魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第62話 最後の刃

 呉キリカの視界を真紅の光が埋め尽くす。

 それは彼女の黄水晶の瞳だけでなくその魂の現身や、異形の竜を顕現させた朱音麻衣にも赤の色を映えさせていた。

 新たな姿を得たマガイモノの背中から生えた十本の長槍状の翼に膨大な赤い電撃が蓄えられ、それが臨界に達した時に雷が爆裂した。

 それらは雷撃であると共に、曲がりくねった無数の紅い槍であり夥しい数の毒蛇であった。

 宙に放たれたそれらが、その牙や切っ先を万物に向けて突き立てる。

 

「きひっ…!」

 

 紅い光に身を染められながら、キリカはそう漏らした。悲鳴ではなく、狂気に浸った笑い声を。

 飛来したそれらに向けて、キリカの現身から放たれた異形の触手が噛み付いた。真紅の光と触手が絡み、共に果てて砕けていく。

 更にドッペルは高速で飛翔し、光の隙間を掻い潜り上下左右にと目まぐるしく空間を駆け巡る。

 

「これは…予想以上だな。さっさと仕留めておけばよかったよ」

 

 触手を貫いた雷撃に身を焦がされ、キリカの口から放たれる吐気には焦げた匂いが混じっていた。

 肌を貫いた雷は内臓を焼け焦がし、彼女の骨を高熱で焙っていた。それでも口調は平然とし、黄水晶の眼は爆裂した雷撃に晒される異界の景色をちらりと見ていた。

 そこに映っていたのは、世界そのものが業罰を受けているかのような地獄絵図。いや、地獄とした方が早い光景だった。

 

 彼女の針のドッペルが針の連打によって再現した針山地獄とは、破壊の範囲が桁違いに広い。

 戦場となっている異界の巨樹の天辺だけではなく、ここを基点に異界の各地に雷撃がばら撒かれていた。

 地上戦により破壊された異界の建造物や地面、マガイモノが顕現させた無数の真紅の柱などが雷撃によって溶かされ、切られ、粉砕されている。

 

「その姿の元ネタがどの程度の存在か知らないが…やれやれ、友人の戯言をちゃんと聞いておけばよかったよ」

 

 聞いてても無意味だったろうけど、と更にキリカは言った。その瞬間。展開されていた触手が根元まで弾け飛んだ。

 赤黒い触手の壁を貫き、無数の光がキリカの全身に絡みつく。皮膚が一瞬で炭化し、黄水晶の眼が破裂し、血と体液があぶくを立てて沸騰した。

 半壊していた現身も砕け散り、美しい形だけは留めたままで全身が煤色となったキリカは地面へと落下した。

 落下の衝撃で腕と脚が砕け、断面から赤い粘液となった血が垂れた。四肢は胴体から捥げ、腹部も腰の辺りで上半身と断裂している。

 

 右眼を覆っていた眼帯も焼き切れ、下の眼が露出していた。

 眼帯が最後の仕事を果たしたのか、右眼は高熱により白く濁ってはいたが眼球の形を留めていた。

 ごとりと首を横に傾け(というよりも首が胴体から外れ)、キリカは白濁とした眼で異界の奥を見た。

 そしてほぼ炭と化した顔に微笑を浮かべて呟いた。その視線の先には、朱音麻衣がいる筈である。

 

「なるほどね。完全無敵な存在など有り得ないか」

 

 焼死体と化して地面に横たわるキリカの元へと、上空から無数の雷撃が飛来した。

 それらは獲物を貪りに来た毒蛇達であり、キリカを焼き尽くす灼熱の雷撃であり、貫いて刻む光の槍でもあった。

 紅く染まった黒い身体の前に、更に紅い姿が身を躍らせた。

 それは人の姿をした炎を思わせた。

 髪も衣服も、そして得物である長槍も紅い少女であった。

 

 先端に十字架を頂いた槍が乱舞し、毒蛇の群れを光の微塵と散らす。振られた槍は多数の関節を生じさせ、その長さを爆発的に伸ばした。

 長大な鞭となって多くの光を刈り取り、真紅の少女を中心とした空間に台風の目の如く一時の静寂を招いた。

 

「あ、お久しぶりだね。調子はどう?友人にはもう会って抱かれたかい?」

 

 声に応じたように、槍を元のサイズに戻しながら真紅の少女は振り返った。少女はにこにこと笑っていた。

 誰もが微笑み返したくなるような、慈しみを感じる童女の笑顔だった。

 

 その朗らかな笑顔のまま、真紅の少女は横たわるキリカの腹に拳を突き込んだ。

 ほぼ粘塊と化した内臓が傷口から溶岩のように弾け、赤黒い体液が飛沫となって少女の笑顔を染めた。

 少しはだけた神父服を思わせる衣服の喉元には、ズタズタに切り裂かれた肉が紅い繊維で強引に縫われた凄惨な傷が刻まれていた。

 痙攣するキリカの反応を他所に、少女はキリカの体内をその繊手で蹂躙し、そして何かを掴み引き抜いた。

 

 赤黒い泥のような肉塊と粘液化した血に塗れたそれは、ダイヤのような菱形をした青紫色の宝石だった。

 微かな死の痙攣に震える、炭と生焼け肉の合い挽き状態となったキリカの顔を蹴飛ばし彼方へと放り、真紅の少女は放たれた矢のように飛翔した。

 虚ろとなった無残なキリカの残骸を、再び降り注いだ雷撃が芥子粒も残らず消し飛ばしたのは直後であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 降り注ぐ真紅の雷撃は、三匹の黒い竜達も貫いていた。されど紅い毒蛇達は黒い体表をすり抜け、地面に激突して爆ぜた。

 数十発数百発が貫通するも、熱を帯びる気配も存在を掻き乱される事も無く、一切の影響を受けていなかった。

 自らよりも遥か高みに存在する異形に向けて、竜達は威嚇の唸り声を挙げていた。

 

 人と蛇を合わせた胴体に、猛禽と蝙蝠を合わせた巨大な翼を頭部に頂く巨体は悠然と竜達を見降ろしていた。

 その翼の下にある鉄仮面のような貌に開いた無数の牙を有す口は、獰猛そのものの形状に人間の感情を有して歪んでいた。悪意の笑みに。

 竜達が飛翔せんとして身を撓めた時、口を開いたマガイモノの貌の前で巨大な光が生じた。雷撃ではなく、直径にして三十メートルもある真紅の光の球だった。

 

 自分達には無意味な攻撃と捉えたのか、三匹の内左右の首が唸り声を挙げた。

 右は闘志を剥き出しにしたような落雷の爆音に似た声であり、左は耳障りな金切り声だった。

 左右のものと異なり無言を通していた中央の首は、何かに気付いたように口を開いた。そして左右の首に報せる様に吠えた。

 古めかしい機械の通信音を思わせる、異界じみた声で。

 

 光球が放たれた瞬間、三匹の竜は背後に向けて全速で後退した。

 地に向けて放たれた光球には、無数の落雷も伴っていた。それらは竜達を狙ったものではなかった。

 光の中心には、紫髪の魔法少女が立っていた。そして真紅の光が炸裂した。

 

 異界の地面が蒸発し、朦々と靄が立ち込める。そこを雷撃が次々と貫く。

 紅い光に照らされて、巨大な物体が姿を顕わにした。それは、身を重ね合って何重にもとぐろを巻いた竜達だった。

 刺々しい突起が無数に並んでいた体表には、高熱による溶解と槍状の雷撃に切り裂かれた無数の傷が生じていた。

 傷口からは体表と同色の何かが液体のように零れ、地面に落ちた直後か落下の最中に煙となって消滅していく。

 

「…ぅあっ!」

 

 朱音麻衣は目を覚ました。白目も含め血色一色だった眼は、瞳のみをその色に戻していた。

 目覚めの原因となった身体の三か所で感じた痛みに身を捩る。痛みの場所は両胸と下腹部であり、彼女はそこを手で触れた。

 指が捉えたのは柔らかな衣服とその下の肉体の感触だった。

 痛みはありつつ、開いていた凄惨な傷口は閉じていた。

 

「ああ…ああっ!!」

 

 掻き毟る様に身に手を這わす。耐えがたい喪失感が麻衣の心を襲っていた。

 その彼女の耳朶を爆音が震わせた。次いで、異形の苦鳴が三つ。

 麻衣は即座に其方に向けて顔を向けた。

 

 血色の眼が見たのは自分を取り囲む黒い巨大な壁であり、そこから内側に向けて鼻先を向けて重なる三匹の竜の顔だった。

 大型車ほどもある頭部は痙攣し、夥しい数の牙が生え揃った口から異形ながらにも苦痛の響きを持った鳴き声が漏れている。

 竜達は麻衣からその身を外し、自らの身で編んだ防壁の中に彼女を匿っていた。衝撃音が響き、竜達が苦痛に身を震わせる。

 

 細い口からは吐血のように闇が溢れた。既に外側は雷撃の嵐に晒されてズタズタになっていた。

 朱音麻衣という召喚者兼観測者との接続を断った時、竜達の存在はこの世のものと化していた。

 その体表の頑強さは確かなものであったが、それでも限界に達しかけていた。

 

「お前達!」

 

 叫んだ麻衣の眼の前で竜達が悲鳴を挙げた。悲鳴は音を曳きつつ更に上昇した。竜達で構築された壁と共に。

 浮かび上がった竜達に、それらを更に上回る巨体となったマガイモノが牙を立てていた。

 縦方向だけでなく、頬にも裂けて生じた口は、巨大な獲物を飲み込むために複数の顎関節を有する進化を遂げた蛇に似ていた。

 その悍ましく開いた口で、マガイモノは三匹の竜を纏めて咥えていた。牙は深々と喰い込み、竜から溢れた黒が唾液のように滴っている。

 

「やめろぉぉおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 怒号と共に麻衣が抜刀。

 飛翔した瞬間、麻衣の元へと複数の雷撃が飛来した。叫びと共に切断した直後、彼女の背後で紅い電撃が爆ぜた。

 毒蛇のように回り込んだその一撃は、麻衣の背中から大半の皮膚を剥ぎ取り、焼け焦げた衣服と共に黒い欠片をばら撒いていた。

 背骨も熱に焙られ、首筋から尻までに宿る灼熱の感覚が彼女の精神を焼いた。

 

 しかしそれ以上に彼女の心を砕いたものは、マガイモノの開いた口の中に竜達が噛み砕かれて飲まれていく光景だった。

 竜達は抵抗するものの、物理法則に囚われた状態ではマガイモノの方が力で優っていた。

 蛇がより巨大な蛇に飲まれるように、竜達は頭部から尾の末端までが巨体の中に飲まれていった。

 

「貴様ぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」

  

 怒りと悲しみに満ちた声で絶叫する麻衣。

 空宙でバランスを崩し落下する彼女を、更に複数の雷撃が襲う。

 刀を握る手は震えていたが、それでも彼女は迫る死に向けて刃を振う積りだった。

 

 その時迫り来る雷撃が、宙に迸った一閃によって切り裂かれた。

 稲妻の毒蛇達を切り裂いた者は、宙に浮かぶ麻衣の身を捉え抱えて更に飛翔した。

 身を抱かれた時、麻衣の胸は竜達を失い憎悪の最中にあった。それでも彼女は希望を抱いた。己の身に触れた存在に心当たりがある為に。

 しかしそれは、彼女の望んだ者ではなかった。彼女を抱えるものは、燃えるような真紅の衣装に身を身を包んだ赤髪の少女だった。

 視認の瞬間、麻衣の心は嫌悪感に襲われた。

 

「離せ!私に触れるな紛い物!!」

 

 反射的に叫び、そして右の拳を振った。それはかなりの力を失っていたが、真紅の少女の左頬を撃ち抜いた。

 頬の内側の八重歯が肉を裂き、少女の口端から血を滲ませた。

 血を滴らせながら少女は着地し、ほぼ同時に足を撓め弾かれた発条のように跳ぶ。

 宙に残っていた血滴が、そこに降り注いだ雷撃によって地面諸共に蒸発した。少女を追って雷撃が次々と降り注ぐ。

 時折掠めつつも、少女は跳ね回り巧みに雷を避けていく。

 フェイントさえも掻い潜り的確に避ける様子は、まるで相手の思考を先読みしているかのようだった。

 

「離せと言って…!」

 

 叫ぶ麻衣の口へと、真紅の少女は何かを押し込んだ。

 麻衣の口の中一杯に広がるのは、歯が捉えた石のように硬い感触。舌に広がるのは、血腥く焦げ臭い匂いと鉄と潮の味。

 そして喉奥に突き刺さる、吐き気を誘発する不愉快な痛覚。

 麻衣が眼をやると、口から生えた二等辺三角形に似た紫色の宝石が見えた。そして

 

「やぁ朱音麻衣。矢張りというか、中々に舌遣いがやらしいな。夜の営みの予行練習でもしてるのかい?」

 

 その紫色の石からは、呉キリカの思念が届いていた。

 この石の正体を察した麻衣の喉奥からは悲鳴が湧き、麻衣は反射的に宝石に歯を立てた。

 

「え、ちょ。そういうグロ行為は私の担当ではないのだけど」

 

 キリカの声には焦りがあった。宝石は軋む寸前であり、もう少しで歯が喰い込むところだった。

 そして奔る少女の背に、無数の雷撃が迫っていた。疾走の最中、紅い少女は前を見た。

 

 前へ進む少女と入れ替わる様に彼女の背後へ、異界の空を覆わんばかりに広がる雷撃に向けて走る人影を彼女らは見た。黒い髪の少年だった。

 真紅に染まった空に向け、彼は両手を振った。振られた手の先で、黒い波濤が迸った。

 空を刻む様に奔った黒の波濤と接触した途端、迫っていた雷撃は霧散した。

 

 それは目前だけのものに留まらず、その後ろで彼らに目掛けて進んでいたものまで掻き消していた。

 空に広がっていた雷撃は、まるで黒い風に吹き散らされるかのように消し飛ばされていく。

 その奥で聳える巨大な異形にまで、その消滅は届いていた。

 マガイモノの巨体の蛇のように伸びた腹の一部で、装甲が小さく剥がれ落ちた。

 

 接触の瞬間、装甲の上では黒い光が跳ねていた。それを見届けると、マガイモノは小さく吠えた。

 だからどうした。効いてねぇぞと、獰悪ながら少女の声の音階を有したその叫びは言っていた。

 雷を斬り払った少年の両手には、両刃の斧が握られていた。刃の表面には、彼の黒髪や瞳のような黒い光が纏わりついていた。

 

「悪いな、また遅れちまった」

 

 背後に向けてナガレは言った。

 背中から生えていた巨大な翼が今は消え、頭角だけが残っていた。一部の異形化は残っていたが、普段の彼に戻っていた。

 だがその身から立ち昇る鬼気はどうだろう。そして彼の内側で渦巻く力の気配は。

 

 それらを鋭敏に感じ取り、麻衣は思わず息を呑んだ。

 普段は陶酔が掠めるのだが、今の彼女の中には呼び出した竜を失った怒りが勝っていた。

 そして、恐怖があった。それは彼に対してのものだった。

 

「やろうぜ、杏子」

 

 更に前へと進みながら、ナガレは言葉を紡いでいく。黒い瞳は巨大な異形を真っすぐに見据えていた。

 その悪魔じみた姿を脳裏に刻む様に睨んでいる。歩きながら彼は小さく、

 

「多分だけど、そいつはアークか」

 

 と呟いた。名を呼んだその声は、怒りの中に僅かな親近感が滲んでいた。

 そして彼は両手の斧を投げ捨てた。完全な素手となった状態で彼は右手を伸ばし、掌を上にし親指を除く四本の指を垂直に曲げた。

 

「来な」

 

 その様子にマガイモノは少し硬直した。罠を疑ったのだろう。

 竜が顕現した時と同じく、槍を召喚する事も出来た筈だが、彼女の欲望は速やかな決着を望んだ。

 

 空間が破裂したかのような大音声を挙げると、その巨体は真紅の大瀑布のように彼の元へと落下していった。

 彼の上空に巨大な口が開かれるまで、遥か彼方からの飛来と合わせて一秒と掛からなかった。

 彼が噛み砕かれるまでは、更にその十分の一の時間もあれば十分だろう。

 その刹那に、彼の右肩が光を放った。それは光であり、輝く闇でもあった。

 

 迸ったそれに、マガイモノは胴体を引いた。しかし、空中で夥しい量の紅い液体が大河の如く流れた。

 それはマガイモノの貌から迸っていた。

 顎から額に掛けて光は一閃し、更に上へと伸びていった。仰け反った状態で、マガイモノはそれを見た。

 真紅の少女に投げ捨てられ、地面に乱暴に置かれた麻衣もキリカの魂をぺっと吐き捨てながら上を見上げていた。

 

 ナガレの肩から、長い長い黒い直線が生えていた。

 それはマガイモノの百メートルを優に超える体長すら更に越え、伸びきったその先で巨大な刃を形成した。

 光のように輝く闇色の巨大なそれは、超巨大な大斧槍であった。その柄をナガレは両手で掴み、そして

 

 

「喰らえええええええええええええええええええええっ!!!!!!!」

 

 

 裂帛の気合と共に、莫大な魔力の籠ったそれを一気に振り下ろした。


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