魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第59話 紅の少女、触れる記憶

 赤、緋、朱、紅。一面の真紅の世界が広がっていた。

 世界のあらゆる場所で振動が絶え間なく続き、その度に身体の何処かしらが痛んだ。

 眼が抉れ、内臓が破裂し、骨が砕けて全身の筋肉が断裂する。

 気が狂わんばかりの痛みが走るが、されどそれらは一瞬であり、身に浸る感情の波の中へと溶けていく。

 

 波を形成するのは欲望に後悔、渇望と絶望。

 そして波の力の大本は、彼女に根差した本能であった。狂おしいほどの殺戮・破壊衝動が今の彼女を形作っていた。

 その原初の衝動に突き動かされる思考に、ノイズとでもいうものが混じった。

 

 ノイズとは明確な思考という意味でもあった。

 感情の波の中を揺蕩い沈むそれを呼び出したものは、狂乱の黒い魔法少女と、漆黒に輝く三匹の異形を呼び出した紫髪の魔法少女。

 その二つから発せられる感情に、同類である彼女自身も反応していた。

 

 片や、執念とも執着とも取れない、何かに固執する悍ましいとしか思えない異様な感情。

 

 もう片方は巨大な竜の姿をした虚無感の奥にある、見ていて吐き気がするようなドロドロと粘ついた性欲と自分には馴染みのない恋慕と言う感情。

 

 前者とは幾度となく剣戟を交わしたが、後者は今回で会うのが二度目であり、会話どころか声すらも禄に聞いたことが無い。

 何故絡まれるのか分からず、そもそもよく考えれば何でここにいるのかも分からない。

 当然と言えばそうであるが、イラりとした思いを彼女は抱いた。

 

 そして彼女は苦痛に浸りながら、現状の打破を思い描き始めた。

 敵は三体。

 最初に相棒が奇怪な変化を遂げ、更に不愉快な同類二匹が気持ち悪い感情を剥き出しにし、異形を吐き出してこちらの肉と装甲を削っている。

 後者二つはもう考えた。そして考えたくもいいので放置。

大事なのは相棒の方だった。

 

 前々から分からない奴だったが、最近になって少し分かってきた。

 まずはこことは違う場所の存在であるという事。それは案外、少し気を変えてみたらすんなりと受け入れられた。

 

 もとより魔女や使い魔が結界なる場所を作って、現実世界と虚構の狭間を行き交っている世界である。

 なら宇宙には更に変なのがいて、あれはその一つだろうと。

 並行世界云々という話も、まぁ信じてやっていいかなと思った。

 他の自分を殺して廻っているという話が、魔法少女という存在を鑑みてみれば胡散臭いと思いつつも納得できてしまう。

 

 今のこの状況に陥って、魔女と魔法少女との関係が実は近い存在であったと実感できていた。

 そもそも名前からして謎かけのようなものだった。

 そう思うに至ったのは、呉キリカから放射される念話であった。

 これが魔法少女の真実だと、聞いてもいない事柄をキリカは彼女に向けて無遠慮に送っていた。

 それは彼女なりの配慮であり、無自覚な悪意でもあった。

 何故そんな事をしたのかと彼女に問い詰めれば、恐らくキリカは応えられないだろう。既に忘れているに決まっているからだ。

 

 思考が逸れた。ゴキブリ女の事はもういい。

 考えたくないと思ったのに、どうもあの女は思考を侵食する。そう思うと、呉キリカの美しく悍ましい哄笑が脳裏に流れた。

 またも思考が掻き乱される。悪魔か、と彼女は思った。

 その単語が次に繋がる切っ掛けとなった。

 

 黒い翼に黒い頭角、または猫耳のような何か。個人的には猫耳に見えると彼女は定義した。

 最後に背中から生やした鋼の鞭尾。遠目で見た限りでも、百体を越える複製があれで頭部を薙ぎ払われて貫かれていた。

 そしてそれを操るのは悪鬼羅刹の魂を宿した、女みたいな顔のクソガキ。

 性癖を狂わせるような見かけと、闘争においては情け容赦の微塵もかけない中身。

 アレは文句なしに悪魔だろうと、彼女は信じて疑わなかった。

 そういえばさっき、サラッと神殺しをしていたとか言ってたなとの事も思い出す。

 神の定義などよく分からないし生まれた家が家な上に、この状況を鑑みると笑い話にもならないどころか一周廻って笑えて来る。

 

「ほんと…なんなんだろなぁ、あいつ」

 

 喉の奥で呵々と唸る様に笑いながら彼女は呟いた。付随する笛のような空気の音は、衝撃で裂けた喉の一部から漏れたものだった。

 

 笑いながら手を振った。世界と同じくその手も赤かった。

 世界を染める色よりも赤いシルエットが、今の彼女の輪郭を作っていた。

 振られた手は爪の一本も残っておらず、指は捩じれて肉の内側から細い骨が飛び出していた。

 はてこれは実物なのかイメージなのかと、彼女は少し疑問に思った。

 

 だが負傷は魔法少女の常であり、ここ最近は特に命の削り方が酷い。

 覚えてる限りでもどてっ腹を貫いたり、槍衾にしてやったり全身を焼いて遣ったりと。

 魔法少女でもないあいつが生きてるんだから、こっちも負けてられるかと弱気な思考を放棄する。

 あいつは人間なのかという思考は、最早無い。ああいう存在だと定義され、彼女の中では怪物として分類されている。

 血を散らして振られた手の周囲で、何かが渦巻いた。

 彼女の血と視界を覆う赤い世界を渦は吸い上げ、何かに変わった。

 

「よっと」

 

 自由落下に移ったそれを、彼女は両手で受け止めた。それは大きな、巨大と言ってもいいサイズの本だった。

 立幅も横幅も、まるで学習机のように長く広い。本というよりも図面ないしは地図のようだった。

 それでいて厚さは大したことが無い。薄くは無いのだが、例えるなら精々アニメかゲームの設定集程度。

 長さにすると、三センチあるかどうかといったところだろうか。

 

 そして重さは皆無であった。一度手で支えると、本はそこで宙に浮いた。

 彼女から見て、全体が一望しやすい高さへと自動で調節される。便利だなと彼女は思った。

 彼女の眼の前に浮くのは、上記の特徴を備えた赤い書物であった。

 炎のように赤い表紙には、太陽のような紋章があしらわれていた。炎が書物の形を取ったような本だった。

 躊躇することなく彼女はページを捲った。正確には、触れるだけで勝手に開いた。

 開いた先には目次が連なっていた。無視して次に行く。複数の単語が並んでいたが、見ない事には始まらない。

 

 バラバラとページが一気に捲れていく。

 ものの数秒で眼で見える厚さのページが消費されたが、それでいて厚さに変化は無い。

 この外見自体、どうでもいいもののようだ。

 そしてこの存在は本ではなく、彼女が垣間見た他者の記憶であった。

 

 数か月前のあの日の夜。

 青白い月光が降り注ぐ廃教会内で遭遇した怪物へ。

 今の相棒へと放った、憎悪と悪夢の記憶を乗せた頭突き。

 その返礼か副作用か、互いの思念が交差し、相手から逆流した記憶のカタチがこの書物であった。

 

 可能な限り意識から遠ざけ、そして何故か今まで明確な認識が出来なかった記憶であった。

 最初の遭遇時の記憶の逆流は彼女に甚大な苦痛を与え、暫くの間その戦闘力を低下させるほどの毒気を受けた。

 しかし今、これが必要だと彼女は思っていた。

 

 本気の紛い物を見せてやると言った事を、彼女は思い出していた。

 果たしてそうだろうかと、狂気の声の囁きが聞こえる。それは違うと理性が応える。

 応えた理性は狂気の解答を導き出した。自嘲からのやけっぱちな狂気ではなく、正気のままに生み出された狂気であった。

 

「あたしの欲望が中途半端だってコトか」

 

 赤い世界の中で、閉じられていた左眼が開かれた。

 潰れた右眼は傷と抉れた頭蓋骨を押し上げ、強引に開いた。真紅の瞳が、赤い世界の中で爛々と輝いていた。

 

「なら、欲望の程度を上げてやる」

 

 得る、望む、手に入れる。そして……奪う

 

 頭の中に浮かんだあの言葉の意味を、ぱっと思い付いた限りで並べたものがそれらだった。

 不思議な親近感と、そして嫌悪感が同居した感情を彼女は抱いた。

 何故だと思ってすぐにその理由に気が付いた。同じものであると。

 

 自分が魔法と言う力を得て、戦いの中に生きるようになり、因果によって全てを奪われた事象と。

 何かを望み、そして全てを喪う。

 希望と絶望は差し引きゼロであると、嘗てあの時に思い知らされた。

 

 自分が今触れて得ようとしているものも、形は異なりそして破滅的であれど願いであった。

 奴に勝ちたい。それが今の望みであり、そして今の彼女には失って心を痛めるものは何もない。

 心自体が対価である為に。

 それ故に、彼女に迷いはなかった。

 

 全ての爪を失った右手が、血に濡れた指先を書の中央へと突き立てた。

 もがく様に蠢動するページを抑え、甘い声にてこう囁いた。

 

「だからあたしに教えてくれよ。テメェが何者なのかをさ………なぁ…………ゲッター

 

 少女の声に応じたように、嘗て垣間見て今は自分の記憶となった、本の形をしたものは静かに動きを止めた。


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