魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第61話 剥ぎ取りし記憶、束ねし異形

「これは愉快だ。面白くもなんともないが笑えて来るよははははは」

 

 白い喉を仰け反らせながらキリカは言った。本人の云う通り全くの感情が廃された、虫の鳴き声のような笑い声も同時に挙げられている。

 芋虫とマネキンの融合体のような感情の現身に磔になりながら、巨大な針を撃ち出し続ける。

 更に跳ねるように飛び回り、キリカは異形の触手で赤黒い巨体を切り刻んでいく。

 

「で、そろそろ決着かな」

 

 告げた彼女の顔を、赤黒い破片が掠めた。それは珠のようなキリカの皮膚を僅かに削り、幾らかの血滴を跳ねさせた。

 頬を伝って垂れてきたそれをぺろりと舐めるキリカの視線の先には、破壊されてゆく巨体の姿があった。

 異形ながらにも人型をしていた姿に既に四肢は無く、肩や膝から先の無い達磨状と化していた。

 全身の傷からは膿汁のような粘度の黒い液体が溢れ、黒雑じりの赤の姿を黒に染めている。

 四肢の断面から絶え間なく液を落とし続ける巨体に、三匹の黒い竜が噛み付いている。竜の細い顎とマガイモノの体表の間では、奇怪な現象が起きていた。

 

 竜の体と同様に黒く、鋸の歯のように無数に連なる牙が触れた個所の色が徐々に透明となっていき、遂には物理的に消え失せていく。

 溢れ出る黒液も同様に、牙に触れた部分が忽然と消滅する。

 そうして顎の贄が消え去ると、竜は別の場所へと噛み付いた。

 細い輪郭である為に欠損の量は決して多くは無かったが、それでも結果としては破壊であってももたらす行為は消失と、竜の行為は魔法少女から見ても異質だった。

 そして何より、この現象に際して一切の魔力が生じていない事が異常さを際立たせていた。

 

 異常な現象を起こす三匹の竜の根元では、紫髪の魔法少女がいた。

 その細い身を左右にゆらゆらと揺らしながら、白目まで真っ赤に染まった赤一色の眼で竜達を見ていた。

 裂けた身体の内に生じた三つの虚空からは、漆黒の竜達の尾の末端が伸びていた。

 それらの発生源である朱音麻衣は微笑みながら、自身から伸びた異形達を眺めている。

 

 普段の溌剌さや凄烈な闘志を振い、数多の悪鬼羅刹と対峙してきた彼女の面影は何処にもない。

 人形のような空虚さと、悪霊のような悍ましさ。

 そして複数の感情を視線に乗せて、自らが産み出した者達を眺める慈母の姿がそこにあった。

 

「喰らえ…存分に…喰い尽くせ…愛し子らよ」

 

 麻衣の口からは時折言葉が漏れていた。それに呼応し、竜達は咆哮を挙げた。

 耳障りという領域を越え、聞くものの精神を砕くような異質な音だった。

 巨体の背に向けて垂直に身を立てて装甲を漁る様は、天から注がれる黒い落雷に見えた。

 身を捩りながら牙を立て、佐倉杏子が産み出した異形を虚空の顎で喰らっていく。

 

「なんともまぁ…思わぬ展開だね」

 

 攻撃の手はそのままに、キリカは呆れたような声を出した。

 

「まさかの最強キャラが発情紫髪だったとは。御都合展開に過ぎるし、第一ピンと来ない。例えるならそう…本編から見てスピンオフ作品の、しかも脇役が実は最強だったみたいな」

 

 好き勝手に言いつつ、キリカは触手を捩る。マガイモノの全身に突き立てられた触手が一斉に回転し、獲物の装甲と肉を破壊する。

 

「ま、これで佐倉杏子も解放されるか。ああそうそう、解放と言えば」

 

 破壊をしつつ、キリカが過去の記憶を辿る。狂気に浸されてはいるが、彼女の頭脳自体は明晰であった。

 

「今は懐かしだけど、私が君らの前に強キャラ感出して初登場した後か。胸を砕いて遣って昏睡状態にさせた友人をしばらくじっと眺めた後、お前が寝床で何をしていたかは覚えているよ」

 

 口調に嘲りはなく、ただ事実や案内を告げる機械のような冷たさがあった。

 

「別に覗き見の趣味は無いが、敵情視察は大事だろう?今はこんなに仲良しだけど、あの頃は敵だったんだからさ。

 まぁ詳しくは言わないよ。君も年頃だし一応は男である友人の手当てしたんだろうから、気の迷いとは言えそういう気持ちになるのは分からなくもない」

 

 淡々と言いつつ、照れたような口調にもなった。あくまで口調だけは。

 

「指の動きと押し殺した声から察するに割と燃えていたようだが、何時も嫌いだとか死ねとか真顔で言える友人相手でそういうコトが出来るなら、

いい加減互いに得をしないツンツン路線はやめて、分かりやすくいちゃいちゃちゅっちゅな路線でいきなよ。

 そっちの方が人生楽だよ。つまんない意地やしんどい生き方してないで、欲望なんて解き放っちゃえばいいのさ」

 

 真摯な口調で持論を語るキリカ。しかし返答は期待せず、ただ暇潰しと言った風に言葉を述べていた。

 そして言う端から忘れているに違いない。

 

 

ああ、そうするよ

 

 

 その為、思念にて返事があった際はキリカも思わず目を丸くしていた。

 そして何を感じたのか、眼には柔和な線が描かれ美しい顔は微笑みを形作った。

 

 

「案外素直だね。じゃあ速やかに無意味な死とまごころを君に」

 

 与えよう、とでもキリカは続けたかったのだろう。しかしそれは果たせなかった。

 言葉を紡ぐ口が、というよりも頭部自体が喪失した為に。

 竜達に啄まれる異形の背中から、血のような深紅の何かが飛び出していた。

 竜達が押し退けられたように後退り、その生じた隙間にそれが聳えていた。

 

 マガイモノをまるで卵か蛹のように突き破って生じたそれは巨大であった。

 直径はマガイモノの背中の面積に等しく、長さにして二十メートルに達していた。

 その頂点へ向け、竜達が鎌首を上げていた。昆虫のような丸い複数の眼と、竜達を追って空を見上げる麻衣の血色一色の眼に新たな異形の姿が映っていた。

 

 深紅の巨柱には、包帯のような帯が巻かれていた。横に巻かれたそれらは、蛇の蛇腹か木乃伊を思わせた。

 かなりの長さというよりも高度の先でまず最初に眼に着いたのは、巨大な二枚の翼だった。

 それは背中ではなく、頭部から生えていた。

 

 蝙蝠の羽の鋭い輪郭と、猛禽類の猛々しさが合わせられた異形の翼。

 その長さは一枚当たりで軽く四十メートルに達し、これまでのマガイモノの体長に匹敵する大きさだった。

 それを支える人型の頭部はそれまでとは異なり有機的な要素が消えうせ、完全に金属の光沢で覆われていた。

 刃の切っ先のような鋭い眼の下には、前と同じく口が開いていた。

 

 しかしその開閉は上下だけではなく、頬にさえも二つの亀裂が入って形成された異様な口だった。

 まるで幾つもの関節を以て獲物を飲み込む、蛇の頭部のような構造の口となっていた。

 開かれた口の中には前と比べて短くも、太さと鋭利さが増した牙が生え揃っている。

 その牙で覆われた口の中で、呉キリカの頭部とドッペルの上部分、更にはキリカが「ドリルワーム」と名付けた触手が大量に喰い千切られて咀嚼され、混ぜ合わされていた。

 先程までマガイモノの身体を易々と切り裂いていた獰悪な触手は、柔らかい麵のように易々と噛み砕かれている。

 

 生え揃った歯の中で特に発達した八重歯がドッペルの婦人帽子を貫き、桃色の脳味噌と黒髪が付着した頭皮や頭蓋骨がペースト状になるまで曳き潰される。

 完全に形状が崩壊したキリカの肉と感情の現身の一部を、この新たな異形は嚥下した。ごくりという生々しい音さえも付随させながら。

 球状に見える肩の輪郭はありつつも、手も無く足も無く、異様に伸びた胴体を持つこの異形は超巨大な深紅の蛇といった姿だった。

 そこに頭部から生やした一対の巨大な翼が合わさった威容は、禍々しくもある種の美しさと神々しさを湛えていた。

 蛇に蝙蝠に猛禽類、そして人間の要素が束ねられた姿は、神話か御伽話の神々の姿に見えた。

 また或いは、悪魔か邪神のような。

 

「きさ…ま…」

 

 頭部を喰われたキリカの首の断面から、憎悪に満ちた音が絞り出された。そして直後、肉を突き破って微細な斧を連ねた触手の束が発生する。

 触手たちが絡み合い、欠損したキリカの頭部を新たに作り出していく。

 

「私の…心を……喰うなッ!!」

 

 肌の再生も後回しに、血と体液を出来かけの頭部から滲ませながらキリカはドッペルを飛翔させた。

 外見に似合わぬ速度は音速を越え、既に百メートルは優に超える巨体となった新たなマガイモノの頭部の更に上へと瞬時に身を躍らせる。

 主同様に頭部を失ったキリカのドッペルが、その不吉な影を深紅の巨体に注いだ時、それに次いで三匹の黒竜達が逆さまの瀑布のようにマガイモノの頭部へと牙を走らせた。

 こちらはキリカと異なり、影すら生じていなかった。異界の物理法則にすら縛られず、竜達はマガイモノの喉や左右の翼へと噛み付いた。

 先と同様、牙の先から徐々に存在が希薄となっていく。

 

「何だか知らないが、無駄に巨大なパワーアップ形態も無駄なようだな。朱音麻衣の欲望を侮ったのが悪い」

 

 筋肉が剥き出しの赤黒い顔のまま、ドッペルに針を射出させながらキリカは言った。

 マガイモノの深紅の装甲は硬度が増し、それまで貫通ないし八割は埋没させられていた針は先端が突き刺さる程度になっていたが、キリカは針を連打していく。

 そして彼女が言うように、竜達の攻撃は物理的な防御を無視している。

 巨大化したことで牙に対する面積が増えたために効果が薄くなってはいるが、それでも傷口は虚空へと迫っていく。

 触手やドッペルを易々と齧り取った牙は脅威だが、先程と異なり手も足も無い為に剛腕や蹴りが放てない。

 更には麻衣の竜達は、まるで悪夢の存在であるかのように相手からの物理的干渉を受けない。

 

 先程の口撃は不意打ちであり、今度はもう喰らわない。

 ならばやる事の手間が増えた程度と、キリカは艶やかな肌で覆って完全再生させた顔に嘲弄を浮かべながらそう思った。

 その表情が硬直したのは、マガイモノの背から生えた長大な十本の紅い槍か針のような物体を見た時だった。

 場所的にそこは、前のマガイモノの翼があった場所だった。

 

 イチョウの葉を思わせる形に開かれた十本の長槍の間で、荒れ狂う炎の如く赤い光が迸っていた。

 

「その魔法は」

 

 キリカが発した声は、嫌な予感からの不吉さが滲んでいた。

 稲妻のような光の波紋に、キリカは見覚えがあった。

 朱音麻衣が所属する自警団の団長が得意とする雷撃と、魔女を取り込んだ彼女の友が放った破壊の光球の表面で波打っていた波濤に。

 それは見る見る間に増大し、マガイモノの背を紅い稲妻の波紋が覆い尽くした。

 

「やばっ」

 

 ほぼ反射的にキリカが呟いた瞬間、その視界の全てを真紅の光が染め上げた。











外見のイメージはシレーヌの翼を持ったゲッターアークの上半身+腕の無い邪真ドラゴン(真ドラゴン第二形態)となります

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