魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第60話 紅の少女、垣間見たもの

 動きを止めた記憶の書物を、彼女はペラペラと捲っていった。指先が触れるだけで巨大なページが捲れていく。

 数回繰り返した時、彼女は小さくため息を吐いた。巨大な形状と相俟って、まどろっこしさを感じたのである。

 と、そう思った瞬間に書物は発光。彼女が目を丸くしていると、瞬く間に縦横三十センチ四方の大きさの情報端末と化した。

 

「便利だな」

 

 彼女は呟き、端末の電源を入れて画面をスライドさせる。

 にしても初めて読む電子書籍がこれかよと、彼女は思わずにはいられなかった。

 光る画面の中には何かが書かれていたが、中身は曖昧模糊としていて判然としない。

 しかし探している事柄は一つであり、探すのは比較的容易であった。

 

「コイツか」

 

 指を止め、彼女は呟いた。

 

「ナガレの野郎の、あのコスプレの元ネタってやつか」

 

 そこに映っていたのは茫洋とした輪郭で且つ曖昧なシルエットながら、現実で視認した存在と似通った姿をした存在だった。

 

 人間のような四肢、一種の装甲なのか異様に膨れ上がった肩。

 頭部から角か獣の耳のように伸びた、彼女の感覚で見れば槍穂も連想させる長い突起。

 そして一際目を引いたのは、背中から生えていると思しき巨大な何か。横に幅広く、縦には刃のように鋭い形。

 蝙蝠の羽を思わせる不吉な形状を持った、悪魔の翼だった。

 

 更にトドメに、この存在は両手で巨大な得物を握っていた。

 自分の得物である槍にも相当する長さの柄に、幅広い両刃の斧が結合した凶悪な武器。

 かつての強敵と似た形であり、ここ最近で極めてよく目にする形の武器というか兵器だった。これで何度身を削られて、手足を吹き飛ばされた事か。

 そう思いながら、彼女はふっと小さく笑みを漏らした。楽しい事柄では全くない筈であるのに、そこに不快さは感じられなかった。

 何故なのかは彼女自身も分からないに違いない。そのまま少しだけ動きを止め、すぐに表情を変えた。

 表情はたしかに笑顔ではあった。ただし、悪鬼のような捕食者じみた笑顔と化していた。

 

シンゲッター…とか言ってたっけ。なるほど、中々強そうだね」

 

 シンとは真ってところだろうと彼女は思った。そして少なくとも神という意味では無いだろうと。

 また中々とは言いつつ、背筋には寒いものが走っていた。血みどろの魔法少女から見ても、この姿は畏怖を覚える外見に過ぎていた。

 故に体の一部が氷結したような悪寒は、この姿からの威圧感のせいでもある。

 しかしそれ以上に輪を掛けて感じるのは、この存在から感じる不可視の何か。

 

 感覚として一番近いのは、初めて訪れた魔女結界で感じた底知れない悪意。

 日常から非日常へと突き落とされた、あの浮遊感にも似た不安感と、未開の地に足を踏み入れた高揚感。

 ただ魔法少女生活開始の感覚は、願いが叶ったという充実感もあって高揚感の方が強かった。

 しかしこれは完全に未知のものであり、故に得体の知れない物を強く感じていた。

 

「そうこねぇとな」

 

 薄く笑いつつ彼女はそう言った。

 それは恐怖心を戦意で上塗りするための言葉であり、狂気の領域に触れるための決意でもあった。

 何かを獲得するためには、相応の代価がいる事はもう嫌というほど知っている。現に相棒は魔女に身を喰わせるという代価を支払った。

 その光景を見た訳ではないが、気配が融合していることを鑑みても間違いない。

 

 自分は感情の現身の力で異形を産み出しているだけに過ぎず、今もただ曖昧模糊な記憶を読んでいるだけだ。

 屈してなるかと、砕けた歯を食い縛る。割れた歯の中で、最期の闘志を示すかのように二本の八重歯だけが無事だった。

 

 詳細を見る彼女の紅い眼が、ふと疑問を捉えた。悪魔のような姿を映した画面の右隅に、小さな窓が二つ開いていることに気が付いた。

 その中にはこれもまた判然としないが、それぞれ何かの姿が映っていた。

 二つが縦に重なった内の一つの窓を、彼女は静かにタップした。直ぐに画面が開き、悪魔の姿は縮小されて隅へと畳まれる。

 展開されたものに、彼女は首を傾げた。

 

「なんだこりゃ」

 

 映っていたのは、これもまた人型の存在。但し形状は先のものと大きく異なっていた。

 真正面を向いた手足は異様に細く、まるで案山子を思わせた。

 先端の鋭さを考えると、胴体から伸びた刃物で手足を構成しているようだった。

 頭部は三角形に近く、その様子に彼女はおとぎ話の魔女の帽子のイメージを抱いた。

 

 その姿の中で、特に目を引いたのは彼女から見て左側、この存在で見れば右腕に相当する部分が巨大な円錐と化している事だった。

 華奢に見える姿の中で、そこだけが突出して巨大であり身の丈そのものに迫る勢いで右腕が肥大化している。

 更には反対側の左腕は、刃であると云うのか円弧を描いた異様な形状になっていた。

 疑問のままに最後の窓を開いた。拡大されたものに、彼女は遂に疑問に満ちた唸り声を漏らした。

 

 開かれたのは、何やら戦車のような形状の何かだった。

 やや斜め向きに映っていた為にそう見えたのだが、正面からでは何が何だか分からなかった事だろう。

 例えるなら、車から生えた巨大な人間の胴体。それも腕に相当する部分が異様に太い。

 

 他の二体が異形ながら人間に近い姿であったために、これはまるで魔女のような別次元の異形感に満ちていた。

 この姿への詳細を鑑みる前に、彼女の中に疑問が渦巻いた。

 何故これらは、一つの画面に載せられているのかと。

 

 これら三体は程度は違えど人型の要素を持ちつつ、外見が全く異なっている。

 であれば別々に表示されるのが普通ではないかと、彼女はこのデータベースと化した記憶に憤然としたものを抱いた。

 とはいえ他者に記憶を見られるなどとは異常であり、この行為はいうなればのぞき見且つ空き巣に近い。

 ならばこの憤りは筋違いかと、彼女は少しの反省と共に納得した。

 

 彼女の陥っている状況は異常の中の異常であったが、こういうところで常識人な面が出てしまうのであった。

 それが更に異常であり、これも彼女の精神的な強さなのかもしれない。

 それでもまぁいいやと気分を切り替えて次に行く。気分的にはATMを破壊したり、銭湯に忍び込むときと大して変わらなかった。

 

 次のページで見たものは、形は違えど似た形状の三つの姿だった。

 怒髪天を突くとでもしたような五本の角らしきものを天に向けて伸ばし、肩から背部に巨大な外套状の翼を広げた人型。

 続く二体も糸杉のように細いものと、これは人型をした手も足も太い存在が見えた。

 

「なるほど」

 

 彼女は呟いた。二つの例を見るに、何かしらの法則を掴んだらしい。

 相変わらず形の異なる三体が一緒にカテゴライズされていることは疑問であったが、ここに彼女は予測を立てた。

 恐らくこれらは別個体で編成されるチームであり、運用の際は三体同時に展開されるのだろうと。

 

 となると姿が変わっている事にも合点がいった。

 最初のものはバランス型、次は高機動、最後はパワー型であるのだろう。

 外見からしてこれで間違いなく、見てみればそれほど不思議でもなかった。

 

 例えるなら、魔法少女が集団で徒党を組んで戦うようなものだった。確かに生き残りを賭けて戦うのなら、集団の方が生存率は上がる。

 だがその分苦労も増えるだろうし、いつまでもチームのままとは限らない。何時か齟齬が生じて別れる羽目になるんだろう。

 クソ真面目な自警団長率いるあの連中も、何時まで持つか。そういえば自分の場合は…と思ったところで彼女はそれを打ち切った。

 どうも感傷的になり過ぎている。集中しろと思い直す。

 

 次のページを開いたとき、彼女の眼がピクリと瞬いた。

 そこにいたのは、これまでのページでもそうだったように、彼女の見立てでのバランス型となる存在の姿だった。

 その姿には、どこか既視感があった。

 

「そうか。こいつが」

 

 思い返すと、それは戦闘が始まってまだ時が浅い頃。

 紫髪の同類と共に自分と対峙した相棒によって四肢を破壊された時、脳裏に流れ込んできた姿がこれだった。

 その時はこんなにハッキリとした意識はなく、ただ生存本能に従い、得た記憶を使って飛翔体とでもいうべき姿へとマガイモノの身を変えた。

 結果、顔から生えた角は翼のように変化し、口元の牙はより獰悪さを増した。

 その際の記憶の大本が、きっとこれなのだと彼女は思った。

 

「助けられたってコトか」

 

 それは勘違いであるのだろうし、単なる偶然なのだとは彼女も分かっている。しかしながら、彼女はその偶然に好感を持った。

 姿を見れば、これまでの二体計六体に比べて大分人間の形に近付いている。

 手足はしなやかさを増し、胴体は美しいボディラインさえ浮かべつつも逞しい。

 背中から生えた翼、のように思える存在の形状も他とは大きく異なっていた。

 

「変わり種って奴なのかな。気に入ったよ、あたしは」

 

 そしてその頭部の形も、凶悪さを伺わせるものであったがそこにも多少の親しみが伺えた。

 かなり強引だが、自分の髪を束ねるリボンと似た要素を彼女は見出だしていた。

 確かに、気分転換に大きめのリボンを使った時にはこんな感じに見えるのかもねと、彼女は自嘲交じりに笑っていた。

 その形状は先に見た記憶の姿、そして相棒が変異した姿が背中に背負ったものと、似た形状を兼ねていたからである。

 

 また何故かこの姿の輪郭は、他と比べて幾ばくか鮮明だった。形としての姿が、よりはっきりと浮かび上がっている。

 何か思い入れでもあるのかなと思ったが、詮索は無粋と打ち切った。

 そして他と同様、隅には二つの姿も別枠で映っていた。

 一瞥した限りではあったが、より禍々しさと重厚さが増した姿であった。

 

「よし、決めた」

 

 気軽な口調で彼女は言った。晴れた日の外出先を決めたような、そんな言い方だった。

 悩んでいても仕方は無いし、そろそろ時間が切れそうだった。

 少しでも意識の手綱を緩めると、底無しの狂気の沼に沈み込んでしまいそうになる。

 今のこの意識が狂気を孕んではいても、これは確かに彼女の意思での狂気だった。

 それとは異なる、負の感情に支配されたままの狂気とは自己の喪失に他ならない。

 その前にやるべき事は一つだった。

 

 自身から溢れた絶望からの現身から、この姿を着想としてもう一度紛い物の姿を造り直す。

 敢えて紛い物とするのは完コピだと自分で戦ってる気がしないから、彼女はそう思っていた。

 端末から光が消え、そしてその形は渦を巻いて消え失せた。

 世界は再び赤一色となり、彼女の意識もまた、ゆっくりと赤い世界に溶けていく。

 

 心が蕩けていく中、そういえば何故あいつ勝ちたいのかと言う事に、疑問が湧かない事に逆に彼女は気になった。

 少しだけ考え、薄く微笑む。半月の笑みは、戦う少女の貌であった。

 

「理由なんざ、勝ってから考えるさ」

 

 勝ちたいから。普段通りの特に理由も無く戦い、血みどろになって罵り合って一日を終える。

 そんな破滅的な関係、というよりも関係と呼ぶに足りるかも分からない対象である。

 フラストレーションの慰みもの、生理的な肉の欲求の鎮静効果が奴との闘争の中で見いだせた。

 

 死ぬか生きるかのギリギリの瀬戸際が、忌々しい程に楽しくて仕方がない。

 この戦いもその延長であり、変わった事と言えば相棒への嫌悪感が薄れているという事か。

 心の中で何かの枷が外れたような気分だった。

 多分それは、あの紫髪女の毒々しいまでの欲情に影響されたせいだと、彼女はそう思う事にした。

 

 そして現身が造り上げた紛い物の存在に、意識が流れ込んでいく。

 その最後に思ったものは、姿のモデルとした存在のページに描かれていた紋様だった。

 どこかで見た見覚えは、嘗ての先輩の家であったと記憶している。

 彼女はそういう、どこか変わったというか、ヒロイックな存在をノートに書き留める癖があった事を覚えている。

 そのことに杏子はクスリと笑った。

 

 幸せだと思える時期だった。

 その時の事は今は身を刻みつつも確かに温かな記憶であり、またその文字の意味するものもまた、彼女の胸に疼痛を与えた。

 彼女の生家の生業から見ると、複雑な心境にならざるを得ないものである為に。

 そしてその名前を持ちつつも、その外見はかけ離れている禍々しさを感じた為に。

 廃れたとはいえ、教会の娘の力の拠り所とするのはどうしたものかと、この時に彼女は感じた。

 

 だがもう突っ走るしかなかった。覚悟はとうに決めている。一気に意識の中へと沈み込んでいく。

 強引に抑えていた、画像から感じる得体の知れない感覚もまた彼女の心を包み込む。

 上等だと、身に押し寄せる狂気に対して彼女はほくそ笑む。

 

 そして仮初の姿に対しての名前に思いを馳せた。先程も考えた事であるが、現状と生家の家業を鑑みるとその名前は皮肉に過ぎていた。

 自分の記憶が正しければ、あれはインドの宗教絡みの文字であり、大日如来を顕す言葉であった。

 

「ならあたしの場合、あんたの事は新境地への方舟って思った方がいいのかね。なぁ…アーク?」

 

 からかうように告げた言葉。

 そして彼女の思考に応えるものはなく、彼女自身の笑い声と共に感情の渦の中へと消えていった。

 蕩けた先で、灼熱を帯びた真紅の力と、希望とは相反する漆黒の感情によって新たな形が作られていく。

 

 異なる世界で生まれた戦いの因子を、歪な形とはいえ時空を超えて彼女が受け継ぎ、その感情と魔力で育んでいく。

 

 


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