魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第63話 束ねられし力

「喰らえええええええええええええええええええええええっ!!!!!!!」

 

 咆哮と共に長大な得物が振り下ろされる。

 天高く伸びた柄の長さは百メートルに達し、その頂点で展開された両刃の大斧の刃渡りは二十メートルを優に超えていた。

 魔法少女どころか、巨大な魔女が振るう武器さえ遥かに上回る超巨大な大斧槍。

 

 それはナガレが刈り取った異界の生命や多数のグリーフシード。

 そして佐倉杏子の複製体が、胎内で育んだ虹色の宝玉に籠められた魔力を得て巨大化した牛の魔女であった。

 ただ肥大化しただけではなく、魔女と融合したナガレによって魔力を束ねられ、その姿は実体でありながら意思を持つエネルギー体と化していた。

 ゆえに彼に掛かる質量は普段と変わらず、されど純粋な破壊の力が集約された魔刃となっていた。

 

 また、彼がこの超巨大な得物を振り下ろすのは初めての経験では無かった。

 神々しい金色に輝く神を名乗る絶対者に向けて放ったのが最初であり、その時は弾かれたものの以降の放浪の中で多くの敵を葬ってきた。

 星々を喰らう魔物の細胞、そして並行する世界にて宇宙を蹂躙する自分自身の成れの果て達。

 それらを葬ってきた魔刃が今、愛機である深紅の戦鬼からではなく、紛い物の肉体でありながらも他ならぬ彼自身が生身で放っていた。

 彼にとっても初の事だが、彼の認識では戦い方が変わり使う力も変わったに過ぎなかった。

 

 迫る大斧槍が着弾するまで、ほんのひと刹那の時しかなかった。

 その間でマガイモノには後退か側面への回避か、または迎撃の時間が残されていた。

 そのどれもが為されれば、彼の攻撃は威力を大きく削がれていた筈だった。結果として、そのどれもが為されなかった。

 振り下ろされる大斧槍と共に、マガイモノの巨体に複数の物体が絡みついていた。

 

 それは雷撃で抉られ、溶解した地面から生えていた。マガイモノの中にある魔法少女の意思は、それが何かが瞬時に分かった。

 地面から生えていたのは自分が使う魔力と全く同一の存在、巨大な十字槍だった。それも数が十本以上に上っていた。

 獲物に絡む蛇か蔦植物の如く、それらは一瞬で地面から伸びて多節を生じさせて長さを伸ばし、マガイモノの体表を這い廻った。

 それらの力の源泉は抉れた地面の上で片膝を着き、両手で握った槍を地面に突き刺していた。

 

 ポニーテールの髪型を結う為に用いられていたリボンは外れ、槍の柄に結び付けられていた。

 枷を外された髪が解かれ、真紅の衣装に身を包んだ少女の背中に長い赤髪が紅い滝のように垂れている。

 そして紛い物の紅い少女は、自らの魔法で覆われたマガイモノを、自身のオリジナルを真紅の瞳で見つめていた。

 

 瞳の中の紅を構成するのは、徹底的な敵対心と反骨心。そして自らの行動への誇りと、燃えるような恋慕であった。

 その姿を見た瞬間、マガイモノの無機物的な鋭い眼もまた紅色を宿した。それは憎悪に滾る血のような光だった。

 

 マガイモノは、その中に宿る意思は即座に行動を起こした。標的は二つあった。

 迫る斧を握る少年か、自らを拘束する槍を従える複製体。一瞬たりとも彼女は迷わなかった。

 開かれた口の中央が光ったと見えるや、放たれた真紅の熱線が地表を大きく抉り蕩けさせ、消し飛ばした。

 

 熱線の贄と選ばれたのは、佐倉杏子の複製だった。

 そして生じた熱風がナガレの身を叩いたとき、大斧槍は振り下ろされていた。

 その寸前、彼の眼の前の地面に真紅の十字槍が突き刺さった。

 槍の柄の半ばに結ばれたリボンは半分近くが焼け焦げ、槍も所々が熱で溶解し高熱を帯びて湯気を上げていた。

 マガイモノの全身を覆う槍が、虚しく崩壊していく様が見えた。

 

 彼が再び挙げた叫びは、誰に対するものか。灼熱の中に消えた複製か、それを放った本体か。

 恐らくはその両方だろう。どちらも佐倉杏子であるが故に。

 

 振り下ろされた大斧槍を、マガイモノは頭部から生えた巨大な悪魔翼で迎え撃った。

 蝙蝠と猛禽類を合わせた翼が鋭い爪を宿した手の如く広がり、魔なる大斧に爪を突き立てその腹を掌で抑える様にして捉えていた。

 巨大な力同士が激突し、地上百メートルの高みにて真紅と黒の火花を散らす。

 

「ぐうぅ…」

 

 ナガレが獣の如く獰悪な唸り声を挙げた。マガイモノもまた似たような音を口から漏らしてた。

 サイズは違えど、両者の力は拮抗していた。それ故に互いに動けない。

 拮抗から十秒、変化が生じた。莫大な力の行使によって皮膚と肉が裂けて血を滲ませたナガレの左肩に、傷で覆われた右手が添えられた。

 

「相変わらず、世話の掛る殿方だ」

 

 彼の背後に、朱音麻衣が立ち右手を彼の左肩に置いていた。

 魔力が枯渇しかけているのか、その姿は赤のジャケットに黒茶色のショートスカートを纏った平常時の姿と化していた。

 

「少し気に喰わないが、ここは空気を読んで合わせといた方がいいのだろうね」

 

 右後方には呉キリカがいた。こちらは衣服は普段の学生服じみた私服を着ていた。

 しかし肉体は再生中という有様で、髪は治っていたが所々で生の肉が剥き出しとなった凄惨な姿となっていた。

 それを表現するとしたら、死にたての新鮮な死体を獣の群れの中に置き、直ぐに取り出せばこういった風になるとでもすれば良いのだろうか。

 

 露出した肉の表面には魚卵のような黄色い脂肪の粒が並び、再生中の筋肉と神経が蛆虫のように蠢いている。

 異常な光景だが、普段の再生能力からするとあまりにも弱弱しい様が、彼女も力が枯渇しかけている事を表していた。

 そしてキリカもまた、ナガレの右肩に手を置いていた。

 筋肉と骨が剥き出しになった人体模型の様な手が、内に秘めた力の解放により肉が弾けた右肩にそっと置かれている。

 

「我が最後の力。受け取れ、友よ」

 

「友人。精々無駄にしないでくれよ」

 

 言葉と共に、両者の最後の力がナガレの中へと這入り込む。

 血肉を介して、その魂へと魔なる力が接続(コネクト)された。

 両者が彼に与えた魔力の色は、光を拒むような暗澹とした闇色をしていた。

 

 そして力が解放され、拮抗状態が打ち破られた。

 刃は翼を切り裂きマガイモノの貌を縦に縦断し、その胸元までを一気に切り裂いた。

 紅い装甲に入った傷口からは、黒々とした飛沫が大量に噴き上がった。

 

 滂沱と溢れ、見る見るうちに異界の地面を穢して大海のように拡がっていく。

 しかし、大斧槍の侵攻はそこで喰い止められていた。その時、マガイモノの体内にて何かが斧を激しく叩いた。

 その衝撃は凄まじく、斧は逆に上方へとかち上げられた。そして自らが切り裂いた傷口を逆に辿り、斧はマガイモノから抜け出ていた。

 抜け出た斧は、刃が大きく抉られていた。刃に入ったヒビが浸食のように広がり、遂に大斧槍が刃と言わず柄の部分まで砕け散った。

 そして、砕けたのは斧だけでは無かった。

 

「ぐ…」

 

 彼は短い苦鳴だけを放っていたが、その身に降り掛かった破壊は尋常では無かった。

 斧の柄を手に持っていた彼の両手にも、莫大な衝撃が送られていた。

 まずは両手。そして腕が、最後に肩までが肉と骨と、腕を覆っていた鋼が混ざり合った血色の飛沫と化して散った。

 黒い霧と化して霧散していく斧の向こうで、口を大きく開いたマガイモノの貌があった。

 その口の前で、真紅の光球が育まれていた。

 口の中に納まるサイズの球が一気に巨大化し、マガイモノの貌に匹敵する巨大さとなった。

 

 最後の力を彼に与えた麻衣とキリカは既に自力で立っていられず、ナガレの背後で荒い息を挙げながら膝や手を着いていた。

 両肩の断面から滝のように血を流しながら、ナガレだけが立っていた。

 

 そして業火の如く赤く滾った光球が、彼と彼女らの元へと撃ち出された。

 視界の全てが真っ赤な光に染められた中、二人の魔法少女達は、敵と己の血で染まった顔で嗤う少年の横顔を見た。

 暴力という衝動や言葉が、形を成したかのような闘争に飢えた貌だった。

 

「ありがとよ。麻衣、キリカ」

 

 その貌でありながら、彼は人の言葉と心を彼女らに示した。

 彼にとってそれは狂気の貌ではなく、絶望の中で勝機を見出さんがとする戦士の顔であった。

 

 そして噴き出す血も顧みずに足を前へと進めた。

 その最中、彼は地面に突き立った複製杏子の槍を口で引き抜き真ん中の辺りを咥えた。

 若き勇者に寄り添うように、彼の顔の隣では槍に縛られた黒いリボンが揺れていた。

 

 柔らかい口内が槍に宿る高熱に焙られ、舌や頬や唇の肉が焼けて口の隙間からは白煙が昇った。

 脳髄を焼かんばかりの苦痛さえも気にせず、彼は走った。

 迫る光球との接触は直後だった。光球の超高熱に触れれば、人体など炭化どころか消滅する。

 

 しかしマガイモノが放った光と彼の姿が交わる直前に、空中で霧散した黒が、砕け散った大斧槍の残滓が彼の元へと飛来しその身体を包んでいた。

 そして黒い靄の中で、咥えた槍へと彼は魔女を介してある形を伝えた。やり方としては、大斧槍を顕現させた時と同じだった。

 その為に用いられたのは、朱音麻衣と呉キリカが彼に与えた最後の力であった。そして更にもう一つ。

 彼が羽織ったジャケットの裏側から、靄と化した魔女が輝く宝球を取り出していた。

 

 眩い虹色に輝いたそれは、地球儀を思わせる形をしていた。

 嘗て彼が風見野の鏡の結界を踏破した際、結界の主からお引き取り願うと押し付けられた物だった。

 

 虹色の宝球、レインボーオーブとでも呼べるそれに靄が纏わり付き、噛み砕く様に圧搾して破壊する。

 内部からは魔力が溢れ、外側もまた魔力に還元される。更にはマガイモノが放った光球さえも取り込み、杏子の複製が残した槍が形を変えた。

 魔法少女の変身の如く、その変化は一瞬で終わった。

 

 そしてマガイモノは見た。自らが放った光球が弾け飛ぶ様を。

 その中から顕れ、自分に向けて真っすぐに飛来する血のような深紅と底知れぬ闇の色が入り混じった物体を。

 マガイモノから見て、それは自分と似通った姿に見えたに違いない。

 

 やや縦長の鉄仮面のような顔。

 鋭い鋭角の眼の周囲には緑色の結晶がばらまかれ、口や頬に同党する部分にも同じ光が散りばめられていた。

 そして頭部の左右には、黒髪の少年のそれとよく似た角の様な獣耳の様な長い突起が生えていた。

 但し彼の獣耳が直線であるのに対し、これの耳は根元が少し窪んでいた。動物で例えれば、前者が猫科なら後者はやや兎のそれに近かった。

 これは幅広い肩から逞しい胸部までが形成された、マガイモノによく似た別の存在であった。

 そしてその大きさは、巨大な翼を除いた状態でのマガイモノの頭部に匹敵するサイズであった。

 輪郭は陽炎か幻のように揺らめきながらも、それは確たる形をとって異界の中に顕現していた。

 

 この外見の投影に、彼は最初の愛機のイメージを与えていた。そしてこの場面もまた、身に覚えがあり過ぎていた。

 だが今は、それはいい。

 

 この存在と共に戦い続けた事と、こうして打ち砕いた者が見せた生き様も。

 この状態で相対した、自分が辿る可能性とその果ても。

 そして、かつての仲間達との思い出も。

 

 彼が今対峙し立ち向き合うべき者は、たった一人だけである。

 全てを非情に振り払い、全力でその者と向かい合う。

 

「杏子ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!」

 

 深紅の機体の中で魔を宿した少女の名を叫びながら、疑似的に再現された深紅の戦鬼がマガイモノの胸元へと激突した。

 凄まじい轟音と衝撃が鏡の結界の中に響き渡った。その最中、上半身だけの戦鬼の姿はマガイモノの背後にあった。

 

 マガイモノの凶悪な頭部が捩じ切れ、共に引き千切られた胸部装甲の一部と共に宙に投げ出されていた。

 そして戦鬼の半身は役目を終えた事を悟ったように、その姿を爆炎へと変えた。それはマガイモノの頭部も同じであった。

 炎が広がる空の中、黒煙と炎を切り裂いて飛翔する何かが見えた。

 それは両腕を喪った黒髪の少年だった。そして彼は流星のように、マガイモノの内部へと落下していった。

 

 頭部と胸の一部を失い、マガイモノの胴体に生じた空洞の中を落下し、やがて彼は着地した。

 破損の具合によるものか、その場所は上空から注がれる僅かな光も通さない闇で満ちていた。

 そしてそこは、大斧槍が弾き返された場所だった。

 

「やっと会えたな」

 

 闇の中であったが、彼には内部の光景が見えていた。眼の性能が良すぎると、気配の察知が鋭敏過ぎるのだった。

 

「杏子」

 

 幾度となく呼び掛けたその名を静かに告げながら、彼は闇の中でゆっくりと歩み寄っていった。

 敵対に相当する行為を続けておきながら、名前を呼ぶ声の調子は普段と変わらなかった。

 彼と彼女が送る、平凡な日常の中で名を呼び合う時のそれと同じであった。













ここまで長かった…本当に

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