ張り、巨大な二つの乳房を圧し潰す感覚が伝わったのだった。
それはあまりにも肉感的で、まるで性行為の最中の愛撫を彼に思い出させた。
しかしあくまでそれは連想であり、やはりそれ以上は抱けないし持ってはいけないものだと彼は思っている。
重ね重ねだが彼は魔法少女を、未成年以下の子供を性の対象とは見做さないのである。
そう言った事もあり、彼は手を離した。謝ろうかと思った時、虚空に伸びたままの右手を何かが掴む。
細くしなやかな彼の指に、更に細い指が絡みつく。
軽く力を入れたらどころか、少し手を傾けただけで折れそうな美しい繊手だった。
そして実際に、幾度となく肉片へと変えた指であった。
「行こう、友人」
左手で彼の手を握り、先導するように引っ張っていくキリカ。攻守が変わったと自覚し、軽く笑って彼も「おう」と告げた。
その後手を繋いだまましばし歩いた。それは本当に少しの間で、どちらから離したともなく手は離れた。
両者は今、複数の飲食店が並ぶ一角に辿り着いていた。
そこは少し不思議な場所だった。喧騒が聴こえ、存在が伺えるがここは静寂が支配していた。
少年と魔法少女の周囲には、シャッターを閉められた店が壁面の円形状の配置のままにずらりと並び、両者を取り囲んでいた。
嘗ては賑わっていたのか、それとも当初から終焉の手に引かれていたのか、名残を惜しむかのように看板や外装はそのままにされていた。
打ち捨てられた場所という事か。
飲食店を目指していた二人が、何故ここに入り込んだのかは定かではない。
なんとなく、退廃的な場所に惹かれたのかもしれない。
彼は今の住処と似た静寂さと雰囲気を感じ、キリカは万物への興味を失せている死滅した世界観と同じ虚無の匂いを感じて。
両者の視線は店を閉ざすシャッターに向けられていた。正確には、その表面を覆うものに。
それは、複数の少女達の顔、顔、顔、顔。
書き方の仔細は様々だが、「行方不明」の情報が共通している。
それらがびっしりと、人の目線に当たる位置に所狭しと貼られている。
注意してみれば、同じ少女の顔が幾つもある事に気付く。
それが一人や二人ではなく、元の数の多さの相俟ってさらに膨大な数の顔を映した貼紙の群れとなっていた。
こうなる理由はたった一つ、行方をくらませた少女達を求める者達の必死さの顕れである。
勝者たる栄えた店が立ち並ぶ表通りではなく、敗者達の佇む、忘れ去られたようなこの場所に貼られているのはその必死さの一つか。
或いはここしか貼る事が許可されなかったのか。
彼はそれらを眺めるが、見知った顔は一つもない。
しかし年齢的にはここ最近よく出逢う、というよりも人間関係の基幹となる連中とほぼ同じ。
見た目や張り紙に記載された年齢が示す通り、凡そは第二次成長期の少女。
人生これからと言った連中ばかりである。それが忽然と消えるなど、ロクなものである筈が無い。
これらの原因の一つに、彼はどうしても思い浮かべてしまうものがある。
魔法少女。
日夜異形と戦う、美しき戦姫達。見ているだけでも分かる、戦わなければ生きていけず、生きるためには戦うしかない異形の生態。
ある意味最も生物らしいとも言えるが、それを担うのはこれらの貼紙に貼られた年頃の少女達というのは、彼をしてもまともとは思えなかった。
そして彼は傍らを見た。そこにキリカはいなかった。
見渡すと、通路の奥に立つキリカを見た。通路の奥にも似たような景色が広がっている。
忘れ去られた店舗たちに囲まれた中央に、彼女は立っている。そしてこちらと同じく、下げられたシャッターは広告板と化しているのが見えた。
こちらよりも更に奥に存在する為か、その場所には闇に近い暗がりが広がっていた。
そこへ彼は足早に駆け寄った。知り合いでもいたかと思ったのである。
自分に出来る事はあるかという考えはない。
こちらに背を向け、薄闇の中に佇む彼女を一人にしてはおけなかった。これは本能に近い行動だった。
彼女の傍らに並び立つ。何が出来るかは定かで無いが、自分がいる場所が背後では意味が無い。
彼女と同じものを彼も見た。そこにあったのは、異常な光景だった。
貼紙は大量に張られている。それは変わらない。
異様なのは、彼女の前の事柄だった。並ぶ貼紙は彼女の前で忽然と消失していた。
正確には、彼女の前にある一枚の大きなポスターの周囲から。両者の目線の先にあったのは、薄闇の中でも分かる白の彩り。
ポスターを染める骨を灰にしたかのような病的な色の一部に、緑の色が塗られている。
それは絵画とその作者の署名が重ねられた繊細なアートであったが、彼にはイマイチ理解が出来なかった。
それでも眼を引く程度の関心が彼にはあった。芸術性ではなく、これから感じる異様な気配を読み取ったのである。
それは不吉な想いであった。偏執で、何かに狂ったような。それ以上の何かのような。
絵の下には「あすなろ現代美術館」と記載されていた。場所やこの絵面からして、展覧会の告知用ポスターらしい。
その更に下には、展覧会の名称が描かれている。
彼は最初のAの文字を読んだ。その時だった。
「あ」
キリカが呟いた。黄水晶の目は、ポスター全体を凝視していた。
その瞳に異常さを感じた。全てを虚無として見る彼女の瞳が細かく震えている。こんな姿は見たことが無かった。
「おい、キリカ」
声を掛けた瞬間、それが切っ掛けだったのか。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
キリカは声を挙げた。音自体は大きくない。
されど、嘔吐のように何かを内側から吐き出すような声だった。
その間も彼女は前を凝視している。
狂ったように。
そこで、彼は新たな気配を感じた。
周囲の闇が濃さを増し、両者を包んでく。風が吹き付け、そこに乗せられた感情が肌を刺す。
形を成した悪意、絶望の象徴。
この世界の邪悪の象徴たる存在、魔女が顕現する。
そして開かれた異界が、二人を飲み込んでいく。
平和が長続きする筈も無く