魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第67話 紅い闇孕む魔都、見据える真紅

「さて、お次は何かね」

 

 視界が開けていく中で佐倉杏子は呟いた。相も変わらずの裸体であり、身体は闇色の影と化している。

 既に特に気にした様子も無く、次に訪れる現象を待っていた。

 順応性が高いのか麻痺しているのか。きっとその両方だろう。

 彼女が発現させた感情の現身の如く、自棄の状態も兼ねている。ただそれでいて、前を見つめるのは彼女の意思によるものだった。

 そして視界が開けた。

 闇を抜けた先にあったのは、またしても闇だった。

 

「あン?」

 

 見えたのは薄闇に覆われた建物の連なりだった。だがその形状には彼女が疑問の声を零した通り、見慣れたものではなかった。

 並ぶのは屋根の低い木造建築。

 経年劣化で煤けた色は先代から受け継いだという生家の教会を思わせたが、それにしても全体的な黒味が強く炭を纏ったような黒さだった。

 それに何よりも、構造自体が古い。まるで時代劇で見かける長屋のような建物が連なっている。

 

 現代社会の何処にこんな光景があるのかと、杏子は疑問を抱いた。

 疑問のままに周囲を見渡すと、低い家屋とは対照的に巨大な塔が何本も見えた。

 木造と思しき巨塔は出来損ないの生物のように歪み、まるで巨大な老樹のようだった。

 それらは天高く、恐らく五十メートルほどの高さを有していた。党の天辺よりさらに先、世界を覆う空を見た時に杏子は思わず呻いた。

 

 空一面に広がるのは、血のような深紅。

 血溜りが天に生じたような、異様な空だった。

 天空を支配するが如く座す満月も、血が凝固したような赤黒く巨大な珠であった。

 

 空を見渡した先に、一際巨大な塔が見えた。五重塔を思わせる層塔の楼閣構造を以て屹立する塔の高さは、周囲の塔の五倍か六倍は高い。

 現代の巨大建造物や小山にも匹敵する巨大さで、異形の世界の支配者の如く全てを睥睨してる。

 塔の各所には、罪人を苛む拷問具の針のように突き出た無数の突起が見えた。

 まともな思考の元で建造された存在とは思えず、その造形には狂気が伺えた。

 そして明確な意思の元でこの形を造ったと考えれば、人間性を喪失した魔女が創る結界よりも狂気の度合いは上回る。

 杏子は唾を吐き捨てたくなる嫌悪感と共にそう評した。

 

「で…何なんだよ、コレ」

 

 周囲を覆う異様な雰囲気と狂気に呻きつつ、杏子は苛立った声を挙げた。

 苛立つ理由は様々だが、力を持て余しているというのが大半である。

 肉体に非ずの身だが、体内からは鼓動を感じ、神経がチリチリと逆立っている感覚もある。

 その杏子の脳裏に異界の言葉が木霊する。

 

「これと、一体何の関係があるのかね。なぁ、ゲッター?」

 

 既にこれまで、幾度かその存在に問い掛けている。

 答えは無いが、発音がしやすく響きが良いからと、彼女はこの呪わしき言葉を気に入っているようだった。

 呟いて数秒、世界に変化は訪れなかった。深紅の空の元、狂気と陰惨さで満ちた異形の古都が佇んでいる。

 

「チッ…」

 

 舌打ちと共に彼女は歩み始めた。行き先は狂気を具現化したかのような巨大な楼閣。

 ロクでもない存在である事は間違いないが、だからこそ目指す奴がいる気がした。

 自分もそうだが、地獄や災禍の満ちる場所は互いに住処も同然である。

 

 数歩歩いたとき、彼女の上に巨大な影が降り立った。振り返るより早く、その眼の前に巨大な物体が墜落した。

 それは家屋を幾つも巻き込み、土が剝き出しの道を大きく抉り、彼女からかなり離れた場所で停止した。

 破壊の際の音は無く、噴き上がる粉塵や豪風も彼女に全く影響を及ぼさない。

 その為杏子はその物体をじっくりと確認することが出来た。正体を察した時、彼女の心に生理的な嫌悪感が湧いた。

 

「腕…か?」

 

 言葉の通り、それは横倒しになった巨大な腕だった。

 金属で装甲された腕の先には、内臓疾患のような青黒い肌をした指が並び、指の先端には人間の身長ほどもある黄色く鋭い爪が生え揃っていた。

 それは肘の辺りで切断され、断面からは大きさに相応しく太い骨と血管が見えそこからは大量の流血が生じていた。

 振り返った直後、今度は眼の前で衝撃。力としての影響は皆無だが、彼女には吹き付ける風が確かに感じられた。

 そして、むせ返る様な血の香りが。

 

 彼女の眼の前に聳えていたのは、巨大な人型生物の首であった。腕と同じく青黒い肌に、真っ赤な分厚い唇。

 唇の間からは鋸のような鋭さと、身を掻き毟りたくなるような不潔感を煽る黄色に染まった牙が見えた。

 衝撃で潰れ、丸くなった鼻の上には瞳の無い白い眼玉があった。

 

 杏子から見て右の眼は眼窩から外れ、千切れかけの神経を晒して口元近くに垂れ下がっていた。

 その上には、藻や海藻のように乱れた茶色の髪が広がっている。

 そして最大の特徴として、額の頭皮を貫き、家一軒ほどもある顔自体と等しい長さの、白骨如く白い角が生えていた。

 家屋を圧し潰して縦に置かれたそれの、首や眼窩や鼻孔などからは溢れた鮮血が広がり、地面に残忍な池となって広がっていく。

 首だけで魔女ほどもある存在の傍らを、杏子は駆けた。疲労感は無いが、胸が高鳴っているのを感じた。

 

「待ってやがれ……!」

 

 だが彼女の欲望に反して、走る速度は御世辞にも早くは無かった。

 魔法少女の体力ではなく生まれ育ったままの力であり、それは彼女の年代の女子と比べて平均よりやや遅かった。

 不摂生な生活と、幼少期から長期間にわたって続いた栄養失調が招いた結果であった。

 それでも走る彼女の前に、再び巨大な物体が落ちた。

 

 複数の家屋を感嘆に圧し潰してのたうつそれに、杏子は思わず足を止めて呻いた。

 それは巨大な管だった。赤い空と黒い煤けた建物が並ぶ夜の世界であってもなお、鮮烈に輝く赤で輝いていた。

 だがそれは美しさではなく、血と粘液で濡れたグロテスクな輝きだった。

 超巨大な蚯蚓のように地面でのたうち回るのは、巨大な内臓、恐らくは腸だった。

 

 そこに更に、複数の物体が降り注いだ。

 ざっくりと切り開かれた腹筋から、恐らくは地面で跳ねる腸の根元をぶら下げた胴体。

 傷口には肉と金属が絡まる様子が見えた。更には溢れる血に混じって弾ける紫電も。

 大きさからしてまともな生物でないのは分かっていたが、機械と混ざり合った存在であるらしいと杏子は察した。

 実際は数時間前、感覚的には数か月前のように思えるが、鰻顔の似た存在を操っていた事もある。

 

 膝の部分で切断された巨大な足、紫色の肌の一本角を生やした鬼の首。

 思考内で全ての物体を縦に並べて大きさを推察すると、鬼の体長は五十メートルを優に超す。

 顔に開いた口は平均的なサイズの魔女を丸呑みし、手や足は魔女を簡単に握って踏み潰すことが可能な大きさだった。

 胴体は巨塔の一つに激突し、それを根元から圧し折った。

 

 折れて傾斜していく塔の遥か奥、並ぶ古の街並みの中に、燃え上がる深紅の炎が見えた。

 炎は轟々と燃え盛り、その周囲では巨大な存在が蠢いていた。それらは武装した巨大な鬼達だった。

 棍棒に剣、槍に更には肥大化した拳を持った、禍々しい鎧を着た異形達。

 それらが炎に撒かれ、絶叫と悲鳴を挙げて炎を吹き消そうと武器を振い、或いは渦巻く炎から逃げ惑っている様子が見えた。

 

「…違う。あれは、あいつは……」

 

 災禍の中央である深紅は、炎では無かった。

 大渦の如く怒涛を撒いて暴れ狂う深紅は、それもまた巨大な鬼だった。

 二本の槍穂か獣の耳のような角を生やした、全身を血のような深紅で覆った戦鬼。

 装甲された腕に生えた刃が鬼の肉体を切り裂き、その手に握る長柄の大斧が巨体を縦に真っ二つに切り裂く。

 地獄が開いたかのように溢れる臓物と鮮血を更に破砕しながら、翻った斧の背面に備えられた棘付き鉄球が振り下ろされる。

 直撃した鉄球が、雄々しく伸びた二本角ごと青鬼の頭を木っ端微塵に叩き潰す。

 

 破壊の旋風が吹き荒れ、複数の家屋や塔が吹き飛ばされていく。

 その様はまるで、堆積した埃が箒で履き散らされる様に似ていた。

 巨大な肉を破壊する度、当然の如く溢れた鮮血が逆向きの滝となって天空へと迸る。

 それをばら撒く様に斧が振られ、鮮血が血霧や血風となって拡散する。

 その奥から更に出現し続ける鬼達を、同胞の後を追わせるべく次々と葬り、無意味な肉塊や血の飛沫へと変えていく。

 

 斧に拳に蹴りにと、残虐な暴力が繰り出され、その度に肉が弾けて骨が砕ける。

 それを行う戦鬼は間違いなく機械でありながら動きは極めて滑らかであり、そして速過ぎた。

 遠方である事と鮮血や爆炎が視界を遮る事などもあるが、その動きが巨体ながら魔法少女に匹敵か上回る為に姿の詳細は鮮明ではなかった。

 顔や腕の形状と武装を察せたのは、杏子のこれまでの経験から結びつけられたからに過ぎない。

 そして戦鬼の戦い方には見覚えがあった。あり過ぎていたと言ってもいい。

 深紅の戦鬼の殺戮を眺める杏子の口角は、彼女も知らぬうちに吊り上がっていた。

 

「そうか」

 

 八重歯を牙のように覗かせた悪鬼のような表情で、そして玩具を見つけた童女のように弾んだ声で杏子は呟く。

 

「そこにいるんだな」

 

 確信を込めて杏子は告げた。

 告げた時、深紅の戦鬼の殺戮は終わっていた。

 戦鬼を包囲していた鬼は一匹残らず屍に変わり、無残な肉と鉄片を散らし鮮血の大河に沈んでいる。

 そして大斧を携え、戦鬼はある方向を向いた。

 瞬間、杏子の表情が氷結した。戦鬼が、煌々と輝く刃の眼を向けた方向は何処であろう。

 そこはまさに、彼女が立つ場所に他ならなかった。

 

 熱も風も、脚が地面を踏みしめる感覚もあらゆる臭気も今の彼女とは無縁だった。

 だが、彼女が感じることで生じる感情だけは当然ながら別である。

 感じたものは心臓を掴まれた様な恐怖。その感情を、杏子は素直に認めた。

 異形の鬼達を残虐に葬り去った異界の戦鬼から真っ向に見据えられ、恐怖を感じない方がどうかしていると心の整理を付けたのだった。

 

「なんだよ、やる気?」

 

 好戦的な声と言葉を出した時には、恐怖心は大分落ち着いていた。声こそ震えていなかったが、言い終えると歯の根が疼いた。

 霧状ながら肉体の感触を有する身体の震える歯を、強引に噛み縛って押さえつける。

 生の肉体なら歯を砕いていたかもしれない程に力を込め、こちらを見る戦鬼を睨み返す。

 

 そこで気が付いた。戦鬼の視線の方向はこちらではあれど、角度が異なっていることに。

 戦鬼の顎は前に突き出され、鋭い眼は上空に向けられている。杏子は振り返り、空を仰いだ。

 その背後には、拷問具の如く禍々しさを持って屹立する巨大な塔がある筈だった。

 紅い空を見上げて戦鬼の視線の先を追ったその瞬間、彼女の身体は崩れ落ちていた。

 

 細い膝が折られ、両手は這いつくばるのを阻止するために地面に向けて広げられ彼女の身体を支えた。

 重力さえも感じないのに、身体は一気に鉛の重さと化していた。

 それは全て、視線の先にいた者を見た時に心に広がったどす黒い何かだった。

 

「あれは…」

 

 邪悪過ぎる。彼女の心はそう呟いた。

 遥か彼方だが、邪悪な存在の外見は薄っすらと見えた。というよりも認識させられた。

 それは白い狩衣、平安貴族風の衣装を纏った長身の男だった。

 丈の長い立烏帽子を被り、袴を通した足で異形の楼閣の最上階の足場に立っていた。

 

 その顔と纏う雰囲気は、と思ったところで杏子は胃袋が激しく蠕動するのを感じた。

 呼吸さえも不要なはずなのに、口は酸素を求めて空気を貪る。

 されど深い水底に落ちたように、口から得る空気は全く肺に取り込まれずに苦痛が続く。

 苦痛は有れど、意識を失う気配はなかった。明確な意識のまま、新鮮な苦痛が続く。

 

「ハぁっ…!ハァ……っ…ぐあ…」

 

 呻きながら苦痛を制御すべく思考を整える。認識の瞬間に感じた気配は、邪悪という概念そのものだった。

 その邪悪さの傾向と雰囲気には覚えがあった。不愉快極まる洗脳道化、優木沙々である。

 だが極まると称しながら矛盾が生じるのだが、その度合いが桁違いに過ぎた。

 道化の遊び雑じりの間抜けな邪悪さが、こちらはそれを残しつつも更に濃度を上げていた。

 例えるなら、上澄みと原液の違いか。

 

 ただ存在を認知しただけで、彼女の心には黒々とした蛇が溢れかえり、一斉に毒持つ牙を立てたが如く苦痛が生じた。

 正確にこの状況を表せば、思い出したという事だろう。

 彼女のソウルジェムは今もなお濁り、それが記憶の中の邪悪な存在を見た事で引き出されたと。

 再び訪れた苦痛に、それでも彼女は地に這う事を良しとしなかった。この世界には、杏子が探し求めている奴がいる。

 

「見せられるかよ…こんなザマ…!」

 

 必死の思いで立ち上がり、再び邪悪の根源を見上げる。再び苦痛が襲うが、今度は膝を折りさえもしなかった。

 後ろの戦鬼は奴だ。そして奴はこれと対峙している。

 なら、自分にも耐えられる筈だ。

 執着心からの対抗心で、杏子は必死に邪悪に抗っていた。

 

「負け…られるか!!」

 

 彼女は叫ぶ。異界の邪悪と、自らに巣食う絶望に向けて宣戦布告するように。

 

「魔法少女を、あたしを…佐倉杏子を舐めんじゃねえ!!」

 

 血を吐くような叫びが、紅い闇の帳が広がる世界を貫いた。

 そして叫ぶ彼女の頭上の遥か上を、巨大な物体が飛翔していた。向かう先は言うまでもない。

 鋼の翼を広げた深紅の戦鬼は、白い邪悪な人影へと向かって行った。

 そして異形の塔の最上階に、空中で身を反って振りかぶった戦斧を叩き付けた。

 赤紫の障壁が塔の表面で発生し、刃の侵攻を阻む。

 

 莫大な力と力がぶつかり合い、光が空間に乱舞する。そしてやがて蓄積した光は巨大な泡の如く弾けた。

 生じた白色の光が、または無色の闇とでもいうべきものが空間に広がっていく。

 戦鬼と巨塔、そして魔を孕んだ都も包み込んでいく。それは、消滅という現象の具現化だったのかもしれない。

 迫る消滅へと、杏子は黙って立っていた。

 自らを苛む苦痛を宿したまま、虚無へと誘うそれを真っ向から睨み付ける。

 

「待ってろよ、ナガレ。今行くからな」

 

 炎の如く紅い力を宿した身を、骨まで焼け焦がすような執着心が彼女の心を槍の如く貫き、歪な支えとしていた。

 魂が渇望する存在の名を呟いた彼女を、拡散する無は一瞬にして飲み込んだ。

 










黒平安京を巡る佐倉さんでありました

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