魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第65話 新の名を冠する物語

 闇の中、紅い光が輝いた。光とは一対の真紅の瞳であった。

 瞳の周囲には影のような靄が生じ、瞳の主の意思に従い雲霞の如く寄り集まって形を成していく。

 数秒足らずで完成したのは、影のような少女の裸体だった。細い手足、慎ましい隆起の胸に少年のように肉の薄い尻。

 幻影の様ではあったが、それは佐倉杏子だった。

 

「さて、どうしたものかね」

 

 全ての包囲を闇に囲まれた中で、自身もまた闇色となった佐倉杏子は呟いた。そして彼女は考えた。

 ノリと勢いでやってみたが、ここは奴の心の中なのだろうかと。まぁ恐らくはそうだろうし、ならばやる事は一つだった。

 

「ま、さっさと探し出してブチのめすか。今度こそ決着つけてやる」

 

 先程までいたとはいえ、精神世界とでもいう場所に彼女も随分と慣れていた。

 そして足先の闇を蹴って飛翔する。軽く蹴っただけなのに、音速も軽く超越した速度が宿り、彼女の飛翔は何処までも続いた。

 飛翔の最中で闇を切り裂きながら彼女はふと考える。

 勝ったとして、それで何かを得られるのか。

 そして負けたら何を失うのだろうかと。湧いた疑問は、すぐに彼女の脳内で千々と千切れて思考の渦へと溶けていった。

 

 代わりに思考されるのは、どうやって勝つかという事柄。

 二人の魔法少女とそのドッペルに加えての袋叩きとはいえ、自分はあの力がありながら敗北している。

 今度の戦いが何になるか分からないが、雪辱は晴らしていきたいものだった。

 今まで心の中で澱のように固まっていた憎悪が消えているのは妙な気分だったが、その分を純粋な闘志が埋めている。

 相変わらず嫌な気分が続くが、戦いの事を考えていると闘志が燃え上がり、不快さが薄らぎ燃えるような感覚が心を焙る。

 

「イカれてるな」

 

 苦笑しながら、彼女は冷静に自分の内面をそう評した。何かに熱中しているときは時間の経過が速く感じる。

 何かの法則によって、時の流れが加速していると思えるほどに。

 そう思い浮かんだときに、この執着の対象の名が重ねられていることに気が付いた。

 飛翔の中で彼女は数秒間瞳を閉じた。その間で、その名前の存在の事を考えた。そして結論。

 

「全然、分からねえや」

 

 分かり切っていたように彼女は切って捨てる様に言った。記憶を垣間見ても、あれが何なのかはよく分からない。

 ゲッターと称される存在が何であるのか、兵器であれば何の為に生み出されたのか。

 言葉としては確かに聞いたが、実感が全くとして湧かなかった。当然と言えばそうだろう。

 そう思った時、彼女は闇の彼方で光るものを見た。目を凝らしたが早いか、それは彼方から杏子の目前へと迫りそして彼女の体をするりと抜けていった。

 振り返ったのはまさにその瞬間であったが、それは背後に広がる闇の何処にも姿が無かった。

 

 しかしその姿の輪郭を、彼女の感覚は朧気ながらに捉えていた。

 魂の現身を介して操作した紛い物の肉体が打ち砕かれた瞬間、その姿は呪縛のように魂に焼き付いた。

 血のような黒味を帯びた深紅、角か獣の耳のように伸びた長い突起を生やした鉄仮面。

 それは赤と白の装甲を施された人間に似た手足を持ち、暗黒の世界を光さえも越えた速度で飛翔していった。

 

 魔女が見せる異界の景色の如く、この世に非ずの幻影のようにも思えたが、一方で確たる存在であるという認識が彼女の中で強く生じていた。

 それを追うべく、闇色の杏子は両脚を撓めた。しかしそれが伸ばされる前に、世界の方が変化を見せた。

 視界全てを覆う闇が光へと、正確には白色の何かへと変わっていった。

 それは無という存在の権限だった。闇さえも駆逐する無が、虚無が世界ごと彼女を包み込んでいく。

 闇色の身体が希薄化し輪郭を失う中、彼女の両眼だけは真紅の光を保ち続けていた。

 

 

 

 

 

「何処だ、ここ」

 

 虚無に飲まれながらも目を見開き続けた杏子の周囲に広がったのは、夜の帳が降りた雑踏な街並みの光景だった。

 疲れた様子で歩く勤め人をネオンの光が照らしだす。露出が高い衣服を着て街頭に立つのは、性を売る女達。

 見れば周囲の店も飲み屋や風俗店が多い。闇夜を貫いて林立するのは、看板の名前からしてラブホテルなどだろう。

 ハァと溜息を吐く杏子。こういった光景は風見野にも多いが、ぱっと見ても規模が広すぎる。

 

 周囲を更に確認すると、『歌舞伎町』と書かれた道案内の看板があった。

 

「あいつ、あたしをバカにしてんのか?ハイカラぶりやがって」

 

 自分が地方都市の住民である事を言っているのだろうか。

 彼女の憤りを他所に、看板の根元では酒に酔い過ぎたのかゲロを吐いている学生風の若者がいた。

 ひとしきり吐いた後、風俗店かキャバクラの呼び込みらしい店員に引かれ強引に店の中へと引きずられていく。

 

 見れば似たような光景が幾つか広がり、また建物同士の隙間の奥では、街の明かりに影として照らしだされた男女の影。

 壁に手を着いた女と、それを後ろから抱いて腰を振る男の影までが見えた。

 音も匂いも熱も寒さも無く、ただ紅い眼を持つ影と化してそれらの光景を眺める杏子であったが、この街に満ちる雑多で不健全な気配は嫌というほど伝わってきた。

 前述のとおりこれらの光景は風見野にもあり、見滝原に客を取られているとはいえ、町の繁華街に行けば不健全な光景は幾らでも見られる。

 そういえば父親が街のこう言った事を常に嘆いていたと、杏子は思い出した。思い出してすぐに、粘ついた思いを感情の端に押しやった。

 今はやる事がある。

 

「どこにいやがる」

 

 苛立ちを覚えつつ、杏子は周囲を見渡した。その時ふと、地面を黒く染める点が生じた。

 点はやがて面となり、地面では水しぶきが跳ねた。降り出した雨は杏子の姿を透過し世界を更に濃い闇へと染めていく。

 闇の中、朧げに光るものを見た。赤い煙のようなものが、街路で光るのを見た。傷口から噴き上げた血のような煙だった。

 それを道しるべと判断し、杏子は煙の後を追った。路地裏を幾つか抜けると、神社の鳥居が見えた。

 また神仏絡みかと思いつつ抜け、境内へと入る。入ってすぐ、奇怪な光景を見た。

 

 小さな隙間を開けて縦に立ち並ぶ鳥居。それは分かるが、それらが半ばあたりから鋭利な断面を見せて悉く斜めに切断されていた。

 死体のように折り重なる鳥居の奥に、紅い煙が続いていた。躊躇もせず先に進んだ。先にしか道は無い。

 

 抜ける途中にも切断された赤い手摺や、括られた絵馬ごと切断された板が見えた。

 それらを抜けると、本殿とその前の広場に辿り着いた。雨は相変わらず降り注ぎ、アスファルトが敷かれた広場を濡らし続けている。

 広場の中央の辺りに、倒れた三つの人体が見えた。そのどれもが動かず、身体から流れた血と降り注ぐ雨の中に沈んでいた。

 三人の男の死体へと歩み寄り、杏子はその様子を見た。

 

 一際目を引くのは身長が二メートルを優に超える黒人。

 はち切れそうな筋肉が搭載された身体を、タンクトップとジーパンで包んだその男は鼻筋と後頭部から血を流して死んでいた。

 その近くには白い着物姿の男の死体。

 眼鏡を掛けて顎髭を蓄えた細身の姿は、どこかの組織の司令官及び物語の主人公の少年の父親を思わせる風貌だった。

 着物姿の男は肩から腹までを袈裟懸けに切られ、夥しい血と内臓を溢れさせて死んでいた。

 この死に方でも、初号機に喰われたヒゲ親父よりはマシだなと杏子は思った。何だかんだで結構好きな作品らしい。

 

 そして最後に、リーゼントヘアのチンピラ風の格好をした小男がいた。

 右手が肩近くから切断され、その近くには切り離された腕が転がっていた。

 出血の痕跡がその周囲にあることから、腕の切断によりパニック状態に陥り、走り回って息絶えた事が伺えた。

 

 似た光景を目にしたことがあった。魔女の結界で似たような感じで、戦闘不能に陥っている魔法少女を何人か見た事がある。

 自分たちは呉キリカというサンプルから魔法少女の不死性を学んだが、大体は手足の欠損で戦闘不能に陥る。

 当然なのだが、自分たちは頑強にすぎると改めて杏子は思い直した。

 

 そして改めて死体を見ると、落下した腕の近くでは複数のナイフが転がっていた。

 振り回すのには少し刃が細いので、恐らくは投げナイフだと杏子は思った。少なくとも剣戟が出来そうなサイズではない。

 魔法少女なら手投げナイフでも鉈並みの大きさだが、これが普通なのだろうと。明らかに普通の状況ではないのだが。

 更に広場の奥では、銀光を宿した木製の柄の日本刀が落ちていた。一連の流れを推察するに、これが三人の男を葬った凶器とみて間違いなかった。

 

 風貌から見て着物姿の男の得物だろうが、どうやら奪われて主とその仲間に牙を剥いたらしい。

 そして最後は投擲され、小男の腕を切断して死に至らしめたのだろう。またどの死体も致命傷以外に傷跡はなく、一撃で仕留められていた。

 となると考えられる事として、この連中を葬ったのはたった一人の存在であるという事になる。

 誰の所為かは考えるまでも無かった。

 

「昔から変わらねえ奴みてぇだな。進歩のねぇ野郎だ」

 

 三つの死体の真ん中で杏子は呆れたように言った。実際呆れているのだろう。

 また殺人を認めた事でもあるが、彼女にはあまり動揺は無かった。

 倒れた連中がどいつもこいつも狂相で、しかも武装しているとあればまともな連中で無いと思ったのである。

 一応は教会の娘だから祈って遣ろうかと一瞬は思ったが、ご利益は無さそうなのでやめておいた。

 当の本人が天国へ行ける身とは思っておらず、この世には地獄は有っても天国は無いと思っている為だった。

 

 その時、杏子は死体から少し離れた場所に転がる何かを見た。

 爪先で蹴り上げようとするも、杏子の体はそれを通り抜けた。舌打ちしながら屈み、地面に落ちたそれをじっと見る。

 それは親指大の物体だった。先端が鋭く尖り、その中身には空洞があった。まるで何かが入っていたような。

 少し考えると、記憶の中にこれに近い物体があった。

 

「麻酔弾か」

 

 首を傾げつつ杏子はそう言った。見滝原の先輩魔法少女は銃遣いであり、その流れか弾丸にも興味を示していた。

 その中で豆知識的に披露された中にこれに似たものを見た気がしていた。とすれば空洞は薬剤が入っていた跡であり辻褄が合う。

 なんでこんな推理じみた事をしなきゃならないのかと、杏子は更にイラっと来ていた。

 そして同時に違和感を覚えた。獣を行動不能にする為の麻酔など、人間が受けて良いものではない。

 それを使用されるなどただ事ではなく、その猛獣扱いされた者がマトモである筈が無い。

 

 分かり切っていたことだが、この光景を事実として突き付けられるとまた違う感慨が湧いてくる。

 そしてそもそも、この光景があの巨大兵器とどう結びつくのか分からない。

 分からないから、進むしかない。

 そう思った時、彼女の足元からざっと闇が広がった。それは死体や境内や、そして世界の全てを飲み込んだ。

 

「さっさと連れてきな。女を待たせるんじゃねえよ」

 

 不敵に笑いながら、杏子は闇へとそう告げた。

 最初の頃と同じように、全てを飲み込んだ闇の中には爛々と輝く二つの瞳だけが残された。










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