魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第66話 神の贄、目覚めの邪竜

「さぁて、あいつを探すとするか」

 

 女のように高い声で、男の口調でナガレは告げた。態々言ったのは、あいつ近くにいないかなと一応期待した為である。

 反応は無く、彼は言葉の通りに彼女を探す事とした。

 黒い瞳を宿した眼で周囲を見渡す。一面を紅い霧のような色が染めているのが見えた。

 

 彼の眼を以てしても奥に何があるかも分からず、距離感も狂っている。

 ならばと自分の事を検める。顔を手に触れると何時もの顔がそこにある。

 本来の自分の要素も持ちつつ、女々しいというか可愛らしい見た目と化した今の顔。

 元の自分が変形したというか変異したというか、恐らくはそういう類ではないのが救いかと何時も思っている。

 確かめる術も無く根拠も無いのだが、この肉体は自分とは別物であるという確信だけは揺るがない。

 そう思いたいだけ、なのかもしれないが。

 

 ついでに手足を確認。

 いつもの私服に包まれた肉体は、細く華奢な外見の癖に極めて頑丈。

 柔らかい皮膚に覆われた細腕の中身は、頑強な骨に絡んだ重金属の束のような筋肉。

 扱いにくい肉体だが、肉体の性能は元々よりも幾らか上なのが心憎い。

 しかしながら扱いにくいという点が問題で、反応速度が微妙に遅い。

 

 まぁ仕方ないかと彼は思う。所詮は紛い物の肉体であるとし、更には慣れない自分が悪いと己が惰弱と判断した思考を打ち切る。

 そして不思議なもので、五か月も経つとこの紛い物の肉体にも愛着が湧いてくるものだった。

 呉キリカ曰く性癖を狂わせるという顔付は気に喰わないが、魔法少女なる存在の近くにいるならこの外見の方が都合がいいと思っている。

 現状確認終了。行動を開始するかと歩を進める。

 歩みの矛先は、彼が自分を振り返ってる際に感覚的に捉えた魔法少女の気配の場所へと向いている。

 

 歩くと周囲の霧が彼の体に纏わり付き、形を確かめる様に触れて、更に離れてく。

 触れて離れてを繰り返す霧はいつしか濃度を増し、とある形を造っていった。

 紅い色はそのままに、広い空間が生じた。赤い木目の床面に高い天井。

 天井には、聖人と聖母を象った紅いステンドグラスが広がっている。

 

 室内に並ぶ長椅子には、赤色の映えた老若男女と思しき人影が座っている。

 人形のような人影たちの、眼の無い視線の先には壇上の上に立つ、これも赤に染まった眼の無い神父姿の男がいた。

 顎髭を生やした神父は熱心に説教を語っていた。

 

「…」

 

 頬をぽりぽりと掻き、ナガレが座席を見渡した。見覚えのある場所ではあり気に入ってる建物だが、嘗ての様子となると居心地が悪いらしい。

 最後部の右端に一か所だけ空いてる場所を発見し、足早に歩いてそこに座った。

 座った瞬間、入れ替わる様に隣の席の女が立ち上がった。途端に輪郭が薄まり、数秒と経たずに消え失せる。

 

 次いで前の座席の中年男が、その隣の老人が、両親と思しき男女と共に幼い子供が立ち上がり、そして消えていく。

 それが次々と連鎖し、彼の周囲は薄い霧で包まれた。霧の奥には、尚も説教を続ける男の姿が見える。

 声は聞こえないが、何を言っているのかが彼の魂へと届く。人影が去っていく様子に反比例して、説教の熱は増しているようだった。

 引き留めようとしてるんだなとは彼も思った。故郷である新宿でよく見た光景だった。

 彼の覚えている事柄は、当然ながら聖職者の説教ではなく飲み屋や風俗店の呼び込みであったが。

 

 やがて霧が晴れた。霧の量からして察しは付いていたが、人影は全て消えていた。

 神父の話を座して聴くものは、本来は此処にいなかったはずの少年ただ一人だけとなった。

 虚しく消えゆく信者の残滓の奥に、尚も話を続ける神父の姿があった。彼は黙って座っていた。

 一分、更に三分が経過し、五分が経った。更に時間が経過した。

 そして話が続く中、彼は溜息を吐いた。

 

「神って奴がこんなコト考えてたら、宇宙も少しはマトモなのかね」

 

 神父が語る隣人愛の精神と博愛の心。

 それらは神という存在を絡めての話であったが、彼の知る神を称する連中と神父の理想とは随分とかけ離れていた。

 強欲で無慈悲で残酷。それでいて支配欲に溢れ、故に宇宙の安定を図り意に添わぬ者達を徹底的に排除する暴君共。

 愛や悲しみなどは無縁であり、惑星をも簡単に消し去り、守るべきはずの民草を種族単位で惨たらしく殺戮する。

 屍を昆虫の標本のように晒上げ、恐怖こそが無言の秩序と言わんばかりに無数の災禍を重ねる。

 捧げられる祈りを心地よく感じはせど見返りは無く、永久の服従のみを強いる。慈愛などある筈も無い。

 

 他の場所とは言え、神父の語る慈しみの心などを、神と称する連中は持ち合わせてなどいないのだった。

 そう思いつつも、彼は話を聞いていた。

 長話を聞くことに向いていない彼でも、十分は聞くことが出来た。

 少々の熱が入った口調は正直癇に障ったが、彼の感覚では間違った事は言っていないように思えた。感心さえしていたくらいだった。

 

 しかし、である。なおも話を続ける神父の周囲の床には埃が堆積し、過ぎ去った信者たちは誰一人として戻らず新たに訪れる者もない。

 炎の消えて縮んだ蝋燭は替えられず、それは絶えた命を思わせた。

 神父自身も瘦せこけ、立派に生え揃っていた顎髭も艶を失っていた。

 そしていつしか神父の隣には、今にも朽ちそうな枯れ木のように痩せた童女と幼女が立っていた。

 一人は現実で見覚えがあり、もう一人は流し込まれた記憶の中に存在していた。

 

 この後に何が来たのかを、彼は既に見ていた。

 忘れる訳も無い、初めてこの場所に来た日の事。

 真紅の魔法少女が放った頭突きに乗せられた、彼女にとっての地獄の光景。

 一時の繁栄の後に訪れた破滅。その経緯は、その当事者の絶望を吸った魔の卵を噛み砕いたときに彼の脳内を駆け巡った。

 

 彼女にとっては紛れも無い、心が切り裂けて砕け散りかねないほどの絶望。

 絶望という感情からは無縁に近い、強靭極まりない精神を持つ彼であっても、何故杏子があの感情に耐えられているのかが分からなかった。

 自分ならどうだろうかと思いはしなかった。それは彼女への冒涜であるし、何より何処まで行ってもこの絶望は彼女のものである。

 ただ彼が出来るのは、理不尽に対し憤る事だけだった。

 

 痩せた娘達と病に倒れた伴侶を自らの信仰の贄と捧げた神父の姿は、異界の神殺しである彼の眼にどう映るのだろうか。

 確実な事は、彼を見る少年の眼の中には地獄の如く黒い円環の瞳が嵌り、更には彼自身もまた異界の概念に愛された、人の姿をした地獄であるという事だけである。

 

 彼が睨む様に前を見つつも座し続けた後、神父は口を閉じた。それは説教の終わりであった。

 さぁて、と言いながら彼は立ち上がった。何気ない動作だが、その実彼はかなりの疲労を感じていた。

 長話を聞くことに慣れてはおらず、更には赤い少女の過去に改めて心を刻まれたのだろう。

 グリーフシードを噛み砕くたびに味わわされた記憶だが、慣れる事は無いしあってはならない。彼はそこまで、人間性を捨ててはいない。

 

 異界から来た最後の信徒が立ち上がった時、教会は急速にその形を喪い、砂上の楼閣のように崩れていく。

 彼はその場に立ち続け、崩壊を見届けた。降り注ぐ紅い砂の奥に、立ち続ける三人の家族の影が見えた。

 何もかもが崩れ去ったのち、立っているのは黒髪の少年だけになった。

 教会一棟分を形成していた紅い霧は砂の池と化し、地面に広がっていた。

 

 その紅が広がる場所の一か所で蠢き。彼が前に少し首を傾け、視線を落としていた場所だった。

 砂が弾け、何かが宙を舞った。この世界を照らす光を遮って、巨大な影が彼を覆った。

 有無を言わさず、ナガレは抜き打ちで斬撃を見舞った。いつも通りならと、背に右手を回して掴んだ手製の手斧によってである。

 戦闘用に改造した手斧と噛み合うのは、長大な両刃の斧槍だった。真紅のそれを握るのは赤い手と腕、身に纏ったジャケットやカーゴパンツもまた紅い。

 本来は黒である筈の髪も紅く、背中から生やした巨大な悪魔の翼と側頭部から生やした獣耳じみた形の角も紅かった。

 

「俺か」

 

 滞空する異形の自分を前に、事実を確認する口調で彼は告げた。この姿を選んだのは、果たして彼女の意思によるものか。

 しかし魔法少女が魂の守人として侵攻者自身の姿を取らせたのは、矛盾がありつつも当然だったのかもしれない。

 彼女にとって目下最大の敵であり、更には最も身近な他人という存在が、他ならぬ彼である為に。

 

 刃を翻して弾いた瞬間、視界の端から飛来する一条の光。光が迸った瞬間、彼は左手を背に回して抜刀した。

 衝撃と金属音が発生。掲げられた左手の手斧に、朱を帯びたナガレの背から伸びた鋼の鞭尾が激突していた。

 両手を振って斧と鞭を弾いた瞬間、黒い影が彼を覆った。背中の悪魔翼が蠢き、左右から迫る巨大な刃と化していた。

 

 挟まれる寸前に彼は地を蹴り、更に滞空中の尾も蹴って跳んだ。見上げた自分の偽物へと彼は無慈悲に斧を振り下ろした。

 美少女然とした美しい顔が斜めに切断され、内側からは脳髄ではなく深紅の液体がどばっと溢れた。

 そして虚脱した肉体から斧槍を奪い、ナガレは偽物の身体を足場にそれを旋回させた。

 複数の金属音と衝撃、火花が散った。旋回した斧槍に、複数の同型の斧槍が弾かれた。

 飛翔したナガレの視線の下には、紅い砂から新たに生じた複数の自分の姿が映っていた。

 全てが悪魔翼を背負い、身の一部を異形化させている。

 

「上等!」

 

 素の姿のままで彼はそれらを迎え撃った。槍として突き出された斧槍を身を捩って掻い潜り、懐へと潜り込む。

 迎撃に移る前に横薙ぎの斬撃が放たれ、三体が胴体を両断された。噴き出した鮮血が、ナガレの身体を赤で満ちたこの世界の如く染め上げる。

 血の沙幕を貫いて飛来した斬撃と鋼の鞭尾を回避し、逆に必殺の斬撃を繰り出し首と胴体を刈り取っていく。

 上がる飛沫が彼の身を更に紅く染め、血を吸った地面からも更に赤の濃い彼の偽物が生み出されていく。

 

 落としていた手製斧を投げ、唸りを上げて回転する刃によって三体の首を落とし、飛翔の最後に二体の額に突き刺し異形の命を奪い取る。

 それでも屍を乗り越え、葬った数に数倍する者達が彼へと迫る。

 関心が無い為に気付かなかったが、揃いも揃って闘争心に滾った獰悪な表情を浮かべていた。

 自分も似たような、どころかさらに凶悪な顔になっている事に彼も気付き、苦笑交じりにこう告げた。

 

「それだとあんま怖くねえな。もっと練習しろよ」

 

 そして言い終えるが早いか、彼は自ら群れの中へと飛び込んだ。即座に乱戦が発生し、斬撃が乱舞し人体が破片となって吹き飛んでいく。

 相手の頭を斧で断ち割り、胸を拳で陥没させ、首を蹴り砕く。乱戦ながらナガレの身体に負傷は無く、次々と自分の偽物を葬っていった。

 こいつには負けたくない、そんな気概があったのかもしれない。それはやがて、一つの結果を彼に与えた。

 吹き荒ぶ暴風の如く暴れるナガレによって千切れた肉体から溢れた血が、彼の身体を塗装するように染めていく。

 四方八方から噴き付けられる血によって、彼の姿は赤から黒に変わっていった。

 

 そして、変化は色だけでは無かった。

 蹴散らされる少年の肉体、可愛らしさを微塵も残さず叩き潰した拳は先程よりも一回りは大きかった。

 鉄拳を叩きこんだ腕も、長さに加えて逞しさが増していた。放たれた蹴りは、長大な刃による斬撃を思わせた。

 刈り取られた者達が派手に吹き飛ばされ、その破壊の中心部に空白が生じていた。

 

 立ち並ぶ異形の翼を纏った者達の中央に、長身の影が立っていた。

 他の者達の身長を百六十センチとして、その者は頭一つ近く高い百八十センチと少々。少年ではなく、青年の姿がそこにあった。

 服装は彼らと似ていたが服の内側の筋肉は厚みを増し、それでいて肥大している訳でなく、腕の足も鍛え上げられた刃の如く鋭さを感じさせる逞しさに満ちていた。

 そしてその胴体の頂点で生え揃った、燃え上がる炎のような黒髪の下で周囲を睥睨する黒い眼は、更に色濃い渦を巻いていた。

 

 その眼に怯えたように、既に数十体を越える数と化した異形の少年たちは足を止めていた。

 それを黒く渦巻く瞳を持つ青年は見渡すと、促すように手を招いた。

 

「お前らに構ってる場合じゃねえんだ。さっさと来な」

 

 声もまた、錆を含んだ若い青年の声と化していた。

 その声が起爆剤と化したかのように、彼らは一斉に青年の元へと殺到した。

 無数の斧槍の鞭尾、そして巨大な翼が迫る中、処刑に等しい状況で彼は牙のような歯を見せて嗤っていた。

 例えるなら物語に描かれるような、贄か宝物を与えられた邪竜のように。

 そしてそれは比喩ではなく、そのものであった事だろう。

 異形の少年たちの前に姿を顕したそれは、人の姿をした竜だった。

 














彼が見てきた神々につきましては新ゲッターロボの曲、「Gods(串田アキラ)」をご参照いただければと思います
歌詞から察するにほんとロクでもない存在です(絶対者たる神らしいとも言えますが)

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